第六話 キーホルダー。
「うげぇ。なんか、まだ胃の中が気持ち悪い気がする……」
「うう、折角のバーガーもポテトも、あのインパクトには勝てなかったよ……」
――夕方、十六時頃。私と優璃は、ベンチにお腹を擦りながら深く凭れ掛かる。
「そうでしたか? 私は、中々好きでしたけど……」
そう何食わぬ顔で言って退けるのは芽美だ。
あのナンパ騒動のあった後に、私と優璃は芽美の買ったおでん缶、みそ汁缶、おしるこ缶と向き合った。
その三つの缶、全てを一口ずつ吟味してみたが、どれも何とも言えない味だった。
というより、口に合わなかった。
いや、まだ言い方が緩いか。正直に言おう、不味かった。
口にした後、あの優璃がテンション低めに「お口直しに、お昼にしよっか……」とフードコートに向かったぐらいだ。
まあ、昼時も過ぎていた頃だった。
アトラクションは前半にハイペースで回っていたおかげもあって、スタンプカードも一つ残して埋まり切っていたし、丁度良いタイミングと言えばそうだった。
結果、気休めにしかならなかったけど……。
その後は休憩がてらに話も弾み、アトラクションの感想、学校のこと等――フードコートを出る頃には、もう夕日が顔を覗かすような時刻となってしまっていた。
「最後は、観覧車か……」
残り一つのスタンプカードの指令は、グループ全員での観覧車への乗車……。
はあ、何と言うか。
ここまで乗り切った私を、私は褒めてやりたい。
さすがに、観覧車なら他アトラクションと比べて心身共にダメージは少ないはずだ。
……よね? 願わくば、そう信じたい。
「此処の観覧車、一周するまでの時間が物凄く長いって有名らしいんだよ!」
「へえ、そうなんですか! それは楽しみですねっ」
ただ、空に居る時間が長いだけなのに――そんな風情のない発言は謹んだ。
高いところは怖い――それは、変わらない。
だけど、今日という一日を振り返ってみると、当初の予想よりも何倍も楽しかった。
それは、人の気も知らぬ優璃に連れ回されたアトラクションのおかげではなくて――況してや、飲み物を買うと言ったはずの芽美が選んだゲテモノ味の缶のおかげでもない。
そんな優璃と芽美と、一緒に居たからだ。
……って、締めの雰囲気に持ってきてしまったけど、まだ目的は達成出来ていない。
今日の目的は、二人のことを知るための日なのだから。
「では、十分にお足元にお気を付けて――」
受付のお姉さんに案内された私たちは、ゆっくりと回る観覧車の中に入った。
座る位置は、自然と決まった。
私が真ん中で、左隣に優璃で、右隣に芽美だ。
いつもの昼休みの中庭でのベンチの配置と一緒だ。
ただ、今回は対面にも椅子はあるというのに。
わざわざ狭い機内で肩を寄せ合って座るのは不自然だ。
まるで、恋人のような……。
いや、確かに二人は恋人だけど――そうじゃない。
対して、私は何も言わなかった。
受け入れた。
二人の考えてることは、最初からよく分からなかった。
だから、何も言わなかった。
いや、敢えて分からないと考えることを放棄していたのは私の方なのかもしれない。
「なんか、ドキドキしてきた……」
「……実は、私もです」
なぜか小声で会話する二人を横目に、私は窓の外から見える景色を覗く。
最初は、順番待ちの人。
園内に備え付けられた木。
凄いスピードで走るジェットコースター。
遊園地の全体図。
高度が上がっていく分、見えるものが小さくなって増えてもいく。
それから、左側の景色には海で、右側の景色には街が見えて来て――。
――うん、怖いものには変わりないな……。
その徐々に高度を上げていく様子を目で追っていると、気が遠くなりそうだった。
私は頭を振り、大人しく機内の床でも見ることにした。何の面白みもない、変てこなキャラクターが描かれた床だ。
何か話をしなければ。
私には、二人に聞かなければならないことが沢山ある。
「ねえ、二人は私のことをどう思ってるの?」
そんな中で、私は突拍子もない発言をしてしまう。
……しまった。
せめて、もうちょっと段階を踏むつもりだったのに……。
そんな踏み込んだ発言をしたのにも、理由がある。
それは、二人が私に付き合いだしたという報告をして、今に至るまでの過程からだ。
明らかに、二人は示し合わすかのようにして私に何か隠し事をしていたから。
……いや、隠してなんかいなかった。
大っぴらに、両手を広げて表現していたはずだ。
それを、私は見えないようにしていた。
――勘違い。思い過ごし。そんなはずはない。
