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序章※

その男は、幸運にも貴族の三男に生まれた。

何が幸運かと敢えて言及するのであれば、三男であることだ。


勿論、貴族の生まれというのも幸運であろう。


特別裕福ではないものの、浪費をしなければ傾かないだろというぐらいの蓄えはあった。


おかげで、お金の苦労なく幼少期を過ごすことができたのは、ありがたいことこの上ない。


けれどもやはり、それ以上に、彼は自身が三人目の子どもであることを感謝していた。


長男はやがて家を積むために、あらゆることを学ばなければならない。

その上、学びだけではなく社交も求められる。


次男は長男に何かがあった時のため、やはり長男と同様の学びを受けなければならない。


長男よりはマシな量とはいえ、継ぐかどうかも分からないのにその量だ。


十分、大変なことだろう。


その点、三男は楽だ……と、彼は思っている。


後を継ぐ可能性はゼロに等しく、その為に必要な勉強を迫られることはなかった。

当然、社交も免除。


おかげで、常に自身が好きなことにだけ目を向けることができた。


幼少期より、植物が好きだったということもあるのだろう。

気がついた時にはのめりこみ、青年時代には、常に薬学書を手放さくなっていた。


そして着実に薬学師の道を歩み続けたのだった。



家族もまた、彼のことを応援していた。


イデモンデ王国において薬学師とは、知的な職業の一つと認識されている。


おかげで、爵位を継がない貴族の子弟たちが担うに相応しい職業と認知されていた。


その薬学師に三男が興味を持ったのは、両親からすれば渡りに船だったのだろう。


特に、幼少期より落ち着きがなくフラフラしていたことを見ていた両親からすれば、余計な問題を起こさずに懸命に勉強する姿を見て、両手もろてをあげて喜んだに違いない。


無事、薬学師の資格を取り、彼は日々薬学師として働いた。


仕事に慣れた頃、彼は結婚した。

そして子どもが生まれる。


順風満帆な毎日だった。


やがて両親が病で亡くなり、長兄が継ぐ。


長兄は両親と同じく彼のことを気にかけ、支援を続けてくれた。


そして、何事もなく平穏な日々が続く筈だった。


歯車が狂ったのは、妻と子が流行病で倒れた時のこと。

治療薬のない、病だった。


それでも彼は諦めず、病に立ち向かった。


失いたくないという一心で。


けれども、実に呆気なく二人は死んだ。


暫く二人の亡骸を抱えては、泣いて、謝って、泣いて……。


そして彼は取り憑かれたように、研究をするようになった。


寝食を忘れ、患者を看る時間すら惜しみ、ひたすら研究を続けた。


仮に長兄が経済的な支援をしていなければ、早々に彼はのたれ死んでいたことだろう。


古の書物を読み解き、近隣諸国でその流行病が発生したと聞けばその国に赴き研究する。


彼はそうして何十年も暮らした。


やがて、その研究は実を結び始める。


亡くした二人の敵討と、これまで自身を信じ続けてくれた家族に報いることができそうだ、と安堵した。


そして特許を取得すべく申請書をまとめ上げようとした時のことだった。


古い知人が訪ねて来た。


彼とは薬学師になるための学校以来の付き合いで、堅実に学ぶ優等生だった。


彼は旧友との話に花を咲かせた。研究がひと段落ついて、心に余裕があったからということもあっただろう。


そしてその旧友が帰った後……研究資料がゴッソリと消えていたことに気がついた。


旧友に話を聞こうにも、連絡がつかない。

やがて旧友の名で、自身が多大な金と時間をかけて作り上げた新薬の特許が申請されたことを知った。


当然、抗議をしに行った。

けれども旧友は、素知らぬ顔。

むしろ喚き立てた自分を不審者扱いする始末。


特許を管理する機関に申し立てをしても、認可をおろしたから、という通り一辺倒の回答だけ。

どんなに訴えかけても、調査も何もしなかった。


その理由は旧友が所属する学会のせいだろう。

歴代学長は貴族が勤める、由緒ある組織。


それ故の忖度が働いているとしか思えなかった。


そうして、彼は何もかも失った。


妻も子も、莫大な時間とお金……そして、友も。



だから彼は、今日も飲みに行く。

虚しさに溺れないように、悔しさを飲み込むように。


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