第三話 低血圧の早朝、高カロリーの予兆。
日曜日になった。
何の因果か、今日は晴天と天気予報で言っていた。
いっそ、一思いに雨でも降れば。
そんな私の浅ましさを嘲笑うかのように事態は動いた。
「凪沙、迎えに来たよっ!」
「…………優璃? なに、ノックぐらいしてよ……」
私は、その声に意識も虚のままに返事をする。
たった今まで私は眠っていた。
どうやら、優璃が家に上がり込んで来たらしい。
丁度枕元にあった携帯を拾い上げ時刻を確認すると、六時を示していた。
優璃の服装を見てみると、薄手のカーディガンに黒のワイドパンツ。どう見ても外行きの格好だ。
峰島スカイランドの開園は九時からで、私の予定では八時ぐらいに目を覚ましてダラダラと準備しても間に合うぐらいの算段だった。
しかし、優璃という女を侮っていたようだ。
この日に至るまでの優璃のテンションから、今日という日をもっと警戒しておくべきだったかもしれない。
久しぶりに遊べるということ。
それが遊園地だということ。
その相手が意外にも一緒に遊ぶのは初めてらしい芽美と、曰く滅多に構ってくれない私だということ。
「っていうか、六時って早すぎるよ。優璃って朝強かった感じだったっけ……」
そんな私は、低血圧だ。寝起きのテンションもご覧の有様で――って、普段の平日でこそ、もう一時間以上寝れるところを日曜日に起こされてる。誰でもこうなるよ。
一方の優璃も、決して朝に強い方ではなかったはずだ。
高校生になるまでは、中々朝に起きられない優璃を私が迎えに行ってあげてたぐらいなのだから。
「強くないよ。だけど、凪沙のせいだよ? おかげで夜寝付けなかったんだから!」
「私、何かしたかな……」
「したよ! 『寝る時に心臓の音が気になっちゃう時があるよね』とか『ふと目開けて窓見たら誰か居そうって思う瞬間ない?』とか……寝る直前にこんなの来たら、気になって寝るに寝れないよっ」
そうだった。
確かにそんな嫌がらせの連絡した。
(……優璃め。今回のこと、覚えててよ)
数日前の決意が蘇る。
何でってそんなことをしたのかと言うと、遊園地に行く流れに持って行かされた時に優璃に対して意趣返しをしてやろうと思ったからだ。
なるほど、それが巡り回って、それも私に帰って来たというわけだ。
……なんてことだ。
昨日の私の馬鹿野郎……!
――と、後悔先に立たず。
私はのろのろとベットから立ち上がる。
今のやり取りで完全に目が冴えてしまった。
お生憎様、私は優璃に嫌がらせの連絡をした後にさっさと寝たのでまだ眠くはあるが、まあ問題はない。
「ああ、バイバイ。私の安眠」
「もうっ、怒ってるのはこっちの方なのにいっ!」
そうぷりぷり怒っている優璃を見ると、少しクマが出来てしまっているようだった。
そんな古典的な怒り方でも可愛いのはさすがだが、その原因を作ったのが私だと愛香ちゃん辺りにでも知られてしまったら本気で怒られてしまいそうだ。
「ごめん、ごめん。そのうちお詫びするから」
「えっ、本当? 何してくれるの?」
「それは……私の可能な範囲で、かな」
「適当言わないでよ? ……約束だよ?」
「……うん」
私がそう言うと、優璃は静かに「やったっ」と笑みを浮かべる。本当に表情がころころと変わる幼なじみだ。
「でも、さっき芽美に連絡したら返事が来たんだよ。やっぱり、丁度良いぐらいなんだよ」
「ええ? そうなのかなあ」
「いいから、いいからっ。どうせなら早めに会いに行っちゃお?」
さて、優璃で遊ぶのもこのぐらいにして。
どうやら、芽美も起きているらしい。
不可抗力ながら、折角の休日に早起きをしたのだ。
たまには鈍り切った身体をフル回転させるのも悪くないのかもしれない――と、それらしい理由を付ければ融通の利かない私の身体ものそのそと動き出す。
じゃあ、取り敢えずは着替えて――。
「――って、凪沙!? なんで急に服を脱いでるの!?」
