第三話 ポイズンくん。
「じゃあ、最初はこれです!」
最初に向かったのは、シューティングゲームの台だった。
大きなモニター画面の中では趣味の悪い形態をしたゾンビが此方に向かって襲ってくるような絵面になっている。
「やったことありますか?」
「ないけど」
「仕方ないですね……まずはですね――」
そうして、愛香ちゃんから操作説明を受ける。
何を言っているのか殆ど理解も出来ないままに、取り敢えず画面前に設置された銃を画面に居るゾンビに向かって撃てばいい! ということだけは理解出来た。
「では、始めましょう!」
「あ、うん」
そして、ゲームが始まる。
小さな身体に似つかない大きな銃を構える愛香ちゃんを横目に、私も同じように銃を構える。
付き合ってあげようとは思ったものの……なんで、こんなことをしているんだろうか。
「次はこれです!」
次に向かった場所は、リズムゲームの台。
音楽に合わせて画面に表示された音符をリズム良くタッチしていくというゲームだ。
「これは分かりますか?」
「まあ、なんとか」
全く同じというわけではないが、リズムゲームなら優璃と一緒にやったことがある。
この手のゲームが得意な優璃と違い、リズム感のない私はトリプルスコアほどの差を付けられて負けた覚えがある。
「はいっ! はいっ!」
「本当に好きなんだね」
「ええいっ! ……え、何がですか?」
「ゲーセン……というより、ゲーム?」
「あー、はいっ! ですねっ!」
リズムに合わせて画面に流れる音符を叩く愛香ちゃんの表情は、とても楽しそうに見えた。
優璃と喋っている時にもよく見る。
ただ私と喋っているだけでは絶対に見せないだろう。
「じゃあ、その一緒に来る相手は私で良かったの? 私じゃなくて、優璃を誘えば良かったんじゃないの?」
画面に向き直り、音符を叩きながら喋る。
うーん。
やっぱり、私には向いていないゲームだな……。
「それは、お二人の邪魔をしたくなかったからです。凪沙さんを連れ出せば、芽美先輩との二人きりにさせてあげられますから……と、思っていたんですが」
ですが?
その続きの言葉を聞こうと思ったところで、ゲーム終了の合図が流れた。
「やったっ。最高記録です!」
画面にはおそらく優秀な成績を叩き出した愛香ちゃんのスコアと、おそらく悲惨な成績を叩き出した私のスコアが無慈悲にも比較されてしまっていた。
「駄目ですね」
「え」
――そうして、暫く言われるがままに愛香ちゃんに付き合って遊んだ。
そして、それは私たちがゲームセンターに訪れてから一時間ほど経った頃に愛香ちゃんから発せられた言葉だった。
「向いてないです」
「何が?」
「ゲームです。……というより、遊ぶのが?」
「誰が?」
「誰って、凪沙さんが! です!」
酷い言われようだった。
「どのゲームも下手くそですし、此処に来てからも全然楽しくなさそうですし……」
確かにゲームは下手くそだ。
スコアを比較するようなゲームでは全て惨敗だった。
だけど、楽しくなさそう?
そんなつもりはなかった……けど、いつか優璃にそんなことを言われた覚えがある。
私は興味のあること以外では、どうにもつまらなさそうな表情を浮かべてしまうのが得意らしい。
「でも、私はいつもこんな感じだから。それが気に障ったらごめんね」
「いえ、まあ……優璃先輩から、凪沙さんの話題が上がることは何度かあったので何となくは察していましたが……」
そう言うと、愛香ちゃんはわざとらしくやれやれと言った感じで肩を落とす。
この子じゃなかったら、中々にムカつく態度だな……。
「でも――はい、そうですね。いつも、こんな感じの態度ならば? 優璃先輩も芽美先輩も、きっといつか凪沙さんに愛想を尽かしますね。少し、安心しました」
そして、追撃の言葉。
そう言う愛香ちゃんの表情は、どこかホッとしたようで、しかし、そう自分に言い聞かせるような雰囲気で――。
「いや、それはないよ」
気が付けば、愛香ちゃんの言葉を否定している私がいた。
「なんでそう言い切れるんですか?」
なんで言い切れるかって? 考えるまでもなくて、そんなのは当然のことで。
「だって、二人は私のことが好きだから」
…………あれ?
