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聖女に人類は救えないようです

 

 大陸のほとんどは魔獣によって支配されている。


 かつて存在した多くの国は魔獣王率いる魔獣の軍勢によって滅ぼされ、唯一残ったのが人類最後の安息の地にして聖地フィーネである。


 人間よりも強靭な肉体を持ち、人間よりも強力な魔法を振るう魔獣は多くの国を滅ぼしたが、聖地フィーネはいち早く結界を張ったために滅ぼされずに済んだ。


 ある波長の希少な魔力を持つ人間を塔に閉じ込め、魔力を搾り出すことでその特殊な結界は魔獣を寄せ付けないだけの効果を発揮する。代わりに魔力を搾り取られる人間は十年前後で死に至るのだが。


 その生贄は聖女と呼ばれていた。

 人類最後の安息の地を守り抜くための生贄という事実をそれっぽい言葉で取り繕っているだけだとしても。


 聖女という人柱を捧げることで聖地フィーネは今日も人類最後の安息の地として平穏を維持している。希少な魔力の持ち主を犠牲にし尽くしたその時が人類が滅びる時だと、そんな簡単な事実に目を逸らして。


 輝く銀髪に薄い赤の瞳の少女、第七十二代聖女アイリアもまた今日から塔に閉じ込められ、その一生を魔力を搾り取られるために消費される。


 五年前、十歳の時に魔力が放出できるようになり、国の調査員によって聖女の才能が認められて、『次の供物』として連行されてからの日々は苦痛しかなかった。


 魔力量の上限を増やすための過酷な訓練は寝る間もなく行われた。一人の犠牲でその他の大勢が死なずに済むのだから弱音を吐くようなことは許されないと、単なる村娘でしかなかったアイリアが宮廷魔法使いでも悲鳴を上げるような訓練を強要させられたのだ。


 理屈はわかる。

 多くの命を救うのは素晴らしいことで、そのために一人の命が必要ならそれは最善であり、誰かを助けるために行動することは正義なのだ。


 聖地を管理する上層部は、だから己の行いに恥じることなくアイリアにもっと努力しろと言う。少しでも怠ければ、休めば、それだけ魔力量が増やせず、人類最後の安息の地が維持される時間が減り、結果として多くの命が失われるのだから、と。


 それが正論なのだろう。そのためにこれまでも七十一人もの聖女がその命を搾り尽くしてきたのだろう。その犠牲が多くの命を助けてきたのだろう。


 だから。

 だけど。



 だったら聖女は誰が助けてくれるのだ?



 誰かを助けるのは正義であれば、どうしてそう嘯く連中が戦わない? 魔獣の群れを蹴散らして、結界なんてなくても済むようにすれば、そもそも聖女たちが塔の中で孤独に命を散らす必要もないというのに。


「……けて……」


 塔の中には拘束具と台座がある。

 聖女を食事も睡眠も必要とせず、年中無休で効率よく一滴残らず魔力を搾り取る『意志ある肉塊』に変えるためのものだ。


 その台座に拘束されれば、人間としては終わる。

 魔力を吐き出して聖地を守る意思があるだけで自ら指一つ動かすこともできない肉塊に作り変えられる。


 そこに、先代の聖女だったものが微かに残っていた。

 ミイラのように乾き、崩れて、今まさにチリになっていくところだった。


 それを見てもアイリアの周囲にいる男たちの表情は変わらない。国民に向けた印象操作として次の聖女はアイリアだと大々的に発表し、着飾り、パレードまでした後の彼女を無造作に拘束具に繋ごうとする。


