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化囃子〈ばけばやし〉

コンビニでコーヒーを買うのも悪くない

作者: 藤倉楠之

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。

「では、問題です。カフェオレとカフェラテ。イタリア発祥のドリンクはどちらでしょうか?」 

(勘弁してくれよ。知るかそんなもん)


 オレのいらだちなど知らぬげに、声は続ける。


「タッチパネルのボタンを押してお答えください!」

(つうか、イタリアってなんだよ? 二十世紀のコーヒー牛乳がカフェオレで、二十一世紀のコーヒー牛乳がカフェラテだろ)


 背後に並んでいる若い男の視線をばりばりに首筋で感じながら、オレは冷や汗をこぶしのうらでぬぐった。もう、適当に押して、早くこの場を終わらせたい。完全に当てずっぽうで、左に表示されていたカフェオレのボタンを人差し指でとんとん叩いた。


「ブッブー! 残念でした! カフェオレはフランスのカフェで提供される、ドリップコーヒーと牛乳を半々の割合で合わせたもの。イタリアのコーヒースタンドで提供される、エスプレッソとスチームドミルクを合わせた飲み物がカフェラテです! さあ、チャンスは残り二回です」

(早くコーヒーをくれよ! 二杯目無料アタックチャンスとかいらねえから……!)


 まだ後二回、この苦行に耐えなければならないのか。オレはイライラしながら、「次へ」と表示されたボタンを連打した。


   ◇


 アイスコーヒーを買おうと思っただけなのだ。


 普段は、昔ながらの缶入りのものを自動販売機で買う。だがその時ふと、会社の事務のカナちゃんが、「最近のコンビニのコーヒーって、下手な喫茶店のよりウマいんすよ」と言っていたのを思い出した。


 喫茶店なんてもう、十年以上行っていない。


 日々働いた稼ぎの大半は、借金の返済と、離れた土地で暮らす別れた妻と娘への慰謝料という名の仕送りに消える。自分は出来るだけ自炊で食費を抑えつつ、アパートに帰って寝るだけの生活。


 スマホだって、最低価格の格安プランを契約しているので、プランに含まれている通信量の上限が低い。その上限ラインを越えると、使った分だけ課金されるので、通信費が気になって、うかつにインターネットも見ることができない。どうしてもインターネットが必要な手続きや連絡は、市民センターのWi-Fiスポットでまとめて済ませている。

 飲食店で金を遣うなんて、もってのほかの大罪である。


 だが、唯一の楽しみだった缶入りのコーヒーも、このところ値上げが続いている。会社の近くの自動販売機では、商品入れ替えのとき、オレのお気に入りの格安の銘柄がなくなってしまった。代わりに入ったブラックコーヒーは、オーガニックブレンドだか何だか知らないが、少ないわりに、前買っていたものより三十円も高い。


 そんなことをぼやいていたら、それならコンビニのレジで売っているカップ入りのものとほとんど値段が変わらない、と言いだしたのが、くだんのカナちゃんだったというわけだ。


 その時は、止められかけた電気代を払うとき以外、コンビニなんてそもそも行かねえよ、と笑い飛ばしておしまいだった。


 でも、炎天下、散々動き回って仕事をして、いつもの自動販売機の前にようやくたどり着き、あの忌々しいオーガニックブレンドの缶を目にしたとき、カナちゃんの一言を思い出した。


 うまいコーヒーが飲みたい。骨身を削るように働いた日に、そのくらいの贅沢は許されたっていいだろう。何と言ったって、ニ十円程度の違いなのだ。


 そんな気がして、ほんの気まぐれで、三十メートル先のコンビニまで足を運んだのだった。


 不必要なまでに明るいチャイムに出迎えられ、自動ドアをくぐる。会社支給の仕事着のままのオレは、このぴかぴか明るい空間にそぐわない気がして、無意識のうちに肩を丸めていた。


 完全に被害妄想だ。同じ仕事着のままで、後輩のベッタはここに毎日、ミントガムを一本と、昼食用のカップラーメンを買いに来るらしいのだから。いつも陽気で軽い口調のベッタがコンビニ通いに引け目を感じているそぶりを見せたことは一度もない。だとしたら、オレの服装だって別に何の問題もないはずだ。そう思っても、場違いでいたたまれない気持ちは消えないままだった。