ふと、身体と思考が硬直する。
ちょっと待ってほしい。私は今、勢いに任せて、何かとんでもないことを――?
「…………そう、ですか」
ハッと我に帰った私の目線の先に見えたのは、ムッとした表情の愛香ちゃんだった。
ほぼ、即答で自身の言葉が否定されたのだ。
語気も優しくなかった。
気分の良いものではないだろう。
なんだこれ……私、らしくない。
学校で優璃の取り巻きのことがあったからか、この手の話題に気付かぬ間に過敏になってしまったのかもしれない。
「あ、ごめん。今のは――」
「……帰ります」
不味い、怒らせてしまった。
……と言うと、ちょっと子供っぽいか。
怒ったというより、気分を害したとか、拗ねてしまったとかの方が――。
いや、どれも同じか……?
「では、今日はありがとうございました」
「ちょ、ちょっと待って」
学生鞄を肩に掲げ、本当に帰ってしまおうとする愛香ちゃんを呼び止める。
「ねえ」
「もうっ。なんですか?」
私に声を掛けられた愛香ちゃんは面倒臭そうな顔をしながらも、振り返って反応もしてくれる。
一応、先輩だからか。
優璃と芽美には先輩と呼ぶくせに私だけ凪沙さんというのはずっと気になってたところだけど、言葉遣いも一応は敬語の形式を保ち続けてくれているし。
「まあまあ、此処はもうちょっと先輩に付き合ってよ」
「そんなこと言って。凪沙さん、全然楽しそうじゃ……」
そう言ってまた出口に向かおうと私に背を向けた愛香ちゃんの視線が、ふと一点に止まった。
「ん? どうかしたの?」
しかし、愛香ちゃんは「いえ、何でもないです」と首を横に振る――けど、何でもないとは思えなかった。
そう思った私はその目線の先に視線を送ると、そこにはクレーンゲームの台があった。
中には、私の知らないキャラクターのぬいぐるみがデカデカと存在感を放っていた。
「……あれが欲しいの?」
「い、いえ……そういうわけではっ」
「待ってて」
「え、え? ど、どういうことですかっ?」
動揺する愛香ちゃんの言葉を他所に、そのクレーンゲームの前に行く。
一回、二百円。三回だと、五百円。
よし。
私は、財布から五百円の硬貨を取り出す。
「ちょ、ちょっと! それ、やるんですか? 絶対難しいですよっ!」
さっきは私を置いて帰ろうとしたくせに。
そう不安げな表情を浮かべた愛香ちゃんは、身長差もあって覗き込むようにして私の様子を伺ってくる。
うん、やっぱり可愛い。
だから、憎めない。
飴玉ないし、優璃を餌にでもすれば簡単に連れ去れてしまいそうな無防備さに頭がくらりとする。
「まあ、何度かやれば取れるんじゃない?」
「そ、そうかもしれませんけどっ。私は一回も取れたことなくて……」
だから、あんな物欲しそうな目で見てたのか。
益々取り甲斐があるというもの。
五百円を投入して、獲物を見る。クッション代わりになりそうなぐらいには大きなぬいぐるみだ。
確かに難易度は高いのだろう。だけど、クレーンゲームだけは少しばかり自信があった。
そのことに気付いたキッカケというのも――。
……ああ、そうだ。
初めて優璃とゲームセンターに来た時に、今日と同じようなことがあったんだ。
その日は優璃は私の性格をよく知ってるから大丈夫か、と油断した。
一緒にゲームをしようと言った優璃に適当に合わせて、適当に相槌を打って――としていたら、余りにも淡白過ぎたのか怒らせてしまったのだ。
怒らせたって言うと、大袈裟だけど……まあとにかく、機嫌を損ねてしまったことがあった。
あの時ほど〝親しき仲にも礼儀あり〟という言葉を噛み締めたこともなかった。
そもそも、私は誘いを断れば良かったのに。
だけどあの頃は、人気者の優璃に好かれている者の優越感みたいなものを抱いていた気がする。
