覚悟
元ドウォーク邸で開かれた宴会を楽しみ、出航日当日。
「良かったのか?両親に挨拶して行かなくて」
マイハ達の飛行船……テンペスタ・エール号に物資を運び入れながら、ラキが同じく作業をしているアルテへと尋ねる。
今日からランゴを出れば、アルテが帰って来れるのは何年後になるかわからない。例え両親達がアルテのことを認めていなくとも、一言別れの言葉くらいは伝えておいた方が良いのではと言う、ラキなりの気遣いだ。
しかし、アルテは笑ってコレに首を横に振る。
「いえ……旅に出ることは一ヶ月前に伝えましたし、生活に必要な知識や技術も十分教えてきました。次会う時は暗い洞穴で逆賊同士としてじゃなくて、大空の下で自由の身として会いたいですから」
「そうか」
アルテの返答に、ラキがフッと表情を和らげる。
最後の荷物を運び終えれば、マイハから「アルテ」とエール号に乗り込む前に呼び止められた。
「何ですか?マイハさん」
岩の上でアルテ達の作業を見守っていたマイハの元へと、アルテが駆け寄る。
マイハはいつになく真剣な表情で、「一つだけ言っとくことがある」と語り始めた。
「……絶対に死なんといてくれ」
「!…………」
思ってもみなかった発言に、アルテは目を見開く。
構わずマイハは続けた。
「どこまで自覚しとるか知らへんけど……これから先、私達は逆賊として世界に喧嘩を売りに行く。存在がバレたら、いの一番に“神の遣い”に命を狙われることになるし、明日どころか一秒先の命やって保障できへん。それでも、死なん覚悟を……何が何でも生き延びる覚悟を、常に持っといて」
そう告げたマイハの瞳には確かな覚悟が宿っていた。
遊びで言っている訳でも、情に絆されて言っている訳でもない。
朝昼晩、常に命を狙われる生活の中に居て、死なない覚悟を持つというのはある意味、決死の覚悟を持つよりも難しいことだ。
「アルテは特に、誰かを見捨てることができひん甘ちゃんみたいやから……良ぇか?もしこの先、私やラキの身に何かあったとしても、お前だけは必ず生き延びるんや。例え私達を見捨てることになったとしても、やで。私もラキも、これからは“七翼の恩災”を生かす為だけに命を賭ける。他の何に置いても、そのことだけは頭に叩き込んどいてな」
自分を捨てた親すら見捨てられなかったアルテに告げるには、あまりにも酷な言葉。
それでもマイハは本気だった。
マイハの覚悟を受け取ったアルテは数秒間を置きながらも、「わかりました」と返す。
その表情は清々しさすら感じられる笑顔だった。
「絶対に死にません!死なない覚悟も……お二人を殺させない覚悟も、しっかり持ちます!」
「……は?……はぁあ!?」
思わずマイハが素っ頓狂な声を上げる。
だがしかし、アルテに訂正する気はなかった。
「つまり俺が、自分の身もお二人のことも護れる程、強くなれば良いんですよね?今はまだ、全然弱いかもしれませんけど……それでも俺、頑張ります!助け合ってこその仲間だと思いますから!」
そう言ってニコリと微笑むアルテに、マイハは思いきり眉を顰める。
しかし、強くなって貰わなくてはいけないことに変わりはないので、溜め息と共に「まあ良ぇわ」と頷いた。
「それじゃあ精々……手を煩わせないよう、しっかり頑張りたまえ、アルテ君?」
「はい!!」
アルテが首をしっかり縦に振ったのを確認して、マイハは「さて」と岩から腰を上げた。
「そろそろ行こか」
マイハがアルテとラキに視線を向ける。二人は晴れやかな表情で「はい」と大きく頷いた。
三人がエール号へと乗り込む。
気球部分にガスが送られ、エール号が徐々に空中へと浮かんでいった。エンジンから大量の熱エネルギーが発射されれば、エール号は自由に空を翔けていく。
そうして一行はランゴ街を旅立ったのであった。
* * *
時を同じくして、シーナ国。
「どうかお許しください!!」
「私達はまだ沢山の患者を抱えているんです!どうか寛大なお心を!!」
白衣を身に纏った男性とナース服に身を包んだ女性が、鎧を身に付けた三人の衛兵に許しを請う。
だが衛兵達は無言のまま男と女の腕を掴むと、問答無用で連行し始めた。
「お願いします!どうか見逃してください!!こんな急に国外追放されてしまえば、我々はどう生きていけば良いのです!?」
男の訴えも虚しく、衛兵は掴んだ腕を離さない。
その日、シーナ国からまた一つ病院が無くなり、両手の指では足りない数の医者と看護師が国から居なくなってしまったのであった。
* * *
人の背丈の何倍もある大樹が並び、日光が中々届かない大地には、それでも沢山の草花が生えている。
狼や毒虫などがそこら中を彷徨いており、人間の侵入を拒んでいるかのようだ。
この森の名は“シーナフォレスト”。その名の通り、シーナ国の敷地面積半分を占めている、世界でも有数の巨大な森である。
猛獣や毒草の多いこの森は、国の人間でも奥深くまで入ることは有り得ない。
にも関わらず、森の最奥。朝なのか夜なのかすらわからない、日光から完全に閉ざされた森の中心部に、一つだけ立派な小屋が建っていた。
「……オケ草とアニク草……それからオヌの実を混ぜ合わせて……」
小屋の中にはすり鉢や試験管、顕微鏡など様々な実験道具の他に、何種類もの草花や木の実が瓶詰めで整頓されている。
そんな空間に一人、年端もいかなそうな少年が、すり潰した葉っぱと木の実を真剣にすり鉢の中で混ぜ合わせていた。
フワフワと柔らかそうな水色の髪に、海底の砂を思わせる灰色の瞳。少女にも見紛う大変愛らしい顔立ちをした少年だった。
少年は「できた」と小さく呟くと、混ぜ合わせた粉末を、試験管の中に入っている紫色の液体に流し込んだ。
しかし、液体は何も変わらない。
それを見て、少年は少しだけ眉根を寄せた。
「……失敗か……」
少年の落胆した声が空気中に溶けて消える。
とそこに、小屋の窓から一匹の小鳥が部屋の中へと入ってきた。小鳥は少年の肩に止まると、「チュンチュン」と忙しなく羽をばたつかせる。
小鳥の言葉がわかるのか、少年は「えっ」と少しだけ目を見開いた。
「……『碧眼の旅人』?……まさかね……」
少年の呟きは誰の耳に届くでもなく、森の動植物達の音によって掻き消されたのであった――。




