祖国
到着した街で、適当に宿を選ぶ。
資金源は、慰謝料代わりにバートから拝借したお金だ。
中に入ると、小さな部屋ながら掃除が行き届いていて清潔感がある場所だった。
適当に選んだ割には、当たりだったようだ。
備え付けのベットに座り、深く息を吐く。
「はー、これで私も逃亡者に逆戻りか。今頃祖国は、どうしているものか」
「さあ……国を出てから全く情報が入っていないので、何とも。計画通りであれば、そろそろアストリア王国の侵略を完了した頃では?」
私が生まれ育ったのは、シンディーとして過ごしたイデモンテ王国からは遠く離れた国、ベルディオ。
ベルディオは、この大陸に存在するどの国よりも小規模で、他国との交流を一切絶っている閉鎖的な国だ。
……そして、大陸征服という、遠い昔からの妄執に取り憑かれた哀れな国でもある。
小国で大陸征服なんて、考えなしの馬鹿な国のようだけれども、そうでもない。
ベルディオには、大陸の征服に挑戦することができる程の国力がある。
その理由は、ベルディオがこの大陸唯一の魔法使いだけの国だからだ。
付け加えると、他国には一切魔法使いがいない。それどころか他国にとって魔法使いとは、遠い昔のおとぎ話だけの存在。
それならば何故、ベルディオだけに魔法使いが存在するのか、と疑問に思うことだろう。
……けれども、答えは簡単。大昔に、各国が魔法使いを弾圧し、排除したからだ。
そもそも、魔法使いが生まれる確率は、非魔法使いに比べて圧倒的に少ない。
魔法の才は、血で継承される。非魔法使いから魔法使いの子が生まれるのは非常に稀だ。
結果、この大陸は大多数の非魔法使いと少数の魔法使いが存在する構図になっている。
そして大多数の非魔法使いは、少数の魔法使いを恐れ、排除した。
……それだけ、魔法が強力だから。
当時の各国による魔法使いへの弾圧は、苛烈を極めたと伝え聞く。
そしてその弾圧から逃げた魔法使いが集まってできたのが、我が祖国のベルディオなのだ。
ベルディオの人口が少ないのは、そもそもで魔法使いが希少だったから。
ベルディオの国土が狭いのは、弾圧から逃れ隠れ住むように建国した経緯があるから。
加えてベルディオが排他的なのは、魔法使いが排除されたという歴史的背景があるから。
結果、ベルディオは、人口も土地も圧倒的に少なく鎖国的な国ながら、魔法使いの力で強大な力を持つ国となった。
「問題は、いつ頃ベルディオがこの国に攻め込んでくるか……か」
「まだまだ時間はかかるでしょう。アストリア王国とイデモンデ王国の間には、複数の国家があります。間にある国を捨て置いて、この国を先に侵略してくることはないかと」
「それはご尤も。わざわざこの国を優先的に侵略する理由はないな」
「とは言え、先んじて工作員を派遣してくることは十分有り得ますが」
「ああ……そうか、そうだったな」
はあ、と深く溜息を吐く。
「絶対に会いたくないな。彼らも任務優先だから、私に構う暇はないと思うけど。……それでも、万が一捕まってしまえば、処罰を受けることは確実。……もう少し遠くの国にでも逃げるか」
「この国から離れることには賛成です。シンディーは、そこそこ目立っていましたから」
「まあ……義妹に掠め取られて婚約破棄をしたのだから、しょうがないな。あ、でも、皆の記憶からは私の存在は消えているけど…….」
「そういうことではないのですが。……この国には貴女の痕跡が多いので、さっさと離れた方が良い、ということです」
「へぇ……? あ、でもちょっと片付けておきたい用事があるんだ。だから、それが終わってから出発。それで良いかな?」
「良いも悪いも、判断は主人の貴女に任せます」
「ふふふ、ありがとう」
パチン、と指を叩く。
そうすれば、湯水がバスタブに自動的に溜まった。
「君も一緒に、お風呂に入る?」
「ご冗談を。私はもう寝ます」
「そうか。……なあ、アルフェ」
「……何です?」
「君が使い魔で本当に良かった」
「どうしたんですか、急に」
「だって、君……この国を離れる時も、付いてきてくれるんだろう?」
「……当たり前じゃないですか。私は貴女の使い魔ですから。見捨てるなら、ベルディオから逃げたその時に、とっくに見捨ててます」
「それもそうか。ははは……おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
アルフェはすぐさま眠りに入った。
……可愛らしい姿だ。
私はもう一度ジッとアルフェを見ると、風呂場へと向かった。