死にかけの町
やたらと高級品ばかりを集めた趣味の悪い部屋で、丸々とだらしなく肥え太った男が一人、ソファに腰掛け葉巻を燻らせていた。
「ホーテー様、これが今月分の税金でございます」
深く頭を下げながら、一人の男が何かの書類を太った男に渡す。ホーテーと呼ばれた男は書類に目を通すと、眉を顰めた。
「この高貴なる私のお金がこれっぽっちしか増えてないと?」
「も、申し訳ありません!!な、なにぶん町民達の収入が少なく……必然的にホーテー様へ献上する税も減少しまして……」
男が真っ青になりながら、しどろもどろに告げる。ホーテーはハッと鼻で笑うと、書類を丸めて男に投げつけた。
「バカもん!町民の収入が減ったなら、税率を上げれば良い!全財産を奪ってでも、私のお金を減らすでない!!」
「し、しかし、それでは町民の生活が……」
「構うものか!この私を誰だと思っている!?私はこの街を治める貴族!ホーテーである!町民など、私を満足させる為の道具に過ぎん!道具がどれだけ壊れようと知ったものか!くだらんことを言ってないで、さっさと足りない分の金を集めてこい!!」
「は、ハハァ!」
ホーテーの暴論に言い返すことなく、男は腰を折って命令を聞き入れた。
男だけではない。この部屋にいる使用人や護衛兵……町の民達もホーテーに意見する者は一人もいない。
理由は簡単。逆らえば殺されるから。
そうして、十人の兵士がホーテーの屋敷から町へと降りて行った。
* * *
「……!!」
延々と続く砂利道を歩き続けること三十分。
マイハとラキは、おじさんの言っていた例の町へと辿り着いた。しかし、着いたは良いものの、目の前に広がる光景に二人は愕然と立ち尽くす。
扉や壁が破壊された家々や、道端で無惨に死んでいる家畜、既に白骨化した人間の死体。昼間だというのに活気が全くなく、既に滅びたと言われても信じてしまいそうな程寂れた町だった。
……なるほどね……確かに『死にかけの町』だと言われる訳だ、こりゃ……。
おじさんの言葉を思い出しながら、マイハは一人納得した。
それでも一応、人の気配は幾つか残っている。
マイハは様子を確認しながら、町の中へと入っていった。それにラキも続く。
「……あーあー、あちこちボロボロになっちゃってまぁ……一体何があったらこんなことに……!!」
「ワン!ワン!」
ラキの鳴き声が上がり、マイハが足を止めた。マイハ達の視線の先、崩れかけた家の扉の前で、倒れている一人の男がいる。
マイハは足の向きを変えると、男の元へと近寄った。痩せ細った男の身体を抱き起こして、マイハは「ねぇ」と話しかける。
「しっかりしな。ここで何があったか話せる?」
「ヴッ……み、みず………」
男がマイハの声に反応して、息も絶え絶えに喉を震わす。カラカラに枯れた声は聞き取り辛いが、マイハには伝わったようだ。
……水……あるにはあるけど……。
マイハは表情を顰めた。
この男の状態は酷い。極度の栄養失調だ。免疫力が低下している所為か、何らかの病気にも罹っていた。今水を飲んだところで、明日を迎えることなく死んでしまうだろう。
……仕方ないな……。
マイハは一度目を閉じて深呼吸すると、意識を右手へと集中させた。そのまま手を男の胸部へと持っていく。
しばらくすると、マイハの右手がポゥと淡く光り、小さなオレンジ色の炎が手の平に現れた。炎は不思議なことに、男の身体を焼くことなく、逆に男の身体を癒していく。痩せこけていた身体に程よく肉付きが戻っていき、土気色だった顔にも血色が蘇った。
男は閉じかけていた目を見開くと、ガバッと上半身を起こし、自身を助けてくれたマイハを見る。
「な、今のは一体……」
驚愕した様子を見せる男だが、マイハは炎を消すとあっけらかんと「私の魔力だよ」と答えた。
『魔力』……その単語を聞いた瞬間、男は勢いよくマイハの肩を両手で掴んだ。
「さ、さっきの!どんな状態でも救えるのかい!?」
男が必死な様子でマイハに尋ねる。
「ガウガウ!」とラキが吠え掛かるのを制止しながら、マイハは「まあ」と頷いた。
「死んでない限り、あらゆる怪我や万病に効くけど……」
「た、頼む!!妻と子供が死にかけているんだ!!助けて!助けてやってくれ!!」
「……」
男は泣きながら地面に額を擦り付ける。その様を、マイハは情の込もっていない瞳で見下ろした。しかし溜め息を一つ溢せば、気怠そうに「わかった」と了承してくれる。
「乗り掛かった船だし……中途半端は嫌いだからね」
「あ、ありがとう!!」
* * *
「パパ!」
「あなた!」
「お前達!元気になって良かった!!」
あれからすぐに男の家に上がらせて貰うと、マイハは男にしたように、男の妻と子供にも癒しの力を使ってあげた。
骨と皮だけみたいだった二人はすぐに本来の肉体を取り戻し、涙ぐんで家族三人、熱い抱擁を交わしている。
「ありがとう!本当に!何てお礼を言えば良いか……金も食料もないが、何かお礼を……」
男が頭を床に付けながら感謝を告げる。その隣では男の妻も子供を抱き寄せながら、「ええ是非。本当にありがとうございます」とマイハに頭を下げていた。
マイハは初めからそのつもりだったのか、「なら」と口を開ける。
「人を探してる。何処で何をしているかも、顔も名前さえ知らない。知っているのはどんな魔力を持っているかだけ。今から言うから、もし知ってたら教えてくれない?知らなかったら、それで良いよ。この近辺に探し人が居ないことになるから。礼ならその情報だけで充分だよ」
「ま、魔力持ちか……『顔も名前も知らない』……一体誰を探してるんだ?」
男の問いに、マイハはアッサリ答えて見せた。
「“七翼の恩災”」
「「ッ!!??」」