 雑誌を眺めるふりをしてレジの見える位置に陣取った。

 しばらく待って、コーヒーを買う客がいれば、どういう手順で買っているか見てからレジに行こうと思ったのだ。


 チャンスは、予想外のタイミングでやってきた。危うく見逃すところだった。

 アイスクリームのショーケースの前で立ち止まったサラリーマン風のスーツ姿の男が、透明なプラスチックのカップにかち割り氷のようなものが詰め込まれた商品を手に取って、レジに持って行ったのだ。真夏の野球場で売っていそうな商品だな、と思いながら眺めていたら、代金を払い終えた男がおもむろに、こっちに歩いてきた。


 男は、俺がいる雑誌コーナーの脇、コーヒーの写真が大きく印刷されたサインボードの下に並んでいる機械のひとつの前に立って、封を開けたかち割り氷のカップを機械にセットした。何かボタンを二回ほど押すと、ほどなく、軽快な作動音に続いて、コーヒー豆を挽くときの香ばしい香りが漂い始める。ものの二分ほどで、氷の詰まった容器に熱いコーヒーが注がれ、アイスコーヒーが出来上がった。男は、機械の横に並んでいたガムシロップとクリームのパッケージを二つずつとって封を切り、コーヒーに放り込んだ。出来上がった濁り琥珀色の液体を軽くかき混ぜ、透明の蓋を被せながら店から出ていくまで、流れるようなよどみない動作だった。


(あれか。カナちゃんの言ってたやつは)


 オレは頭の中で学習したことを整理した。

 アイスコーヒーの購入は、アイスクリームのショーケースからスタートする。かち割り氷のカップをレジに持って行って代金を支払い、機械を操作して、コーヒーを抽出する。ガムシロップとクリームは、必要な数だけ使って、ゴミはすぐわきのごみ入れに捨てていい。蓋や木製の使い捨てマドラー、紙ナプキンは必要な量だけもらっていい。


 ホットコーヒーの場合は、手ぶらでレジに行き、注文すると店員が紙コップを渡してくれる、ということも、ほどなく理解できた。


 さほど難しいこともないだろう。コーヒーマシンの表示は遠目には読み取れなかったが、せいぜい、押しているボタンは二つまでだ。日本語で案内表示も出ているようだから、落ち着いて操作すれば、ひどい失敗はしないはずだ。


 そこまで確認してから、オレは、緊張に早まる鼓動をなだめつつ、「アイスコーヒー」とプリントされたカップに封じ込められたかち割り氷をレジに運び、支払いを済ませて、コーヒーマシンの前に立ったのだった。


 人感センサが内蔵されているのだろう、何もせずとも、『ご注文のメニューをお選びください』というメッセージとともに、ドリンクの種類を列挙したボタンがタッチパネルにずらりと表示される。


「アイスコーヒー、っと」


 次に表示されたのは、予想通りサイズ選択ボタンだった。かち割り氷のカップを選ぶとき、アイスコーヒーには3サイズあることは確認済だ。自分が選んだ、Sサイズのボタンを軽くタップする。

 これで、抽出が始まって、出来上がりの画面が表示されたら、オレのささやかな冒険はクエストクリア、のはずだったのだ。


 だが次の瞬間、鳴り響いたのは、機械に内蔵されたコーヒーミルの回転音ではなかった。軽やかで華やかなチャイム。あっけにとられる俺の前で、コーヒーマシンの画面には、無数の花火が打ち上がった。その中央に、くるくる回転しながら浮き上がってきた、ネオンカラーの『コングラチュレーションズ』。俺の中で、辛うじて読めるけれど綴れない英単語ナンバーワンだ。


 いやいやいや。予想外の事態に俺は凍りついた。聞いてない。何だこれは。


「ご当選、おめでとうございます! カップドリンクお買い上げのお客様、千人に一人のアタックチャンス! クイズに正解すれば、お好きな飲み物をもう一杯プレゼント! さらに、正解者の中から抽選で、五百名のうちから一人に、スペシャルギフトをプレゼント!」

 機械合成の音声は楽しげに、ディスプレイに表示されたのと同じ文言を繰り返した。


 そして、よくわからないクイズが始まったというわけだ。


   ◇


 二問目は、鳥の名前当てクイズだった。表示された画像は、黒っぽい羽のカラスぐらいの大きさの鳥で、大きな黄色いくちばしがバナナのように下向きに湾曲している。目の周りからあご下にかけて白い模様がある。コーヒーの主要な産地である中米に多く生息しているらしい。


