そして動き出した
そうして詰所に頻繁に赴くようになって十五日目のことだった。
「オーバンさん、団長より至急来いとの連絡がありました」
「団長から?分かった、すぐに行く」
「私も同席しても……?」
「……とりあえず一緒に来れば良い。聞かれてマズい話なら団長より一言あるだろう」
「ありがとうございます」
エマールの部屋に、二人揃って向かう。
部屋に入ると一瞬エマールと視線があったけれども、特に退出しろとの言葉はなく、そのまま本題に入った。
「ヴィラード侯爵家より訴えがありました。ベザード商会が詐欺を行っていると」
「詐欺?」
怪訝そうにオーバンが聞き返す。
「ああ、そうだ。ご丁寧に、証拠まで一緒に提出してきたぞ。内容としては、簡単に言えば手抜き工事、及び建築材の詐称。他商会による調査の結果が添えられている」
パラパラとヴィラード侯爵家が提出した資料を読んだ。
「つまり、詐欺師としてベザード商会を捕縛せよ、と」
「ヴィラード侯爵家の訴え、ということもあるが、これだけ証拠を積まれれば、我々の調査前にでも動かねばなるまい」
「その責、私が負いましょう。代わりに指揮権限も、私が貰います」
空気だった私の突然の発言に、その場にいた二人が揃って呆気に取られていた。
「あら……何がオカシイのでしょう?ベザード商会は国の公共事業も請け負っています。一件灰色が出れば、当然、その灰色が黒かを調査すると同時に、他の件についても調査をしなければならない筈です。そして、その多くは公共事業……当然、文官の私が乗り出して然るべき案件ですわ」
「理屈としては、確かに貴女の言うことは尤もかと思うが……」
「あら、お忘れですか?この許可証を」
そこに書かれていたのは、「視察者が必要と判断すれば介入と指揮を取る事が許される」という文面も含めて第二王子のサインが入っている。
エマールは再びそれを見て、苦笑を浮かべた。
「……参った。貴女の仰る通りだ。是非、協力をお願い致したい」
そう言って、彼は手を差し出す。
「私の方こそ、ご協力頂けますと幸いですわ」
私はその手を確りと掴んだ。
「それでは、第三騎士団の皆様に要請致します。ベザード商会の幹部の捕縛を。併せて、商会に保管されている各種資料は全て調査の為に回収を。加えて、銀行にも口座凍結と過去の取引の記録を徴収下さい」
「この段階で、そこまでやってしまって大丈夫ですか?」
「刑を下す訳ではなく、あくまで調査の一環。故に、私の権限の範囲内ですので、問題ありません。何かありましたら、私が責任を負えば良いのです」
「随分と大胆な……」
「あら、確証のないまま動きはしませんのよ?ヴィラード侯爵家が、これだけ証拠を集めて下さっていますし……何より、私はベザード商会が手がけた王都東側の橋が、先日崩壊したという情報も得ています」
「王都東側というと、外壁の外にある東側の領地と接しているあの橋か?あれは確か完成してから三年と経っていない筈だが……」
「ええ、そうなんです。十年以上前に完成した隣の橋は健在なのに、です。同じ商会が手がけた案件、動くに足る疑念を持つことは尤もかと」
エマールが、私の言葉に頷く。
「オマケに、宮中の方含め誰も横槍を入れることはできません。何せ、第一王子派の重鎮であるヴィラード侯爵家の申し出と、第二王子のサインがありますので」
「はは、確かに貴方の仰る通りだ……」
エマールが笑う横で、それまで難しい顔をしていたオーバンが口を開く。
「なあ、クローディア。俺の考え過ぎだったら申し訳ないが……もしかしてお前、これを待つ為に視察に来ていたのか?」
「はて、待っていたとは?」
「ヴィラード侯爵家の申し出を。だって、タイミングが良過ぎだろう」
「あら……まあ。なかなか面白い考えですわね。一平民の文官に過ぎない私が、ヴィラード侯爵家と話ができると?仮に私が善意の第三者として忠告しようとも、笑われるか怒られるかのどちらかでしょうね」
……嘘は言っていない。私がヴィラード侯爵家と直接話す仲でもなければ、私が忠告した訳でもない。
「確かに、そうだよな。……悪い、忘れてくれ。それに、助かった」
けれども、オーバンは納得してくれたようだ。
「これからも、貴方たち第三騎士団と良い仲が続くことを願って止みません」
そう言って、私はオーバンに手を差し伸べた。
彼は、迷わず手を取る。
「さあ……仕事の時間だ」
その場を〆るように、エマールが言った。
私たちはそれに頷き、それぞれ動き出す。
まるで定められた道を進むように、迷いなく。




