第五話 私の幼なじみは仲良くさせたい。
五月も半ばを迎えた頃。
ブレザーの下にセーターを着込む生徒も殆ど居なくなり、段々と暑さ感じる日が増えてきた。
そんな間にも優璃と神崎さんが付き合い出して、一週間の時が経った。
その間に特に何かのイベントがあったわけでもなく、登下校とお昼休みに三人で過ごす時間が増えたことを除くと後は以前までの日常と何ら変わらなかった。
とは言っても、それだけでも私としては不思議な感覚だ。
そうして人と関わる事など、私は極力避けようとして生きてきた人間なのだから――。
「遊びたい!」
現在は、学校の全授業が終わった放課後――家に帰る直前の校門前での出来事だった。
いつもならば、そこから自宅へと向かってお別れ――その手前に突然、優璃がそんな事を言い出した。
「私、遊びたい!」
それは、もう聞いた。
「えっと……突然、どうしたのですか?」
私が返事をしないでいると、その様子を見兼ねた神崎さんが優璃に問い掛ける。
なんて優しい反応なんだ。
私と言えば、面倒事になりそうだとだんまりを決め込もうとしていたところだったのに……。
「だって、最近誰とも遊んでないんだもん!」
急に遊びたいなどと言い出した理由は単純明快で。
そういうことらしい。
思考回路が完全に幼い子供のソレだった。
「GWは先週終わったよ」
だから、私は玩具を欲しがる幼子を相手にするような気持ちで対応する。
「うん、そうだね」
「……その間に遊び尽くしたんじゃないの?」
「でも、もう一週間以上前だよ?」
……優璃は、本当に子供のままなのかもしれない。
かくいう私のGWと言えば、家で積んでいた本を読んだり映画を観たり……?
普段の過ごし方と何ら変わりはなかったような気がする。
そう考えてみると、仮に優璃に私のように生活しろと強制させてみたらほんの数日程度で根を上げてしまいそうだ。
毎日、寝る直前まで特に用のない連絡が飛んで来るし。
連絡を返さなければ家が隣だからと二階にある私の部屋の窓を自身の部屋からつっかえ棒でノックしたり、酷い時では家まで押し掛けて来て……。
「まあ、坂宮さんはお友達が多いですから。最近はずっと私たちと一緒なので、退屈にさせていたら申し訳ないです」
神崎さんが苦笑しながら言う。
「いやいや、退屈とかじゃないんだよ? 最近は、凪沙も私から逃げないし! ただ、刺激がないっていうか……」
逃げないしって……私は優璃のペットか。
……まあ、確かに高校生になってから私は、一段と優璃と積極的には関わろうとしなくなった。
優璃の周囲からの人気や存在感が、高校生に上がってからも――より、数割倍増しになってしまったからだった。
最初こそ取り巻きを連れた優璃の襲撃にも何とか耐えていた私も数週間が経った辺りで、その眩し過ぎる後光に目を当てられ遂には耐え切れずに音を上げてしまったのだ。
「その刺激は私には毒かな。優璃の周り、テンション高い人が多いし……」
「そう? 普通だよっ。でも、確かに凪沙が他の皆んなみたいに喋ったり遊んだりっていうのは想像出来ないかも……」
優璃は世に言う、リア充という奴だ。
それも、筋金入りの。
可愛くて、運動神経も良くて、コミュニケーション能力も高い。当然の如くいつの時代でも友達は多く、クラスでも常に中心の存在として君臨する。
私とは似ても似つかない、対照的な人間だ。
「でも、坂宮さんと綾川さんは仲良しですよね。性格はまるで違うのに」
神崎さんの言うことも尤もだ。
だというのに、なぜそんな優璃が私を見放さずに構ってくるのかと言うと――。
「まあ、幼なじみだしね」
つまり、単純に付き合いが長いというだけの話だ。
幼少の頃なんて、家が近いとか親の仲が良いとか――そんな簡単な理由で友達になれるし、当人同士の性格も殆ど確立していない時期であまり関係がない。
だけど、優璃は持ち前の人懐っこさで、私との関係を今日まで維持し続けていた。
良い子だなと思うし、それは有り難いことだとも思う。
とは言っても、その思考を私にも共有させて来ようとするのだけは止めて頂きたい。
「幼なじみ……」
そんな記憶に思いふけていると、神崎さんは何かをぼそりと呟いた後に顔を俯かせてしまった。
……何か不味い事を言ってしまったのだろうか。
「えっと……?」
一瞬、場が硬直。
「…………よし!」
どうしたの? 神崎さんにそう聞こうか迷ったところで、その沈黙を打ち切るように大きな声を出した優璃がぱんっと手を叩いた。
突然、どうしたというのか――。
「じゃあ、今日は芽美と凪沙がデートしよう!」
……はい?
「え、えっ、どういうことですか?」
「だから、芽美と凪沙がデートするんだよ!」
相変わらず答えになっていない。
それでは、神崎さんの問い掛けに今しがた言った自分の言葉を復唱しただけだ。
「なんか、芽美と凪沙ってまだ固いんだよね」
「固いって……」
人を石みたいに言う。
……まあ、そういうことじゃないんだと思うけど。
「で、ですが、それでは――」
「気にしなくていいんだよ、これぐらい」
「……しかし」
「だって、このままじゃ芽美が不憫なんだもん」
「坂宮さん……」
そうしているうちに、二人の話はどんどんと進んでいく。
というより、不憫というのは何の話だろう。
そんなにも私の何かに不味い部分があるのなら教えてほしいんだけど。
それに、敢えてデートと言っているのであればそれは恋人の優璃の方が適任なのでは――と思う。
が、これも優璃なりの気遣いなのだろうか。
……まあ、いいか。
神崎さんとは、一度どこかのタイミングで二人で話してみたいと思っていたところだったから。
「私はいいけどさ」
「おっ、あの凪沙が乗り気!? 私が誘っても、全然乗ってくれないのに……」
そんな肯定的な私の言葉に優璃は驚いた表情を見せ、その後に少し拗ねたように頬を膨らませた。
だ、だって、優璃はさ、ほら? 家が隣だから、会おうと思えばすぐにでも会えるわけだし……。
「まあ、凪沙の気まぐれはいつものことか……。じゃあ、私は別で遊びに行くけど二人はこのまま遊んで帰ってね! ちゃんと、報告聞くんだからっ。絶対ね!」
そう言って優璃は、私が弁明する隙もなく一人で勝手に納得して勝手に予定を決めて去って行ってしまった。
まるで、台風のよう。
……これがリア充陽キャラか。
「……行ってしまいました、ね」
「本当に、ね」
神崎さんが苦笑いを浮かべたので、私も同様に返す。優璃の策略とは言え、妙な事になった。
「とにかく、移動する? 此処じゃ、なんだし……」
今は校門前にいる。
私たち帰宅部勢の下校タイム故に人の数が多く、然程目立っていなかったが学校からは離れたい。
「はい、分かりました」
そんな私の提案に神崎さんはコクリと頷く。
……さて、どうしたものか。
『凪沙がリードしてあげてねっ』
ポケットに仕舞っていた携帯のバイブの振動で優璃からの連絡に気付く。
……この私が、どう、リードしろと?
しかし、同時に歩き出した私の横に並ぶ神崎さんにも行き先の当てはないようだった。
――仕方ない。
こうして、私と神崎さんのデートは始まった。