決めた道
「マイハさん!!ラキさん!!」
大声と共にアルテが両親の診察から洞穴に帰って来る。
あまりの大音量に二人は何かあったのかと多少身構えたが、アルテの表情を見て、問題事が起きた訳ではないなと、緊張をすぐさま解く。
「どうした?アルテ。そんな大声で叫ばなくても聞こえるぞ?」
全速力で走って来たのだろう。ゼーハーと息が荒いアルテに、ラキがタオルを投げ渡す。
アルテはタオルを受け取ると、頬を伝う汗を拭いて、マイハとラキの手を取った。
不思議そうに首を傾げる二人に構わず、アルテは赤く蒸気した頬のまま、真っ直ぐ言い放つ。
「俺!……マイハさん達と一緒に付いて行きます!!“七翼の恩災”探しの旅に!!」
〜 〜 〜
時を遡ること三十分程前。
アルテは漸く涙が落ち着いたらしく、鼻を啜りながら「お二人は」と両親に話し掛ける。
「これから何処で暮らしていくおつもりですか?“神の遣い”に見つからないようにするとなると、ランゴから出たり?」
アルテが尋ねる。
少なくとも、今二人が住んでいるドウォークの屋敷はもう住めない。取り壊されるか、新たに来る貴族の家に変わるかのどちらかだ。
であるなら、新しい家を探すことからまずは始めないといけない訳だが、元貴族であることがバレているランゴで暮らすのは中々にリスキーである。
だが、アルテの父は「否」と首を横に振った。
「徴税義務があるんだ。新たに別の土地で暮らそうと思えば、その土地の統治者に少なからず情報が行く。ランゴから出る方がむしろ危険だ。お前のように、暫くは洞穴暮らしをせねばならんだろうな」
「『洞穴』!!?本気ですか!?」
思わずアルテが聞き返す。
普通に考えて、人間が何ヶ月、何年と過ごせる場所ではない。元貴族なら尚更だ。まあ、アルテが言えた事ではないが……。
「仕方ないだろう。元貴族が家を買える訳もない」
アルテの父が冷静に応える。
元貴族……基本的に、世界に元貴族や王族の人間は存在しない。身分を追われた時点で、七賢聖の害悪として“神の遣い”に殺されるからだ。もし生き延びている者が居たとして、それは逆賊である。家を与えるなど、少しの庇う言動一つで自分自身の身すら危険になるのだ。加えて、市民は元々王族貴族に良い感情を抱いていない。
以上の理由から、元貴族であるドウォーク夫妻が普通の家を手に入れることは不可能だった。アルテが洞穴暮らしをしている理由も一つがソレだ。
…………。
アルテがしばらく口を閉ざして、考える素振りをする。
市民、貴族、王族、逆賊。
どの身分に居ようとも、この世界に生きる人間は全て七賢聖と“神の遣い”の顔色を伺いながら生きている。そこに個人の意思や自由はない。
……『どう転んだとしても』
ふとアルテの頭にマイハの言葉がフラッシュバックされた。
……思いのまま生きる……後悔しないように、俺ができることは……。
「それなら」とアルテは口を開いた。
「……俺がお二人の生活を取り戻します。認めて貰う為の努力……今までは思い付いた職業の資格を片っ端から取ってましたけど……今漸く、父さんと母さんの役に立つ方法を思い付きました」
そこで言葉を区切ると、アルテは晴れやかな笑顔を二人に向けた。
「俺、ランゴを出ます。付いて行きたい女性が居るんです。その人の目的は……詳しくは知りませんけど……それでも俺にとって、きっと大切なことです。俺はあの人の望みを叶えます。あの人の望みが世界を壊すことなら……俺は壊した世界の後で、二人が大手を振って空の下を歩ける世界を創ります。それが俺にできる親孝行で……二人に認めて貰う為の道です!」
アルテが微笑む。
陽光が後光のように差して、アルテの背後に純白の翼が見えた気がした。
二人は応えない。突拍子もないアルテの発言に驚いているからかもしれない。若しくは、とんだ夢物語に呆れているからかもしれない。
それでもアルテは訂正しなかった。
「いつになるかわかりませんけど……お二人の生活を取り戻せたら、その時は『よく頑張った』って褒めてくださいね」
〜 〜 〜
「……という訳で、俺も一緒に付いて行かせてください!」
アルテがガバッと頭を下げる。
マイハとラキが互いに顔を見合わせた。
そしてマイハがフッと口角を上げると、アルテの頭にポンと手を置いて目元を和らげる。
「話、ちゃんとできたんやな。偉い偉い。よう頑張ったやん」
「マイハさん……」
マイハの労いに、アルテが頭を上げて目元を潤ませる。頭を撫でて貰うのは初めての感覚だが、非常に心地良かった。
「マイハさん達のお陰です。お二人の激励がなかったら、俺はきっと変われていませんでした。だから……本当にありがとうございます!」
再びアルテが腰を折る。
アルテの謝礼に対して、マイハは「何言ってるん」とアルテの顔を上へと持ち上げた。
「お礼言うんはまだ早いやろ。結局、両親には認めて貰えへんかったんやから。ここからがスタートやで」
「はい!」
「……にしても、『世界を壊した後で両親の為の新たな世界を創る』……ねぇ……」
マイハが含みを持たせて口元に弧を描く。
アルテは今更恥ずかしさを感じているのか、後頭部に手を回して「子供っぽいですよね」と頬を赤らめていた。マイハは「否」と返す。
「子供が描いた夢こそ、人間の本質や。どんな大人にやって幼少期はある。子供の時思い描いとった夢は、ソイツ自身の根幹や。だからこそ、ある程度の年齢になっても、子供の頃の夢を持っとる奴は芯があって強い。代わりに自己中心的やけどな。アルテは自己中で丁度良ぇんやない?……さて、返事をまだしていなかったね、アルテ君?」
マイハは片目を閉じると、控えめに両腕を広げて見せた。
「こちらこそ喜んで。互いの望みを叶える為に、“七翼の恩災”を探し出す旅を共にしようか」
右手を差し出すマイハ。アルテはパァと表情を明るくさせて、その手を取った。
「はい!宜しくお願いします!」




