有り得ないこと
暴れようとするマイハを宥めてしばらくした後、アルテの言う通り砲撃はピタリと止まった。ほぼ毎日されてるだけあって、アルテは非常に落ち着いた様子で「そう言えば」と話題を出す。
「マイハさん達は人探しをしてるんですよね?その為に『大人数で生活できる飛行船が欲しい』って言ってましたけど、正確には何人なんですか?」
アルテの質問に、マイハは「あ〜」と、言われてみれば詳しい説明を一切していなかったことを思い出す。正式に依頼すると決まった以上、具体的な説明は必要かと、マイハは口を開いた。
「私達が探してるのは、全員で七人だよ。だから、私とラキ……合わせて九人用のスペースを作ってくれない?」
「わかりました。それにしても七人って、結構多いですね。何かの集まりか何かですか?同郷の幼馴染とか……」
アルテが首を傾げる。
マイハは「否」と首を横に振った。
「顔も名前も、性別も……殆ど何も知らない奴らを探してる。何処に居るかの当てもないから、とりあえずヤバい奴の噂でも当たりながら探し中ってところかな」
マイハが応えれば、アルテは「えっ」と言葉を失った。
無理もない。何の情報もなく人探しなど無謀も良いところだ。せめて何か一つでも情報が欲しいところである。
「顔も名前もって……見つかりますか?それ……」
「見つかるかどうかじゃない。見つけるんだよ。何が何でも……ね。それに、一つだけ手掛かりもあるから」
「手掛かり、ですか?」
たった一つだけの手掛かり。
アルテが興味津々というように、身を乗り出す。マイハはフッと笑うと、人差し指を口元に持っていった。
「魔力だよ。そいつらの持ってる魔力がどんなのかは知ってる」
「魔力持ち……七人全員がですか?」
魔力。それは生まれ持った一つの才能とも言うべき力だ。魔力を持って生まれる人間はごく僅かで、百人に三人程しか居ないと言われている。持ってる魔力は人それぞれで、奇想天外な効果を持つ魔力も多い。
ちなみにマイハも魔力持ちで、通称『ヒノトリ』。身体を炎に変えることができ、またその炎は傷や病を癒す効果がある。魔力の流れを逆にすることで、反対に健康な身体を悪化させることも可能であった。
ホーテーの部下達の攻撃が通らなかったのも、マイハの身体を通り抜けた者達が一様に血を吐き出して倒れたのも、全てはマイハの魔力による効果である。
とにかく、魔力とは特別な能力だった。
全員が魔力持ちとなれば、確かに他の情報が無くとも探し出せる可能性は上がる。
一体どんな魔力だろうと、アルテの瞳に驚きと好奇心が渦巻いた。期待に応えるようにマイハは「そうだよ」と続ける。
「全員、自然に関する魔力を持ってる。“火”、“風”、“金属”、“植物”、“大地”、“水”……そして最後は……ッ!!」
そこで言葉が途切れた。
アルテがキョトンと首を傾げる中、マイハは洞穴の外に視線を向けていた。その表情は険しく、呼応するかのようにラキも表情を強張らせる。
「マイハさん?ラキさん?どうかしましたか?」
アルテが恐る恐る尋ねた。
アルテの問いには応えず、マイハが「ラキ」とラキに視線を送る。二人は顔を見合わせると、コクリと頷き合った。
意味がわからず、ますます頭に疑問符を浮かべるアルテ。
ようやくマイハが口を開いてくれた。
「この街に“神の遣い”の艦が来てるみたいだよ」
マイハの言葉にアルテが「え……」と短く反応する。
「……結構近くにいるね。しばらく、洞穴から出られそうにないな」
「それより、何故突然“神の遣い”の艦がこんなところに……奴らの仕事は不穏分子の抹殺の筈だ」
ラキが訝しむ。
もしかしたら自分達のことがバレてしまったのかもしれないと緊張が走るが、マイハは冷静に「否」と訂正した。
「確かに不穏分子の抹殺の為に来たんなら、私達の存在がバレたのか、若しくは他に……この街に怪しい奴が居るかのどっちかだけど……“神の遣い”の仕事はもう一つある。アイツらは……」
