008 きりもみ式火起こし
眠れなかった昨夜、異世界の人々を驚かせる方法を考えていた。
何度となく検討した結果、やはりアレだよな、と一つの答えに辿り着く。
大事なのはインパクトだ。
大がかりなマジックショーを見た時のような衝撃が重要になる。
最初が完璧なら、あとは勢いでどうとでもなる。
しかし、最初がクソなら、挽回するのは難しい。
大見得を切った以上、失敗は許されない。
男羽月終夜、一世一代の大勝負だ。
「そこで待っていろ」
チャボスをはじめ、集落の皆がスポットの境目にずらり。
俺はアリシアとスポットを出て、チャボス達から数メートルの距離を置く。
「シュウヤ君、ほ、本当に大丈夫なのですか?」
「昨日も今日もカラッとした天気だから余裕だろう」
俺は適当に付近を見渡す。
生い茂る草木の一つに目を付けた。
「これでいいか」
手頃な枝をポキッと折る。
片手で握れる太さで、長さは1メートルと少し。
そのままだと長すぎるから、先端を折ることにした。
3分の1程をパキッと折り、ポイッと捨てる。
程よいサイズの棒が完成した。
「お主、枝を折ってなにをするつもりじゃ……?」
「サバイバルの基礎テクニックさ――アリシア、アレを」
「は、はい!」
アリシアが木の板を渡してきた。
真ん中の辺りに穴が空いたものだ。
穴の手前にはV字の切れ込みを入れてある。
この板は事前に用意しておいた。
風魔法の訓練で木を加工する際に作ったものだ。
俺はこの板を「火切り板」と呼んでいる。
そう、俺が行うのは原始的な火起こしだ。
「やるぜ……」
まず、敷き詰めた葉っぱの上に火切り板を寝かせる。
そして、板の穴に、先ほどの棒をブスッと突き刺す。
穴と棒のサイズがちょうどいい感じにフィットした。
次に、突き刺した棒を両手で左右に動かす。
シコシコ、シコシコ……。
とても腕の疲れる大変な作業だ。
「アリシア、枯れ葉や小さな枝を大量に集めてくれ」
この作業の間、アリシアには燃料集めを行ってもらう。
いわゆる「火口」に該当する物の調達。
アリシアは「えっ」と驚くも、「はい」と指示に従った。
「なんだか卑猥……」
「あの異星人、頭がおかしくなったのかな?」
皆は訝しがった様子で俺を見ている。
一方の俺は必死だ。
これに俺の人生がかかっているのだから。
失敗したら「ごめんね」では済まない。追放なのだ。
「うおおりゃああああ!」
ひたすらにシコシコし続ける。
強く念じながら。
来い、来い来い来い、来い!
「集めてきました!」
アリシアが報告したその瞬間、板の穴から煙が上がった。
「来たぁあああああああ!」
興奮する俺。
「煙じゃと!?」
驚くチャボス。
「ここからが本番だ」
あとは慎重に進めれば失敗しない楽な作業。
これまで何度となくやってきたので、緊張はしなかった。
「アリシア、集めた物を両手で持って」
「こうですか?」
アリシアが両手を差し出してくる。
手のひらの上には、枯れ葉や小さな枝がたくさん。
「そうそう。動くなよ」
俺は木の板をそっと横に移した。
先ほどまで板があった葉に、熱々の黒い粉が載っている。
その粉を葉ごと慎重に持ち上げ、アリシアの手に落とした。
「アリシア、両手を包め。右手を返して左手の上に」
「はい!」
こうして、黒い粉の上に枯れ葉や小枝が被さる。
「刮目しろよチャボス」
アリシアの手に口を近づけ、ふーっと息を吹きかけた。
1回、2回、3回……何度も、何度も、慎重に酸素を送る。
すると――。
ボッ!
――アリシアの手に載っていた枯れ葉から火が上がったのだ。
「うわわっ!」
大慌てで手を放すアリシア。
枯れ葉や小枝は燃えながら地面に落下した。
地面に落ちてもどうにか炎を保っている。
俺は付近の枯れ葉を足して、炎の勢いを強めた。
「火が出たぞ!」
「どういうことだ!?」
「スポットの外なのに!?」
「急に火が出た! すげぇ!」
怪訝そうにしていた民衆が一変。
とんでもなく驚き、かつてない大興奮だ。
案の定、異世界の奴等は知らなかった。
きりもみ式の火起こしを。
彼らにとって、火を起こす手段は魔法しかない。
火の魔法をちょちょいと発動すれば、それで火が起きるのだ。
だから、「火は魔法で起こすもの」という認識がある。
俺が見せた原始的な火起こしは、まさに理外の手法だ。
どうして火が起きたのか、逆立ちしたって分からないだろう。
とてつもない衝撃を受けたに違いない。
「ど、どうなっているのじゃ……!?」
チャボスも驚愕している。
今にも顎が外れそうだ。
「お主、下級なのにスポットの外で魔法を使ったのか!?」
「魔法だと?」
俺は「ふっ」と鼻で笑った。
「そんな便利なものは使っちゃいねぇ」
「じゃあ、じゃあ! どうして火が出るのじゃ!」
「分かりきったことを」
もはや俺の追放はありえない。
皆の反応を見れば一目瞭然のことだ。
だから最高のドヤ顔で言い放った。
「これがサバイバルなんだよ」
「なん……じゃと……!」
「こんなのは基礎に過ぎない。俺にはまだまだ無数のサバイバルテクニックがある。それらを駆使すれば、あんたがくたばった後も安泰さ。たしかに魔法は便利だがな、魔法に頼らなくても生きていけるんだよ、人間ってのはよ」
その日、異世界に衝撃が走った――。