勧誘
「……ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。私は、クローディアと申します」
そう言って、ディランに頭を下げる。
「クローディア、か。つまり君は、シンディー嬢に成り代わっていたと?」
ディランは何事もなかったように、楽しげに問いかけてきた。けれどもその瞳は、再び冷めたそれへと変わっている。
「はい、殿下のご理解の通りです」
「そんなに簡単に認められると、裏を勘繰ってしまうな。……貴族の名を騙ることは、重罪と知ってのことか」
「はい、存じ上げております。……ですが、どこにその証拠が?」
プッと、彼は吹き出す。
「確かにそうだ。記録上も、皆の記憶の中でも、シンディー嬢は五年前に死んだことになっている。君の痕跡は、どこにもない。これでは私が幾ら喚き立てようが、訴えることは難しいだろうね。……ちなみに本物のシンディー嬢は、本当に亡くなっているのか?」
「はい。五年前に病で亡くなられました」
「へぇ……そっか。それじゃ、本題だ。どうやって、本物のシンディー嬢と成り代わった?それから、どうやって記憶やら記録を誤魔化した?」
「単刀直入過ぎはしませんか?」
「それだけ、興味深いということさ」
ディランは楽しそうに笑った。
……けれども、瞬く間にその笑みが顔から剥がれ落ちる。
「駆け引きは不要、君が私の問いに正面から答える公算が高いと踏んでいるからだ。君は元々、誤魔化す手立てを講じていたが、私には通じない……違うか?」
「ええ、ええ。その通りです。ご慧眼に感服するばかりです」
「世辞は不要だ。……それで?答えは?」
「私は、魔法使いです。それ故、魔法で記録を改竄し、私こそがシンディー様と皆に誤認させました」
私の答えに、ディランは暫く無言で私を見つめる。
その視線は、何かを探るようなそれ。
気まずくなって、思わず目を逸らしてしまった。
「魔法使い、か……。果たして、どのように受け止めれば良いのだろうか?……まさか、自身が御伽噺の存在だと主張する者が現れるとは、想像すらできなかったぞ」
「魔法使いは、御伽噺の存在ではありません。事実、この大陸の北東には、魔法使いだけの国も存在しています」
「それはまた、興味深い。魔法使いだけの国?それこそ、御伽噺よりも現実味がない」
今度は思わず私が噴いてしまった。
パチン、と指を鳴らす。
彼の後ろにあった、花瓶に活けられた花が、一斉に燃えた。
燃え尽きる前に、もう一度指を鳴らす。
そうすれば、火が勝手に消えた。
彼はその光景を、鋭い目つきで観察していた。
「……不愉快です。魔法使いを御伽噺の存在に貶めたのは、非魔法使いの勝手。……加害者は自身のしでかしたことを忘れるというのは、本当のことなんですね」
「……どういうことだ?」
怪訝そうに、彼は眉を顰める。
「五百年近く昔のことですが、当時、この大陸には魔法使いと非魔法使いが一緒に暮らしていました。けれども、今、魔法使いは御伽噺中だけの存在。……何故だか、分かります?」
「………」
彼は何も答えず、無言で続きを促した。
「非魔法使いが、魔法使いたちを弾圧したからです。赤子であろうが老人であろうが、男も女も関係なく」
ふうっと、溜息を吐く。
「そして私の祖国は、逃げ延びた魔法使いが集まって建国された国です。……いずれ、祖国は古から続く怨念を世界にばら撒くでしょう」
今度は彼の方が溜息を吐いた。
「俄に信じ難いことだが……それすらも、君にとっては耐え難い屈辱なんだろうな。そんな君が、何故、この国にいる?」
「勘違いしないで頂きたいのは、私自身が非魔法使いに恨み辛みを持っている、という訳ではありません。……だって、そうでしょう?私自身は、非魔法使いに何かされた訳でもないですし、先祖の恨みといわれても、遠い昔過ぎて実感が湧かないですし」
「……先ほど、不愉快という言葉が聞こえてきたが?」
「私個人が恨みを持たないからと言って、祖国の皆がそういう訳でもないんです。先人たちの恨みや悲劇を、喜んで抱えている人たちがいまして」
小さく、吐き捨てるように笑った。
「残念なことに、国の上層部は勿論、国民の多くが恨みに染まっています。最早、何故恨んでいるのか、彼ら自身でも分かっていない。そんな植え付けられた、空っぽな感情を進んで大事に抱き続けるなんて……本当、滑稽ですよね」
ジッと、彼を見た。
彼もまた、ジッと私を見ている。
真剣な瞳だった。
「……話が逸れました。祖国は復讐を果たすことを目標にしています。そしてそれ故に、国力の増強を第一にしていますが…….国民全員が幼い頃より戦う術を学ぶことが義務、なんていうのもあります。中には更に厳しい訓練を強制される人もいまして……私も、その一人でした」
