第ニ話 百合に挟まる女を狩る後輩。
「私は、平良愛香と申します。優璃先輩とは中等部での先輩後輩でした」
「はい。ご丁寧にありがとうございます。私は神崎芽美、優璃さんとは恋人になります。よろしくお願いしますね」
芽美と愛香ちゃんの二人がお辞儀をしながら、丁寧に紹介を交わし合う。微笑ましい光景だ。
「はいっ、知ってます! 生でお話することが出来て私、感激してますっ!」
「そ、そうなんですか? 私に感激されるようなところはないと思いますが……」
「そんな事ないです! 神崎先輩の素晴らしいところですかっ? ええと、まずは――」
「え、えーと……」
「あはは、愛香ちゃんも変わらないねえ」
微笑ましい……んだよね? その勢いに押されつつある芽美に、優璃は苦笑いを浮かべる。
「愛香ちゃんだね。私は、優璃の幼なじみの――」
「知ってます、綾川凪沙さんです! というか昨日、お話したでしょう!」
まあ、そうなんだけど。
「というか、愛香ちゃんって……馴れ馴れしいですっ」
少し対処に困ってそうに見えた芽美に助け舟を出そうとしたのだが、そもそも私は昨日絡まれた時点で変に敵視されていたことを思い出す。選択ミスだったか。
「愛香ちゃんって、昔から凪沙にはこうだよねえ。私が前に紹介しようとした時にも、私はいいですって……」
「だって、優璃先輩とは百八十度違う人じゃないですか」
「ふふ、確かに凪沙さんが急に明るくなってもビックリするかもしれません。私も決して明るい方ではないですが」
「芽美先輩はクールです。孤高の存在と言えます」
(こうして優璃や芽美と話してるところを聞いてる分には普通に可愛い子なんだけどなぁ……)
昔から私は、優璃に懐いてる人に嫌われる習性にある。
優璃は誰からも好かれる人気者だけど、基本的に私の事を優先し過ぎる節がある。
私は愛嬌もないし生きていてつまらなさそうだなんて言われたこともあるぐらいには無気力な人間に見えるらしい。
そういうわけで、その活力溢れる優璃の魅力に引き寄せられた人間は私に対して「なんでお前みたいなのが……」となる寸法だ。
ってことは、もしかしたら、芽美にも……?
「……凪沙さん? 私がどうかしました?」
「あー。いや、なんでもないよ」
「そうですか。此方を見られてる気がしたので……」
「んー、芽美は偉いなぁって話だよ」
「私は偉いですか? その……ありがとうございます」
まあ、芽美に至ってそんな事はないか。
その柔らかくて優しい笑みに考えを改める。確かに優璃の言ってたように、芽美とは似てるところがある。
人混みが苦手で、友達も多いわけではなくて……。
だけど、それが私とは違って良い印象を与える。この差はなんだろう。これが生まれ持ったカリスマ性か。
――なんて失礼な考えだ。
私は身なりに気を遣えないし、人混みが苦手と人付き合いが苦手では意味合いが異なる。
それも本人なりの努力とか立ち回り次第でどうにでもなる範囲だから。それも私には出来ないんだけど……。
「ということで凪沙さん。今までは幼なじみってことで見逃してましたが……今の優璃先輩、芽美先輩っていう彼女が居るじゃないですか!」
「まあ、そうだねえ」
「ようやく優璃先輩に釣り合うような素敵な彼女が出来たんです! そんな尊い二人に挟まるなんて……重罪です!」
さて、その愛香ちゃんの理論で行くと優璃と芽美のカップルは尊いらしい。
うん。それは同感として――だから、私のような人間がその輪に挟まるのは重罪ということだ。
問題はそこだ。
二人の恋人関係の理由については説明出来ない。
大体、私にも理解し切れていない。
だって、二人はお互いをライバルだと言って――。
「二人のこと、何も知らないくせに……」
「むきー! 言いましたね!? 私の方が知ってます!」
そうして色々考え込んでいる間に、適当に返事をしてしまっていた。
「い、いやあ、でも。私と凪沙は幼なじみで、芽美とは同級生で」
「それでも私の方が上ですっ。そんなに言うのなら、分かりました。私と勝負しましょう!」
「……勝負って?」
「どちらが優璃先輩と芽美先輩のことを知ってるか、という勝負です!」
……なんで?
「では、一週間後に此処で会いましょう!」
そう言って、愛香ちゃんは去っていってしまった。
昨日に引き続いて、嵐のような子だった。
「なんか、凪沙にしては珍しいね。ああやって言い返すの……」
「まあ……」
いきなり今後、もう二人と関わらないようになどと言われても困るし。
だって、二人の秘密を知ってるのは私だけだし、それは二人とも困るだろうし――。
「……それで、二人のことをどっちが知ってるかの勝負って具体的にはなにするの?」
「いや、私たちに聞かれても」
「私も何がなにやら……」
愛香ちゃんという嵐が過ぎ去った後、私たち三人は途方に暮れていた。
パッと思い付くのは、二人についてのクイズとか?