私が上半身部分のパジャマに手を掛け、半分まで脱ぎ掛かったところで急に優璃が騒ぎ出す。
私の朝で出し得る活力で考えれば信じられない声量だ。
目覚ましには丁度良いかもしれない……いや、二日でノイローゼになれそうだ。
「何って? 取り敢えず、着替えようと――」
「わっ、わーっ! 分かったから! 部屋、出る! 部屋出るから、ちょっと待って!」
そう言って優璃は、顔を真っ赤にさせて部屋を出る。
……何を今更? 子供の頃には、何度も一緒にお風呂に入った仲だ。
男女の違いがあるならいざ知らず――。
そういえば、一応優璃には恋人が居る。
……しかも、相手は女性。
その事情は理由あっての事情にしろ、他の人よりは意識する要因になり得るかも――と思った。
「はいはい、ごめんなさい」
それでも、私は優璃や芽美の着替え姿を見てもああは取り乱さないと思う。
……たぶんね。
そこは、どこか自信の無い私だった。
「す、すいませんっ。私だけ待たせてしまって」
数十分後、芽美が待ち合わせの場所に来た。
「ぜーんぜん待ってないよ! ね、凪沙」
「うん。元はといえば、私たちが早いだけなんだし」
その姿を、私と優璃で出迎える。
白いカットソーにロングスカートとシンプルに着飾った姿は、目を奪われそうになるほどに可愛らしく映る。
私なんて生地の伸びたパーカーにデニムパンツだぞ……。
「でも、そういうことでしたら私も早めに起きてて正解でしたね」
そう言って薄く笑う芽美は、休日の姿とあってか普段の学校で見る雰囲気と少し変わって見える。
……落ち着かない。
私は、本当にこの華やかな二人に挟まれていて良いのだろうか。
そんな私たちが待ち合わせた場所は、公園だった。
理由は簡単で目的地の遊園地、峰島スカイランド行き直通のバスが目の前に通っているからだ。
だけど、予定よりもずっと早く着いてしまった。
場所を大きく移動するわけにもいかない。と、いうことで仕方がないので、この公園で適当に時間を潰すしかない。
何の気無しに、ざっと辺りを見渡す。
此処の公園にある遊具は少ないもので、ブランコとジャングルジムと小さな砂場しかない。
ただ、大きな大木がずらっと並んでいるのが特徴で、夏には涼しそうだし、雨の日には雨宿りでも出来そうだ。
……悪く言えば、陽当たりが悪いだけだけど。
(子供には不人気そうだけど……ううーん)
どこか、学校の昼休み時に私が愛用している中庭に似た雰囲気を感じる。
「……なんかこの公園、懐かしい気がする」
「ん、並木公園のこと? ……来たことあったっけ? 私たちの家からだと、中央公園じゃない?」
私の呟きに、優璃が反応する。
此処は並木公園と言って、私と優璃の住んでいるエリアから少し外れる。
そこそこ近くにあることはあるのだが、そもそも私たちの家の近くには中央公園という大きい公園があるので、わざわざこの公園を利用する理由もなかったのだ。
「……凪沙さんは、この――並木公園に、来た覚えがあるのですか?」
「うん、たぶん……小さい頃、たまーにね」
芽美の質問に、私はギリギリあるかないかの記憶を頼りに答える。
それはたぶん、私が小学生になる前か成り立ての時か。
そのぐらい前だと思う。
だから、記憶も定かではないのだ。
でも、確かに昔に来たことがある気がする。
何でそんな記憶があるのだろう。
それは、良い思い出だったのか、悪い思い出だったのか。
何かを思い出せそうで、思い出せなくて――。
「あ、そうだっ。聞いて、芽美! 凪沙ってば凄い大胆なんだよ? さっきね、私がまだ部屋に居るってのに急に服を脱ぎ出して――」
「いや、その言い方は語弊しか生まれなくない?」
「……どういうことなんですか?」
優璃の発言を私が咎めようとして、芽美が眉を顰めて。
その後、なぜか機嫌を悪くした芽美に言い訳している間に本来予定していた時間はすぐに来てしまった。
……本当に、私が朝から予想していたよりも何倍も騒がしい休日の始まりとなってしまった。