ギブアンドテイクの関係
「それはそうとマイハさん。マイハさんがアミちゃんのお爺さんを治していたあの技って、一体何だったんですか?」
森へと向かったマイハ達はジュノ町から出て、一旦エール号へと戻ってきていた。
シーナフォレストはシーナ国の沿岸部全域に広がっており、臨海国でありながら、シーナ国に海と接している街は存在しない。ジュノ町はシーナ国の中でも一番内陸部に位置している為、エール号で手っ取り早く森まで行ってしまおうという訳だ。
エール号の運転をオートに切り替えて、マイハ達は操縦室の上にある展望デッキへと集まる。
そこで冒頭のアルテの質問だが、マイハは「あれ、言ってなかったけ?」と自身の右手を炎に変えた。
「私の魔力『ヒノトリ』の効果だよ。私の身体は癒しの能力を持つ炎そのもの。だから私の身体に触れる、もしくは通り抜ければ、対象は身体を瞬時に癒されるって訳。私の炎は傷と病……両方に効くから、死んでない限りはどんな状態でも治せるね」
「…………」
アルテはポカンと間抜けな表情を見せていた。無理もない。
マイハが居れば怪我も病も恐るるに足らず。医者泣かせの存在なのだ。
しばらく惚けていたアルテだったが、ふと「あれ?」と何かに気付く。
「ならもしかして、マイハさんなら“森の祟り”で倒れた人達も治せるんですか?」
「“祟り”が何かはわからないけど……治せると思うよ、多分ね。ま、治してやる気は更々ないけど」
「えっ、それはどうして……?」
「逆に治す必要ある?」
質問に質問で返すマイハにアルテが言い淀む。
マイハの切り返しは確かに最もだ。マイハにこの国の人達の治療をする義理なんて微塵もない。そもそも治療するとしても、魔力の使い過ぎは身体に負担が掛かるので、助ける人間と切り捨てる人間を選んでいくことになる。それはある意味、全員見捨てるよりも残酷だ。
それでも、お人好しのアルテからすれば助けられる力があるのに、助けないなんて選択肢は有り得なかった。せめて王女一人でも助けてあげれば、王の暴走は止まり、内紛も起こらずに済むかもしれない。
モヤモヤと言葉にできない感情が、アルテの胸の中で渦巻く。そんなアルテの心情はわかっているのか、マイハは「それに」と言葉を続けた。
「仮に“祟り”で倒れた奴らを助けたとしても、原因を解決しない限りはどうせ同じだよ。この国の薬は全て、例の森にある薬草から作るんでしょ?森に入れないんだから、もう二度とこの国で薬は作れない。病への対抗策がなくなるだけじゃない。職を失う人間も出てくるだろうね。そうなれば結局、辿る道は一つだよ」
「……シーナ国の滅亡……」
アルテが代わりに答えれば、マイハは「そう」と肯定する。
「どうせ王の暴走が止まったところで、多くの医者が追放されたことに変わりはない。反乱軍が止まるか否かは、どっちにしたって賭けだよ」
淡々と述べるマイハに、アルテは肩を落として「マイハさんは冷静ですね」と呟いた。
「俺、『放って置けない』と思うばかりで何もできなくて……自分が情けないです……」
すっかり落ち込んでしまったアルテ。
マイハは溜め息を一つ溢しながら、「むしろ」と呆れたように口を開く。
「当事者でも何でもないのに、そこまで他人の事情に寄り添ってあげられるアルテの方が、色んな意味で凄いと思うけど……私が冷静なのは、この国が滅ぼうが存続しようがどっちでも良いと思ってるからだよ。人間嫌いだしね」
「……『人間嫌い』なのに、俺がこの国の事情に首を突っ込むこと、止めたりしないんですね」
アルテが思わずボソッと漏らせば、マイハは「あはは」と小さく笑った。
そして、アルテの頭の上に片手をポンと乗せる。
