表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/50

006 下級の扱い

 宴のムードは最悪だった。


「異世界人なのに下級ってどういうことよ」


「これでは何の為の異世界人なのかしらね」


「やっぱりもう人類はおしまいなのだわ」


 皆、大きく落胆しながら食事をしていた。

 男はフォークをイノシシの丸焼きに突き刺し、豪快にかぶりつく。

 女は肉を手で一口大に千切り、それをフォークで刺して口に運んでいた。


「チャボス、異世界人は基本的に超級じゃなかったのか」


 俺の左隣で食事をしているチャボスに尋ねる。


「そのはずじゃが……お主は例外だったようじゃ……」


 チャボスも残念そうだ。


「まぁ、今後は集落の一市民として、集落の為に働いてくれ」


 心なしかチャボスの対応が素っ気なく感じる。

 意図して態度を変えているのか、それとも落胆からそうなっているのか。

 とにかく俺は、無性に居心地が悪く感じた。


(勝手に期待されて、勝手に落胆されて、なんなんだよ、全く)


 俺は別に何も悪くない。

 それはチャボスにしても、集落の人にしても分かっている。

 だから、俺に対して誹謗中傷の言葉を投げかける者はいない。


 俺からしても、彼らの落胆には理解できた。

 喩えるなら、宝くじで1等に当選したと思いきや回数違いだった、という感じ。

 第1101回で1等だった数字を、第1102回のクジで引いたようなもの。

 1等だと思って換金に行くとハズレだった、みたいな。


「此処って魔法階級至上主義なんだよな? 下級だとどういう扱いになるんだ? 奴隷にでもなるのか?」


「そんなことはない。下級にも人権はある。中級や上級だからといって、下級に対して好き勝手に振る舞うことは許されない。現にアリシアは下級じゃが、悪い扱いは受けていないじゃろ?」


「アリシアも下級だったのか」


 右隣のアリシアが「はい」と頷く。

 そして、下級の扱いについて教えてくれた。


「下級の場合、危険な仕事を優先的に割り当てられます。スポットの外に出るような作業は全て下級の担当です」


「なるほどな」


「お主も身を以て体験したと思うが、スポットの外には猛獣が多い。昔はスポットの内側にも侵入してきておったが、今やそういうことは少なくなった。じゃから、食料を調達するにはスポットを出る必要がある。下級はそういう作業を担当するということじゃ」


 チャボスがコップに入ったワインを飲む。

 俺のコップにもワインが入っているから飲んでみた。

 念の為に確認しておいたが、此処では18歳でも飲酒可能だ。


「うげっ、なんだこの味は」


「美味いじゃろ? 異世界人には分からぬか?」


「俺の舌には、ちょっと……」


 ワインはお世辞にも美味いとは言えなかった。

 そもそもこれはワインと言って良い物なのかも怪しい。

 ブドウを皮ごとぐちゃぐちゃにして発酵させただけのものだ。

 温度調整などは当然ながらされておらず、品質は低い。

 皮が残ったままだから口当たりも最悪だ。


「それじゃ、宴はこの辺でお開きとしよう。後の片付けをよろしく頼む」


 食事を終えると、チャボスは席を立った。

 水魔法で手を綺麗に洗い、そそくさと自宅へ消えていく。

 それに続いて、他の連中も自分の家に帰る。


 宴の参加者は集落の全人口。

 つまり、約1000人が参加していた。

 その内、今も残っているのは200人程度だ。


 残った連中は黙々と食器を片付けている。

 宴の準備も担当していた連中だ。

 訓練場で見た顔もちらほら。


「アリシア、この残った連中は、もしかして」


「下級です」


「やっぱり」


 ナチュラルに雑用を押し付けられるのが下級だ。

 今後の俺は、彼らと同じように過ごさなければならない。


(たしかに奴隷とは言えないが、この扱いは癪に障るな)


