燃えるゴミの日
「アンドロイド法第四条、アンドロイドは起動から3年で機能を完全に停止しなければならない。」
法廷の一番目立つ場所で言葉を並べた老人はニヤリと笑い、私の発言を急かすように指でトントンと机を叩く。「この法律を、どう覆すつもりだ?一華弁護士…」
「お言葉ですが裁判長…」空気が苦い。そう感じたのは人生で二度目だ。
私は口元を抑え、思い付くはずのない反論の為に思考を巡らせる。
「お言葉ですが…なんだね?」
ないはずの心臓が加速すると同時に、停止するはずのない脳内が真っ白になる。手元に用意しておいた数々の資料を必死に漁り、言葉の続きを探す…が、アンドロイドの人権を訴える署名や、アンドロイドには感情があるかもしれないという研究結果、こんなものを見せつけても判決が揺らぐ事はないだろう。
アンドロイドは生まれて3年で処刑される。そんな絶対的なルールがある以上、依頼者を延命させる事なんて最初から不可能だったのだ。
こんな事になるくらいなら、最初から目の前のあの子を見殺しにするべきだったのかもしれない。有り得ない希望を見せなかったら、少なくともあの子は今泣いてなんていなかった。
必死に資料を読み込んでいると、裁判長のわざとらしい欠伸が聞こえて来た。「はぁ…いい商売だよね、アンドロイドの弁護士って言うのは。直ぐにぶっ壊れるアンドロイドから金をむしり取れるって訳だ。」
私はそんな裁判長の言葉に体を震わせ、資料を読むわけでもなく、ただただ視線を下した。
勿論死ぬ間際のアンドロイドから金をむしり取ろうだなんて考えは全くない。私はただ純粋にこの依頼者を助けたいと思っていただけだ。ただ、実際に私がやっている事は裁判長の言う通りだった。
「もう何もないなら判決を言い渡す。」
無慈悲な裁判長の言葉が法廷に響く。私は無言のまま、プルプルと震える自分の両手をただ眺めていた。検事、裁判長、そして法廷の真ん中で佇む依頼者、誰とも目を合わせる事無く、私はただ時が流れるのを待っていた。
「待って下さい…!!」判決を遮ったのは、依頼者本人だった。
「なんでアンドロイドは…私は…なんで殺されないといけないの…?」オレンジ一色の囚人服を着た依頼者は小刻みに震えながらも、裁判長の瞳を力強く見つめていた。「私…何も悪い事してない!!!ただ、生きたいだけ!!」
「ダメじゃないか…一華弁護士、何も説明してないのか?」呆れ顔の裁判長は依頼者の言葉を軽く流す。
そもそもこの裁判長は公平な判決をするつもりなんて無かったんだ。私がどんな反論をしようと、判決は最初から決まっていた。
「いいかいガラクタちゃん。君みたいな機械はいつ人間に牙を向けるか分からないだよ。だからぶっ壊すんだ。」これが裁判長の…いや、人間の本心だった。
依頼者の声は徐々に荒ぶっていき、彼女は両手を高く上げドンっと机を叩いた。「なんで…ですか…なんで私は死なないと…ダメなんですか…?!」彼女は酷く顔を歪ませ、ただただ真っ直ぐ私を見つめ叫んだ。
「絶対助けるって言ったじゃん!!なんで助けてくれないの!?」
私はあなたを助けようと…
「アンドロイドの英雄なんでしょ!?たすけてよ!!」
そんなんじゃないんだ。
「やっぱりお金が欲しかっただけなんだ、この詐欺師!!」
違う…私は…本当に…
「うるさくてたまらんぞ…警備員、何とか黙らせろ。」
裁判長がそのよう言い放った瞬間、依頼者の両脇に佇んでいた警備モデルのアンドロイドが動き出した。
「何とか言ったらどうなの!?違うならちゃんと否定しtあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………」
私はただその光景を黙って見ていた。その行動を肯定するでも、否定するでもなく、ただ呆然と閉廷されるのを待っていた。
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ピロピロ…耳障りな着信音がオフィス内に広がる。私は自分のデスクに着席すると、慣れた手つきで先程の裁判の後処理を始めた。
家政婦モデル2378号…今夜、彼女は焼却炉に投げ入れられる。恐らく彼女の記憶データは既に消去されているだろう。なのに…まだ彼女の声が聞こえる気がする。「たすけてよ…」
「珍しいわね、あんたがヘルプ必要なんて。」振り向くと、大量の資料を持った先輩がこちらを覗き込んできていた。
「すいません…独り言です。」
「そう?あんまり無理しないでよ。アンドロイドでもストレスとかはあるでしょ。」そう言うと先輩は私の肩をトントンと叩いた。
「はい…ありがとうございます…」
「あっ。言い忘れてたけど、あのクソ上司が一華ちゃんに用があるって。」
「へっ?」あの放任主義の無能上司が?と言おうとしたが、一応オフィスなのでやめておいた。
「気を付けてね。あのデブ上司、妙に機嫌よかったから。」
常に眉間にしわを寄せているあのハゲ上司の機嫌が良い?それは確かに何かありそうだ。別に声を荒げたり暴力をふるったりする様な人ではないのだが…部下がミスをすると無言でメンチ切ってくるような人だ。さらに言うと、ここで働き始めて2年立つが、あの加齢臭上司がご機嫌なところなんて見たことない。
気を付ける事なんて出来ないが、覚悟はしておいた方がいいだろう。
「失礼します。」オフィスの一番奥へと足を運び、いざ性悪上司とご対面。ゆっくりと息を吞み、彼の言葉を待つ。
すると、豚足上司はブヒブヒと鼻を鳴らしながらニチャァと顔を歪め、ニンニクの悪臭と共にこう言い放った。
「お前クビな。」