シーナを襲う危機
店から出た後、マイハ達はすぐに路地裏へと入った。周りに人の目がないことを確認して、マイハが老人に右手を翳す。
するとマイハの手の平が淡く光り、オレンジ色の炎が現れた。炎は老人を優しく照らすと、浮き出ていた鱗模様を消していく。十秒も経てば、荒かった息も正常に戻り、老人の青白かった肌にも血色が甦った。
その様をアルテが唖然と見届ける。
光が収まると、老人はパチッと目を覚まし、上半身を起こした。
「……こ、ここは……?儂は一体……?」
「おじいちゃん!!!」
盛大に頭からハテナを飛ばす老人に、アミが泣きながら抱きついた。「おじいちゃんおじいちゃん」と喜びの余り、頭をグリグリと老人の胸に押し付ける。
状況は把握できていない老人だが、孫の様子に「アミ、もう大丈夫じゃ」と、優しくアミの頭を撫でていた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん!本当にありがとう!!」
アミが老人にしがみ付いたまま、マイハ達に満面の笑みでお礼を言った。
それに対してアルテが笑顔で返す。
「良かったですね、アミちゃん」
「うん!!」
漸く状況がわかったのだろう。
老人もマイハ達に深々と頭を下げた。
「病を治して下さり、本当にありがとうございました。孫の手助けまでして頂いて、是非何かお礼を……」
老人が提案する。その発言にマイハが「なら」と反応した。
「『森の祟り』に関する事、知ってるだけ全部教えて」
「“森の祟り”ですか?構いませんが、国民でもわかっていることは殆どありませんので……」
「それで良いよ」
マイハが頷けば、老人は「でしたら」と話し始めた。
* * *
「……ということです」
老人からの説明が終わる。
老人の話によるとこうだ。
“祟り”が始まったのは今からおよそ一ヶ月前。薬草や木の実採りをしている者達が突然胸を抑えて苦しみだし、皆一様に倒れてしまったのが始まりだった。最初は森の毒草や毒虫にやられたのだろうと思われていた為、特に危険視はされていなかった。シーナ国に住む者なら、シーナフォレストに薬草と同じくらい希少な毒持ちの生物が多いことなど、子供でも知っている。対策は幼い頃から叩き込まれるし、もし毒に当たっても薬は開発されていることが殆どだ。森から帰ってきた者が毒で倒れること自体、日常茶飯事である。だが事態はそんな単純なものではなかった。既存の薬が一切効かない……どころか、倒れた者達には噛み傷も刺し傷も、擦り傷一つすら無かった。勿論花粉や鱗粉に毒素がある種も存在している。探索者達もそれは承知している為、特別製のガスマスクを着けていた。それらからわかるのは、森に存在している生物の毒にやられた訳ではないということだ。
シーナ国にはお国柄、好奇心や探究心が旺盛な者が多い。すぐに探索班が学者の中で結成され、森に乗り込んだ。結果は惨敗。何の成果も出せず、皆重篤化。わかったのは、森に一瞬でも踏み入れたら最後、例外なく呼吸が苦しくなり、高熱が出て倒れるということと、森に滞在する時間が長い者程、症状が悪化しているということだけだ。酷い者なら、意識混濁による暴走状態にまで陥るらしい。
原因不明の病はいつしか“森の祟り”だと言われ、今ではもう誰も森に近寄らない。
「……確かに何の外傷もなく、ガスマスクすら着けていたなら、原因が植物や動物の可能性はかなり薄いですね」
アルテが老人の話に頷く。
毒があり得ないなら、残る線は新種の病……若しくは……人智を越える力の所為か。
マイハは「へぇ」と口角を上げた。
「本当に森には誰も近寄らないんだね?」
「勿論ですとも。探究心の抑えられなかった者達が何人も森に入りましたが、全員倒れました。中には死者も出たと云います。少なくとも倒れた者達から何かしらの情報を得られない限り、森に入る者は居ないでしょう」
老人が断言する。
当たり前だ。対策も解決策もない状況で、危険とわかっている森に入るなど、死にに行くようなものである。そんな馬鹿は中々いない。
だが老人は何か思い出したかのように「じゃが……」と斜め上に視線を動かす。
「確か森に不穏な人影が入っていくのを見かけたと言う噂があったのう……」
「!それ本当!?」
マイハが瞳をキラつかせて、老人にグイッと顔を近付けた。老人はマイハの勢いに気圧されながら、「しかし」と口をゴニョゴニョ動かす。
「噂はあくまで噂。本当かどうかは……そもそもシーナフォレストに入ろうとする者は現状、何も知らない旅人達だけです。本当だったとしても、不運な旅人が迷い込んだのを誰かが目撃しただけでしょう。しかし、何故そんなに“祟り”のことを気にするんです?」
老人が首を傾げる。
マイハは一度心を落ち着けると、冷たい目で遠くを見つめて口を開けた。
「別に……お前に教える義理はないよ。情報提供、どうもね」
表情だけ笑顔を取り繕うマイハだが、老人はこれ以上、深くマイハの事情に踏み込む気にはなれなかった。触れてはいけないことだと瞬時に察したからだ。
老人がゴクリと唾を飲む中、アルテは「それはそうと」と人差し指を空に向けた。
「この国って病院は一つしかないんですか?アミちゃんの案内で行った病院が閉まっていて……別の病院に行こうとしたら、アミちゃんが『ダメなの』って……」
「…………」
アルテが純粋な疑問として投げ掛ければ、老人は黙り込んで地面に視線を落としてしまった。祖父が助かったとわかって安心したのか、眠ってしまったアミの頭を撫でながら、老人はゆっくりと「実は……」と語り出す。
「今この国にいる医者は片手で数えられる程しかいません。それも、零になるかもしれませんが……そもそもその前に、国民全員が“神の遣い”によって殺されるかもしれません」
「それってどういう……」
アルテが戸惑いながら聞けば、老人は諦めたように眉根を下げて笑った。
「国王の命令で、この国の医者や看護師達の殆どが国外追放されてるんです。それに反発した国民達が“反乱軍となり……今この国は内紛の危機に陥っています」