 どうにかならないものかと思いながら席を立つ。


「俺は家に帰るよ」


「わかりました」


 家に向かって歩く俺。

 その横に付き従うアリシア。

 彼女の家も同じ方向にあるのだろうか。

 そう尋ねようと思った時のこと。


「異世界人、あんたも下級なんだから作業をサボるなよ」


 俺より少し年上と思しき男に言われた。


「マジ? 俺の宴なのに俺が後片付けをするのか?」


「関係ないよ。だって下級なんだから」


 相手の口調はきついが、敵意は感じられない。

 だから、アリシアに「そういうものなのか?」と尋ねる。

 するとアリシアは申し訳なさそうに頷いた。


「分かったよ。帰ろうとして悪かったな」


 勝手に期待されて用意された俺を歓迎する宴。

 その後片付けをするのは、とても惨めな気持ちだった。


 ◇


 後片付けが終わり、帰宅した。

 宴から今に至るまでの間に驚いたことが3つもある。


 まずは家具について。

 知らぬ間に必要な家具が揃えられていた。


 といっても、家具の数はそれほど多くない。

 タンスとちゃぶ台、それと布団だ。

 布団は昔ながらの煎餅布団。

 タンスの中には着替えとタオルが入っていた。


 ちなみに、家には浴室や便所が存在していない。

 排泄は外でして、身体は水魔法で洗うものらしい。


 次にアリシアが俺の付き人を続けること。

 下級と判明した以上、付き人の任を解かれると思った。

 俺が異世界人であることには変わりないから、とのことだ。


 最後に、これが最も驚いたことなのだが……。


「本当に俺と一緒でいいのか?」


「はい、それが付き人の役目なので」


 アリシアが俺と共に暮らす、ということだ。

 今後は一つ屋根の下、我が家で一緒に暮らしていく。

 夢の同棲生活だ。


 普段、アリシアは母親と二人で暮らしている。

 しかし付き人の間は、俺と共に暮らすそうだ。

 そして、その期間がいつまでかは決まっていない。


「今日はもう遅いので寝ましょうか」


 アリシアが布団を敷く。

 当たり前のように俺達の布団は隣り合わせだ。

 興奮しないはずがなかった。


「お、おお、おおおお、おう」


 ビクビクしながら布団に入った。

 アリシアは既に隣の布団で横になっている。


「灯りを消しますね」


 そう云うと、アリシアは宙に浮いていた光の玉を消した。

 今までは光魔法で光源を確保していたのだ。

 それが消えると、一気に何も見えない程の暗さになった。


(それにしても鬱陶しいな……)


 暗くなると鬱陶しさが増す。

 勿論、アリシアに対してではない。


 プーン♪ プーン♪

 プーン♪ プーン♪

 プーン♪ プーン♪


 家の中を飛び回る蚊やハエ、それにアブといった虫だ。


 この集落は森の中に佇んでいる。

 だから蚊などが大量に押し寄せてくるのだ。

 こういう小さな虫は、魔法で駆除するのが難しいそうだ。


「あぁぁ、うぜぇぇ……」


 うるさ過ぎて眠れない。


「ひぃ!? す、すみません、私、何かしちゃいましたか!?」


 俺の声に驚いて飛び起きるアリシア。


「いや、アリシアじゃない。虫の羽音のことだ」


「そうでしたか」


「どうにかならないのか?」


「すみませんが、どうにも……。シュウヤ君の家はスポットの外に近いから、特にこういった虫が多いようです。長老様に頼んで家の場所を変えてもらいますか?」


「いや、別にかまわないさ。どこで過ごすにしたって無音になるわけではないんだろ?」


「はい」


「だったら慣れるしかない」


 そうは言っても、一朝一夕で慣れることなど不可能だ。

 結局、まともに眠ることは出来なかった。


(このクソ虫共、明日には目に物を見せてやる)


 こういった虫の対策もサバイバルの基本だ。

 今は準備不足で対策できないが、その気になればどうにでもなる。

 特に、魔法が使えるスポットの上なら楽勝だ。


「うにゃにゃぁ……! ふふふっ。うにゃぁ」


 眠れぬ俺とは違い、アリシアは心地よさそうに眠っていた。

 可愛らしい寝息を立てて、幸せそうな寝顔をこちらに向けている。


「すげぇな、異世界人……」


 心の底からアリシアを羨んだ。

 こうして、1日目が幕を閉じるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