人魚病
「……こ、此処がシーナ国!俺、ランゴ街から出たことないので、ちょっとワクワクします」
約一日半のフライトを終え、人目につかない岩盤地帯にエール号を着地させたマイハ達は、シーナ国に来る旅人がまず最初に立ち寄る町……ジュノ町に来ていた。
歓迎の門を潜り町の中に入ると、ランゴとはまた違った雰囲気の店が建ち並ぶ。
ハーブの店、薬草の店、木の実屋に花屋。
「見事に植物関係の店ばっかりだな」
町を進みながら、ラキが辺りの店を見回して呟く。それに対して、興奮からか少し頬を赤らめているアルテが「シーナ国は」と口を開いた。
「元々珍しい植物が沢山あることで有名になった国なんですよ。シーナフォレストと呼ばれる森に、様々な種類の植物が沢山生えていて、それがとっても貴重な薬草だってわかってから、『万薬の国』とも呼ばれてるらしいです」
「へぇ。詳しいね、アルテ」
マイハが褒めれば、アルテは恥ずかしそうに後頭部に手を回した。
「医者の勉強をしている時にちょっと……薬に関する本を読めば、必ずシーナ国のことが出てきますから……それはそうと……」
アルテが言葉を濁しながら、辺りを見回す。
色々な店が建ち並ぶ商店街の割には、どの店もシャッターが閉められており、道には人っ子一人歩いていない。加えて言うなら、町から人の気配そのものすらそれ程感じて来なかった。
「……何か寂しい町ですね。お店、何処も閉まってますけど、開店時間が遅いんでしょうか……」
「今昼の一時だぞ?」
アルテに対してラキがツッコむ。
そういう店が建ち並ぶ夜行性の町ならともかく、植物関連の店が殆どの健全な町で、昼の一時にすらどの店も開店していないのは明らかにおかしいだろう。
「そもそも人の気配が少ない。森や山の中ならまだしも、こんな町中で人の気配がごく僅かなんて有り得ないよ。それに……何か嫌な感じがする。身体が騒つくような……」
町の異常さを、マイハが更に指摘すれば、アルテとラキは互いに顔を見合わせた。
「『嫌な感じ』……ですか?」
「俺達は特に何も感じねぇが……お嬢、気分が悪いようなら一度船に……」
とそこで、言葉が途切れた。
とてもゆっくりとした足取りだが、確かに誰かが歩いて来る気配を感じる。
三人が一様に気配の方へと視線を向けると、曲がり角から一人の少女が現れた。
「ッ!?」
アルテが驚きで一瞬固まる。
小さな女の子の背にはグッタリとした老人が抱えられており、少女は自分の足と老人を引き摺るようにして必死に歩いていた。
どう見ても無視できる状況ではないので、フリーズから我に帰ったアルテが慌てて少女へと駆け寄る。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
「えっ?」
アルテが膝を折り、女の子の前に手を差し出す。
驚いて振り返った女の子の顔は汗で濡れていた。頬が蒸気して真っ赤になっているところを見ると、かなりの距離をこの状態で歩いたのかもしれない。
「ちょっくら失礼っと……」
「うわっ!」
女の子が背負っていた老人を、いつの間にか側に来ていたラキが代わりに抱き抱える。
老人は荒い息を繰り返しており、どこにも目の焦点が合っていなかった。服の袖から覗いている肌はボコボコと鱗のような模様が浮き出ている。
……何かの病気か?