 いいから黙って捧げられていろと。

 それが聖女の役目だろうと。

 今まさに遺体も残らず消えていった先代の聖女を労わることさえなく、彼らは『次』を捧げるために行動する。


 それが正義なのか。

 それが多くの人間を救うということなのか。


 この地は聖女の犠牲の上に成り立っている。

 それが正しいと、仕方がないと、尊き犠牲なのだと、そうやって安寧を貪っている。


 そんなもののために歴代の聖女たちは殺され、アイリアもまた殺されないといけないのか。


「……だれか……たすけてよ……」


 アイリアが聖地に住む多くの人間を救うためにその身を犠牲にさせられる。


 その寸前のことだった。



「そこは俺の名前を呼んで欲しかったな」


 ゴッシャアアンッッッ!!!! と。

 聖女から魔力を搾り取り、結界を維持する生きた燃料に変える台座に拳が突き刺さり、拘束具ごと砕け散る轟音が炸裂した。



 慌てて何事か喚く周囲の男たちを一人も残らず蹴散らして『彼』はアイリアの前に立つ。


 聖女を生きたまま殺す仕組みは粉砕された。代わりにこの地の人間全てが救われるために必要な仕組みを失う形で。


「五年ぶりだな、アイリア」


「レオン!?」


 五年前、次の聖女として連行されるまでずっと一緒だった幼馴染みは昔と変わらずおどけるように笑っていた。


 多くの人間を救う手段を壊したというのに、そのことに何の負い目もなさそうに。



 ーーー☆ーーー



 レオンとは物心ついた時からずっと一緒だった。

 アイリアが十年という年月を一番濃密に共に過ごしたのはレオンだった。


 小さな村には同年代の子供はレオンしかいなかったのもあるだろう。だけどそれだけが理由じゃない。


 そばにいたいとそう望んでいた理由は、決してそれだけではない。


『よお、アイリア。今日は何して遊ぶ?』


 黒髪黒目の幼馴染みはいつもおどけるように笑っていた。


 遅くまで二人で泥だらけになりながら遊んでいた時も、親の手伝いで田んぼを耕していた時も、アイリアの誕生日を祝うために傷だらけになって珍しい花をとってきた時も、両親を事故で失って泣いていたアイリアのそばに寄り添ってくれた時だって変わらずに。


 一人になっちゃった、とこぼしたアイリアにレオンはあくまでおどけるように笑っていた。そうやっていつも通り振る舞うのが、不器用な彼の優しさだった。


『馬鹿を言うな。俺はずっと一緒だ。絶対にお前を一人にはしない』


『ほん、とう……?』


『ああ、約束だ』


 その一週間後、アイリアは聖女として連行されることが決まった。


 その時だけは、レオンは笑うことはなかった。

 調査員に掴み掛かり、護衛の騎士たちに殴られ、蹴られ、それでも倒れなかったからついに魔法をぶつけられても決して諦めなかった。


『……約束、したんだ。ずっと一緒だって、一人にはしないって、そう約束したんだ!!』


 そのままではレオンは殺されていただろう。

 いかに彼が()()()()()()複数の騎士が魔法を持ち出してもまだ殺しきれないほどの実力者であっても、このまま続けていればいずれ必ず殺されていたはずだ。


 だからアイリアはこう言った。

 もうやめて、と。


『レオン、もういいから』


『アイリア……』


『わたしは聖女なんだよ? 聖地に住む人たちを救うんだよ? それはとっても名誉なことで、素晴らしいことで、正義なんだから……だから、もういいよ』


『ふざけるなよ!! そんな泣きじゃくった顔で何を言ってやがる!?』


『だってっ! 死んでほしくないもん!! お母さんもお父さんも死んで、レオンまでだなんて耐えられないよっ!! だからもういいよ。わたしが聖女になればみんなを、レオンを助けられるならそれでいいよ。それが正しいことなんだよ!!』


