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旧友

「クローディア、久しぶりね」


豪奢な屋敷で私を迎え入れてくれたのは、メルン・ダンバート。

ダンバート伯爵夫人であり、昔ながらの知人だ。


濃い茶色の髪は綺麗に一つに纏められ、華美ではないものの品の良い仕立ての服とよく合っている。


「つい三ヶ月前に、会ったばかりだと思うけど?」


「あら、そんなつれないこと言わないで頂戴な。貴女を取り巻く環境が色々と変わって、心配していたのよ?」


薄緑色の瞳に、負の感情は映っていない。

純粋に、親愛の色があった。


「それ、私のことではなく、この国と自身の心配だろう?」


「付け加えると、私の家族ね」


「大袈裟な……」


「全然大袈裟なんかじゃないわよ。あの突然の婚約破棄からの、シンディー嬢の仮面を脱ぎ捨てて出奔。この国が終わった、と私が思っても仕方ないわよ。正直、祖国のことですら頭が痛いけど、それ以上に貴女が敵に回ることの方が私は怖いわ」


昔ながらの知人……それはつまり、彼女の祖国は私と同じ、魔法使いの国ベルディオだ。


「それは、君が私を買い被り過ぎているだけだと思うけど」


「本当にそう思う?……ただださえ、貴女には私の存在を握られているのよ?」


何故彼女がここにいるのかと言えば、当然、この国の内情を探る為。


シンディーとして初めて会ったときには、かなり驚いた。

もう、祖国の手がここまで及んでいるのかと。


幸いにも情報収集のみ、工作員が送られるのはまだ先……というのは目の前のメルンから得た情報だ。


「私がわざわざ祖国に戻って、君の情報を売るとでも?……馬鹿馬鹿しい、侮辱しないでくれ」


何故彼女がこの国で伯爵夫人をしているのかと言えば、ハニートラップを仕掛けて、逆にハニートラップにかかったという訳。


つまり今の夫に惚れ込んで、祖国すら捨て去っているということ。


「むしろ、それに関しては私の方が戦々恐々とするべきでは?何せ任務として出た君と違って、私は完全に脱走したんだ。今なお君が祖国と繋がっていて、私の情報を売っている二重間諜だった……という可能性の方が高くないか?」


