疑念
「……改めて、クローディア嬢。私の名前は、カール・ダン・ベルディール。宜しく頼む」
ベルディールは、確か侯爵家。
そう言えば、カールという次男がいたな……と、頭の中の貴族名鑑を引っ張り出して思い出す。
「クローディアと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
「さて、クローディア嬢。大変失礼ではあるが、私は貴女の存在を始めて知った。一体貴女は、どこの誰で、どうやって殿下と知り合ったのか?」
『貴族でもないのに、何故殿下の側付きを?』という副声音が聞こえた気がした。
……さて、何と答えるべきか。
ディランに予め伝えられていなかったのか。それとも伝えられた上での質問か。
「クローディアと申します。生まれはこの国よりも北にある国で、最近までダレンシア共和国にある商団に勤めていました。殿下との出会いは、まさにその商団です」
尋ねられたから答えたまでなのに、カールは私を睨んだまま反応なし。
「……それで、カール殿。私は、一体どのような仕事をすれば宜しいのでしょうか」
仕方なく、自分から口火を切って本題に移る。
……本当に、大変そうな職場。
カールの態度に、内心溜息を吐く。
魔法で記憶を改変させるか。
……否、ここはイデモンデ王国の中枢。
こんなことのために、ベルディオの人間にバレるようなリスクを取ってまで、魔法を使うべきではない。
「……まずは、この職場の説明からしましょう。貴女は、殿下を取り巻く環境を理解していますか」
非常にざっくりとした質問だな、と心の中で呟く。
「……でしゃばらず、さりとて結果を残す必要がある。詰まるところ、細心の注意を払って職務を遂行する必要がある……ということでしょうか」
驚いたようにカールは目を見開いた。
これでもシンディーとして社交界に五年はいたのだ。
王国の中枢に関する情報収集は怠っていない。
……そういえば、カールは私がダンニル子爵令嬢として過ごしていたことを知らなかったか。
「その通りです。殿下の置かれた環境は、非常に難しい環境です。即ち、我々は少しの隙も見せてはならない。その要因は何か理解していますか?」
「さて……国の上に立つ王族の方であれば、私には計り知れぬご苦労もあろうというものでしょう。特に『第二王子であれば尚更』……違いますか?」
まさか第一王子のせいなどと、言える訳がない。
仮に私が素直に第一王子と第二王子の派閥争いなどと宣ったら、この人は即座に私を切り捨てていただろう。
同じ主君を戴けど、未だ私と彼の信頼関係築いていない。
そんな中で私がポロリと派閥争いなどと言えば、口が軽いと自ら叩く材料を与えるようなものだ。
この人、この期に及んでまだ試しに来るか……と、内心溜息を吐く。
「貴女の仰る通りです」
ニコリと笑いながらカールは言った。
目は笑っていないけれども、第一関門は突破したようだ。
「さて、私の業務はディラン殿下の決裁を必要とする各部署からの書類を取りまとめます」
「それは国政・領政ともに、という理解で宜しいでしょうか」
「ええ、その通りです」
一瞬、カールが眼を瞬いた。
私の質問は、第二王子を取り巻く環境を理解しなければ出てこない質問だからだろう。
この国の中で国政の決定権は、勿論国王が持っている。
とはいえ、第一王子・第二王子も二十歳を超えて立派な成人。
それ故、国王の権限の一部が委譲され、第一王子と第二王子が通常業務の決裁権限を有する。
慣例であれば第一王子が国政の一部と各領地に関する事項、第二王子が第一王子が有する以外の各領地に関する事項の権限を委譲されることとなる。
第二王子は第一王子のスペアとして、第一王子を凌駕する程の経験を積ませるつもりはなくとも、スペアとして全く政に携わる経験を積まないのも問題だと、限られた範囲の業務を任せる。
……個人的には、領政に関する事項を委任されて経験が積めるのか甚だ疑問だ。
何せ、領政は其々の領主が担う。
その為、国全体に関わる政策に携わらなければ、あまり実務者として経験が積めないのでは?と、シンディー嬢に成り代わっていた時に、疑問に思っていた。
ところが今代は、第二王子にも国政の権限が委譲されている。
その理由は、第一王子の健康に懸念があるからだ。
かつて情報収集を行ったところ、第一王子は三日に一度ベッドから起き上がれれば良い方なほどに体が弱い。
それ故に、国政に満足に関われず、血筋で言えば盤石な王子であれど、異母兄弟である第二王子派の台頭を許している。
唯一の救いは、第二王子が第一王子を支える姿勢を崩さぬことだが、果たしてどれだけ持つことやら……というのが、巷では実しやかに噂として流れていた。
……どうやら当たらずとも、遠からずという状況のようだ。
「……まずは、各部署の場所と人を紹介します。ついて来て下さい」
再びカールはさっさと一人で歩き始める。
……まるで置いて行きたいといわんばかりの早足に、内心溜息を吐きつつ追いかけた。




