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釈明

「どうしてあんな提案を受けたのですか…….!?」


その夜、二人きりになった途端にアルフェが怒鳴った。


「……ごめん、アルフェ」


彼は私を心配して、声を荒げてくれている。それが分かるからこそ、申し訳なくて謝ることしかできない。


「私に謝られても……。理由を、教えて下さい。何故、あんな提案を受けたのですか。やがてベルディオがこの国を侵略するのは、明らかなことです。幾ら貴女だろうが、ベルディオ中の魔法使いと敵対して敵うはずがありません。仮に戦わなくとも、見つかれば捕まるのは確かです。それなのに、一体何故……」


「君が不思議に思うのは、仕方ない。……それらしい理由を言うのであれば、ベルディオの野望は大陸制覇。この国から逃げたところで、やがてどこかで捕まるしかない……ってところかな」


「ならば、本音は?」


「……救われたからだよ」


「は?」


「本物のシンディー嬢にね」


アルフェは暫く首を傾げつつ、黙って私を見つめていた。


「ああ……っ!?もしかして貴女が行方不明になった時に?」


「そうだよ。転移魔法の訓練で事故が起きて、私はダンニル子爵領に身一つで放り出された」


それは、まだ私の見た目が少女の姿だった頃の話。


「あの時は、貴女の魔力が一切感じられなくなって焦りました」


「幸か不幸か、事故で魔力が空っぽになったからね。ついでに言えば、傷だらけでボロボロだったけど」


気がついたら、地面が嫌に冷たく感じられたのを、今でも覚えている。

動こうにも全身が痛くて、痛くて、立ち上がることさえ叶わなかった。


「その状態から助けてくれたのが、シンディー嬢だったと?」


「そうだよ。彼女が散歩中、傷だらけの私が道端で倒れているのを見つけて拾ってくれたんだ」


「通常であれば、あり得ないことですね。貴族のご令嬢が気軽に散歩して、更に傷だらけの人を拾うものですか?……裏がある、と考えた方がよっぽどあり得そうですけど」


「そう言ってくれるな。彼女は幼い頃から病がちで、ベッドの上にいる時の方が長かったんだ。それで、体調が良い日は側近を連れて外を出歩くことが習慣になっていたらしい。……彼女の冷遇具合は、君も知っているだろう?その環境下で、それでも離れなかった側近たちだ。彼女の外を出歩きたいという願いを無碍にすることはできなかったんだろうさ」


「そんなものですか」


「そんなものだよ。……それに、傷だらけだった私を拾ってくれたのは彼女の優しさだよ。痛みを知るからこそ、彼女は私を放っておかなかったんだと」


美しい金髪をたなびかせ、側近たちの制止の声を振り切って、彼女は私に駆け寄った。

そして、傷だらけの私を抱え、我が事のように涙を流していた。


「それで助けて貰ったから、彼女に恩義を感じたということですか」


「……そうだけど、それだけじゃない」


私の言葉に、アルフェは首を傾げる。


「……どういうことですか?」


「あの頃の私は、訓練、訓練、訓練の毎日だった。戦って、戦って、負傷して、それでも戦って。」


そっと、窓から外を見た。

夜闇が全てを包み、真っ暗で何も見えない。

見えるのは、反射して映る私の姿だけ。


「……疑問に思うことも、拒否することも許されなかったから、考えないようにしていたけど。でも、多分、あの頃から心の奥底で思っていたと思うんだ。何故、こんなことをしなければならないんだろう?って」


「クローディア……」


「だって、そうだろう?五百年前の復讐を命をかけて達成することが使命だ、なんて言われたところで、何の共感性もないじゃないか」


……尤も、あの国では「共感性がない」と言い切る私の方こそが、異端だったかもしれないが。


「シンディー嬢と接して、ますます思ったよ。何で私を助けてくれたこの人を、憎まなければならないのかって」


怒りや憎しみは、他人に強制されるものではない。そんな当たり前のことを、あの時私はやっと理解したのだ。


「決定的だったのは、少し体調が良くなって、シンディー嬢と庭を歩いた時かな。……ほら、祖国ではほぼずっと、訓練場と宿舎にいただろう?外に出たとしても、何かの訓練のため」


