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魔法の講義

「急に呼び出して、すまない」


ディランが開口一番に謝った。

雇い主の下手な態度に、逆に警戒心が高まる。


「とんでもないことにございます。私は殿下に雇われた身ですので」


「そう言って貰えて、心が軽くなるよ」


さて、どんな無理難題を言われるのだろうか。

そう身構えると、ディランは苦笑を浮かべた。


「協定違反になるかもしれないが、君の祖国のことについて聞きたい」


「……果たして、どのようなことを申し上げればよろしいのでしょうか?」


「君の知る、全てを。……申し訳ないが、あまりにも私は君の国のことを知らなさ過ぎる」


「はあ……」


思わず、気のない返事をしてしまった。

どんな無理難題を言われるかと思っていただけに、拍子抜けだ。


「でしたら、殿下が知りたいことを質問なさってください。可能な限り、回答申し上げます」


取り繕うように、言葉を重ねた。


「では、まず始めに。君の祖国の名は?」


「ベルディオ、と申します。意味は確か古語で楽園、であったかと」


「楽園、か……。随分と、皮肉が効いた名だ。そのベルディオが位置する場所は?」


「アストリア王国をご存知でしょうか?」


「ああ、知っている。大陸の最北東に位置する国だろう?……尤も、我が国とは遠過ぎて、あまり交流はないが」


「そのアストリア王国の北に存在しています」


「確か、アストリア王国より北は、魔物の領域である『魔の森』が広がっていると理解しているが?」


「流石は、殿下。……その魔の森の中に、我が祖国は存在します。……身を隠す者たちが集まるには、都合が良い場所ですので」


魔の森と呼ばれる森は、他の地域と比べ格段に魔物が多く存在する場所。

かつ、個々の魔物の強さが他の地域の比ではない程に、強い。


結果、幾度となく開拓を試みたものの、魔物たちに蹂躙され、未開の地となっている場所だ。


「なるほど……理解した。アストリア王国は、今なお存在しているのか?」


「……勿論、アストリア王国は存在します。尤も、どこかの国が干渉して上層部の顔ぶれが変わっているかもしれませんが」


ディランは、笑った。

随分と、攻撃的な笑みだ。


「そうか。……今後、ベルディオはどのように動く?」


「アストリア王国の周辺諸国を侵略する計画です。確か、一年以内に西側と南側の隣国を刈り取る予定だったかと」


「今更警鐘を鳴らしても、遅いか?」


「私が知る計画の通りに進捗していれば、遅いかと。既に中枢に工作員が喰い込んでいるかと思いますので……何を言っても、弾かれるかと」


「なるほど、な。……では、この国に迫るまでには年単位で時間がかかるということか」


「そうですね。それまでに頓挫すれば良いのですが。……悪い意味で順調に行けば、三年後ぐらいでしょうか」


「ベルディオの人口は?」


「この国の半分ぐらいかと」


「……思っていた以上に、少ないな」


「弾圧から逃げ出せた数が少なかったですし、厳しい環境でもあるので」


「君も、魔物の討伐をしたことがあるのか?」


「ええ、勿論。基本、国民全員が経験します。でないと、国境を維持できないので」


「なるほど……。訓練のみならず、実戦も経験済みか」


「対人と魔物討伐では全く異なりますが」


「そういうものか。……国家元首は?」


「建前としては民衆が政の決定権を持つため、この国のように王族は存在しません。代表者という意味では、大魔法師のクザンです」


「……民が決定権を持つ?それでは、どのように意見を取り纏めるのだ?」


「ご指摘の通り全員の意見を反映させるのは無理ですので、民衆は自身の代弁者となる代表者を選出するのです。各地域の代表者が集まる、議会と言われる討論の場で、国の方針が決まります」


「……なるほど。だが、先ほど建前と言っていたが?」


「大魔法師クザンが代表者となってから、五十年は経ちます。更に、代表者として選出された者たちは皆、クザンの息がかかった者たちが殆ど。つまり、実質的にはクザンが王として君臨しているようなものです」


