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002

 一歩目を踏み出した先には、薄暗い(うろ)が広がっていた。


「……なんだ、これは?」


 一言で表すとすれば、既視感。

 二言目を口にするならば、違和感。


 初めて足を踏み入れた場所であるのに、内部の造りが見えてしまう。

 見た事もない筈なのに、往きつく先(・・・・・)が分かってしまう。


 それが故に。


 「彼」は、その道へと歩を進めるしかない事を、悟ってしまったのだ―――








「――見なよ委員長!この、あたしの雷撃魔法をっ!」


 マキシマ アザミの胸中は、吹き荒ぶ暴風に大きく傾いでいた。


「オレは一人でやらせて貰う……足を引っ張られるのは真っ平だ」

「なぁ~、僕のパーティに入りなよ?あんな雑魚はほっといてさぁ」

「むしろ魔物なんかより、ゴミスキルしか得られなかった屑を狩って経験値にした方が楽出来るんじゃねー?」


 与えられた「力」の格差に、クラス内のまとまりなどはとうになく。

 ある者は得たスキルの威力に酔いしれて、またある者はクラス内カーストの順逆となった新たな力関係を楯に、自ら尊厳を投げ捨てて不和を増長させていく。


『この厳しい舞台を生き抜くために、出来得る事を考え抜くのです』


 くそったれな現実を思い知らされる切欠となったのは、皆を見守る自称「女神」の御言葉。今も愁いの表情を湛えたままに、何を語ろうともしない。

 後戻りの出来ない、たがを外されてしまった導線は、ふとした些細な口論から。物も言えなくなってしまった非現実の象徴は、今更何を語る事も出来やしない。


「ウチ、もうここ飽きた~」

「いい加減、豚共と同じ空気吸うだけでもキモすぎるし、あいつら()さっさと生ゴミにしちゃわない?」

「ヒィ……た、たすけ……」


 またも近くで始まってしまった、人を人とも思わない畜生以下の所業。

 今は広間の端に色々な液体をぶちまけさせて徐々に熱を喪いつつある――少し前までクラスメイトであった(・・・・・・・・・・)もの。誰もかもが目を背けて、無かった事とされてしまった。


「―――」


 視覚、嗅覚へとダイレクトに訴えかける、これらの非現実。その象徴の最たるものである「女神」は、相も変わらず愁いた素振りを見せたまま、何も語らない。

 お前達はどうするのだと。まるでそう迫るかの様に、その眼ばかりは冷たく場の面々を刺し貫いている。


 ついさっきまで熱く口論を交わしていた、「女神」の所業。

 一方的な都合で喚び出して、相手の意思を考慮せずに面倒事を押し付ける。そんなやり方を面と向かって糾弾した彼は、直後に物言わぬ肉塊となり果てた。


 ―――ストックホルム症候群―――


 脳裡に浮かぶその用語。嫌が応にも体感してしまった非現実が覆いかぶさり、彼等の現実を急速に侵し始めていくのを自覚する。してしまう。


「ぉ…ぶっ……」


 ひとたび意識をしてしまえば、こみ上げてくるモノはもう抑えきれない。


「いいんちょ!?」

「だいじょーぶー?」


 昼食の残りを床へと撒き散らすアザミに対して、案じる様に駆け寄ってくれたのは僅かに数名。


「うわ、きったねぇ~」

「へっ、委員長って案外ざっこ」


 この世に生まれ落ちてより十と余年の短きながら、生来の観察眼とも言えよう視野の広さは嫌が応にも現実を見せ付けられてしまう。

 明らかに見下す素振りを見せているのは、声の大きい二割程。残る大半は、震えて、現状についていけずに立ち尽くしているだけだ。


「帰る、事は」「出来ませぇん♪」


 打って変わって、弾む声。その発生源は、言うまでもない。


「ヒロトを、生き返らせるのは」「頑張ってそういったスキルでも覚えられれば、その内あるいは~?」


 人の(カタチ)とは、こうまで邪悪に歪められるものなのか。

 愁いたままに下卑た嗤いを同居させる「女神」の口は、話の本筋に戻った事を察したからか。ぺらぺらと軽くも腹話術の人形(パペット)を想わせる口真似で望まない情報を垂れ流すばかり。