思えば、よくぞあんな生活を過ごせたものだ。

生まれた時から刷り込まれた環境には、疑問に思えども抗い難いのかもしれない。


「だからその時、初めてちゃんと外の世界に触れたんだ。……それで、私は知ったんだよ。世界はこんなにも色付いていて、美しいんだって」


私の体調が万全ではないからと、シンディーに連れ出されたのは、子爵家の庭。


ただ庭を出るのに何を楽しそうに……と彼女を冷めた目で見ていた自分がいた。

けれども助けて貰った手前、彼女には逆らえない。


そして辿り着いた庭で、私はぼんやりとその風景を眺めた。


夕陽が、淡く照らし赤色で包む。

風が揺れる度、木々が囁く。

そして木々の囁きに応えるように、花々が揺れる。


彼女が、それらを愛おしげに眺める。

そして、楽しげに話しかけ、笑いかける。


……ただの、庭だ。どこにでもある、景色。

でも、私の知らない景色だった。


こんなの、知らない。

こんな優しい世界、私の中にはない。


ただの庭が、なんと美しいことか。

なんで、こんなに美しいのか。


紅に染まった空は、どこか切なくて。

その中で影を落とす雲は、どこか寂しげで。

そしてその夕焼けに照らされた木々や花々も、同じく儚くも美しくて。

その中央で笑う彼女は、どこまでも優しげで。


気がついたら、不覚にも私は涙を流していた。


「大昔の怨念に命を賭ける気持ちは、全く分からなかったけど。……これを守るためなら、良いかなって。そう思ったんだ」


魔法の力は、私にとって呪いだった。

だから、魔法の力を持っていても良いかもなんて思えたのは、あの時が初めてだったかもしれない。

私にとって、福音だった。


「……だから、貴女はダンニル子爵領にだけ傾倒するのですか」


「違うよ。シンディー嬢が愛したダンニル子爵領だよ。私は、彼女に何の恩も返せなかったからね……せめて、彼女が愛したモノだけは、守りたかったんだ」


「合点しました。…….貴女は、あの場所でのんびり人生の洗濯をしていたということでしたか」


溜息を吐きつつ繰り出されたアルフの言葉に、思わず小さく笑った。


「のんびり、というのは少し違うかな。怪我も痛かったんだけど、事故の後遺症で魔力が全部吹っ飛んだからね。帰るに帰れなかったんだ」


「ああ……それで祖国も貴女を探し出せなかったのですか」


祖国は魔法師の流出を恐れている。

それ故に、個別の魔力を探知できる技術が国の中枢で伝承されていた。

要するに逃亡防止用の首輪が付いているのと同じだ。


「幸いにも、ね。あの事故のお陰で、魔力探知を誤魔化す術を身につけることができたんだ。今、逃亡が出来ているのもその術があってこそだから、あの痛い思いは無駄ではなかったということだよ」


「なるほど。……ですが、何故……」


何故か、アルフェの問いが途中で止まった。


「どうした?」


「…….いえ、何でもないです」


何を考えたのか、アルフェは口を閉ざす。

無理に問う必要もないかと、私もまた口を閉ざした。


「……とりあえず、貴女がディランの申し出を受けた理由は、理解しました。全く、我が主人は厄介ごとを背負い込むことが余程好きなようですね」


「そうは言ってくれるな。自分でも、理解しているから」


「ディランはああ言いましたが、貴女は本当にその時に祖国の者たちと戦えるのですか?」


「どっちつかずにならないか、心配しているんだね。…….正直、分からないさ」


「……」


ジッと、アルフェが私を見定めるように見つめる。


「祖国の体制やら政策が嫌いなだけで、あそこに住んでいた人たちを嫌っていた訳ではないからね。目の前にかつての仲間がいたら、どうするか……自分でも分からないよ」


「ようございました。……勇んだ言葉を言われたら疑わしくて仕方ありませんので、どうしようかと思っていました」


「本当に、使い魔らしくない。主人を試すとは」


「主人が魔法使いらしくないので、丁度良いのでは」


「違いない」


思わず笑った。


「……軽口を申し上げたのは私の方からですが、それでも、それで流せる程簡単な話ではないということを申し添えさせて頂きます。いずれ、貴女は選ばねばなりますまい。祖国の繋がりか、シンディー嬢への恩か。その時になってどちらも守れなかったということがないよう、戦わないなら戦わないなりの備えをしておくべきかと」


「それもそうだ。助言、感謝するよ」


「当然のことでしょう。……私は、貴女の使い魔ですから」


そう言ってアルフェはニンマリと笑っていた。


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[良い点] なんで魔法が使えるのか…かな?
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