「アルテ君、君は私の部下なのかね?」
口調を変えて尋ねるマイハに、アルテは「え、どうなんでしょう?」と律儀にも真剣に考え込む。
ラキのように完全な上下関係がある訳ではないが、それでもマイハに恩があることも、マイハの下に付いて行きたいと思ったことも事実だ。
「うーん……」と悩むアルテに、マイハが「少なくとも」と告げる。
「私は“七翼の恩災”を部下にする気はないよ。私は私の望みの為に、“七翼の恩災”は“七翼の恩災”の望みの為に……互いを利用し合うギブアンドテイクの関係だ。だから、やりたい事があるなら好きにすれば良いし、私に許可を貰う必要もない。死にに行くような無茶をするって言うなら話は別だけど、そうじゃないなら一々行動を制限したりしないよ」
「そう……ですか…………」
マイハの言葉に、アルテのテンションがあからさまに下がった。アルテの内情を理解できるラキと違い、何処に落ち込む要素があったのかと、マイハは首を傾げる。
しかし、マイハの疑問を解決する前に、アルテが勝手に「なら」と立ち直った。
「いつか……利用し合う関係じゃなくて、ちゃんと仲間だって思って貰えるように!!俺頑張りますね!!」
ニコッと微笑むアルテ。
一瞬キョトンとするが、「ああ、なるほど」とマイハは口角を上げた。
「頑張るのは良いけど、まずは目先の問題ね。しっかり働きたまえ、アルテ君?」
「はい!頑張ります!」
アルテが元気よく頷く。
……お嬢……考えはどうあれ、ソレは部下に対する対応なのでは……?
その様子を黙って見守りながら、ラキは一人、心の中でツッコむのであった。
とそこで、ラキが「お嬢」とマイハを呼ぶ。
「森の入り口が見えてきました」
ラキが前方のガラス張りを指し示せば、マイハだけでなくアルテも前方へと目を向ける。そこには、巨大な森が壁一面のガラスに広がっていた。
ザワザワと森が揺れているのがガラス越しにわかる。確かに祟られそうな雰囲気をビシバシと肌で感じた。
アルテはゴクリと唾を呑み込む。
「これがシーナフォレスト……」
「近くに街もないし、適当な所に船を止めようか」
「ですね。早いとこ森に入って調べねぇと、夜になったら厄介だ」
マイハの提案通り、あまり人目につかない適当な広いスペースにエール号を着陸させると、マイハ達は森の入り口前に降り立った。
森の様子を一度確認する一行。
マイハが少しばかり顔を顰める。
「どうしました?お嬢」
マイハの様子にいち早く気付いたラキが、マイハを気遣うように声を掛けた。マイハは片手で頭を押さえると、ただでさえ白い肌を更に血色悪くさせて口を開く。
「ッ……“祟り”が何かはわからないけど……ラキ」
マイハの瞳がラキを真っ直ぐ射抜いた。
「“祟り”の正体は魔力じゃない」
* * *
一方その頃。シーナフォレストの中心地点にある小屋では、一人の少年が粉挽きを挽いていた。
とそこに、小鳥が一羽舞い込んで来る。
「ピィピィ!」
小鳥が羽をパタつかせながら鳴くと、少年は手を止めて小鳥の方へ顔を向ける。
「そう。森に入ってくるんだ」
少年は静かに呟くと、椅子から立ち上がって窓の近くまで歩いていった。
窓の外には当然だが植物ばかりで、小鳥の言う人間達の姿は確認できない。
それでも少年は真っ直ぐに森に入ろうとする人間……マイハ達の居る方角を見据えていた。
小鳥が少年の肩に止まる。
少年は小鳥の頭を人差し指で撫でると、「お願い」と口を開いた。
「監視して……」
少年の言葉を聞き入れた小鳥は「ピィイ!」と窓から飛び立ち、その後ろ姿を少年は何を考えているのかわからない無表情で見送るのであった――。