(知るかよ)


 そう言えば、例の忌々しいオーガニックブレンドの缶にはこの鳥に似たキャラクターがあしらわれていたかもしれない。だが、名前なんて気にしたこともない。

 だが、表示された選択肢は、更に人をなめくさったものだった。


『Aハチクマ、Bキバタン、Cオオハシ』

「学生サークルのニックネームじゃねえんだぞ。真面目にやれ」


 思わず声に出してツッコんでしまった。

 しかも、最後の選択肢なんか、ニックネームにする努力すら放棄したようにしか見えない。


(オレが知らないだけでこの鳥が超有名なセレブのペットで、ニックネームが知られてるとかそういうことなのか)


 黒っぽい色を手がかりに選んだAは惨敗。それぞれの鳥の写真が表示され、いちばんやる気がなさそうなCが正解だったが、正直さっぱりわからなかった。もしかして、こいつら全員が動画投稿サイトで流行っている鳥業界のアイドルなのかもしれない。なら、分かるわけがない。


 なぜだ。なぜ、コーヒー一杯を買おうと思っただけなのに、こんな辱めを受けねばならぬのか。こんなおっさんは、おしゃれな喫茶店どころか、コンビニコーヒーですらお呼びでないというのか。

 世の理不尽を一身に背負ったような気分で機械の画面を叩いていると、後ろの若い男が話しかけてきた。


「あのね、おじさん、チャンスあと一回でしょ」


 振り返ると、思ったよりずいぶん若い――まだ半分子どものような少年だった。中学生か、高校生になりたてくらいか。ふわふわとした長めのくせ毛が寝ぐせのように跳ね、だぶっとしたパーカーを着た姿は、愛嬌はあるがお世辞にもおしゃれとは言えない。


「僕ね、ココア飲みたいんですけど、おじさんのクイズに正解できたら、当たりの分でココアおごってくれませんか?」


 ずいぶん図々しい申し出である。だが、それをふしぎと不快に感じさせないような、人懐っこい、笑顔のかわいい子だった。


「なんでだよ。もうコップを買ったから並んでたんじゃないのかよ」


 普段、オレは見知らぬ子どもに気やすく話しかけるタイプでも、話しかけられるタイプでもない。不審者呼ばわりされてはたまらない、と思って警戒しているからだ。だが、その開けっぴろげな態度につられて、このときばかりはつい、ツッコミを入れてしまった。


「ううん。お金なくって。そしたら、アタックチャンスの音楽が聞こえて、初めて実物を見たからうれしくなっちゃって見てたんです。花火、カッコいいですね!」


 こんな子どものためにオレは、急いで機械の順番を空けてやらないと、と思っていたのか、と気が抜けてしまった。


「ちゃっかりしてんなあ」


 だが、別にオレだって、この瞬間に飲み物を二杯手にしたところで飲み切れるわけでもない。事務所に持って行ったところで、ベッタにやればカナちゃんがすねて面倒くさいだろうし、カナちゃんにあげれば今度はカナちゃん狙いの男性陣から白い目で見られるだろう。目立ちたくないオレにとっては、本当に有難迷惑なアタリなのだった。


「まあ、いいよ。お前さんが正解すれば、だからな」

「僕ね、すっごく運がいいんです。だから、クイズに正解したら、スペシャルギフトもあてちゃうかも。そしたら、それはおじさんにあげますね」

「調子いいやつだなあ」


 オレは呆れつつ、表示されたままになっていた「次へ」のボタンを軽く叩いてから、場所を少年に譲った。


「それでは、ラストチャンスです。ベトナムで生産される高級コーヒー、コピ・ルアックに欠かせない役割を持っている動物は次のどちら?」


 画面に表示されたのは、二種類の地味な動物だった。

 左側は、イタチのような、少し胴の長い生き物。茶色っぽい毛皮で、額が広く、耳が小さい。愛嬌のある顔立ちだが、歯はいささか獰猛そうだ。右側に表示されたのは……。


「なんだ、タヌキじゃねえか」


 思わず口をついて出たオレの言葉に、少年ははっとして振り返った。


「おじさん、わかっちゃいました?」


 ベトナムにタヌキはいないだろう。あれは意外に日本周辺にしかいないのだと聞いたことがあった。絵本によく出てくる、あれだ。目の周りが黒くて、尻尾がしましまの愛嬌ある動物。


