アルテの秘密
「……は……ハァアアア!!!??」
フリーズの後、マイハの叫び声が洞穴中に響き渡った。アルテは少し怯えた様子で「できれば誰にも言わないでいてくれると有り難いんですけど」と後頭部を掻く。
『この世界を滅ぼす』と伝説で謳われている“七翼の恩災”は、世界の支配者たる七賢聖にとっては巨悪そのものだ。“神の遣い”や貴族王族含め、その存在が他の人間に知れ渡れば、死刑になる可能性が高い。
マイハの驚き様をどう捉えたのか、やはり“七翼の恩災”であることを伝えるのは止めた方が良かったかと焦るアルテ。だが、マイハはマイハでそれどころではなかった。
「お前が“七翼の恩災”の一人!?魔力は!?どんな効果がある訳!?」
冷静さも吹き飛んで、アルテの両肩をガシッと掴むマイハ。その勢いに気圧されて、アルテは困惑しながらも「えっと」と口を開く。
「俺の魔力は『閃光』……要はフラッシュですね。この洞穴を照らしてる照明も全部俺の魔力が元になってます」
「魔道具じゃなくて、お前の魔力だった訳か……まあとにかく、漸く一人目が見つかった!」
「??それはどういう……」
滅多にないマイハのハイテンション。困惑や怯えならまだしも、嬉しそうなマイハの反応にアルテは首を傾げた。
マイハはアルテの肩から両手を離すと、ニコリとアルテに微笑みかける。
「人探ししてるって言ったでしょ?私達が探してるのが“七翼の恩災”なんだよ!」
余程歓喜しているのか、満面の笑みで告げるマイハ。それに対して、今度はアルテがフリーズする番であった。
「…………え……エェエエエエエ!!!??」
二度目の大絶叫が洞穴内を駆け抜ける。
アルテは目を白黒させて、マイハをポカーンと見つめた。
「人探しって……まさか“七翼の恩災”のことだったなんて……」
ブツブツと心の声が漏れ出るアルテだが、言われてみればとマイハの言動を思い出す。
探しているのは七人。顔も名前も知らない。全員魔力持ち。加えて言うなら、ヤバい奴の噂を頼りにしている程、危険な存在であるということ。
むしろ何故勘付けなかったのかと、自身の頭を疑いたくなる程だ。
だが問題なのはソコじゃない。
「……な、何で“七翼の恩災”を探してるんですか?しかも七人全員だなんて……」
アルテが恐る恐る尋ねる。
この世界の殆どの人々は“七翼の恩災”をただの伝説だと思って信用していない。仮に存在を信じていたとしても、所詮は禍事の象徴だという認識だ。世界を破滅へと導く最低最悪の犯罪者であり、何処かに存在するだけですぐさま“神の遣い”が飛んで来るような厄介者……そんな者達を探し出そうとする人間が居るなら、“神の遣い”の手下かヤバい思考を持った性格破綻者くらいだろう。
マイハが“七翼の恩災”探しをしている意味がわからず、アルテは心底不思議そうな表情を浮かべていた。
だが答えは単純明快である。
マイハはニヤリと悪い笑みを見せた。
「伝説知らないの?“七翼の恩災”を集める目的なんて、世界を滅ぼす以外何がある訳?」
「ほっ!?…………」
あまりにもアッサリ告げられた台詞に、アルテが思わず言い詰まる。深呼吸を繰り返しながら何とか気を落ち着かせ、「本気ですか?」とマイハの真意を探った。
「『世界を滅ぼす』って……犯罪ですよ?」
何とか捻り出した言葉がコレである。
一瞬キョトンとしたマイハだが、すぐに「あははは」と愉快そうに笑い声を上げた。
初めて見るマイハの大笑いに、逆にアルテの方が面食らってしまう。
「ま、マイハさん……?」
「あっはは!はぁ〜……可笑しぃ……犯罪って言うけどさ、私とっくの昔に賞金首になってるんだよね」
「へぇ、そうなんで…………えぇっ!!??」
つい流しそうになったアルテだが、単語の意味を遅れて理解して大声を上げる。
重大なカミングアウトの筈だが、マイハはまだ可笑しいのか、呑気にクツクツと声を噛み殺しながら笑っていた。
「……賞金首って……賞金首ってつまり、犯罪者ってことですよね!?マイハさんが!!?」
デシベル高く問い質すアルテに、やっと笑いが収まってきたマイハが、目元に滲んだ涙を拭いながら「そんな驚くこと?」と逆に聞き返す。
「賊にだって船作ったりするんでしょ?犯罪者なんて初めて見るわけでもないのに大袈裟だね。大体、お前が“七翼の恩災”なら、そこらの逆賊よりもよっぽど凶悪な犯罪者じゃん」
「ウッ……まあ、そうなっちゃうんですけど……」
アルテが視線を逸らす。わかってはいたが、改めて面と向かって「犯罪者」と言われると、どうしたって心が凹むものだ。
まあ、勿論マイハは一切気にしていない。「そんなことより」とグイッと自身の顔をアルテの顔と近付ける。
「さっきも言ったけど、私達は“七翼の恩災”を探す旅をしてる。お前にも旅の仲間になって欲しいんだけど」
