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プロローグ

「愛しているよ、アデル」


男の甘やかな声が嫌に耳につく。


「バート様……」


そして彼に抱きしめられているアデルという女も、バートと同じく蕩ける程に甘い声。

互いに熱量を持った瞳で見つめ合い、そして唇が重なった。


……これが物語ならば、どんなに素敵な場面だっただろうか。



私は、パサリとカーテンを開けた。

今まさに麗しい恋愛劇が繰り広げられている場所に、乱入するために。


「し、シンディー!」


哀れにも、私の存在に気がついたバートが口付けを止めて叫ぶ。


「……とても楽しそうですね」


無意識にも、睨みつけるようにアデルを見てしまった。

私の視線から庇うように、バートが間に立つ。


「何故、君がここに……!」


「何故、と?むしろ私の方が聞きたいですわ。貴方様こそ、婚約者を放って何故ここに?」


「あ、いや……」


彼が目を泳がせる。

……そうなって当然だ。


彼……バート・デル・アーキンはアーキン伯爵家の子息にして、ダンニル子爵家の娘たる私の婚約者。


つまり、先ほど繰り広げられていた甘ったるい恋愛劇は、ただの浮気現場だ。


……お相手は、最悪なことに私の義妹。


薄桃の色の髪に、溢れんばかりの大きな瞳が特徴的な可愛らしい顔立ち。

残念ながら、今は愉悦に浸る表情を浮かべているせいで、その可愛らしさが半減しているけれども。


「ま、まさか、君がこのパーティーに来ているとは思わなかったんだ」


彼は視線を逸らしたまま、言い訳めいた言葉を繰り広げる。


「ええ、そうですわね。ですが、私も乗馬クラブの会員でしてよ?」


今回のパーティーは、乗馬が好きな人たちが集まったパーティーだ。


我が国では、同士の好が集まるクラブが様々あり、社交の一環として貴族の子女は何かしらに参加している。


そして、このパーティーは乗馬クラブの集まり。


正直なところ、私自身は乗馬にあまり興味がない。

とは言え、婚約者が会員となっている手前、私も一応会員としては名を連ねていて、申し訳程度に大きな催しだけ参加していた。


つまり彼の言うことは尤もで、普段だったらこんな小規模なパーティーには参加していなかっただろう。


「折角お呼ばれしたのですもの。噂を確かめるために、参加したくなりまして。……それより、この状況……貴方様はどのように説明してくれるのかしら?」


再び問えば、彼は俯く。


……ああ、嫌だ。

まるで、私が悪役みたいじゃない。


「私とバートは愛し合っているのです!」


それまで守られていたアデルが、彼を庇うように叫びつつ前に出た。

先程の見下したような笑みはどこにいったのやら、今は僅かに体が震えている。

その姿は、まるで小動物のようだ。


……やっぱり、私が悪役みたいじゃないか。


「あら、素敵。私も恋物語(ラブストーリー)には、興味があるのよ。何せ、貴女も知っての通り……私たちの婚約は所詮、政略だもの。やっぱりどうしても、恋愛に憧れてしまうわ」


楽しくなって、つい笑う。

何故か、私の笑いに釣られて益々バートの顔色が悪くなる。


目尻が少し下がっていて、優しげな顔立ち。

そんな彼が顔色を悪くすれば、余計に具合が悪いように見えた。



……けれども。


「……すまない、シンディー。私は、アデルを愛してしまったんだ」


彼は顔を上げつつ、そう言い切った。

その瞳には強さが宿り、アデルを守るように彼女を片手で抱きながら一歩前に出ている。


「だから、私と婚約破棄をなさりたいと?」


「……ああ。最早私は、彼女しか愛することができない」


美しい光景。

……けれども、愛があれば全ては許されるのだろうか。


彼が何を言おうとも、所詮は浮気者の戯言だ。

だからこそ、私の体は怒りで震えている。


「……愛……。私は、一体、何のために……」


思わず、呟いた。

小さな呟きだったにも関わらず、バートは私の声を拾ったらしい。


「……すまない。私が、悪いことは分かっている。だが、心を偽ることはできなかったんだ。……私は、彼女を愛している」


そう言いながら、アデルの手をバートは握った。

アデルもまた熱い視線を彼に送っている。


………その様を見て、私は深く溜息を吐いた。


「……全部、台無しだ」


自分でも驚くほど、冷たい声だ。

パチン、と指を鳴らした。


瞬間、二人が倒れ込む。


「残念でしたね、クローディア」


そしてそれと同時に、この場にいなかった第三者の声が耳に入った。

声がした方に目を向ければ、そこには一匹の黒猫。

夜の闇と同化して、眼だけが浮いて見える。


「本名を呼ばないでくれ、アルフェ」


睨みつけても、アルフェはどこ吹く風。

つまらなさそうに口を大きく開けて、欠伸をしていた。


「だって、シンディーとしての生活は終わりでしょう?……婚約破棄なんて醜聞、しかも義妹に掠め取られたとあれば、目立って仕方ないですし。この五年、上手いこと上流階級の中に溶け込めていたのに、本当に残念ですね」


遠に陽は落ちていて、バルコニーにいるのは肌寒さを感じる。

けれどもそれ以上に、彼の言葉が冷たくて僅かに体が震えた。


「君の言う通りだ。この男が浮気なんかしてくれたおかげで、全部台無しだよ。良い隠れ蓑だったのに」


「本当、ご愁傷様です。……次の潜伏先を見つけるにも、難しいでしょう」


「そうかもしれないな」


「ある意味、この男も勘が鋭かったのかもしれないですよ。貴女の家族を含めて、他の者は皆、気づいていなかったようですが。……むしろこの男、貴女に違和感を持ったからこそ、他に走ったのでは?」


くしくし、と器用にアルフェは前足で頭を掻いている。


「さあ、それはどうだろう。こうして堂々と浮気をしている辺り、そんな繊細には思えないけど」


思わず、笑みが溢れた。

それは心の内に湧き起こる苛立ちを、隠すために無意識に浮かべた表情だった。


「確かに」


「さて、と。次はどこに潜入しようか。子爵家は、本当に良い潜入先だったんだが」


「ええ、そう思いますよ。まさか貴女のような逃亡者が貴族になっているとは、誰も思わないでしょうしねぇ」


「運良く貴族になれて、このまま平穏な日を過ごしていけると思ったんだけど……ま、仕方ないか」


「でも、一つ疑問です」


「なんだ?」


「貴女も、この男のことなんて愛していなかったでしょう?なのに何故、婚約を受け入れて、その上、この男との関係を良好に保とうと心を砕いていたのですか?」


「それだけ、悠々自適なこの生活を気に入っていたということさ。愛のない生活だろうが、多少の面倒や不自由なことがあろうが我慢しても良い、と思うぐらいには」


「悠々自適?……私の記憶では、随分と忙しそうだった印象ですが」


「気持ちの問題かな。我らが祖国、ベルディオにいるよりはマシだろう?……さ、そんなことよりさっさと消えようか」


もう一度、パチンと指を鳴らした。

瞬間、視界は暗転。

次に視界が開けた時、パーティー会場から離れた街に辿り着いていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 使い魔の適度な距離感で、くどくならず状況を説明されていて、楽しく読めそうな予感。続きを楽しみにしています。
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