第一話 久しぶりの昼休み。
「んー! 今日は雨だねえ〜」
「雨は嫌いなんですか?」
「外に出掛けづらくなっちゃうからね」
「私は湿気が酷いと髪の毛が……」
「あっ、それもあるよね!」
月曜日、学校が始まる。
それは、正しく憂鬱の響きだ。
「凪沙さんはどうですか?」
「外に出る時は面倒だけど、雨音とかは好きかな」
「確かに、部屋に居る時とかは落ち着くかもっ」
只今、私は優璃と芽美の三人で学校に向かっている。
そんな状況にも、いい加減慣れてきた。
それは周りも同じようで、最初期のように歩いているだけでジロジロと見られることも少なくなった。
人の噂もなんとやら――とは少し違うけれど、異質な光景も毎日のように見ていると普通に映るものだ。
「優璃、おはよう!」
「あっ、おはよう〜」
「芽美さんも、おはよう」
「はい、おはようございます」
校門を潜ると人の数もグッと増える。
それに従い、知り合いの数も多くなる。とは言っても、その殆どが優璃の友達だ。
挨拶の数も多い。
私は、大体顔見知り程度。
それで、今優璃と芽美に声を掛けて来たのは……。
……誰だっけ?
ええと。
あーこ、いーこ、うーこ。
じゃなくて。
「今日も二人で登校? 熱々だね」
「あー、うん! まあね〜」
そうだ。確か、安曇さんと飯塚さんと漆原さんだ。
それぞれ話し掛けてきた三人は、優璃と芽美のカップルを囃し立てる。
「凪沙も居るけどね!」
そして、その典型的な弄りに照れ臭そうにした優璃は、誤魔化すように私の名前を出した。
そういうのは止めてくれ、と思う。
声には出さないけど。
顔にも出さないようにしないと。
……出来てるよね?
「あー……」
そして、三人は一斉に最後尾に隠れるようにしていた私の方をチラリ、と見る。
――ちっ。
と、舌打ちが聞こえた気がした。
……三人は敢えて無視してたんだろうな、と思う。
この三人での登校は、二人が付き合い出してからは毎日のことだし。
優璃と一緒に居ることの多い芽美とは話す機会も多いだろうし、有名人でもある。
見慣れてるからと言って、それが良いように映らない人間も居るという良い例だ。……悪い例か。
「それより優璃っ! 昨日、面白い動画見つけて、皆んなで盛り上がってたんだけどさー」
結局、三人は話を逸らすようにして優璃を取り囲んだ。
取り残される、私。
「相変わらず優璃さんは友達が多いですね」
その様子から歩く速度を落とした私の歩調に合わせて、芽美が肩を並べて声を掛けてくる。
「芽美はいいの?」
「はい? えっと、何がでしょうか」
「会話に混ざらなくていいの? ってことだよ」
「んー、そうですね……。私は、皆さんみたいに賑やかなタイプではないので」
そう言って、芽美は控えめに笑う。
……本音、なんだろうな。
決して私に気を遣ったわけじゃないだろう。
まあ、いいんだ。
危害さえなければ。こういう扱いは、今に始まったことではないのだから。
「あっ、ちょっと雨上がって来たんじゃない?」
やがて、昼休みになると雨が止んでいた。
とは言っても、曇り空のままだ。
しかし、このタイミングで雨が止んだというのは私にとっては朗報でもあった。
「今日も中庭に行くの?」
「うん、そのつもり」
私は、鞄からお弁当を取り出して頷く。
正直、今日も以前のように雨が本降りだったらどうしようかと思っていたけれど。
ともあれ、この様子なら問題はないだろう。
「そっかあ。じゃあ、今日は私も行こうかな」
外の様子を見て、そう言って優璃は笑顔を見せる。前回は別で食べたからか、嬉しそうだ。
「優璃ー! 今日は私たちと食べようよ〜」
しかし、ええっと……。
そう、安曇さんから優璃へとお誘いが来る。その横には、例の如く飯塚さんと漆原さんも並んでいた。
「ん〜、今日は凪沙と食べようと思ってたんだけど」
「ええっ、付き合い悪いよっ」
「たまにはいいじゃん! ねっ?」
「んー、でも……」
そんな会話を一通りしたところで、優璃は困った表情で私をチラリと見る。
……さすがに、あの輪に入る勇気は私にはないからな。
「いいよ。行ってあげなよ」
だから、優璃も無理に私を誘わない。
まあ、それも前までは無理矢理連行されてたりしてたんだけど……。
とにかく、今は優璃も気を遣ってくれる。
これ以上、変に拒んでいると空気も悪くなりそうだ。
そうなる前に、私は優璃の背中を押した。
「うん……でも、大丈夫?」
「大丈夫って、なにが?」
「一人でも平気?」
「元々、いつも一人だったし。変なこと言わないでよ」