そう自身に言い聞かせて、誰よりも自分が楽になるように考えるようにしていた。
だけど、それも今回の件でハッキリとさせる。
それによって、今後にどう影響を及ぼさせるのか――。
「……本当に知りたい?」
「後悔、しませんか?」
両隣から、二人の震える声が聞こえた。
私は頷く。
それを見て、ほぼ見切れた端の視界で二人が互いに頷き合った。
次に受け入れ態勢の整えた私は覚悟を決めて、ギュッと目を瞑る。
さあ、どんと来い。
今の高所でハイになった私の頭でなら、大概の事は受け入れられて――。
「……あ」
その瞬間、私の左頬と右頬に柔らかいものが触れた。
この、感覚は。
「これで、分かった……?」
「……分かりましたか?」
二人は顔を真っ赤にさせて、目を潤ませていた。
――うん。
私は、上手く返事をすることが出来たのだろうか。
気が付けば、観覧車は頂上を通り過ぎて地に向かって行っていた。
そのまま、私たちは言葉を発することも出来ずにただその時を過ごした。
―――
家に帰る頃には、時刻は十九時に差し掛かる頃だった。
また、連絡をするのを忘れていた。
リビングに入ると、冷めた晩御飯を前に妹が仁王立ちして怒っている様子が目に入った。
機嫌を取るのもそこそこに、晩御飯を食べてお風呂に入って、部屋に戻った。
『今日はありがとう』
ベッドに寝転がりながら携帯を操作して二人に連絡を送ると、二秒で返事が来た。
『こちらこそ』とか『お疲れ様です』とか、その辺だ。
数回のやり取り終えて、私はポケットに入れていたキーホルダーを取り出して目の前に翳した。
「……何度見ても、ぶっさいくだなぁ」
グループで各アトラクションに設けられた課題をクリアしていくとスタンプが押され、そのスタンプが全部揃うと何かの景品が貰える――その、例の景品だ。
犬か猫かすら見分けが付かない。或いは、狐か狸か。
それは、見方によっては何とでも捉えられそうな動物のキーホルダーだった。曰く、峰島スカイランドのマスコットキャラクターらしい。
「何だったんだろ、私の苦労……」
せめて景品と銘打ってあるのなら、もう少しまともなものをだな……。
これが景品だと分かった瞬間、そんなことをボヤきそうになった私に、二人も似たような表情を浮かべていた。
勿論、それが原因というわけではないが――。
その後は、そのまま口数も少なく別れて、今に至るというわけだ。
「……明日、どんな顔して会えばいんだろう」
その呟きに、キーホルダーは答えてくれない。
その日は、そのまま寝た。
明日は月曜日。また、学校が始まるのだから。
――後日。
何となく、いつもより少し遅れて家を出た。
毎回、「明日はもういいよ」と言っても私を出迎える優璃と芽美の姿は、家の前にも、少し歩いた先にある交差点にも見えなかった。
久しぶりの一人での登校。
良い気晴らしだ……とでも言っておく。
だが、歩くこと数十分。
校門の前に、最近よく見慣れた姿を見付けた。
「……おはよう」
「おはよう、ございます」
優璃と芽美だ。
二人は、相変わらず可愛くて綺麗だった。
「……何でそれ、付けてるの」
しかし、それよりも私は気になったことがあった。
学校に指定された学生鞄。
そのファスナーの位置に、そんな二人のイメージとは掛け離れた物が装着されていたからだ。
「……景品の、キーホルダー」
あのぶっさいくな景品のキーホルダーだ。
口にこそしなかったが、あの時の私たち三人は確かに全員同じ気持ちを共有したはずだ。
「って言ってる凪沙の方こそ付けて来てるじゃんっ」
「お互い様らしいですよ、凪沙さん」
そんな私の学生鞄にも、それと全く同じキーホルダーが付けられていた。
「……ふふっ、なにそれ。こんなの、全然可愛くないのにさあっ」
そう言って私が声を上げて笑い出すと、二人はきょとんとした顔で私を見た。
何だその、珍しいものを見る目は。
……なんて言わない。
今の私は、すこぶる機嫌が良いみたいだ。
「早く行こう。遅刻しちゃうから」
私がそう言って先に校門を潜ると、二人は「うん!」「はいっ」と笑顔で応答してくれた。
――昨日は、あんなことがあったのだ。
口に出さずとも、私には二人の気持ちを行動を持ってして理解した――させられた。
しかし、それが分かったであろう二人も、それ以上は言及して来なかった。
どんな意図があってのことなのか。
……何となく分かる。
私が今すぐに、その何かしらの答えを出せないというのも理解してくれたのだろう。
だから、ほんの少しだけ――。
今は、その二人の優しさに甘えさせてもらうのだ。