ラキが疑問に思う中、アルテが女の子に「俺達が一緒にお爺さんを運んであげますよ」と優しく微笑み掛けた。
女の子は張っていた気が緩んだのか、「ヒックヒクッ」と泣き出してしまった。
「お、おじいちゃんが、おじいちゃんがッ!」
「はい。行き先は病院で当ってますか?きっとお爺さんは助かりますから、泣かないでください」
言いながら、アルテは女の子の頭を撫でた。そして、女の子を優しく抱っこする。
アルテの穏やかな雰囲気で落ち着いたのか、女の子はまだ鼻を啜ってはいるものの、とりあえず溜まっていた涙を綺麗に拭った。
「……お兄ちゃん達、ありがとう……」
「どういたしまして。俺の名前はアルテって言います。貴女の名前は何ですか?」
「……アミって言うの」
そうして一行は近くの病院へと向かうのであった。
* * *
とりあえず一番近くの病院へと辿り着いたアルテ達だったが、どうも院内の様子がおかしかった。
電気は確かに付いているし、扉に鍵は掛かっていない。だが受付に誰も人が居ない……どころか、人の気配を一切感じないのだ。
頭に疑問符を浮かべているアルテ達と違い、この異常さの原因を知っているのか、アミは顔を青褪めさせ「ここもダメなの……」と再び目元に涙を浮かべた。
兎にも角にも、この病院が駄目なら別の病院に行くしかない。
「アミちゃん、泣かないでください。別の病院に行きましょう?」
アルテが笑いかけるが、アミは首を横に振ると、いよいよ本格的に泣き始めてしまった。
「ダメなのッ……どの病院もッ……おじいちゃんッ!おじいちゃんッ!!」
「「………」」
ただならぬアミの様子にアルテはラキと顔を見合わせた。
とそこで、この状況に全くもって興味がないマイハが「アルテ」と気怠そうに声を掛ける。
「一応医者でしょ?とりあえず様子を診るだけでもしてあげたら?薬で治るなら薬屋に行けば良いし、もし何もわからないようなら、仕方ないから私が治してあげるよ」
「は、はい!」
『私が治す』というマイハの発言を不思議に思いながらも、アルテはラキの抱える老人の様子をしっかり診る。
そしてすぐにハッと気付いた。
「……『人魚病』……ですね」
「『人魚病』?何だソレは?」
ラキが尋ねる。
アルテは「『人魚病』はですね」と説明を始めた。
「シーナ国だけに見られる風土病の一つです。一番の特徴は、下半身に魚の鱗のような模様が浮き出て、歩けなくなることで……病が進行していくと、鱗の模様が全身に出てきて、やがて衰弱死してしまいます。この方は首や腕まで模様が広がっているので、末期ですね」
「それで治せるのか?」
「はい。確か薬が開発されていた筈です。シーナ国にしかない薬なので、俺も詳しくは知りませんけど……」
言葉を濁すアルテだが、それだけわかれば充分だろう。
ラキが「なら」と声を上げた。
「薬屋に行こう。アミ、もう少しの辛抱だ。爺さんは必ず治る」
「ほ、本当?」
「ああ。だから泣き止め」
ラキの言葉に、アミは「うん」と小さく頷いた。
その様子を黙って見守っていたマイハが、やれやれと言わんばかりに首を振りながら、アルテ達に「ほら」と急かす。
「さっさと行くよ」
そして近場の薬屋を目指して歩き始めたマイハ達だったが……だがしかし。
* * *
「「『薬がない』!?」」
アルテとラキの声が重なる。
所変わって、薬草店。殆どの店が閉まっている中、唯一見つけた薬屋に入れば、店のおじさんに「薬はない」と言われてしまった。
アルテが焦った声で「どういうことですか?」と説明を求める。
おじさんは「お前ら、旅の者か」と呟くと、後頭部をガシガシ掻いた。
「この国発祥の薬は全て、シーナフォレストっちゅう森から採られた薬草で作るんや。人魚病の薬もそう……やけど最近、森に入った奴らが皆、重体の危篤状態に陥るっちゅう問題が生じとる。原因は不明。巷じゃ、『森の祟り』言うとるけどな。とにかく今、森に入る奴は一人も居らん。つまり、薬草を採ることができん訳や。お陰様で店の薬草も減る一方で入荷ができん。人魚病に使う薬草もこの前売れたんで最後や。この辺の店が殆ど閉まっとる理由もそれ。まあ、他にもあるけど……とにかく堪忍やで、お客さん。他の店探すか、諦めるかや」
「…………」
思わずアルテは絶句する。
アミも薬がないことがわかったのだろう。不安そうに眉を下げている。
アルテは考えた。
店に薬草がない理由が丁度品切れ中という訳なら、他の店に行くなり、入荷を待つなりすれば良い。だが話はそんな単純ではなかった。
薬草の調達元がないのだ。これでは他の店も似たようなものだろう。そもそも開いてる店を探すので一苦労だ。
どうすれば良いかわからず、アルテがグルグルと頭を悩ませる中、マイハが「はぁ」と一つ溜め息を吐く。
「アルテ、行くよ」
「えっ、何処にですか?」
当然の切り返しをするアルテに、マイハは淡々と告げた。
「人気のない所」