『アイリア!!』


『……さようなら。わたし、レオンのこと大好きだったよ』



 ーーー☆ーーー



「さようならできなかったな、アイリア。どうも、お前が大好きなレオンさんですよっと」


「うわ、わわっ、わあーっ!! 普通そこほじくり返す!?」


「いやだって、なあ? あれだけ悲劇のヒロインぶって、それはもう酔いに酔ってあんなこと言われたらなあ???」


「レオンは最低だよっ! あほっ、ばかっ、人の心がないの!? 本当最低!!」


「はっはっ。それだけ騒げれば聖地の外でも元気にやっていけるな」


「はい? 聖地の外だって?」


「ああ。そりゃお前、ここまでやらかしたからな。聖地にいたって愉快な展開にはならないだろ。何せ結界具現化装置は相当特殊な素材やら技術やらを注ぎ込んでいる古代の遺産らしくてな。予備もなければ新たに作ることもできないんだ。壊したのが俺でもその場にいてどうして止めなかったとか何とかってアイリアも八つ当たりで憎悪の限りに蹂躙されてもおかしくないし」


「そっそうよ、結界具現化装置壊してよかったの!? 確かにアレは聖女を殺すけど、アレがないと結界が維持できずに聖地が魔獣に蹂躙されるのに!!」


「……、そこで死なずに済んだと喜ぶんじゃなくてすぐに心配できるのがアイリアだよな。お優しいことで」


「な、なにをっ、こんな時に何をふざけて……!!」



「ぶっちゃけるとこのまま何もしなければ聖地は滅ぶだろうな」



 さらりも言うものだから聞き流しそうになった。

 だけど、それでも、レオンは確かに言ったのだ。聖地は滅ぶと。


「なっななっなんっなにっ、じゃあ壊したらだめじゃん!!」


「はっはっはっ。だよなあ。ついやっちゃった」


「ついって、ついってえ!!」


「まあいいじゃないか。別に俺は正義の味方でもないし? 最悪人類が滅亡することになろうとも、それでもアイリアを失うことだけは嫌だったんだ」


「レオン……」


「それに、約束しただろ? 一人にはしないって。これからはずっと一緒だ、アイリア」


 だから。

 だから。

 だから。



「それとこれとは話が違うわよ、ばあーか!!」



 すぱーん!! とそれはもういい音がした。

 レオンの頭を叩いたアイリアはキッと彼を睨みつけ、


「そりゃわたしだって死にたくはないよ。助けてって思ったよ。だけど、だからといって、何の罪もない人々を見殺しにしていいわけじゃない!! それは、だめじゃん……」


「ん? いや別に見殺しにするつもりはないんだが」


 …………。

 …………。

 …………。


「へ?」


「くそったれな上層部は聖女を生贄に捧げることで有効期限付きの安寧を得ようとした。だけどそれって結局聖女になれる才能の持ち主がいなくなれば崩れる程度のもんだろ。そんなちっぽけな安寧なんてくだらない。どうせ手に入れるならもっとおっきなもんにしないとな」


 つまり。

 だから。


「魔獣を寄せ付けないだけの結界を生み出せる聖女の希少な魔力。そいつを攻撃に利用して魔獣どもを滅ぼす。それなら有効期限なんてない正真正銘ホンモノの安寧が手に入るとは思わないか?」


 あ、もちろんアイリアの命を犠牲にしない方法でな、とレオンは付け加えた。


 おどけるように、ずっと見てきた笑顔で。


「そんなこと……できるの?」


「やってみないと何とも言えないな。で、そんな不確かなことは上層部は絶対に許可しない。だから後戻りができない強硬手段に出るしかなかったわけだ。というわけで今から聖地を抜け出して魔獣狩りの日々に突入するんだが、どうする? 今ならまだ引き返せるぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そのまま命を捧げて……いや、うん。多分駄々をこねて泣きじゃくってでもやめてもらうよう懇願するな。本当やだ。勘弁してくれ」