それにしたって、その問題は誰が作るのか。
なぜ、こんなことに頭を悩まさねばならないのか……。
分からないことだらけだった。
――と、言うか。
そもそもの話、もっと重大な問題がある。
「私、愛香ちゃんに勝てるのかな」
「何でそこに不安になってるのよ!? そこは自信持ってよ!」
「いやぁ、だって私、意外と二人のこと知らないなぁって。優璃はともかくとしても、芽美はこの前知り合ったばっかりだしさ……」
まず、私はそんな勝負を受けるつもりはなかったし。
勝負を挑んできたと思えばすぐに去ってしまって、話を挟む間もなかったんだよね。
芽美に関しては私も最近知り合ったばっかりでほとんど何も知らない。
優璃にしても、付き合い自体は長いから昔のことなら私の方が知ってると思うけど――最近の優璃のことは、正直あんまり自信がない。
だって私は、いつの間に優璃と芽美が仲良くなったのか、全く気付いていなかった。
そんな優璃と芽美は顔を見合わせて、二人して困った顔をしていた。
「そんな……だって愛香ちゃん、勝負に勝ったら凪沙に私たちと関わるなとか言い出しそうな勢いだったよ?」
「うん、まあ……あの流れはそういう流れだよね」
「な、なんでそんなに他人事なんですか! ……凪沙さんは私たちと一緒に居れなくなってもいいんですか……?」
芽美が普段あまり見せないような、不安そうな目で私の方を見つめてくる。
(うっ、そんな可愛い顔で不安げにされると……)
どうにかしないといけないような気がしてくる。
正直言って私はこの勝負、勝ちでも負けでも別にいいやとすら思っていて。
だって、愛香ちゃんも別に負けたらどうだとか実際に言ってた訳じゃなかった。
負けたら負けたでシラを切るなりすればいいかな、なんて思っていた。
だけど、根が真面目な芽美にはそんな発想なんて最初からなかったんだろう。
「まあ……私も最近、二人といる時間も楽しいなって感じてる、し……」
また、私はらしくないことを――。
「そういうことなら、負けたくない……かな」
「凪沙っ!」「凪沙さんっ!」
「うぐっ、ちょ、ちょっと……!」
そして、二人して感激したように私に抱き付いてくる。
――ああもうっ、なんかすごい恥ずかしいじゃん!
私にしがみついてくる二人をどうにかして引き剥がすと、私は二人に改めて向き直った。
「と、とにかく……そういう話になっちゃったなら私、二人のことをもっと知らないといけないから。でも、どうしたら良いか分からないんだよね」
「そういうことなら、私に良い考えがあります」
芽美は制服のポケットから何かを取り出しそれを私たちに見せてくる。
どうやら、何かのチケットのようだ。
「それは?」
「峰島スカイランドのチケットです。勿論、ちゃんと三人分ありますよ」
「うわっ、なつかしい! 最後に行ったのもう小学六年生の頃とかかも!」
芽美が取り出したそれは、うちの近所の遊園地『峰島スカイランド』の招待券だった。
ジェットコースターや観覧車などの空中系のアトラクションに力を入れているからスカイランドだと、地元のCMで良く流れていたのを思い出す。
「実は先日、お父さんが仕事の取引先で貰ってきたそうなんですが、生憎家族のスケジュールが合わなくなりまして……そこで皆さんと一緒にどうかと誘おうと思っていたんです。来週の日曜日でしたらスタンプラリーも開催されるようですし」
「そんなの、いいに決まってるよっ。で、そのスタンプラリーって言うのは何があるの?」
「グループで各アトラクションに設けられた課題をクリアしていくとスタンプが押され、そのスタンプが全部溜まると何か景品が貰えるらしいですよ」
「なるほど、それで三人の仲を深めようって作戦だね!」
優璃は得心したといった様子でうんうんと頷いている。
――だけど、それは不味い。
この幼なじみはあろうことか、大事なことを完全に忘れ去っているらしい。
そんな優璃を余所に、芽美は私にチケットの一枚を手渡そうとしてきた。
「わ、私はいいかな……」
「ええー! なんでなの、凪沙っ。今のは完全に行く流れだったでしょ!」
「……もう、優璃。忘れたの? 私が高い所が苦手だってこと……」
「あっ……そういえば」
優璃がしまった、と言う顔で固まっていた。
そう、私はまごうことなき高所恐怖症だった。
それは私が三歳の時にお父さんに「高い高い」から落とされて以来の根深いものなので……。
嗚呼、情けないとは思っている。
だけど、高いところなんて、高いだけだし!
……と、そんなわけで空中系アトラクションを売りにしている峰島スカイランドには、地元民ながら一度も行った事がなかった。
「そ、そうだったんですね……すいません」
「いや……芽美は悪くないよ。こちらこそごめん」
芽美はすっかり意気消沈していた。
三人で行けると思っていて、楽しみにしていたのかもしれない。そう思うと、途端に申し訳なく思えてきて――。
「凪沙……」
優璃が、ジト目で私の方を見つめてくる。
……幼なじみだからか、何が言いたいのか手に取るように伝わってくるのが悔しい。
「…………はあ、分かったよ。行けば良いんでしょう、行けば……!」
「ほ、本当に良いんですか?」
その私の発言に、芽美の表情がパッと明るくなる。
優璃はその後ろからしたり顔で笑っていた。
(……優璃め。今回のこと、覚えててよ)
具体的には、優璃の寝る頃合いに外の窓をノックするだとか、非通知で電話を掛けるだとか……って、なんて幼稚な悪戯しか思い付かないんだ、私は。
――それでも、まあ。私の感情云々を抜きにして考えてみれば、二人のことをもっと良く知るには良い機会だったのかもしれない。
ただ、遊び続けるだけじゃない。アトラクションの並んでる間などを使えば、色々と話も聞けるだろう。
それにしても、友達と遊園地……私には、最も縁遠いと思っていたシチュエーションだった。
少し前までの私なら仮病を使ってでも休んでいただろう。
だけど、今の私は二人とのお出掛けがほんの少しだけ楽しみだったりして――。
なんて言ってしまったら、また優璃が調子に乗りそうだから。この気持ちは、私の胸の内にだけしまっておくのだ。