「ああ、答えは左だ」


 少年は左の写真をタップした。軽やかなファンファーレがなり、画面はパーティークラッカーが破裂するアニメーションでいっぱいになる。


「ピンポン、大正解! お好きな飲み物をお選びください」


 少年はしょんぼりして、ふたたびオレに場所を譲った。


「正解したのはおじさんだから」


 いや、ばか正直か。

 オレはそそくさと帰ろうとする少年のパーカーのフードを捕まえてから、店員に声をかけた。


「アタリでたんで、アイスココア用のカップください」


 画面には、「セカンドチャンス、スペシャルギフト『一年間ドリンク毎日一杯チケット』! 残念! はずれ……」の文字が踊っていた。


   ◇


 店の外で、少年は律儀にオレに礼を言ってから、アイスココアをすすった。


「なんだかせびり倒した格好になっちゃって、すみません」

「図々しくクイズやらせろって言ってきた割に、しおらしいこと言うんだな。いいんだよ、どうせ一杯買うだけのつもりだったんだから」

「どうしてわかったんですか」

「タヌキは見たことあるからなあ。何度も」


 田舎に住んでいると、よく出るのだ。さっと通り過ぎるくらいで、まじまじと見た回数は少ないのだが、以前、出稼ぎ先の工場が過疎化した町の郊外だったときには、敷地内の寮の近くにもしょっちゅう出没していて、数度はっきりと目撃した。絵本によく出てくる姿そのままで、なるほど、と思ったものだ。


「何度も……! それはすごいです。徳の高い人生を送っておいでなのですね」


 タヌキを見るのに、徳も何もないだろう、と思う。変な子どもだ。


「僕、相当訓練したつもりなんですが、まだまだです」


 何の訓練だ。タヌキの写真を見分ける訓練? まさか。そこまで考えてから、いや、生態調査とかの部活があるのかもしれないな、と思い直した。


「お前さん、普段は何をしてるんだ。学生さん?」


 他人に興味を持ったのなんて、何年ぶりだろう。


「僕、こういうものです」


 少年は一人前に名刺を取り出した。


『正条探偵事務所 調査員

 正条東介しょうじょう とうすけ


「父の事務所で働いております」

「お、そんな若いのに、もう一人前に仕事してるのか」


 このふんわり、のんびりした少年に、探偵業が務まるのかという疑問は一瞬脳裏を掠めたが、気にしないことにした。適材適所と言うし、この子に合った仕事もあるのだろう。タヌキの生態調査とか。知らんけど。


「そうですねえ、まだ百五十歳ほどなので、駆け出しです」


 彼はごくごく生真面目そうな顔でそんな冗談を言った。十五歳ってことか。


「中卒で働くのは何かと苦労も多いだろうが、がんばれよ」

「ありがとうございます。何か、お困りのことがありましたら、こちらの探偵事務所までご連絡ください。精一杯、問題解決に努めます」

「お、営業、精がでるねえ」

「うちの調査員は有能ぞろいです。名刺、なくさないでくださいね」


 少年はにこっと笑った。手放しで邪心のないその笑顔に、オレもつられて笑ってしまった。コンビニでコーヒーを買うのも、機械に手を焼くのも、こんな気持ちのいい子と少し話せるチャンスになるなら、悪くはないもんだ。


 探偵なんて、もちろんオレの生活に全く縁も必要もない。それでも、オレはその名刺をなんとなく財布に入れっぱなしにしていた。


   ◇


 会社の納涼会のビンゴで貰った宝くじをその財布にしまって、しばらく忘れていたのだが、ふと気になって当選番号を調べたら大当たりしていた。その金で保証人として背負いこんだ莫大な借金を返し、晴れて娘と妻を呼び寄せることができたのは半年後のことだった。


『僕、すっごく運がいいんです』


 激変した生活がひと段落したころ、あの時の少年の言葉を思い出した。この幸運は、彼のくれた名刺のせいかもしれない。

 気まぐれに、ココアの一杯でもお礼をしようかと、探偵事務所に電話を掛けたが、番号はでたらめだった。住所も、地図検索アプリで検索を掛けたところ、該当なしと言われてしまった。


