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話し合い

「お疲れ様、クローディア」


粗方調査が終わった段階で、ディランに呼び出された。

そろそろ報告が必要だと思っていたから、渡りに船だ。


「いやー、中々痛快だったよ。ずっと君の起用に関して疑念を抱いていたカールが、すっかり大人しくなったし……何より、ゴリゴリの血統主義者である面々を排除できた。君のおかげだ」


「お礼を賜ることなど、何も。……たまたまです」


「たまたま、ねぇ?」


ディランの眼光が鋭くなった。


「たまたま、ですよ。私の起用を強固に反対していた部署を、引っ掻き回すことができたのは。まさか、あんなに見事なエサがあるとは思わないじゃないですか。発見した時には、罠かと思ったぐらいです」


「確かにそうだ。丁度、私と君、二人にとって邪魔な奴らが、まさか自ら墓穴を掘るなんて……罠と疑っても仕方のないことだ」


うんうん、と自分の言葉を肯定するように彼は頷きながら呟く。


その様は、例え一市民であっても萎縮しないような、そんな親しみ易さがあった。


けれども口を閉じれば、すぐさま眼光が鋭くなる。

まるで、尋問でもされているかのよう。


「どうして、分かった?」


「過去の書類を見れば、今の財務部長と総務部長が揃ってその役職に就いた頃から、公共施設への投資が一気に多くなりました。その上、特に用途がない施設も散見されましたし、発注が一商会に集中するようになっていました。不思議に思わない方が、難しいかと」


「いったい、どれだけの書類を読めば辿り着く?」


「たった、棚一つ分ですよ。この件だけに限って言えば」


「……そうか」


微笑みを浮かべつつ、一瞬、ディランはその瞳を閉じた。

まるで、今し方の会話を頭の中で反芻するかのように。


邪魔をしないように、私も口を噤む。

やがて、気が済んだのか彼ほ目を開けた。


「ところで、どうやってダンバード伯爵夫人を動かした?」


「あら……平民風情が、伯爵夫人を動かす?なかなか、面白いことを考えますね」


「ヴィラード侯爵家が何故動いたのか。……発端は、どうやら侯爵夫人が開いた茶会でダンバード伯爵夫人より忠告があったからのようだ。……随分と、君にとって都合が良いな?」


「……婦人たちの茶会に聞き耳を立てるとは、紳士として些か行儀が悪いのでは?」


「我が身が惜しいのでね。ご婦人たちを怒らせ放置することの方が、恐ろしい事態になる」


……私の動きを監視していた訳ではなく、茶会の方が監視網に引っかかっていたのか。


まあ、行き着く先はメルンとの仲を疑われることに、代わりはないのだけど。


「私、言った筈ですよ。殿下が気にされている者ではないと」


「君の国の手足たる者ではないと?」


「ええ。私と同じく、祖国とは縁を切っていますので」


「私の新しい友達にはなり得るか?」


「なり得ません。殿下の要求水準が、高過ぎますので。表立って動くよう願えば、すぐに潰れるか、逃げてしまいますよ?もしくは、できたばかりの知人が消えるかも」


ディランは溜息を吐きつつ、笑った。


「君が友思いだとは知らなかった」


「友ではなく、共犯者が近いかと」


お互い、逃亡者だ。我ながら、言い得て妙だと思う。


「なるほど。……金の卵を産む鶏を、逃す訳にはいかないから諦めるとしよう」


「賢明ですね」


置かれていたお茶は、すっかり冷えてしまっていた。


「……結末は?」


「ベザード商会の経営陣は、全員禁固刑。関与度合いによって、年数は異なる。財務部長、総務部長それからナサニエルは財産没収の上、同じく禁固刑。三人も関与度合いが異なるようだから、年数は異なるだろうな」


「後任は?」


「財務部はとったよ。総務部は、兄上と仲が良い家門から出るみたいだな」


「左様ですか。……もう少し、私に優しい職場になれば良いのですけど」


「今回のことで、少しはマシになると思うぞ。皆、君が糸を引いていたことまでは想像できていないようだが、一歩も引くことなく犯人を処断まで追い込んでいるからね。全員が君に一目置いている」


「だと良いのですが」


人は忘れる生き物だ。いつか記憶が風化すれば、再び荒波に揉まれることになるかもしれない。


仮に風化しなかったとしても、相手に初手で警戒されるようになるのは、それはそれで面倒だなと思う。


「他に、何かご質問は?」


「私からは、何も。……むしろ、君は?」


「今回捕らえた官僚三人の内、一人が消えても問題ないでしょうか?」


「は?」


ディランは目を瞬いた。

言葉に出さずとも、『意味がわからない』と問われているかのような表情だ。


「私としては、この国の法に則った対処を致したいのですが。もしかすると、祖国の法に則った対処をせざるを得なくなるかもしれません」


「つまり、三人の内一人が君の同郷で、たまたまその彼の任務を妨害したということ、か?更にその腹いせで、何か仕掛けられる可能性があると?」


「ええ、その通りです。妨害したのは、計らずともでございますが。……殿下の側近たる私に仕掛けるような馬鹿ではないことを祈っていますが、まあ、儚い願いかもしれません」


「記憶を操れば、死体処理などいかようにもなるのでは?」


「自分で言うのも難ですが、これだけ注目されている者を消すことは、そう簡単ではありません。彼の技量程度では、どうにもできないでしょう」


「ふーん、制約があるのだな」


「ええ、まあ」


「で、君はその男を返り討ちにする予定で、結果、一人消える可能性が濃厚というわけか」


「はい。……何か不都合はありますか?」


「ま、あの三人の内誰かが消えたとしても、誰も追求できないから心配は不要だよ。今回の件で怒った方々が、怒った方々だけに……な」


「左様ですか。それならば、一安心です」


「君には賞与を与えねばならないな」


「まあ……それはありがたく頂戴しますわ」


「ちなみに、誰だ?」


その問いに、私は名を告げる。


「……他二人が、彼の魔法により操られていた可能性は?」


「痕跡はありませんでした。そのため、この国の通常の法に則り対処するより他にないかと」


「そうか……。何故、分かった?」


「彼、技量が今ひとつなので。珍しく、初めて会った時からすぐに一目でピンと来ましたのよ」


「つまり、他の潜んでいる者は彼ほどに簡単には掴めないと?」


「そういうことでございますね」


「……そうか。それならば、適切に処理をしておいてくれ。お疲れ、クローディア」


それから一度頭を下げると、ディランの部屋を去った。


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