嫌われ者
テトラポッドに打ち付けられる白波。揺れる船は大きな揺りかごのようだ。流石に夕日も沈みかけのこの時間帯では、客も職人もまばらで、日中の賑やかさはない。
ランゴ街が誇る港近くの工場地帯。そこから少し離れた切り立つ崖の洞穴の前にマイハとラキは立っていた。
「……人間の大工って、洞穴に作業場があるものなんだ。初めて知ったよ」
「否、修行僧じゃあるまいし、有り得ませんって」
ズレたマイハの感想にラキがツッコむ。
紙に書かれた住所通りの場所に二人が向かえば、そこにあったのはとても人が働けるとは思えない……そこそこ大きな洞穴だけだった。
住所が正しいなら、この洞穴の中にアルテの工場がある筈だが、近くに立派な工場達が建ち並んでいるのに、どう考えてもこんな洞穴で作業する意味がない。
ラキは「住所読み間違えたか?」と疑心暗鬼になりながら、もう一度紙切れを確認する。自分の道案内が間違ってないことを知ったところで、「仕方ありません」とマイハに視線を向けた。
「とりあえず、ダメ元で洞穴の中に入ってみましょうか」
「そうだね」
そうして二人は洞穴の中へと入って行った。
* * *
海の近くにあるにも関わらず、洞穴の中はかなり乾燥していた。奥は結構広く、中から風が吹き抜けてくる。所々にランプが吊るされている為、それ程暗くはない。
「結構深いな……」
「それより、ここに吊るされてるランプ……全部薄らと魔力を感じる。魔道具かもしれない」
気付いたことを言い合いながらマイハ達が歩いて行くと、一際明るい拓けた空間に辿り着いた。
年季の入った机。タオル一枚しか置かれてないベッドに、キッチンと呼べるかどうか怪しい超簡易的シンクとコンロ。そして天井と机近くにそれぞれ証明が一つずつ。大きな本棚にはビッシリと本が入っており、入りきらなかった分は机の横に積み上げられている。机の上にはたくさんの紙とペン、定規などが散乱しており、その奥には巨大アスレチックのような木組みがあった。
まるで秘密基地のようだ。
だがしかし、肝心のアルテは不在だった。
「人の気配がない。誰も居ないみたいです」
「留守か……ま、その内帰ってくるでしょ。それまで待ってようか」
言いながら、マイハが机の前に置いてあった椅子に勝手に腰掛ける。
既に自宅のように寛いでいるマイハに呆れながら、ラキも「そうですね」とアルテの帰りを待つことに賛成した。
と、その時だった。
ドカーンと、凄まじい轟音と共にとてつもない地響きに洞穴内が襲われる。
「「ッ!!?」」
二人が「何だ!?」と纒うオーラを変えるが、そのすぐ後だった。
「はぁ……今日はいつもより遅いですね。タイミングぴったりじゃないです……か…………」
「「……」」
アルテが丁度洞穴に帰ってきた。三人共、互いに数秒無言で見つめ合う。
一番最初に口を開いたのはアルテだ。
「なっ!えっ!?マイハさん!?と、誰ですか?」
まさか既に居るとは思わなかったのだろう。マイハの姿にアルテが目を見開く。ついでに、マイハの側に居る見知らぬ男にアルテは首を傾げた。
アルテの登場に、ラキはポカンと間抜けな表情を浮かべながらマイハに「コイツがそうですか?」と目だけで訴える。マイハが悪戯っ子のようにニヤつきながら首を縦に振れば、ラキは言いたいことを喉奥に仕舞い込んで片手をアルテに差し出した。
「驚かせてすまない。俺はラキだ。お嬢……マイハさんの部下をしている。よろしく頼む」
「あ、ど、どうも。俺はアルテって言います。宜しくお願いします」
ぎこちない自己紹介の後、二人は轟音と地響きの続く中、握手を交わしたのであった。
* * *
「さあ、座って下さい。ちょっと騒がしいですけど、その内止みますから」
若干混乱していた頭も落ち着き、アルテが無いソファの代わりに、ベッドの上にマイハとラキを促す。マイハは素直に座るが、ラキはマイハの側で立ったままだ。
部下が上司の隣に座るのもアレかと思い直し、アルテは特に気にした様子もなく、机近くの椅子に腰掛ける。
全員席に着いたところで(ラキは座っていないが)、マイハが「ところでさぁ」と話を始めた。
「まず聞きたいんだけど、この音と振動って何?」
マイハが右手人差し指を天井に向ける。
アルテが帰ってくる直前から突然始まった轟音と振動は、一定の間隔で洞穴を襲い続けていた。まるですぐ近くで大砲を鳴らしているかのようだ。