 名刺自体が、手の込んだ冗談だったのかもしれない。それでも、オレは、その名刺をずっと財布に入れておいた。


 名刺の一枚程度、シャレで持っておけないようでは、大人が廃るというものだ。


 あれからもう何年か経つ。あの子にまた会ったら、ココアをおごってやろう、と名刺を見るたび時々考える。

 あの時百五十歳だったのなら、今は何歳になっているだろう――――。



   ◇エピローグ◇



 時は少々遡り、コンビニでの出会いの数時間後のことである。

 とある商店街のうらぶれた文具店の二階、正条探偵事務所、と、やる気ない手書きのプレートがドアに貼り付けてあるだけの事務所。西日の差し込む部屋で、東介はしょんぼりうなだれていた。


「もう、ポン介ったら。ばれたってどういうこと?」


 腰に手を当てて眉毛を釣り上げるのは、同僚調査員のまみだ。


「だから、ああタヌキじゃねえかって。いきなり言われちゃって」

「また尻尾出してたんじゃないでしょうね」

「出してません! ちゃんとしまってました、耳も」

「じゃあ、分からないのか。なんで気づかれたのか」


 所長――親父さんも眉をひそめた。


「はい。僕の任務は、娘さんが神社に来てくれて一生懸命願掛けしていた、あのおじさんのお幸せを祈ること。でしょ。おじさん、コーヒーを買おうとしてたから、コーヒー一年分のチケットを当ててあげようと思って近づいたんです。でも、何の前触れもなく正体を言い当てられて、びっくりしたら、チケット外しちゃって」

「前触れもなくねえ」


 親父さんに、東介は必死で弁明する。


「画面に、ジャコウネコの写真と、尻尾がしましまの、アライグマの写真が映ってたんです。なのに、おじさん急に、こっちにろくに視線もよこさず、ぼそっと『タヌキだな』ですよ。ホラー体験でしょ!? タヌキの尻尾は先端が黒いだけで、しま模様じゃないし、目の周りの模様はパンダ型じゃないことくらい、日本人なら誰でも知ってるはずです。まさかアライグマを誤認したはずはないですよね」

「いやいやいや。ちょっと待って。コーヒーチケット?! アタシには、あんたの判断のほうがホラーだわ。誇りあるタヌキのすることかしら。もっと大きい問題を解決すべきじゃないの? アタシたちは山の神社のお使いなのよ」

「まあどの程度、対象者の人生に深入りするかは、ケースバイケースだからねえ」


 親父さんはのんびりした口調で、まみをなだめた。返す刀で東介にも念を押す。


「でも、ポン介も、結局ココア貰っちゃったんだろ。なら、もうちょっと返してもいいかもね。ご利益届けに行ったはずなのに、貰うもんだけ貰って帰ってくるんじゃ、お使い失格。今からでもちゃんと、名刺に運を送りこんでおけよ。あと、本当に困って掛けてよこした電話は事務所に繋がるようにメンテしておくんだぞ」


 正条探偵事務所。その実態は、山の神社のお使いタヌキたちの中継事務所である。

 タヌキたちは、今日も陰から、頑張る人を支えている。 








<蛇足すぎる補足説明>

クイズ二問目の鳥の名前は、すべて実在する鳥の種名です。気になった方は検索してみてください。

都市部の郊外では、ペットのアライグマが野生化したものが見られ、問題になっている地域もあるとか。

気性が荒く、噛みついたりすることもあるそうなので、近寄らないほうがよさそうです。

タヌキの目の周りの模様はパンダ型ではなく、頬のあたりまで覆面のように黒い帯が伸びる形です。

ふさふさした尾は、アライグマでは輪上の縞模様ですが、タヌキでは先端に行くにつれ色が濃くなり、もっとも先端では黒に近い黒褐色となります。

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色々なジャンルの作品を書いています。
よろしかったら、他の作品もお手に取ってみてください!
ヘッダ
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フッタ

― 新着の感想 ―
[一言] ようやく読みに来れました。 あっちでも思いましたが一見見分けつかないっすよねぇタヌキとアライグマ。 みんなのうたのおかげでどっちがどっちの仲間かはわかるんですが(ォィ そんでもって……正…
[良い点] 侘しそうなおじさんが、コンビニのコーヒーを購入しようとするぎこちないような過程がひとつひとつ理解できて、微笑ましく思いました。 「コーヒー一杯を買おうと思っただけなのに」という戸惑い、よく…
[良い点] 疲れた感じのおじさまが、節約しながら頑張って生活している姿がリアルでした。 いきなりなクイズも面白かったです(^^) おじさまがハッピーへ導かれる展開、意外性があり、とても楽しく拝読しまし…
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