「“貴族の後継選抜人”……」
マイハの言葉を遮って、代わりにアルテが答える。マイハとラキが同時にアルテの方に振り返ると、アルテは顔面蒼白にして指先を微かに震わせていた。
その異常なまでの反応に、ラキは「どうした?」とアルテに近付く。
マイハも視線だけアルテに固定させるが、対してアルテは「いえ……」と力なく答えるだけで、それ以上は何も話そうとはしない。
とりあえずアルテに構っている暇はないので、マイハは「ラキ」と一言告げた。ラキは黙って頷くと口を開ける。
「“神の遣い”の動向を調べて来ます。お嬢達はここで待っていてください」
「宜しい」
意図がしっかり伝わっていることを確認すると、マイハが満足げにラキを送り出す。
ラキは怪しまれないよう狼へと姿を変え、洞穴の外へと向かって行った。
ラキの背が見えなくなると、マイハは未だ俯いているアルテに視線を下ろす。そしてフッと口角を上げると、「さて」とアルテの隣に腰掛けた。
「……もしかしてお前、“神の遣い”と敵対でもしてる?」
「えっ……!!」
アルテが顔を上げれば、すぐ近くにはマイハの顔。思わず頬を染めて慌てるアルテだが、マイハは構わず続けた。
「確かに『“神の遣い”が街に来てる』と聞けば、誰だって恐怖するだろうけど、お前の怯え方は異常だよ。まるで“神の遣い”の狙いが自分にあるとでも思ってるみたいだ。それに、この洞穴……仕事場としてならともかく、どう見てもお前の家代わりでしょ。加えてお前、魔力持ちの癖に意図的に魔力を隠してるしさぁ」
「!!」
ビクリとアルテの肩が小さく跳ねる。「気付いてないとでも思った?」とマイハは笑った。
「微かにだけど、お前から魔力を感じる。あまりにも微弱だから、逆にソレが魔力を隠そうとしてる証拠になっちゃってるけどね。魔力は『選ばれた者にしか宿らない特別な力』とも言われる代物だ。見せびらかすことはしても、隠そうとする奴なんて普通は居ないよ」
「…………」
どんどんとアルテの顔色が悪くなっていく。追い詰めるかのようにマイハは意地悪く口角を上げた。
「家が洞穴で、自身の痕跡の象徴たる魔力を隠し、果ては“神の遣い”への反応……フダツキだと勘繰られても仕方ないんじゃない?」
マイハがアルテに笑いかける。
アルテはしばらく無言を貫いていたが、ゆっくりと口を開けると「そんな大層なモノじゃありませんよ」と小さく呟いた。
「ただ……臆病なだけです。望みはあるのに、現状を変える勇気が持てない……ただソレだけです……」
言いながら自虐気味に嗤うアルテに、マイハは「ふぅん」と興味なさげに漏らす。
そして一言。
「お前、とことんどうしようもないね」
と吐き捨てた。
あまりにも歯に衣着せぬ言い方に、グサリと効果音が付きそうな程、思いきりアルテの心にマイハの発言が突き刺さる。
更に頭を足の間に埋め、低姿勢になるアルテだが、マイハは「馬鹿じゃないの」とアルテの頭を両手で鷲掴みにし、無理矢理顔を上げさせ視線を合わせた。
「臆病だとわかってるなら、何で孤立してる訳?」
「ッ……」
「『全部自分が悪い』『皆から良く思われていない』……それで一人で生きていこうって?こんな洞穴の中に引き篭もって、無職を続けてまで?残念だけど、どんな奴だって一人で居るには限界があるんだよ。お前みたいな弱虫は特にね。勇気が出なくて怖いなら、一人で抱え込むな。誰かに相談しろ。単純な話、一人じゃないって思えたら、人は強くなれる生き物だから」
マイハの真っ直ぐな視線に、アルテは直視できず目を伏せる。そして、小さく開けられた口からボソッと「マイハさんは強いですね」と声を漏らした。
「……俺臆病で、マイハさんの言う通り弱虫で、色んなことが怖くて……本当どうしようもない程情けないですけど……一番怖いのは……誰かに拒絶されることです」
