怒り
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「何をそんなに一生懸命になっているのですか?ディランとの契約は、貴女が雇われたことで果たされています。成果はベルディオの尖兵を潰すなり、ディランの護衛をするなりでも十分叶うかと思いますが?」
山積みとなった資料と格闘をしていたら、アルフェが呆れたように声をかけてきた。
「現状では、それも叶わないだろうよ」
「そうですかね?」
「ああ。外どころか内にも敵がいて、果たして本当に戦えると?」
「まあ、仰りたいことは分かりました。ですが……本音は?」
「腹が立った」
「誰に?」
「関係者全員だよ」
「何故、とお聞きしても?」
「現状維持で目を瞑る直属上司にも、舐めてかかる関係者たちも。全員、腹立たしい。この状況を放置していたら、何の成果もあげられないだろうね。そうなれば、彼らから更に舐められることは、目に見えている」
「左様ですか。……目立ってはいけないのでは?」
アルフェの問いに、思わず笑みがこぼれた。
「おや……君には、私が随分と好戦的に映っているのか。初めて知ったよ」
「いえ……そうでもなければ、何故、このように資料を査閲しているのですか?」
「こんな風に、自ら情報を取りに行かなければ、通常業務すらままならない状況なんだよ」
「はあ……それは、分かりますが。ですがそのために、これだけの量を?」
「うん、そうだよ。何事にも、流れがあるからね。過去実施した施策から現在検討中の施策まで見れば、大体先が読める」
「いえ、貴女ならば造作もないことなのでしょうが……」
「まずは、通常業務をこなすことが優先だ」
「はあ、そうですか……」
「ま、この過程で何か面白いものを見つけた場合は、話が別だけどね」
「古今東西、権力を持った者の行うことは変わらないでしょう」
「それ、ベルディオの教えだね。……思えば、各国の政治機構は徹底的に研究しているくせに、自国の政に反映できないとは……所詮、魔法使いも人間でしかないということかな」
つい、全く違う祖国のことを思った。
勿論、目は引き続き資料の文字を追い、頭の半分はその内容に集中している。
「ベルディオの批判をできるのは、少数ですよ。普通、そんな疑問も沸かないでしょうから」
「ベルディオは徹底して自国民を支配しているからね。尤も……案外、自由を謳う国ですらそんなものかもしれないけれどもね」
喋りながら、一冊読み終わった。
読み終わった資料の山に放り投げて、新しい書類に手を伸ばす。
「第一王子カベルと第二王子ディランのどちらが王位を継ぐかで、貴族は対立しています。当然、政の実務を担う官僚たちも同様。仮に貴女の言う『面白いもの』を見つけたとしても、遊べないのでは?」
「そうかもしれないね。でも、無駄にはならない」
情報は、武器だ。
知っている、それだけでも優位に立てる。
「左様ですか。……ちなみに興味本位ですが、第一王子派と第二王子派はどのぐらいの規模なんですか?」
「比率でいくと、第一王子派と第二王子派は五対四だね。残りは、中立。第一王子の支持基盤は歴史ある貴族。第二王子は、新興貴族に多い。それから、官僚もチラホラ」
「官僚も殆どが貴族家の出身だと聞いています。仮に家が第一王子を支持しているのであれば、その家出身の官僚は第一王子を支持するのでは?」
「まあ、そういう判断をする人が多いよ。でも、官僚は貴族家でも三男四男がなることが多くて、独立する人もいるからね。家とは別の方針、というのも、ないわけではない」
「はあ……なるほど。ですが、官僚にさせるのは実務者を一人でも多く身内で固め、影響力を高めるためでは?独立など許さないと思いますが」
「……結局のところ、官僚となった当人の受け取り方次第なんじゃないかな。成人するまで十分な支援を受けていないと感じていた人だったり、家の方針と合わないっていう人は独立していたよ」
「そんなものですか」
「そんなものらしいね」
「まあ……派閥に入っているからといって、官僚は末端だよ。殆ど、発言権はないに等しい。特に第一王子派はね」
「……それは、何故ですか?」
「さっきも言った通り、官僚になる者は嫡男じゃないからさ。将来、良くて分家を立てることができるか……ぐらい。嫡男が家を継げば、平民となる可能性だってある」
「随分と複雑ですね。……というか、あのナ……なんちゃらとかいう財務部の男、青い血がどうとか言ってましたけど、そんな吹けば飛ぶような立ち位置で言っていたのですか」
呆れたような声色に、再び笑みが浮かんだ。
「そうそう。同じ血であろうとも、覆すことのできない順列がある。全く、残酷な決まりだよね」
「ちなみに、あの男はどちらの支持者なんですか」
「第一王子だよ。付け加えると、ヴィンデッドも。金を握られているようなものだから、第二王子も辛いところだね」
「へぇ、そうなんですか」
「おや、興味がなさそうだね」
「ええ、まあ。第二王子が苦境に立たされようとも、私には全く興味が沸きません」
「そんなことを言ってくれるな。仮にディランが脱落すれば、私はタダ働きとなってしまうのだぞ?」
「むしろ、よくぞそんな相手と取引をしたなと尊敬します」
「褒めても何も出ないが」
「分かって言っているのですから、タチが悪い……。当然、遠回しの嫌味ですよ、嫌味」
「少しは優しくしてくれても良いと思うぞ?私の可愛い使い魔君」
「……使い魔なので、これ以上主人を邪魔しないよう消えます」
「ちょっと待ってくれ、アルフェ」
闇夜に消えそうになったアルフェを呼び止める。
「何でしょうか」
「君、べザード商会に行ってきてくれないか」
「べザード商会?」
「うん、少し面白いことになりそうなんだ。君の目と耳を借りたい」
「……はいはい。優しい使い魔は、貴女のお願いを断りませんよ」
「流石だ」
そして今度は本当に闇夜に消えて行った。




