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挨拶

後日、私は王宮内にあるディランの執務室を訪れた。


「ああ、クローディア嬢。早速来てくれたか」


執務机に向かっていたディランが、私の入室と共に顔を上げる。


「ご機嫌麗しゅう、殿下」


「カール、ルロイ。彼女が今後君たちと働くクローディア嬢だ」


ディランは自身の後ろに控えていた二人の男に伝えた。


カールと呼ばれた男は炎のような見事な真紅の髪が特徴的な人だ。

眼鏡をかけた理知的な顔立ちで、体つきは細身。恐らく文官であろう。


ルロイは黒髪に細い目が特徴的な人。

カールとは反対に、がっしりとした体つきで腰には剣を帯びていた。ディランの護衛だろう。


二人からの視線を感じて、小さく頭を下げる。


「クローディア。二人が私の側近たちだ。……さて、二人とも、少し席を外してくれるか?彼女と話したいことがある」


二人とも、動かない。その表情には迷いや戸惑いが見て取れる。


「頼む」


そんな二人の背を押すように、ディランが再度退出を促した。

そうして、やっと二人が出て行く。


「まずは、早々に来てくれたことを感謝する。本当にありがとう」


二人が出て行った後、開口一番にそう言った。

思いもしなかったことに、一瞬、反応が遅れる。


「……とんでもございません」


「君のことについては、私が願い出て雇ったこと以外は何も伝えていない。カールとルロイにも、追加で伝えたのは名前ぐらいだ」


「随分と雑な紹介ですね」


「名前も出自も、君が望む通り如何様に変えて貰って構わない。私があれやこれやと設定を用意するよりも、その方が君は動き易いと思ったんだが……違うか?」


「ご配慮、ありがとうございます。ただ……今回の件で関係者の記憶を弄るつもりはありません。下手に魔法を使って、祖国の者に私の存在が勘付かれることの方が、よっぽど面倒ですから」


「ああ、なるほど。……それならば、この国より北にある隣国ダレンシア共和国にいたことにすれば良い。あそこは私の個人資産を投資した商団がある」


「イデモンデ王国の王子が、ダレンシア共和国の商団に投資……ですか?」


「自らの手で稼いだ金を、どう使おうが問題ないだろう?……私とて、イデモンデ王国に居続けることができるかは、保証がないのだから」


残念そうに、笑って言った。

いざとなったら、の逃げるための準備をしている。

彼の言葉は、そういう意味だ。


「そこまで、第一王子との確執がおありなのですか?」


「仕方ないだろう。こちらにそのような思惑がなかろうとも、周りが勝手に勘ぐる」


不幸なことに、第一王子と第二王子の歳の差は二歳。

十分、王位争いが可能な歳の差。


おまけに同母ならまだしも、彼らは異母兄弟。


第二王子の母親は亡くなっているが、未だに第一王子の母親である正妃は、第二王子の母親と第二王子自身を目の敵にしているのだとか。


「不幸ですね」


「全くだ」


「争わないなら、逃げてしまえば良いではないですか」


「逃げた先で殺されるだろうな。私もまだまだ死にたくはない」


「左様ですか……」


「それに、兄は政務に耐えられないだろう。その結果、待つのは義母の一族による傀儡。流石に、この国の民の血税で生きながらえさせて貰いながら、それを黙って見ている訳にもいかない」


「……本当に、不幸ですね。商団の件、ありがたく承ります」


「それなら、ほら」


紙の束を渡された。

さくっとその場で読む。


紙には、商団に関する情報がズラリと記載されていた。

それから、私がどのような仕事をしていたのかという設定も。


「渡しておいて申し訳ないが、この設定では君は大変な思いをする可能性は高い」


読み切った資料を、魔法で燃やした。


「……どういうことですか?」


「簡単に言えば、平民に厳しい職場なんだ。それから、女性にも。二つを満たす君への風当たりは相当厳しいことになる。『私が請うて君を雇い入れた』……この意味を理解しない愚か者が多くて、な」


「それが分かっていて、何故この設定を?」


「流石に私の立場で貴族の名を買うのは、難しいんだ」


「ああ、なるほど。加えて平民の女を庇ったとなれば、妙な邪推をしてきそうですね」


「まさにその通り。君の立場が悪くなることは、想像に難くない。まあ、でも……」


ディランは笑った。


「逆に君がそんな職場環境に風穴を開けてくれるんじゃないか、と期待している。子爵家も、決して君に優しかった訳ではないだろう?」


「それは……そうですが」


「君は好きにしてくれて構わない。その結果の責任は、全て私が取る」


「白地の委任状を頂いたと認識しましたが、随分と信頼してくださるのですね」


「当然だ。逆に言えば、それぐらいしなければならないほど、ということだよ」


「随分と恐ろしい職場環境、ということですね。精々潰されないように頑張りますよ」


「頼んだ」


それから、ディランが机の上に置かれていたベルを鳴らす。

外で待機していたカールとルロイが部屋に入って来た。


「カール、彼女を職場に案内し職務の概要を説明してやってくれ」


「畏まりました」


カールがスタスタと扉の方へと歩いて行った。


「御前、失礼致します」


ディランに一礼すると、早足でカールを追いかける。

無言のまま城内を歩き、殿下の執務室からそう遠くない部屋に入った。

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