「そうか……。その大魔法師という称号は?」


「ベルディオでも特に魔法の才を持つ者の称号です。一般の魔法師とは、そもそも保有する魔力量が異なります。一人で百人分ぐらい、でしょうか。それから、その魔力量に見合った技術を持つ為の訓練を施されています」


「魔法使いだけでも厄介なのに、その上がいるのか……。一体、どのくらいの人数がいるのか?」


「ご安心を。大魔法師の称号を持つ者は片手にも満ちません」


「……君がその大魔法師と戦うと、どうなる?」


「お戯を。無事で済む筈がありません」


互いに、という注釈がつくかもしれないが。


「そうか。……本当に、憂鬱になるな。魔法使いに、何か弱点はないのか?」


「強いて言えば、魔力切れです。魔力がなければ、魔法は使えないので」


「魔力は、どのように補充される?」


「説明するのが難しいのですが……要するに、体力と一緒です。食べて、寝れば自然と回復します」


「なるほど……。つまり、戦いの場では早々に補充は難しい、ということだな。ちなみに、どのぐらいで魔力は枯渇するのか?」


「人によりけり、です。大規模な魔法を数発撃っても平気な人がいれば、一発も撃てない人もいます」


「そうか。……魔法使いの戦い方は、遠距離で魔法を放つというものか?」


「ええ、仰る通りです。とはいえ、近距離も舐めてはいけませんよ。近距離が弱点とならないよう、ある程度は訓練されていますし、それ専門の者もいます」


「流石に弱点をそのままにはしないか」


「ええ、そうですね。魔法使いは誰でも、身体強化と言って、魔力を体に纏わせることで身体能力を向上させる術を覚えています。少なくとも常人の二倍は力が出る為、体術がそこまで得意ではない者でも、ある程度は戦えてしまいます」


ディランが大きく溜息を吐いた。


「犠牲覚悟で、人海戦術で魔力を削ることしか思い浮かばんな……」


「そうまでして国を守るのか、という論点もありますが」


「……そうだな。下手をすれば王家に民衆の憎悪が向かいかねない。尤も、仮に降伏したところで待っているのが抑圧であれば、いずれ民衆は蜂起するであろうが……それまでに王家の首はなくなっている」


「恐ろしいですか?」


随分と踏み込んだ質問ではあるが、ディランは特に激昂することはない。


「否……とは、言い切れないな。誰だとて、死ぬのは怖いだろう?」


「さて、どうでしょう。死を解放と捉え、望む人もいますので」


「まるで実体験のようだな」


薄暗い笑みを、ディランは浮かべた。

まるで全てを見透かされたようで、心地が悪い。


「……それはさておき、人海戦術は取り難き案だな。最善策としては罠に嵌め、無駄に魔力を消費させることか」


「工作員に気づかれず、邪魔されず、ということが重要になりますが」


「そうだな。……ちなみに、魔法とは神の如く人の願いを叶える万能なものなのか?」


「いいえ。仮に万能だとしたら、そもそも弾圧すらされていないでしょう」


「だが、君の話を聞く限り、とてもではないが非魔法使いが適う存在とは思えないが?」


「かつては、魔法使いもそこまで連携を取れていなかったということが大きいでしょう。今となっては統制が効いているからこそ、戦い難くなっているのかもしれません」


「過去の負債が大き過ぎて、泣けてくるな。……今後、魔法でどの程度のことができるのかを知りたい。君には負担をかけるが、協力をして貰えるか?」


「殿下以外の方に魔法を見せろ、というのであれば難しいです。ベルディオの人間に、どう漏れるかが読めないので」


「心配せずとも、手札を明かすような真似はしないさ。当然、私だけに見せて貰えれば良い」


「左様ですか。それでは、謹んで承ります」


「快諾して貰えて、良かったよ。……ああ、そういえば話は変わるが、君の献策を読ませて貰ったよ」


先ほどとは打って変わり、楽しげな声だ。

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