「……分かりました」


 このままでは、ここに居続けては、皆がもたない。

 持ち得る性分がゆえに、現状の理解をしてしまえたが為に。幼馴染(あのこ)への冒涜をした女神に暴言を吐くことも出来ない。

 自らが壊れ始めた自覚をしかし、そればかりは持つ事も許されないままに。


「みんな、行こう――」

「はぁー!?いいんちょ、正気ぃ?」

「もう帰れないってのに、まだ委員長面で仕切る気かよ?付き合ってらんねー」


 やはり声の大きな一部からは、そんな反応。

 心を抉るその声達にぐっ、とこらえて歩き出す。それが意味するのは「女神」に示唆された、次なる舞台への片道切符。

 それでも、まとわりついてくる死の臭いから逃れる為だろうか。口々に不満や暴言を吐きながらも皆が皆それ(・・)から目を背けて、団体行動よろしくぞろぞろと白い部屋の出口へ向かって歩を揃え始める。


 ―――絶対に。ヒロトの仇を討ってやる―――

 

 だから、アザミは気付かない。その心は、既に手遅れとなってしまった事に。

 だから、アザミは気付けない。その命が、既に手遅れとなってしまった事を。


「――あぁ、そうそう」


 出口より我先に逃げ出そうとするかにも見える、虚ろになった(うらぶれた)彼等。せめて皆の心は守ろうと、立ち止まってクラスメイト達を送り出すその背へと、しかし言葉が挿し込まれる。


 ―――ぶぢゅっ。


 ひっ、と幾人かの声が上がると同時に、ぱんぱんに膨れ上がるまで液体を押し込まれた袋が弾ける際に立てるかな、重い触感。アザミがここで得た能力の恩恵の一つである、気配察知スキルをも直前まで騙し通した、殺意の込められた棒状の何かがアザミの胸の真中へと刺し穿たれた。


「ぐ、ぷッ……」


 その少ない人生経験に比べて、聡明に過ぎたアザミは思う。やはり、こうなってしまったかと。

 そう、正にぽっかりと開いてしまった胸から零れる諦観と共に。仇が討てない口惜しさが膨らむその一方で、幼馴染と同じく熱の抜けていく身体になれる(・・・)歓びを噛み締める。


(こんな、先往きの知れない腐った舞台。こっちから願い下げだ)


 それが、アザミがアザミとして最期に想った小さな抵抗。もう、こんな生き地獄なんてまっぴらだ。




 だが、しかし―――




「――流石にぃ?わたくしがヤった事にされたまま、妙な恨みを買われるのは御免こうむりますし?」


 薄らいできた意識を揺り起こすかの様に、凛と澄んだ声が響く。

 先程までの甘く腐り落ちかけた果実のごとき、猫撫で声はそのままに。

 それでも幾分の面倒臭げといった、「女神」らしからぬ感情が込められていて。


「本来はぁ、こういうのは意に反するんですけどぉ~」


 次の瞬間、朦朧としていた意識は一息に現実へと引き摺り戻された。

 それと共に今や綺麗さっぱりと塞がれた、自らの胸を貫いた発生源を、現実の醜さを伴って認識してしまった。


「……エコノキ、くん?」

「っぐ……ぁぁああああああっ!?」


 見えざる御手に絡め取られていたのは、アザミのもう一人の幼馴染。今や伸ばした腕の先端から半ばまで内と外とが裏返り、その内面の醜悪さも相まって朱色に華咲く様は、正しく異常。


「たしかその子はぁ、『人生喰らい(スキルイーター)』なるものを得ていましたっけ」

「そ、なんで……」


 直後、本当にこれが人間の上げる悲鳴かと疑う程の、悍ましい大音声が白い領域を揺らし始める。


「今回だけは、大サービス☆ですからねぇ~?」

「や、やめっ……*△%=×~~#!?!・~~ッ!?」


 それまでの醜悪な嗤いが嘘であるかの様に、にっこりと。これが慈悲だと笑いかけてくる「女神」。その言葉に、張り詰めるていた何かが弾けて萎んでしまったアザミの心は。


「あ、ハ?あは…あははは……」

「いいんちょ!?」


 仮にその言葉が真実だとして、それはアザミにとってある一つの、重大な変遷を齎す事を意味する。


 ―――つまりは、この「女神」を恨む事すら許されない―――


 あまつさえ、表向きには命を救われる形となってしまった結果。さぁどうぞと言わんばかりに問答無用に真っ暗な出口への歩を誘われて。そこで最後の糸が、ぷっつりと切れてしまった。

