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勧誘 2

「恐らく信じ難いことだと思うが、元々、この地に来たのはシンディー嬢を探すためだった」


「ああ……仰ってましたよね」


「探していた理由は、シンディー嬢に、私のもとで働いて欲しいと頼むためだった」


「ええっと……それは何故でしょう?子爵家の令嬢を、わざわざ王族の方が直々にスカウトしにいらっしゃるなんて、とても考えられないのですけど……」


「王族というより、私個人で動いている。それに、君の経歴を見れば誰だって君のことを欲しくなると思うが。……君が手がけてニ年目には子爵家の収支が黒字化、借金も綺麗に清算済。余程無茶な政策をとったのかと思えば、そのような痕跡はなく、人口も物価も安定している。そんな手腕を欲しい思うことは、普通ではないか?」


「子爵の頑張りと運ではないでしょうか」


自分で言ってて、言い訳にならない反論だな……と思いつつ、それでも目を逸らさずに応える。


「頑張り?運?……ああ、確かに子爵は日頃の行いが良いに違いないな。君という人材を得たのだから」


彼の言葉は私のそれに同意してくれているようで、けれども表情や声色で否定されていることがよく伝わってきた。


「記録上、子爵がやったことになっている……なんて、言ってくれるなよ?子爵は、私の質問に何も答えられなかった。そもそも、君がシンディー嬢と入れ替わる前後で、あそこまで子爵の動きが変わっているのであれば、むしろ子爵の方こそが他人と入れ替わっていると考えるべきでは?」


彼は楽しそうに、口角を上げる。

答えられない代わりに、私も笑みを浮かべた。

きっと、困惑が隠しきれずに、酷く歪な笑みになっていただろうけど。


「話を戻すが、そんな訳で君を雇いたいと申し出る為に来たんだ」


「過分なお言葉、感謝します。ですが……私が受けると?……元々、この国には縁もゆかりもない、この私が」


疑問をぶつけても、彼からは何も反応がない。


「それに、私を雇いたい理由は、それだけではないでしょう?……申し訳ないですが、誰にも私の魔力を利用させるつもりはありません」


クスリと、彼は小さく笑う。


「魔法、か……。確かに、さっき君が言った通り、新しい友達は欲しいさ」


さっきの私の言葉を引用か。

余裕があるな、と内心関心する。


脅威が近づいているのであれば、それに対抗する手段を欲するのは、当然のこと。

けれども断られた割に、彼の態度からは焦りが感じられない。……それが、逆に怖いのだけど。


「だけど、君一人の力だけをアテにして対策を考える、無責任で頭の緩い人に思われていたのであれば……悲しいな」


どう反応するして良いか分からず、小さく首を傾げた。


「先程も聞いたが……何故、君はこの国に移住した?」


「本当に急、ですね。……別に、大層な理由なんてありません。単純に、潜伏するのに一番良い場所だと思っただけです」


「そうか。……私はてっきり、シンディー嬢のためだと思っていたぞ?」


ぴしり、とカップが小さくひび割れた。

こうも簡単に、動揺を表に出してどうする。

落ち着け、と心の中で複数回呟いた。


ジッと、正面に座る彼を見た。

触れられたくないところを、どうしてこうも的確に抉ることができるというのか。


「……殿下は、とても想像力が豊かなんですね。私が非魔法使いに興味を持つほど、おめでたくも優しい人物だと思うのですか?」


「それしか、説明がつかない。……君がダンニル子爵家に潜伏し続けた理由が」


「先程も申した通り、潜伏し易かったからですよ?魔法で記憶を弄ることができるとはいえ、無いものを有るというよりも、有るものを別のものに誤認させる方が楽なんです。つまり、亡くなったシンディー嬢に入れ替わる方が、架空の人物を作り上げてなりきるよりも、楽なんです」


「随分と、言葉を重ねるな?」


クスリと、小さく彼は笑った。

言い訳が見透かされているようで、言葉に詰まる。


「だが……君の説明だと、ダンニル子爵家や領地への献身の説明がつかない」


迷いのない瞳。どう反論しようとも言い訳しようとも無駄だと、そう視線が物語っている。


「君は、何らかの理由でシンディー嬢に恩義を感じている。だからこそ、わざわざシンディー嬢に成り替わっていた」


「……面白い想像ですね」


否定も肯定もしない。これ以上、馬鹿正直に答える義理もない。


「果たして、君の祖国が無事にこの国を征服した時、ダンニル子爵領はどうなる?」


……どう、なるのだろうか。


少なくとも、酷い占領統治策は取らない筈だ。

そもそもで、祖国は既に国そのものをチップに替え、大博打をしている最中。

占領下の人々を虐げることは、無駄に敵を増やし、相手を団結させるだけ。より賭けの成功率を下げることとなる。そんな悪手は選ばない筈だ。


……本当に、そう?


私の中の私が、私に問いかける。

喋ってもいないのに、喉がカラカラになった気がした。

まるで何かに追い立てられるように、鼓動がバクバクと頭の中で響いている。


……何百年分の恨みを抱えた人たちが、恨みをぶつける相手を前にした時に、果たして本当に冷静に、理性的な対応をすることができるのだろうか。

己の力量を測れず、驕り昂り、無茶な占領をする人はいない……と言い切れるのだろうか。


「……殿下のもとで、働かせて頂きます」


「クローディア!」


アルフェが驚きを隠さずに叫ぶ。


「アルフェ!……控えてくれ」


そんな彼を止めるように、呟いた。


「失礼致しました。……ただ、重ねて恐縮ですが、私より申し上げたいことがあります」


「何か」


「あくまで私が捧げるのは、契約の範囲内での働き。殿下に忠誠を誓うことは期待されないよう、お願い申し上げます」


「……構わない。元々、この場で君からの忠誠を得られるとは考えてもいなかったことだ。働いて、結果さえくれればそれで良いよ。それじゃ、早速契約の条件をどうするか詰めようか」


それから早々と話し合って、ディランと私の間に雇用契約が結ばれたのだった。



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