「なによ、それは」


 ここまできてあくまで選択肢を残していた。

 だから、選ぶのはアイリアだ。

 ここで選ぶ勇気がなければ、これから先の過酷な道のりは踏破できないと思ってのことだろう。


 ……聖女としてその命を犠牲にすることを選んだら選んだで強引にでも連れ出しそうだが、それくらい我が儘でないとここまでのことはできない。


「あのレオンが泣きじゃくるところは見てみたいけど……ねえレオン」


「おう、なんだ?」


「多分、これは正しくないことなんだろうね。『とりあえず』人々を救うことができる道を捨てて、できるかどうかもわからない道を選ぶなんてね」


「だろうな。それでも俺はアイリアに生きてほしい。その可能性が僅かでもあるなら全人類の命を賭けたって構わない」


「そっか……。うん、そっか」


 アイリアはレオンの目をまっすぐに見つめる。

 もう会うことはないと思っていた。だから我慢できたが、こうして再会してしまったらもうダメだった。


 我慢なんてできない。

 もっとずっと一緒にいたい。

 そのためなら正しくなくてもいい。


「もしも地獄に堕ちても、一緒にいてくれる?」


「ああ。もう一人にはしない」


 だったら、と。

 アイリアは聖女としては間違っていて、だけど一人の女として心の底から望む道を選ぶ。


「魔獣なんかぜーんぶやっつけて、人類を救ってやろうか!!」


 これが始まりだった。

 結界具現化装置を完全に破壊し、アイリアは聖女としての役目を捨てて逃亡、己の保身から脱走して人類を滅ぼさんとする大罪人として指名手配されて──結界に残された先代の魔力が霧散するまでの数ヶ月でレオンと共に魔獣王率いる魔獣の群れを撃破し、人類を救うまでの。


 というか、


「レオン、なんだか強くなってない!? わたしの出番がほとんどないんだけど!?」


「ぶっちゃけるとアイリアが次の聖女として発表される前に魔獣を全滅させるのが俺『たち』の第一希望だったからな。できれば先代の聖女も助けたいって意見もあったが、一度結界具現化装置に繋がれたら息をしているだけで死んでいるも同然になるから助けようもなかったし。まあそれでも時間が足りずにアイリアが聖女として捧げられそうだったから仕方なく連れてきたってだけで」


「……聖女の希少な魔力を攻撃に利用して魔獣を滅ぼすって言っていたと思うんだけど」


「そう言ったほうが自分からついてきてくれるかなーって。後は、まあ、こうやってお前の驚いた顔が見られると思ってな。というわけで実はアイリアの力はそこまでアテにしてなかったんだな、はっはっはっ!!」


「本当、レオンはっ、本当もお!!」


「はっはっ。やっぱりアイリアはいい反応するなっ」


 実際には聖女を犠牲にして安寧を維持する今の聖地のやり方に反対していた『勢力』、特にレオンが暴れまくって魔獣王を含む全ての魔獣を撃破することに成功したのだった。


 アイリアが聖女として連行されて五年。

 それだけの時間をかけてアイリアが救われて、なおかつ人類を滅ぼしたという負い目を感じることがないよう必死に足掻いてきた結果だろう。


 そのための苦労を微塵も見せずにおどけるように笑うのがレオンという男なのだ。



 ーーー☆ーーー



『聖女。はっはは! その犠牲の上にこれまで生きておいて、惚れた女が聖女として犠牲になるってなったら喚き散らすとか最低だな』


 五年前。

 アイリアが聖女として連行されてから、血塗れで倒れたレオンはこう吐き捨てた。


『それでも俺はアイリアに死んでほしくない。だったら聖女に頼ることなく人類でも何でも救ってやるよ! そうすればアイリアが死ぬ必要もなくなるんだしな!!』


 だからレオンは人類を救うために必要なことをなんだってやった。


 全てはたった一人の女を幸せにするために。



 ーーー☆ーーー



 人類は魔獣の脅威から解放された。

 幸いなことに土地だけはありあまっていたので聖地の影響の及ばない遠くでアイリアとレオンは生活していた。


 二人並んで田んぼを耕しながら、


「魔獣を倒したのは自分だって名乗り出れば救世主としてチヤホヤされるかもだぞ。わたしこそ偉大な聖女なのよ崇め奉れーってな」


「それ嫌味? わたしが討伐した魔獣の数はレオンたちの誰よりも少ないじゃん。というか魔獣王との戦いには参加する暇もなかったしね! ちょっと周囲の魔獣を倒していたらレオンたちがサラッと終わらせているし!! いくらなんでも強くなりすぎよっ!!」


