※疑問
「……殿下。何故あのような者を側近として取り立てたのですか?」
何度目か分からないカールの問いに、ディランは溜息を吐く。
「何度答えれば、気が済む。彼女が優秀だから、その一点だ」
「どのような優秀な者だとて、後ろ盾がなければ立つこともままなりません」
「私が雇用している時点で、私が後ろ盾と分かりそうなものだが」
「宮中にいる者は、そう見えません。本人の血筋に依って立つものがなければ、殿下との関係を邪推して終わりです」
「くだらん」
「大体、後ろ盾と言いながら、殿下は何も手助けをなさらない。どのような立派な芽であろうとも、水を与えなければ枯れるのと同じです」
「彼女は荒野で咲いていた花だ。私の助けなど、不要だ。むしろ、私の方が助けて貰う立場だろうな」
ディランの返事に、カールは怪訝な顔を隠そうともしない。
誰が、想像できるだろうか。
困窮していた子爵家を一人で立て直した力を。
それが、最初から周りの人の助けがあったのであれば、余程周りに優秀な人材がいたのだろうと思える。
けれども、どう調べても彼女は違った。
シンディーが冷遇されていた中で、それでも実力で周りを捩じ伏せ、従わせ、結果を出し、そして更に周りを従えていったのだ。
そんな彼女に、中途半端な手助けは侮辱となる。むしろ彼女がこの環境で、どこまでできるのかを見てみたかった。
無論、彼女が成したことの結果がどうであれ、最終的な責任は負うつもりの上で、だ。
「彼女はどうしている?」
「二週間、ずっと書庫に籠り切っていたと思えば、実地調査をしたいと言っていました」
カールの答えに、ディランは笑った。
「そうか」
「笑い事ではありません。一切、通常業務には手をつけていないのですよ」
「元々、研修期間兼慣れるのに半年は様子見の予定だっただろう」
「限度があります。手をつけなければ、慣れるものも慣れませんよ」
「だが彼女、過去から遡って各部署の資料を一通り目を通したのでだろう?」
「あんな量、こんな短期間で読めている訳ありませんよ。それに量をこなせば良いというものでもありません」
「普通なら、そうだろうな。でも、賭けても良い。彼女は、全て目を通した」
「何が殿下をそう信じさせるに至ったのか……」
「実績だ。何度も言うが彼女の雇用は、私の方が頼み込んで受けて貰ったものだ。……カール、あまり彼女を舐めるな」
「しかし……何も判断材料もなしに信じろ、と言われても、信じられませんよ」
「そのための半年だ」
カールの表情は、未だ不満げなそれだった。
「カール。お前は私にとってなくてはならない有能な側近だ。それは紛れもない事実だ。……だが、考えが固い。もう少し柔軟性を持て。でなければ、いつか足元を掬われる」
「……殿下、少々よろしいですか」
ずっと無言だったルロイが言葉を挟む。
「彼女の護衛は本当に不要でしょうか?今は誰も歯牙にかけないからこそ、危険は少ないでしょうが、殿下の仰る通り半年以内に成果を出せば、彼女の身に危険が及ぶ可能性があります」
「ああ、不要だ。並の力量じゃ、彼女の足手纏いになる」
「……あの細い体で?」
「戦いは何も力だけのものではなかろう。端的に言えば、彼女の力量は私を上回っている」
ディランの言葉に、ルロイは目を瞬いた。
「ご冗談を。殿下よりも強い?それでは、騎士団の中でも片手の位置に彼女がいることになりますよ」
「事実だ。その力量は、私も見た。相手を打ち負かす速さは、完全に私の上だった」
「もしや殿下は、彼女をいずれ護衛役に推すために?」
カールの問いに、ディランは笑う。
「であれば、カールの下に付けないさ。純粋に、彼女を雇おうと思ったのは彼女の執務を見てだ。後々、雇いたいと願い出た際に、彼女が相応の武力を持っていることを知ったが、嬉しい誤算だったな」
じっと、ディランはカールとルロイを順々に見つめた。
「カール、ルロイ。君たちのことを私は信用している。だからこそ、君たちには理解して欲しい。彼女は、私にとって必要な人材だ。……彼女に関し、建設的な意見であれば受け入れる。だが、何故・どのようになどという質問は、これ以上、繰り返してくれるな。少なくとも、半年は待ってくれ」
丁度そのタイミングで、ノック音が響く。
ディランが入室を促すと、入って来たのは話題の人物であるクローディアだった。
「ご機嫌麗しゅう、殿下」
「久しぶりだ、クローディア」
「大変申し訳ございません。もう少し、状況把握にお時間を頂戴できましたら幸いです」
「責めたつもりはないし、時間についても構わない。……それで? 君のことだ、挨拶のためだけに来たわけではないだろう?」
「ええ、大変恐縮ですが、こちらの許可を」
そうして渡されたのは、一枚の書類。
それは、治安維持を任されている騎士団への視察許可証。
許可者が王族であれば、騎士団の施設内でどこでも入れるようになる代物。
次いでに、視察者が必要と判断すれば介入と指揮を取る事が許されるという一文を追加している。
そんな大層な代物に、ディランは迷うことなくサインをした。
「……目的は確認せずとも良いので?」
「状況把握の為だろう?」
ディランの問いに、クローディアは笑みを深める。
一方で、傍で見ていたカールとルロイの表情は暗い。
呆れ半分、怒り半分、といったところか。
「ええ、そうでした。……それと殿下、本日は昼より休暇を頂戴しても宜しいでしょうか?可能であれば、旧交を温めたいと考えております」
「構わん。その旧交がどんなツテかを知りたいが……?」
ディランの問いに、カールとルロイが揃って首を傾げる。
平民が持つ人脈を、何故、わざわざ王族であるディランが興味を持つのだろうか。
「殿下が気にされている者ではないと断言できます」
クローディアの回答は、二人の想像の範疇外。
二人の感覚からすれば、はぐらかすようなその答えは不敬ですらある。
「そうか」
それなのに、ディランの反応は酷くあっさりしたものだった。
カールやルロイにとっては全く意味の分からなかいそれも、何かディランとクローディアの間では通じるものがあるのか。
カールとルロイがそう考えるのも、無理はない。
「早々と申し訳ありませんが御前、失礼致します」
そう言って、あっさりとクローディアは退出していった。