「そっか。……まあ、そうだよね。うん、行ってくる! でも、明日は一緒だからね!?」
まあ、一緒に食べるのが嫌なわけではないから。
私が頷くと、優璃は素直に三人組の輪に混じっていった。
「なんだか優璃さん、今日は忙しないですね」
「……そうだね」
気が付くと、芽美も別のクラスから合流してきた。
「ねえっ、芽美さんもどう?」
「優璃との惚気話聞かせてよお」
「おいでおいでっ」
その様子を見た三人組は、芽美も手招きする。
当然のように、私は含まれていない。
「あー、ええっと……」
「いいよ。芽美も行きなよ」
「ですが……」
「付き合いもあるでしょ?」
「そう……ですね。はい、分かりました」
迷う素振りを見せた芽美に、優璃と同じように芽美を輪に向かわせた。
ああいうノリが苦手であろう芽美には酷だけど、私よりは上手く躱せるはずだ。
付き合いもある、という一言が決め手だろう。
仮にも、芽美は優璃と付き合っている。
私と二人だけでお昼を食べていたら、他人の心象も良く見えないだろう。
火のないところに煙は立たない。
これからも二人が恋人関係で在り続けるには、これが最善の手なのだ。
「……じゃあ、私はいつものように」
そんな独り言を呟きつつ。
中庭に行く。
勿論、一人でだ。
最近は二人が一緒のことが多かったから、少し変な感覚ではあるけれど。
何となく、今どうしてそうなっているかは分かる。
……だけど、私はその理由を深く考えないようにした。
「おおっ、ネブくん。なんか久しぶりな気がするなあ」
「ニャアアッ」
中庭に行くと、ネブくんが居た。
相変わらず太い。
私以外にもご飯をあげてる人が居るのだろうか。でも、中庭以外で見掛けたことはないんだよなあ。
「えいっ」
「ニャウッ」
と、そんなことを考えながらお弁当のおかずをネブくんの口に投げ入れる。
器用に口でキャッチするネブくん。
まるで犬みたいだ。
うんうん。相変わらず、食い意地が張ってる奴だ。
……それにしても。
先ほど、私は二人が恋人関係に在り続けるには。
そんな風に考えた。
しかし、その意味はあるのだろうか? とも思う。
本来の目的は、優璃と芽美が付き合うことによって私を振り向かせようという荒療治が目的だったはずだ。
まあ、男除けの意味もあるにはあったから、わざわざ別れる必要もないんだろうけど……。
だけど、二人の恋愛対象が女の子だっていう印象さえ付いてしまえば、それでどうにか――。
……ああ、駄目だな。
「認めるしかない、か」
曇り空を見上げながら、そんなことを呟く。
柄にもない感情を抱いたから、変に言い訳をしようとした自分が居た。
――たぶん、嫉妬だ。
私は、二人に嫉妬しているんだ。
それが、本当は仮の恋人関係であっても。二人が付き合っているという事実に、私はヤキモチを妬いているんだ。
(二人は、私のことが好きなのに……)
分かってる。
そんなことは分かってる。
私の前で、二人は私を好きだと明言してくれた。
今更嘘でしたなんて言われるわけがないし、そんないい加減なことを言う二人じゃないことも理解している。
そして、そんな事情を知らない外野の人間たちにも無性にムズムズする。
何も安曇さんたちだけじゃない。
愛香ちゃんだってそうだった。
他の大多数の人間だって、二人の輪に入る私の存在に違和感を抱いている。
……なんて、被害妄想が過ぎる?
だけど、そんな一言で片付けられるほど、この学園のコミュニティは簡単な話じゃないのだ。
優璃は特別だ。
小学生の頃から、中学生になってからも。
短くても中学生の頃から三年。
長いと小学生、果ては幼稚園の頃から。
私たちの地域、学校のシステム上、必然的に同じ学生生活を送り続ける私たちにとって優璃という生徒から溢れ出るカリスマ性は、どこまで行っても留まることを知らない。
それに肩を並べる芽美も、また特別だ。
外部進学組の生徒で在りながら、そんな私たちのコミュニティのスクールカースト上位に一瞬で上り詰めてしまった。
容姿端麗、学業優秀、運動万能、品行方正……。
こんな風に、歯の浮くような褒め言葉は掛け値なしに幾らだって挙げられる。
「ニャウウン」
気が付くと、お腹いっぱいになった様子のネブくんが毛並みを立てらせて大きく伸びをしていた。
「うりゃりゃ」
「ニャアア」
その不細工なネブくんの鳴き声を聞きつつ、もふもふとした毛並みを堪能しながら太った身体を弄り回す。
そんな、久しぶりに騒々しくない昼休みだった。




