森の洗礼
「原因が魔力じゃねぇってのはどういうことで?何かわかったんですか?」
森の入り口前、ラキがマイハに問い掛ける。マイハは気分が悪そうに、顔色を青くさせていた。そしてそのまま首を横に振る。
「……はっきりとはわからない。でもずっと感じてる嫌な気配……これが“祟り”なら魔力じゃないってことだけは確かだよ」
「……お嬢、あんた……森に入るの止めときますか?」
マイハの言葉を受けて、ラキが提案する。その瞳はマイハへの心配で、不安げな色をしていた。
「原因が魔力じゃねぇってことは、“恩災”の可能性が零ってことだ。具合が悪ぃなら、お嬢がわざわざ無理して森に入る必要はねぇですよ」
更に言葉を続けるラキだが、マイハは少し目線を逸らして考え込むと「否」と口を開いた。
「私も入るよ。アルテとは別の理由で、“祟り”問題を解決しなくちゃいけない理由ができたから」
マイハが真っ直ぐラキを見つめて告げる。その瞳はいつになく真剣で、重たい何かを感じさせた。
ラキは「はぁ」と一つ溜め息を吐くと、自身の目頭に手を置いて天を仰ぐ。
「無茶だけはしないでくださいよ?」
* * *
森へ入ってまず最初に感じたのは、異様な空気の重さであった。この森だけ重力が二倍なのではと思ってしまう程、空気がやけに重い。その所為か、どこか息苦しさも感じる。確かに森へと入った人間が倒れてしまうのも納得だった。
「確かにこれは嫌な感じだな」
「そうですか?俺は特に何も感じませんけど……」
ラキが怠そうに漏らせば、アルテがキョトンと首を傾げる。
どうやらアルテは平気らしい。
対して、マイハは森に入った所為か、更に顔色を悪くさせ荒い息を繰り返していた。
「お嬢、やっぱり戻った方が……」
「……ッ森から出れば、倒れるッ……言ってた、でしょッ!?……ハァ!ハァ!……」
森から出る気はないらしい。
ラキの心配を他所に、マイハは自身の身体の違和感に思考を巡らせていた。
……息苦しい上に身体が重い……初めての感覚……なのに何故か既視感がある……アルテは平気で、ラキもそれ程影響を強く受けてない……個人差、若しくは種族の差……それより一番の問題は……。
マイハが自身の手を見つめる。
何秒経っても変わらない自身の手に、マイハは内心舌打ちを溢した。そしてアルテへと視線を向ける。
「……アルテ……お、まえ……魔力ッ、使える?……」
マイハが尋ねれば、アルテは「魔力ですか?」と不思議そうに尋ね返す。次いで人差し指を立てて、魔力を指先へと集中させれば問題なく光の玉が現れた。
「使えますけど……あ、でもマイハさんの魔力を感じなくなったかもしれません!」
「そう…………」
アルテの返答に、マイハはもう一度自身の手を見下ろした。変わらずそこには、白い手の平があるだけである。
……アルテの魔力も感じない……この森に居る間は魔力探知が全員できないという訳か……それだけならまだしも私の場合…………。
アルテが「マイハさん?」と心配の眼差しを向ける。
「……ま、りょくがッ……使えない……から、だが……炎にッ、なれないッ…………」
「「えッ!?」」
ラキとアルテの声が重なる。
魔力が使えなくなるなど聞いたこともない。身体にどんな影響が出るかもわからない為、二人は更に心配の色を濃くさせる。
だがしかし、厄介事とは集約するものである。
三人は一様に動きを止めた。
魔力は感じないが、気配はある。
「マイハさん、ラキさん……」
「囲まれたな」
アルテが冷や汗と共に二人に耳打ちすれば、ラキがアッサリと告げる。
一行を囲むように樹木の間から姿を見せたのは、狼の群れだった。それもただの狼ではない。普通の三倍はサイズがデカく、敵意を剥き出しに「グルルル」と大気を震わすような唸り声を上げている。
どう考えても穏やかな状況ではない。
アルテは咄嗟に身構えた……がしかし、マイハがそれを制する。
「……ッ手を出したらダメ……人間と違って、野生の動物はちょっとの怪我が命取りなんだから……彼らの縄張りに勝手に入ったのは私達の方……擦り傷一つ付けちゃダメだよ……」
体調不良などと言っている場合ではなくなった。血の気の引いた青白い顔のまま、マイハが普段通りを装ってアルテを諭す。
マイハが狼を気遣う発言をしたことに驚きながらも、アルテは「でも……」と狼達を見回した。
「攻撃も反撃もなしなら、どうすれば……」
狼狽えるアルテ。ラキも別の意味で困惑しながら「仕方ない」と息を吐いた。
「決まってるだろ?アルテ。倒すのがダメなら……」
ラキが地面を思いきり蹴る。と同時にマイハも走り出した。
「逃げる一択だ!」
「えっ!?」
いきなり飛び出した二人に驚いて、アルテは出遅れながらも慌てて駆け出す。
獲物が走り出したことにより、狼達も陣形を変えて追いかけて来た。姿を現して走っているのは六匹程だが、大木に身体を隠して、横からマイハ達を狙っている気配も幾つかある。このまま固まっていては、逃げ切ることは不可能だろう。
どうしたものかとマイハが狼の様子を伺っていると、マイハの肩に小鳥が一羽止まってきた。続けて二羽、アルテとラキの前を先導するかのように飛ぶ。
……何……?
疑問に思うマイハだが、肩の小鳥が羽をパタつかせピヨピヨと鳴いているのを確認して、「わかったよ、レディ」と微笑んだ。
「ラキ!アルテ!一旦別れる!その小鳥達に付いて行きな!!」
「で、でも!マイハさん、そんな身体で……」
アルテが戸惑う。別れると言うことは、一人で逃げるということだ。万全の状態ならいざ知らず、顔色も悪い上に魔力すら使えないマイハを一人にするのは不安過ぎる。しかしマイハは「大丈夫」と言い切った。
「誰の心配してる訳!?くだらないこと言ってないで、さっさと行きな!」
「…………」
アルテが答えを求めるようにラキへと顔を向ける。ラキは渋い表情をしながらも、アルテを見遣って首を縦に振った。
「わかりました、お嬢!絶対に無理だけはしないでくださいよ!?」
そして一行は三手に別れて、それぞれ狼達から逃げるのであった。
獲物が分かれれば、狼達も別れて追いかけるしかない。見事に狼達の陣形をマイハ達は崩したのだ――。




