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彼女  作者: emi
9/12

彼女 9

彼女は、とても不思議だ。


突然に私の前に現れたと思えば、私が見ている景色をどんどん変えてくれた。


彼女には、本当に感謝している。


「あなたのことが大好きよ。あなたと出会えて良かった。」


私のこんな言葉に、彼女が嬉しそうに笑ってくれたのは、いつのことだっただろう。




今日もこの場所で、彼女との時間を楽しんでいる。


今日の彼女は、子供の頃、風になりたかったのだという話を聞かせてくれた。




「私ね、色を運ぶ風になりたかったの。」




彼女が言うには、人がいる場所は、様々な色がついているのだそうだ。


楽しそうにしている人がいる場所には、華やかで明るい色が、


悲しんでいる人がいる場所には、重く暗い色が見えるのだと。


彼女は、悲しさや苦しさの色の中にいる人の元に、


ピンクや黄色の明るい色を運ぶ風になりたかったのだそうだ。




「もしもそこに、新しい色を運ぶことが出来たらね、


きっとそこには、新しい色が生まれるのよ。


悲しみの色は消せなくても、そこに光が届いたらいいなって思うの。」




小さな頃は、誰にも見つからないように、こっそりと、


風になるための修行をしていたそうだ。


風のように早く走る練習や、


大きく息を吸い込んでは吐き出して、大きな風を起こす練習をしていたのだと、


こんな彼女の思い出話に笑ったけれど、


でも、彼女は、きっと、その夢を叶えたのだと思う。


彼女は、私が見ている景色を変えてくれたのだから。




一頻り笑った後で、暫くの間、2人で、黙って空を見上げた。




幾分、風に冷たさを感じるようになってきた。


秋も深まり、木々たちも様々にその衣装替えを始めている。


この時期の景色は、見ていて飽きることがない。




「あっ!ねぇ、見て?あの雲、鳥の羽に見えない?」




青空にふわりと浮かぶ、とても大きな鳥の羽に似た雲を見つけた私は、


思わず指差した。


いつもなら、本当ね、とか、綺麗ね、とか、こんな言葉を返してくれる彼女だけれど、


今日は、いつもの返事は聞こえなかった。




「ねぇ、あなたは、どうしてその夢、早く叶えないの?」




私の声は、彼女には届いていなかったのだろうか。


唐突な言葉に驚いて、彼女へと視線を移すと、


彼女は、とても真剣な眼差しで、何か考えごとをしているように見えた。


確かに、さっきまでは、いつも通りだったはずなのに、


この変わりようは、何だったのだろう。




「えっと・・・その夢って?」




「あなたは、本当は、何かやりたいことがあるんじゃないの?違ったかしら。」




やりたいこと。


確かにあるけれど、私は彼女にそんな話をした覚えはなかった。




「えっと・・・私、そんな話したことあったかな。」




「するわけないじゃない。


あなたが夢を持っていることを知っているのは、


この世界に、もうひとりしかいないでしょう?


それは私じゃないわ。そんなの、あなたが一番分かっているでしょう?」




「じゃあ、どうして・・・」




彼女は、じっと私の顔を見つめている。




「どうして、私があなたの夢を知っているかだなんて、


そんなことが大きな問題だと思っているの?


それより大きな問題は、


どうしてあなたが、その夢を叶えようとしていないのかってことよ。」




珍しく、感情的な彼女に驚いてしまった。


何故、怒っているのかは分からないけれど、彼女は、私に怒っているのだろう。




「え?あぁ・・・まぁ・・・やりたいことは、あるけど、


それは、私にとってのとても大きな夢なの。


叶えようとしていないわけじゃない。今はまだ、努力の段階なのよ。」




彼女は、じっとこちらを見つめる。




「本当に?・・・本当にそうかしら。


あなたは、その夢を叶えたいという願望を持ってるだけで、


夢を叶えて自分を幸せにすることを避けているのよ。


ねぇ、あなたは、大切な人がこの世にいないのに、


自分だけが幸せになってはいけないって、そんなふうに考えているんじゃない?


もしもそうだとしたのなら、勘違いも甚だしわよ。


あなたの大切な人は、絶対に、そんなこと望んでいないわ。」




一体何なのだ。


私は、時間を掛けて、自分なりの前を見つけて歩んで来たつもりだ。


ここまで来るのだって必死だった。


それなのに、何も知らないくせに、


何故、彼女にこんなことを言われなければならないのだ。




「私は、ちゃんと努力してるわよ!何も知らないくせに、勝手なこと言わないで!」




「そんなの嘘よ!だって、あなたは、何も変わっていないじゃないの!


その目を見れば分かるのよ。何ひとつ変わってない!


あなたは、本当は、その夢の叶え方だって分かっているはずよ。


それなのにあなたは、わざとその夢を叶えようとしないのよ。


いい?あなたはね、


目標とする場所が、山の頂上にあることを知っているのに、


わざとその山に登ろうとしていないの。


山の麓をグルグルと回っているだけだわ。


本当は、その山の登り方だって知っているのよ。


ねぇ、どうして?


どうしてあなたは、幸せを望みながら、それを現実にしないの?」




「そんなこと・・・」




そんなことないわよ。


そう言うつもりだったのに、私は、気付いてしまったのだ。




幸せになってはいけない。


どんなに笑っていても、心から楽しんではいけない。




彼女の言葉ひとつひとつは、


私の中にある無意識の声を鮮明に目覚めさせたのだ。




私は、彼の分まで生きることを目標としながらも、


無意識に、幸せになることを避けていたのかも知れない。




初めて聞いた自分の声に驚き、否定した。


そんなわけはない。認めないと。




それなのに、どんなに否定してみても、目覚めてしまったその声は、


私の中に煩く響き渡るのだ。




思わず耳を塞ごうとすれば、彼女は、更に、言葉を続けた。




「あなたには・・・あなたには、幸せになる義務があるのに、


あなたは、何も分かってないのよ!


自分自身を大切にしないことは、あなたの大切な人を大切にしないことと同じなのよ!


それなのに、あなたは、酷い!これじゃ、何もかもが無意味よ!


あなたが幸せになろうとしなければ、


私が此処にいる意味も、これまでの時間も、何もかも無意味よ。」




そう言って、彼女は、大粒の涙を流した。


こんな彼女を見たのは、初めてのことだった。


いつも明るく、太陽みたいに笑う彼女を、こんなふうにしてしまったのは、私だ。




「ごめんね・・・」


漸く絞り出た声は、驚くほどに、とても小さな声だった。



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