「まあ、そうだな。俺はめちゃんこ強いからなあ!!」


「ちょっとは謙遜してもよくない? あとレオン『たち』ね。この時代にはなんだってとんでもない才能を持った人やえげつない道具を作れる人があんなにも生まれているのよ。仮にも聖女が霞むってどういうこと?」


「なんだよ、俺は強くないってのかー?」


「はいはいレオンは強いわよ。おかげでわたしが救われたことを負い目に感じる必要もないしね。……ありがとう」


「まあ、俺だからなっ! このくらい楽勝ってもんだ!!」


 そこで。

 レオンは『そうだった』と何かを思い出したようにアイリアを見つめて、



「アイリア、俺と付き合ってくれ」



「ええっと」


 ごしっと。

 頬についた土を拭い、アイリアは何とも言えない顔で、


「普通田んぼを耕している時に告白する?」


「言いたくなったんだししょーがないな。で、返事は? 面倒なアレソレはもう解決しているし、変に気にして拒否するような展開はないと思うんだが。つーかとっくに好きって言ってくれているしな! ここで断るのは流石にないだろっ!!」


「本当女心がわからない男ね。その発言で振られても文句は言えないわよ」


「なっ!? アイリアと何の気兼ねなく付き合うために人類を救ったのにそれはあんまりじゃないか!?」


 本気で衝撃を受けておどけるように笑うこともできなくなっていた。彼がその笑みを消したのは今を除けばアイリアが聖女として連行された時くらいだった。


 それこそ魔獣王と殺し合っていた時だって浮かべていたその笑みが吹き飛ぶくらいには本気で嫌だったのだろう。それくらいアイリアのことが好きなのだ。


 そこで嬉しく感じてしまうのだから、もう手遅れなほど惚れてしまっているのだろう。


「まあ、うん。約束したからね。ずっと一緒にいてよね、レオン」


 だから。

 だから。

 だから。


「それはつまり付き合えないのに一緒にいろと? アイリアがいつかどこぞの男とくっついてもそれをそばで見ていろってことか!?」


「なんでそうなるのよっ!! ちょっとは察してよ、ばか!!」


 複数の国を滅ぼした魔獣の軍勢を蹴散らし、その頂点に君臨する魔獣王だろうがおどけるように笑いながら撃破した男が完全に涙目であった。


「まったく。一度しか言わないからちゃんと聞いてよね」


 アイリアは一つ息を吐いて、照れくさそうに視線を逸らして、それでもやはりこれは目を見て言うべきだと思い直し、そしてこう言ったのだ。



「わたしだって大好きよ、ばあーか!!」



 魔獣による脅威から人類は解放された。

 そのために尽力した『勢力』が存在していたことは広く知られることになるが、その中でも最強と呼ばれていた男についてはのちの歴史にほとんど詳細が残されていない。


 ただ一つ。

 その男は人類を救うためだと口では言いながらも、決してそんなもののために戦ってはいなかったらしい。


 たった一人の惚れた女を幸せにするために。

 そのためだけにその男は人類を滅ぼす脅威だろうが敵に回したのだという。


「大好き……はっははっ! もう一回、なあもう一回言ってくれないか!?」


「一度しか言わないって言ったじゃん!!」


「そう言わずに、な? 頼むよ、アイリアっ」


「ああもうっ。はいはい大好きよ、ばかっ!!」


「おう! 俺もアイリアのこと大好きだからな!!」


 そうして彼らはのちの歴史に詳細が残らないほどひっそりと暮らすことになる。


 だけどそのことに後悔などあるはずがなかった。

 ずっと一緒なら、それだけで幸せなのだから。

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