だから、優璃の誘いも断らなかった。まあ前提として幼なじみってのもあるし、優璃のことは嫌いじゃなかったしね。
しかし、それから暫くして自分も周りの人間も成長していくうちに〝学校での立ち位置〟とか〝誰に気に入られてる〟とかを気に掛ける人が増えていった。
そうした中で、私が優璃の隣に居ることを良く思わない人間が出てきた雰囲気も嗅ぎ取っていた。
現状もそうなのだけど、私はそういった面倒事が嫌いで――と、話が脱線してしまった。
とにかく、そんな幼なじみ機嫌を治すために私は、
「じゃあ、アレを取って!」
と、駄々を捏ねる優璃の要望に応えてクレーンゲームで幾つかの貢物を差し出した……というわけなのだ。
その時の感覚を思い出そう。
「あっ、あっ、輪っかにハマった――ああ……」
一回目。
頭の上にぶら下がっている輪っかにアームを嵌めて取ろうとしたけれど、その重さに耐え切れずに失敗する。
「うーん、このやり方じゃ駄目か……」
「でも、凄いです! 私、あの輪っかにアームを入れることも出来なかったのに……」
それはそれでどうかと思うけど。
ゲームセンターによく来ると言うからゲーム全般が得意だと思っていたけど、人には向き不向きがあるってことか。
まあ、クレーンゲームだと普通のゲームとはちょっと違う感じもあるしね。
「じゃあ、次は――」
「が、頑張ってくださいっ!」
先ほどまでの不満げな様子からは一変。
完全に私の応援をしていた。
私もそれに応えようと、試行錯誤。
さっきは輪っかにアームを嵌めたけど、それ以上はどうにもならなかった。
たぶん、取り方が違うのだ。
私は一度、ぬいぐるみを動かしてみようとアームで掴むのではなくて押し込むイメージで動かす。
「お、おおっ! 今、ポイズンくんが! ごろんって一回転しましたよ! 可愛いです!」
このぬいぐるみ、ポイズンくんって名前なのか……。
妙に色が毒々しい紫で、どうにもむすっとした顔だとは思っていたけど……。
とにかく、これで良いイメージは持てた。
次は。
「……よし!」
「やった! と、取れました! 凪沙さん、凄いですっ!」
次は輪っかをアームで吊り上げるのではなく、輪っかに嵌めながらもぬいぐるみを動かすイメージで動かした。
すると、ぼとんと――確か、ポイズンくんだったか。
穴に落とすことに成功する。三回目、最後の挑戦にして何とか取ることが出来た。
「じゃあ、これあげるよ」
「え?」
そしてポイズンくんを拾い上げた私は、そのまま愛香ちゃんに抱え渡す。
「で、でもっ! ポイズンくんですよ?」
そもそも、私はポイズンくんを知らない。
顔もムスッとしてて、素直に可愛いとも言えないし、何がモチーフなんだ、このキャラクターは……。
「……本当に、いいんですか?」
「うん、いいよ」
私が持っていても困るだけだし。
そう透かした態度で「そう、ですか……」と、一度ポイズンくんをぎゅっと抱き締める。
小さな身体に大きなぬいぐるみ。
不恰好だ。
だけど、それがとても可愛らしい。
「ありがとうございます……っ!」
そう言ってくれた愛香ちゃんは、とびきりの笑顔を私に見せてくれた。
想像以上に喜んでくれたようで良かった。
……これなら、損ねた機嫌分ぐらいは取り戻せたかな。
「えっ、凪沙さんって、そんな風に笑えるんですね!?」
それに釣られた私は、気付けばらしくもない笑顔を浮かべていたらしい。
その愛香ちゃんの言葉に、私は頬を抓る。
……痛い。
そう思えば、最近はらしくないことばかりだ。
「はううっ、というかポイズンくんっ! やっぱり可愛いですね……!」
そんなことを思いながら、そう言ってポイズンくんに頬擦りをする愛香ちゃんを微笑ましい気持ちで眺めるのだった。




