愛の暴君
アルテが思わず言葉を失う。
医者や看護師の国外追放など、百害あって一利なしだ。何の意味があるのかわからない。
それだけではない。
国民が王の乱行に怒りを燃やすのはわかるが、かと言って大っぴらに反逆すれば“神の遣い”によって皆殺しにされてしまう。
内紛が起こる起らないに関係なく、この国は今、滅びの危機に陥っているという訳だ。
だがしかし、人間嫌いのマイハにはシーナ国の情勢など微塵も興味がない。我関せずのマイハに代わって、ラキが冷静に「何があったんだ?」と老人に尋ねた。
老人は言い辛そうに俯き加減で口を開く。
「……この国には王女様がいらっしゃるんですが……国王陛下の一人娘で、王は唯一の娘を溺愛していると有名でした。その王女様が、一週間前……“祟り”で倒れたんです」
「「ッ!!」」
ラキとアルテが目を見開く。「成程、そういうことか」と合点がいった。
つまりはこうだ。
一週間前、森に入り倒れてしまった王女は現在危篤状態。王女を溺愛している王は国中から医者や看護師を集めたことだろう。しかし、祟りの原因も解決法も見つかっていない中、どれだけの名医を呼び寄せても無駄なだけだ。そんなこと国王も当然わかっている筈だが、王女の症状を治せなかった者達を、怒り任せに国外追放しているのだろう。
シーナ国に滞在する殆どの医者達を追放しているとすれば、病院が経営されていなかったのも頷ける。医者や看護師の居ない病院など、患者を入れているだけのただの箱だ。アミが「ダメなの」と言っていた訳である。
この国に機能している病院は、もう全てと言って良い程無いのだろう。あったところで近いうちに国王に呼び出され、他の医者と同じように国外追放されるのがオチだ。
「王女を治せなかった者達はその場で衛兵に捕えられ、国外まで連れて行かれると聞きます。どうせ追放されるならと、先に荷物を纏めて国から去って行った医者や看護師も一人や二人ではありません。薬草も尽きかけている中、この国の人々は病に罹っても治す手立てがないことに怯え、国を捨てる決断をした者達も数多く居ます。それでも、国を捨てきれなかった者達が反乱軍として立ち上がり、国王に戦争を仕掛けようとしているんです。無駄死にになるとわかっていながら……」
老人の話が終わると、アルテが目元を赤らめて「そんな……」と悲壮感の滲んだ声を漏らす。ラキも少しだけ眉根を寄せて、不快感を露わにしていた。
にも関わらず、マイハはあっさりと「馬鹿な国王だね」と、変わらぬ無感情で吐き捨てた。
「つまり自分の首も絞めてるってことでしょ?医者を追放するってことは、王女を助ける手立ても、自分が病に罹った時に助かる可能性も潰してるってことなんだから。その上内紛って……“神の遣い”に王族諸共国が消されるかもね」
歯に衣を着せぬマイハの物言いに、ラキがジト目を向けながら「お嬢、はっきり言い過ぎです」と溢す。
「愛する家族を何が何でも救いたいってだけでしょう。やり方は愚かだが、無駄だと知りながら爺さん担いで必死に病院目指してたアミと同じだ」
「でも、いくら何でもこれは酷過ぎます!放っておけば、シーナ国の人々が皆死んでしまうかもッ!」
国王を庇うようなラキの言葉にアルテが反論する。
確かにラキの言う通り、国王がどんな手段を使っても娘を救いたいという親心が、アルテにだってわからない訳じゃない。アルテだって両親を救う為に、“神の遣い”に喧嘩をふっかけたのだから。
それでも、正当な理由があるからと言って、この状態を見捨てることは、アルテにはできなかった。
意志の込もった瞳でアルテがマイハとラキを見つめると、マイハはフッと微笑んで「落ち着きな」とアルテを宥める。
「要は“祟り”をどうにかすれば良いんでしょ?どうせ森には用があるから、行くことに変わりはないし……この国をどうにかしたいなら、アルテが自分で原因見つけて、オヒメサマ救いなよ。王女さえ助かって上手くいけば、医者の国外追放も内紛も全て丸く収まるんだから」
マイハが手の平を空へと向け、肩を竦める。
つまりは『恩災探し』と『祟り事件解決』を一緒に進めてしまおうという訳だ。
後者の問題を全て丸投げされたにも関わらず、アルテは国の状態を見捨てないで済むことにパァッと喜んで「ハイ」と頷いた。
「っな、も、森に入るおつもりですか!?儂は“祟り”の仕業だとは思っておりませんが、それでも不可思議な力は本物です!貴方方は儂らの恩人。悪い事は言いません。森に入るのだけは止めておきなさい」
老人から「待った」がかかる。当然だろう。森の恐ろしさは先程、嫌と言う程説明された。
それでも、ここで止まるような殊勝な人間はこの場に居ない。
マイハは意見を変えることなく「情報どうも」と片手を上げた。
「別に恩人だからって、気にかけてくれる必要はないよ。親切心で助けた訳じゃない。他人の心配するより、自分達の心配でもしてなよ。もう少しで、国諸共死んじゃうかもしれないんだからさ」
意地悪く弧を描いた口から紡がれるのは、拒絶の言葉だ。「これ以上干渉するな」というマイハからの線引き。
正しくマイハの意図を受け取った老人は、「それなら」とマイハ達を引き止める言葉を呑み込んだ。
「くれぐれもお気を付けて」
「情報、感謝する」
「どうかお元気で!アミちゃんにも宜しく伝えてください」
別れの言葉も程々に一行は森へと歩き出したのであった――。