マイハがアルテの頭から手を離す。そのまま顔を地面に向けると、アルテは自身の震える手の平を見つめた。
「自分の声が届かなかったらどうしようとか、伸ばした手を振り払われたらどうしようとか……どうせ俺なんかって思っちゃったら、もう誰かに話しかける勇気すら持てませんッ……ホント情けないですよね……」
卑下するように自嘲すれば、アルテはまた黙り込む。そんなアルテに、マイハは一瞬キョトンとした表情を浮かべると、すぐに「はぁあ?」と眉間に皺を寄せた。
「もしかしてお前さぁ……『世界中の人間とオトモダチになりたい』なんて、そんな脳内お花畑みたいなこと思ってる訳じゃないよね?だとしたら、お母さんのお腹の中まで戻るか、今すぐ来世に行く準備した方が良いよ。手遅れだから」
「いえ、そんなッ……そんな大それた事思ってませんよ!絶対無理なことくらいわかってますから!」
思ってもみないマイハの反応に、思わず顔を上げてアルテが否定する。それを聞いて安心したのか、マイハは険しかった表情を緩めると、「そう」とアルテの意見を肯定した。
「絶対無理だよ。世界中の人間と仲良くなろうなんて。この世界に生きてる奴は皆、思考も思想も趣味嗜好も全部バラバラで、同じ人間なんて唯の一人として存在しない。残念なことに、『人間なんて』って一括りにはできないんだよ。善人が居れば悪人が居る。馬鹿な奴も居れば賢い奴も居る。他人を平気で傷付けられる奴も居れば、他人の痛みに涙を流せる奴も居る。誰一人として同じ存在が居ない以上、世界中の人間から好かれようなんて到底不可能な話だ。でも、それは逆も同じ」
「!!」
アルテが目を見開く。真っ向から見つめるマイハの瞳は、情が込もっていないにも関わらず、何故だか温かく感じられた。
「全員から好かれることがないように、全員から拒絶され嫌われるなんてことも有り得ないんだよ。絶対にね。だから人と関わることに怯える必要なんてない。無視する奴も手を取らない奴もスルーで良いじゃん。いざとなったら面倒事押し付けられる有用なコマだよ。声が届いた奴、自分を受け入れてくれた奴を大事にすれば良い。分かり易くて良いでしょ」
「!!…………」
アルテの瞳に光が差し込む。
確かにその通りだ。誰からも理解されないなんてことは有り得ない。一人じゃなくなるなら……たった一人でも誰かに受け入れられるなら、全員から好かれる必要もない。
マイハは心底呆れた様子で、やれやれと溜め息を吐く。
「お前はさ、自分が傷付かないように言い訳してるだけだよ。参考書広げる前に、もっとすべき努力があるでしょ。『こんな自分でもできることがあるって証明したい』だっけ?こんな所で引き篭もってる暇があるなら、さっさとその望みを叶えに外に出なよ」
「そう、ですね……ホントに……」
アルテがマイハの言葉を噛み締める。そして一度目を閉じ、大きく深呼吸をした。
瞼を開け、マイハを見据えれば、少し硬い声で「マイハさん」とその名を呼ぶ。
「話、聞いて貰っても良いですか?」
アルテが尋ねる。自分の望みを叶える為、味方を増やす努力……その第一歩だ。
マイハはフンとそっぽを向くと「バーカ」と返す。
「話したいなら話せば良い。こんな狭い空間なんだから、勝手に喋れば全部聞こえるでしょ。相談に乗ってあげるかは、話の内容次第だよ」
意地の悪い言い方だが、ソレがマイハだということは、この短い付き合いの中で既にアルテにもわかっている。
アルテは苦笑しながらも「はい」と嬉しそうに微笑むと、「勝手に話します」とゆっくり語り始めた。
「マイハさんは“七翼の恩災”って信じますか?」
「……は?……」
「実は俺……“七翼の恩災”の一人……みたいなんですよね」
「………………」
固まるマイハ。
遂に一人目が見つかったのである。