そう問いかけたら彼女は苦笑を浮かべつつ、肩をすくめる。


「やめてよ。私じゃ、貴女を敵に回せないわよ。大体、貴女が生きていると判明したら、即刻連れ戻す為に隊を派遣するに決まっているでしょう」


「冗談だよ。……腹の探り合いは、これくらいにしてくれないか?」


「ええ、そうね。第二王子の元で働くと聞いた時には驚いたけど、貴女は暫くこの国にいてくれる……と思って良いのかしら?」


「ああ、取引の関係で仕方なく」


「ふーん。それ、突っ込んだ質問をしても良いの?」


「答えられる範囲なら」


「あら、優しい。じゃ、取引の相手は?」


「当然、私の上司である第二王子だね」


「ん?……シンディーの記憶は、彼の中から消えているのよね? それなのに、何故貴女を雇う話になるの?」


彼女の疑問は、当然だ。

平民たる私と王族の彼に、雇用関係が生まれる程の接点などないからだ。


「第二王子は魔法使いの卵だった」


魔法使いの卵、という言葉に、メルンは目を見開いた。


「ええ!嘘、第二王子が……!」


「そう、信じられないだろう?まさか、王族が魔法使いの血を受け継いでいるとは、な」


「それが本当だったら、ベルディオもこの国を見逃してくれないかしら?だって、魔法使いの血を持つ者が、この国を支配しているのよ?」


「ベルディオの上層部がどういう判断を下すかは分からないが……まあ、無理だろうなぁ」


「何でよ!?」


「魔法使いの血が入っていようが、魔法使いの自覚がなければ、非魔法使いと変わらないだろう?ベルディオに便宜を測る訳でもない。まあ、つまりは見逃す旨みがない」


「だけど……」


「それはこの国を守りたいと、君が思っているからこその考えだ。あいつらが、そんなことで止まれる程、非魔法使いに優しいと……君は、本当に思えるのか?」


暫くメルンと睨み合う形となったけれども、すぐにメルンは溜息と共に視線を和らげた。


「……そうね、貴女の言う通りよ。多分、誰も疑問にも思わないでしょうね」


「君が、この国を思っていることは理解できたよ。そこまで君の考えを変えさせたダンバート伯爵の手練手管を、褒め称えるべきかな」


「ちょ、止めて頂戴な」


メルンは顔を赤らめていた。彼女のこんな表情を、ベルディオでは終ぞ見たことがない。


「そんなことより……っ!例え魔法使いの卵であろうと、貴女の魔法を退けることは不可能でしょう。私でさえ、貴女が魔法の対象から除いてくれたからこそ、覚えていられたのよ」


「おや、諜報員の君が?耐性は人一倍ついているだろう?」


「分かって言っているでしょ!貴女の魔法を防げる者なんて、極々僅かよ。でなければ、貴女に偽装魔法をかけて貰って逃亡した私が、こうして大っぴらにこの国を歩ける訳がないもの。断言しても良いけど、潜入していた者も含めて、この国の者は皆、この五年間のシンディーは忘れ去っているわ」


「君にそう言って貰えるのなら、心強い。だけど、訂正だ。第二王子も、私のことは忘れていなかったぞ」


「そんなの、ありえな……。……まさか、魔法無効化の特異体質を得ていたの?」


「そういうこと。おかげで、第二王子との取引の場に引きずり出されて、このザマ」


「はあ、なるほど……。だけど、何を対価にしたというの?貴女を得るほどのものを、この国の誰もが持ち合わせているとは到底思えないんだけど」


「そうだなぁ……実に素晴らしい取引だったよ。彼は人の心情をよく掴んでいる。対価を持ち合わせずとも、私を引き込むぐらいにはな」


「ふーん……第二王子も、なかなかやるのね。男と別れた貴女に、新しい男でも紹介してくれるとか?」


「冗談は止してくれ。傷心の私には、なかなか厳しいコメントだよ」


「傷心?貴女が?……もう少し、恋する乙女を観察した方がよろしくてよ」


彼女が鼻で笑って言った言葉に、思わず苦笑が浮かぶ。


「精進する、としか言いようがないな」


「まあ、それは良いわ。それで、本題は?」


「ヴィラード侯爵夫人、デストメラ伯爵夫人。どちらでも構わないが、近々君は会う予定があるか?」


「ヴィラード侯爵夫人とならば」


「それは素晴らしい。君を忘却魔法の対象から外して良かった」


「私としては、返答に困るコメントね。……それで、私は何をすれば良いの?」


「実は、王都と東側の領境に最近かけられた橋が、今日壊れたんだ」


「壊したんじゃなくて?」


「いいや、自然と壊れたよ。正確に言えば、壊れる寸前だったから、その時が来るのを早めたというところかな」


「ふーん。それで?」


「その橋、ベザード商会が作った橋なんだ。確か、ヴィラード侯爵家もデストメラ伯爵家も、新たな施設を作るのに、ベザード商会に依頼していただろう?」


「ああ、なるほど……。つまり、こういうことね?」


それから続けられたメルンの言葉に、つい、口角が上がった。


「お見事。君と話すのは、話が早くて楽だよ。……それで?ヴィラード侯爵夫人とは、いつ会う?」


「丁度、三日後よ」


「それは益々素晴らしい。それじゃ、メルン。よろしく頼む」


「承ったわ。……でも、貴女。気をつけなさいよ。第二王子の側近ともなれば、露出も多くなる。いつ、ベルディオの刺客が向けられるか、分かったものじゃないわ」


「ありがとう。君の忠告通り、油断しないようにしておくよ。……それじゃ、失礼」


そうして、指を鳴らしてその場から離れた。


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