マイハがニコリと艶美な笑顔で勧誘する。アルテは思わず頬を赤らめるが、目を明後日の方へ逸らすと「それは……」と返事を曖昧にした。
マイハは更に続ける。
「何か問題でもある?悪い話じゃないでしょ。この街にお前の居場所はある訳?こんな洞穴で正体隠しながら、惨めな思いして生きるくらいなら、私達と来なよ。それとも何?犯罪者になりたくない?」
マイハが意地悪く笑う。
アルテは正体がバレれば逆賊確定だが、このまま隠居生活を続けていれば、少なくとも犯罪者として追われることはないだろう。
マイハの目的を言葉通り受け取るなら、危険なことこの上ない。完遂されようが未遂に終わろうが、歴史に名を残す大罪人となるだろう。
だが、アルテが気にしているのはそんなことではなかった。
「……マイハさんの目的の真実がどうであれ、マイハさんが悪い人じゃないことはわかってるんです。でも俺は……」
はっきりしない言い回しで、アルテが目を泳がせる。アルテの様子に、マイハは無理強いすることなく「安心しなよ」と一度距離を取った。
「無理矢理連れて行く気はないから。何の心残りがあるかは知らないけど、迷いのある奴を旅に連れ出してもデメリットを背負うだけだしね」
「マイハさん……」
「話の途中だったね。事情が変わった。どんな内容でも相談に乗ってあげるから、聞いて欲しいことがあるならさっさと話しな」
マイハの気遣いにアルテが目を潤ませる。そして表情を緩めると、「それじゃあ」と恥ずかしそうに笑った。
「全部聞いてくれますか?俺は……」
「お嬢!只今戻りました!」
アルテが今正に話を始めようとした瞬間。タイミングが良いのか悪いのか、ラキが丁度帰ってきた。
話の腰を折られ、マイハが「はぁ〜〜」と思いきり溜め息を吐く。歓迎されていないことを肌で感じ取ったのか、ラキがぎこちない動きで奥まで入ってきながら「何か邪魔しちまいましたか?」と恐る恐る尋ねる。
アルテは慌てて「おかえりなさい、ラキさん」と笑顔で出迎えた。
マイハもマイハで溜め息はただの意地悪だったらしく、表情を戻して「ご苦労」と労りの言葉を掛ける。
「先に報告から聞こうか。ラキ、話しな」
「……お嬢、ホント他人で遊ぶの好きですよね……」
若干呆れながらも、ラキは気持ちを切り替えて「それでは」と口を開いた。
「“神の遣い”がこの街に来た理由は、やはり不穏分子の抹殺じゃなかったです」
「ということは……」
「ええ。この街の貴族……ドウォーク家の跡取りを選ぶ為に来たようで」
ラキが告げれば、マイハは「へぇ」と興味なさげに呟く。
「珍しいね。貴族の後継選びって……そのドウォーク家って貴族は何をやらかした訳?」
マイハが小馬鹿にするように嗤って問い掛ける。
街や国を治める貴族や王族は、基本一度決まればその血族が代々跡を継いでいく。だが、ホーテーのように七賢聖の定めた法に逆らう者が現れれば、話は別だ。法を破った本人に加えて、“神の遣い”が一族全員を処刑しに来る。そうなれば勿論、治める一族の決め直しだ。
“神の遣い”が貴族の後継選抜人として動く時、それは何処かの国や街から一つ、王族や貴族が消えることと同義であった。
だがしかし、ラキは「否」と否定する。
「別に何か罪を犯した訳ではなく、単純に跡取りになる子供が居ないらしいです。昔は跡取り息子が居たらしいが、数年前に家出したみてぇで……養子を取らせて跡を継がせるか、それともドウォーク家そのものを取り潰すか……その判断をする為に“神の遣い”が来たようです」
ラキの説明に、マイハは「なーんだ」と組んでいた腕を楽にした。
「くだらない理由だね。貴族の家を家出って……酔狂な奴も居るもんだ。それで?“神の遣い”の誰が来てる訳?」
「名前までは……赤髪の女でした」
「!!……へぇ……」
髪色を聞いて、マイハがニヤリと意味深に笑みを浮かべる。
気掛かりは解決した。「さて」とマイハはアルテに向き直る。
「さあ、次はお前の話だね……??」
マイハが不思議そうに眉根を寄せる。
アルテが顔を真っ青にして、身体を震わせていたのだ。その表情は無理矢理笑おうと必死だが、恐怖の色が拭えていない。
ラキが洞穴を出る前……“神の遣い”の話が出た時と同じだ。
マイハは「どうかした?」とアルテの顔を覗き込む。
マイハの顔を見て少し落ち着いたのか、未だ血の気の引いた顔ではあるが、アルテは「いえ」と首を横に振った。
「……マイハさん、ラキさん……聞いてくれますか?俺……アルテ・ドウォークの話を……」
「「ッ!!」」
マイハとラキが同時に目を見開く。
アルテは歪な笑顔を浮かべたまま、話を続けた。
「実は俺、この街を治める貴族の跡取り息子だったんですよね……」