当時のことは、あまり思い出したくもない。
それぐらい嫌なことだったからこそ、国を飛び出したということもあるが。
「繰り返しますが私には、非魔法使いの方に恨みはありません。それでも先程の殿下のご発言を伺って……あの苦痛は、あの訓練は一体何だったのか、と虚しい気持ちになりました。そして、それがとても不愉快だったのです」
「……先ほどは、無知故の失言であった。本当に、申し訳ない」
「いえ……八つ当たりでしかないことは、重々承知しています」
「単刀直入に聞くが……この国にはどれだけ、君の祖国の人間がいる?」
思わず、一瞬固まった。
「随分と、ご理解が早いですね」
「ありがたくも、君が教えてくれたじゃないか。戦いに挑むのであれば、その前に相手のことを調べるのは必須だろう?……正直、大陸中の国家に復讐とは、随分と壮大な計画だとは思うが……その実現可能性が図りかねる以上、まずは自国の現状把握が第一だ」
「私が潜入している側の人間とは思わないのですか?」
「思わないな。魔法が効かない私に、こうして正直に話すメリットがない」
「左様ですか。……ご期待頂いている中で恐縮ですが、祖国を離れて長いので、分かりません」
「正直で結構だ。では、私以外に魔法が効かぬ者は?」
「さあ……それも、分かりません。少なくとも、魔法が効かずに困ったのは、殿下が初めてのことです」
「そうか。……やはり、珍しいのか。一体、魔法が効かない人間は、どういう条件があるのだろうか」
「まあ……新しいお友達を探すのですか?」
すっとぼけた問いに、けれども彼は笑った。
「そうだな」
「中々、難しいと思いますよ。……魔法が効かない人間は、魔法使いの卵だけですから」
「……ん?すまない、どういうことだ?」
「奇跡的に非魔法使いの家系から生まれた、魔力持ち。そういった人間は、魔力のコントロールを覚えず体内の中で行き場を失い、代わりに、何らかの能力として開花する場合が多いのです。殿下は、たまたま魔法が効かない体質になったようですね」
彼は、面白いぐらい固まった。
多分、彼がこういった表情を浮かべるのは、酷く珍しいだろう。彼と接した時間は短くとも、それぐらいは想像がつく。
「魔法使いは、魔法使いの家系から生まれるのかと思っていたが」
「まあ、そこまで予想されていたとは。はい、その通りです。魔力の大小は血に依りませんが、魔力の有無は血に依るものです」
「私の家系に魔法使いがいるとは、聞いたことはないが……」
「そればかりは、私にも分かりません。魔法使いの血が、自覚のないまま脈々と受け継がれていたのかもしれません」
「今なお魔法使いが君の国以外にいる可能性がある、ということか?或いは、五百年以上前からの血が受け継がれているか、だが……そんな薄い血でも、魔力は発現するのか?」
「どちらも、分かりません。五百年前の全ての魔法使いが避難をしたかなんて、記録が残っている訳でもないですし……血の継承も、どこまで続くのかは全く謎です。ただ、非魔法使いの血の方が強いらしく、非魔法使いと魔法使いの間に子ができたとしても、魔法使いは生まれ難くなる、とは聞いたことがありますが」
「そうか。……先程、能力に目覚めると言っていたが、どういうことか?」
「魔力は、体の中を巡っています。魔法使いは、一番に魔力の巡りと取り扱いを覚えさせます。そうでないと魔力が詰まって、健康に悪影響を及ぼす可能性がありますから」
生まれたばかりの頃こそは、魔力を詰まらせないように親が整えるが、立ち上がる頃には魔力の扱いを覚え込まさせられる。
それはひとえに、健やかに成長することを願ってのことだ
「なるほど……。とりあえず、この年まで無事健康であれたことを、喜ぶべきだな」
彼の呟きに、首を縦に振って同意する。
「私も、魔法は使えるようになるのか?」
「ええ、その通りです。……ただ、魔力のコントロールができたその瞬間から、その特異な能力は失われてしまいますが」
「そうか。どのような魔法があるかは知らないが……能力が消えるということであれば、一長一短だな。何せ、この能力のおかげで、君から多少なりとも情報を得ることができたのだから」
彼が小さく溜息を吐いた。
「君からしたら不本意だったかもしれないが、それでも敢えて言わせてくれ。情報提供、感謝する」
「とんでもないことです」
「その上で頼むことなど、厚顔無恥にも程があるが……どうか、私に協力してくれないか?」
「……は?」
彼は困ったように肩をすくめた。