 今度こそ。救えない人の業の一端と、そして二人目の犠牲者となったその汚物(おさななじみ)の意図を知ってしまったアザミと呼ばれる少女の人格は―――








「――はぁ、面倒くっさぁ」


 壊れてしまったらしき女生徒を支えた、学生達の最後の集団を見送ってより――たっぷり数百を数えた後。

 すぐ近くと少し遠くに様々な汚物を垂れ流していた、二つの死体が立ち消えた。周囲を汚していた液体共々、まるでそんなモノは最初から無かったと言わんばかりにだ。

 それを施したであろう「女神」もまた、何事も無かったかの様にう~んっ、と両手を伸ばして整った肢体を包む透き通った衣装より白い素肌をさらけ出す。


「まぁったく……『JABAL』の奴も、こんな腐れ仕事の後始末を丸投げにしてくれちゃってぇ」


 そのまま暫し、伸ばした腕に始まり両肩、肩甲骨から腰へと流し、身体の筋を引っ張る風にストレッチの要領で解し始める。何やら愚痴めいた呟きもお供に、今やるべきはやり終えたと完全にリラックスした風体だ。


「ま~ぁ。お蔭でぇ、わたくしのこっち(・・・)の顔も見られる事なく済んでいるんですけどねぇ?」


 最終確認として、学生達が出ていった「部屋」の出口付近へと視線を向ける「女神」。

 と、肩口で切り揃えられた亜麻色の髪が首を傾げる動作に伴い、さらりと軽く揺れた。


「……輪っか?」


 「女神」がそう表現するのも無理はない。

 輪状に結ばれた、植物の蔓らしき物体。そんな物が、まるで先程まであった死体の腕の部分から解け落ちればそうなるであろうといった絶妙な位置に、捨て置かれていたのだから。


「壁から吊るされている、ですかぁ」


 伸びた蔓の繋がる先に視線を向けて、ふむりと一拍。その眼は「女神」を演じていた時に比べて、随分と爛々と好奇の色がきらめいている様にも見える。


「あの女生徒が害されないよう、仕掛けた奴が居た――ってとこですかね?ふむふむ……」


 やがてそんな結論を出した後にも「女神」の独り言は止まらない。学生達には運命などと嘯いていた一連の戯曲など、すっかり忘れたかな風に。まるで激務の間のささやかな趣味で心を潤す、やり手の経営者のごとく。様々な推論を自問自答しては、納得のいくまで思考に没頭し続ける。

 そのまま暫しぶつぶつと、その言の一つ一つが大っぴらに表に出してはまずかろうといった独白のオンパレードとなった頃。その内飽きてきたのか、まぁいいやとでもいった様子で後ろ手に組んだ姿勢はそのままに、くるりと元居た祭壇の側へと振り向いた。


「…………………………へっ?」


 男が、居た。目の前に。


「―――」


 やや背が高めな素材の各パーツとしては、可もなく不可もなし。

 しかしながら、元は切り揃えられたであろう黒髪がそれなりの時を要せばこうなるであろうといった、微妙に荒れ始めた髪に、無精髭。それらがその男の印象をそこはかとなく胡散臭げなものへと押し上げていた。


「えっと、その……」


 とはいえだ。こちらは腐っても「女神」を名乗る者。一体いつ、どこから入ってきたのか、あるいは何だその山賊よろしくなその怪しさ満載の風体は等々、言いたい事は色々とあったがそれはそれ。たとえ不意を打たれようとも、たかが人間風情にどうこうされよう謂れなどは、ない。


 だのに、その口から漏れ出たのは。明らかに焦りを醸す、それ。


「……もしかして……見てました?」


 応える仕草はこっくりと。


「いつから…聞い、てました?」


 問われた声に、そっと気遣い逸らされる、気まずげな視線。


 ―――よし、殺そう★


 脳内会議の全会一致で「女神」がそんな結論を出してしまったのも。きっと無理からぬ事ではあったに違いない。

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