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七翼の恩災  作者: 井ノ上雪恵
“七翼の恩災”捜索編〜閃光〜
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アルテの過去 後編

 翌日、俺はいつも通り家庭教師の先生から嫌味と説教を延々と聞かされた後、次の授業まで自室に篭っていた。


 ……父さんをこれ以上失望させない……。


 頭の中で昨日の両親の言葉が反芻される。

 このまま出来が悪いダメ息子のままでは、本当に捨てられるかもしれない。養子を取るのはこの際どうだっていい。俺より跡取りに相応しい子がドウォーク家の次期当主となって、父さん達が喜ぶんなら本望だ。

 しかし、養子を取ると同時に、俺のことを家から追い出されるとなれば話は別である。

 例え両親のおメガネに叶うことがなくても、それでも俺はあの人達に認めて貰いたかった。


「……と言っても……全力で頑張ってる筈なのに、成績は全く上がらないし……どうすれば認めて貰え……」


 ぶつぶつと独り言を呟いていると、ふと本棚に並んでいる本の背表紙の文字が目に入った。


 ……『職人の街ランゴ』……。


 声に出さず、心の中だけで文字を読む。


 ……『職人の街』……職人……これだっ!


 途端に視界がクリアになったように、頭の中のモヤが晴れ渡る。

 俺はベッドに投げ出していた身体を跳ね起こさせた。

 自然と口角が上がり、身体中に力が満ちているかのようにやる気が漲ってくる。


 ……俺も何か職人の資格を取れば……!


 握り拳を胸の前に持って来る。

 “職人の街”と謳われるランゴタウンにとって職人は街の宝だ。大工職人に服飾職人、細工職人。他にも色々な職人が集っている。

 何でも良かった。どれか一つでも資格を取って街の宝になれば、父さん達に認めて貰える筈だと思った。


 ……そうだ。父さん、最近腰や足が痛むって言ってたから、医学書も読んでみよう。


 そうと決まれば話は早い。

 俺は使用人に頼んで、ありとあらゆる分野の専門書を取り寄せて貰い、朝から晩まで授業やレッスン以外は、ずっと机に齧り付いて本を読み耽っていた。



 〜       〜       〜



 それから五年が経った。俺は十二歳となり、父さん達に内緒で医師免許や大工の資格などを取っていた。不思議なことに、両親に与えられた勉強は満足にこなせないのに、自分から取り組んだ勉学は面白い程身に付いた。

 相変わらず家庭教師の先生やマナーレッスンのおじさん達には落胆の溜め息を吐かれる毎日だったが、俺は確かにワクワクしていたと思う。

 父さん達に資格のことを話したら、どんな反応をするかと毎晩夢見ていた。

 本当にただの夢物語で終わるとも知らずに……。



 その日は突然やって来た。

 俺は朝早くに、父さんの書斎へと呼び出された。部屋に入ると、机の前で腕を付いて座っている父さんと、その隣に立ち並んでいる母さんが居た。

 いきなり何の用だろうと、内心ドキドキしながら父さんの言葉を待つ。

 父さんは何の情も込もっていない瞳で口を開いた。


「……アルテ、貴様はもうこの家に必要ない」

「………………え…………?」


 何を言われたのかわからず、俺は父さんの言葉を聞き返す。頭がガンガンと痛み、心臓がやけに速く脈を打つ。

 父さんは一つ溜め息を吐くと、苛ついたように後頭部をガシガシと掻いた。


「貴様を勘当すると言ったんだ。もう二度とこの家に帰って来なくて良い。しばらく食べていける分の金は渡してやるから、早く荷物を纏めて家から出ていきなさい」


 瞬間、頭を鈍器で殴られたような眩暈がした。

『勘当』……俺は捨てられるのか。

 そう頭が追いついた途端、勝手に口が動いていた。


「ま、待ってください!!俺もっと頑張りますから!!今よりもっと!父さん達に認めてもらえるように努力しますから!!そ、それに!俺……大工の資格を取ることができたんです!!

「「ッ!!?」」


 俺の言葉に両親が目を見開く。

 どうして驚いているのか、二人の心意を考えることなく、俺はがむしゃらに叫んでいた。


「他にも医師の資格とか、服飾の資格とか……沢山取ったんです!本当です!!確かに貴族としてのマナーは不出来ですけど、俺も街の宝に……」

「貴様、何をやっている!!??」


 俺の言葉は父さんの怒号で遮られた。

 何故怒鳴られたか理解できず、俺は目を白黒させながら反射的に口を噤む。

 見上げた父さんの表情は憤怒一色だった。


「与えた課題も満足にこなさず、そんなくだらないことばかりやっていたのか!?貴族の癖に下民の真似事をするなど、何を考えている!!?さっさと出て行け!!貴様など、最早息子ではない!!」

「……本当、必要のない子」


 父さんの怒声に続けて、母さんがポツリと呟く。


「…………」


 頭が真っ白になった俺は、父さん達にそれ以上何も告げることができず、使用人に連れられるままに家から追い出された。渡されたのは最低限のお金と、子供の時俺が頼んで取り寄せて貰った本だけ。


「…………」


 呆然と屋敷の建つ丘を降りていく。

 屋敷の屋根が見えなくなるところまで来て、俺は足を止めた。

 未だに朦朧としている頭の中で、最後に言われた母さんの言葉だけが浮かんでは消えていく。


 ……『必要のない子』……。


 身体を支えられなくなり、膝からその場に崩れ落ちた。


「……ふっ……ぅぁ……ッ!」


 目頭が熱くなって、鼻の奥がツーンとする。零れ落ちる涙を止めることができない。


「ぅ……ぁああああ!!」


 到頭堪え切れなくなって、誰もいない丘の上。俺は一人で何時間も泣き続けた。



 *       *       *



 家から追い出されて、丘を降り、街へと行っても、そこに俺の居場所はなかった。

 俺がドウォーク家の元貴族とわかるなり、街の人達は俺に冷たく当たった。

 家は手に入らないし、職も満足に就けられない。

 それでも「仕方ないよな」と何処か諦めてしまっている自分が居た。

 実の両親ですら捨てることを選んだ自分に、価値を見出してくれる人など居る訳がないのだ。

 だからどうでも良い。

 だからせめて……


 俺は本屋で一冊の本を手に取る。

 会計を済ませて、自分の新たな家である洞穴に戻ると、早速本を読み進めた。


 だからせめて……次会った時、ちょっとでも褒めてくれるように、自慢に思ってくれるように……。

 例え夢物語だとしても……例え家族だと思われなくても……こんな俺を認めて貰えるように……今は勉強するだけだ。

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