純粋な疑問としてマイハは尋ねた訳だが、問われたアルテは「あー」と気まずそうに視線を逸らす。
「……これは、ですね……大砲の試し撃ちをしてるんですよ。偶に各国の軍隊や、賊達から依頼があるんです。軍艦や海賊船を作って欲しいって依頼が。それに乗せる大砲も俺達が作るんで、作ったヤツの試し撃ちも必ずするんです」
アルテがしどろもどろに答えると、ラキが「へぇ」と納得する。
「こんなに工場が近いと、振動も地震クラスになるもんなんだな。まるで洞穴に向けて撃ってるみてぇだ」
何の気なしにラキが感想を溢すが、アルテは更に顔を背けると「その通りです」と小さく告げた。マイハとラキが揃って「ん?」と首を傾げる。
「えっと……ラキさんの言う通り……この試し撃ち……この洞穴に向けて撃ってるんです、よね……」
「…………」
ラキが思わず口を閉ざす。
マイハはマイハで「へぇ。お前、命狙われるくらい嫌われてるんだねぇ」と呑気に笑っていた。
そんなマイハに怒るでも気分を害されるでもなく、アルテは「いえ」と首を横に振る。
「別に命を狙われてる訳じゃないんです。弾だって殺傷力のない物に変えてくれてますし、洞穴が崩れないよう少し標準をずらして撃ってくれてます。なので俺を殺したい訳じゃなくて、これはただの嫌がらせです」
アルテは何でもないように話すが、どっちにしろである。
ラキは何とも言えない表情のまま「何でそんなことになってんだ?」とアルテに尋ねた。
アルテは少しだけ顔を俯けると、「マイハさんには少し話したんですけど」と語り始める。
「俺、色んな資格を持ってるんですよね。大工に医者に……服飾、陶芸、ガラス細工……この街は職人の街ですから、やろうと思えば何でも学べるんです。でも、普通は一人一つの事を何十年とかけて磨いていくんですよね……」
アルテは伏し目がちに本棚に並べられた本達をチラリと見た。
並んだ本のジャンルは様々だ。色んな職種にアルテが手を出した証拠である。
「俺は……頭の出来は良くないのに、何故か手先は器用みたいで……やってみて出来なかったことはなくて……それが他の方達……一つの事を真面目に頑張っている方達には面白くないらしくて……特に大工職の方達は上下関係が厳しいので、まだ大工職に携わって二年の俺が出しゃばってるのが、兄弟子達の癪に触ってしまったんですよね」
そして今のこの現状という訳である。
要は嫉妬による嫌がらせだ。
マイハは「くだらないな」とあっさり吐き捨てる。
「簡単な話だよ。要は嫌がらせをしてくる連中、全員死刑にすれば良いだけのことでしょ」
「えっ……?」
頭に疑問符を浮かべるアルテをスルーして、何をどう考えたらそうなったのか、マイハは「ラキ、行くよ」とラキに声をかける。
マイハが本気だとわかったアルテは「ち、ちょっと待ってください」と、慌ててマイハを止めた。何故呼び止められたのかわからず、マイハは不思議そうに顔を振り向ける。
「マイハさん、な、何するつもりですか?」
「??だから、今大砲撃ってる奴らを全員死刑にするんだよ」
「な、な……そこまでしなくて大丈夫ですよ!?別に俺、何とも思ってませんから!それに、全部俺が悪いんです!俺が中途半端なことしてるから、皆さんに迷惑をかけてしまって……」
最後の方はだんだんと声が小さくなっていき、遂には途中で言葉が途切れてしまった。
そんなアルテにマイハは溜め息を一つ溢すと、アルテの目の前まで歩いていき、アルテの顔を覗き込んだ。
「お前は馬鹿か?」
「……へ?……」
あまりに率直な悪口に、思わずアルテが間抜けな声を漏らす。構わずマイハは続けた。
「『全部自分が悪い』……そんなことある訳ないでしょ。過小評価や謙遜は時にただの嫌味だよ。聞いてて気分が悪い。嫉妬なんてさせるだけさせとけば良いよ。中途半端だろうが何だろうが、お前が努力してることに変わりはないんだから……相手は“兄”弟子なんでしょ?弟なら兄に迷惑かけても、踏ん反り返って高笑いしてるくらいが丁度良いんだよ」
「マイハさん……」
言葉は悪いが自分を思っての発言に、アルテがジーンと涙ぐむ。
マイハはアルテの涙を見届けると、老若男女が見惚れる微笑みをニッコリ浮かべ、「という訳で」と立ち上がった。
「いい加減煩いから、外の連中死刑にして来るよ」
「マイハさん!!?」
涙も吹っ飛んで、アルテがマイハを必死に説得するのであった。