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005 魔法階級の測定

 魔法階級の測定は一瞬で終わるらしく、測定方法を知って驚いた。

 チャボスの家の近くでスポットのちょうど中央にある井戸水を飲むだけでいい。 すると体内から霧状のオーラが出てきて、その色で階級が分かるとのこと。


 井戸水を飲むというのには不安があった。

 サバイバルの基本として、安全が担保されていない水を飲む際は煮沸する。

 異世界人がそのまま飲めるからといって、俺もそうだとは限らない。

 煮沸すれば、動物の糞尿や落ち葉により菌が繁殖した水でも飲める。


 だが、俺は煮沸することなくそのまま飲むことになった。

 チャボス曰く、井戸水を煮沸するなんてもってのほか、とのこと。

 そもそも、チャボスは最初、「煮沸」が何かを知らなかった。


「まぁいい。腹を下しても集落の中なら安泰だしな。飲もうか、井戸水」


 井戸のすぐ傍でチャボスに言う。

 喉に渇きを覚えていた俺は、なんでもいいから水分が欲しかった。

 階級測定の傍らで水分補給が出来るなら一石二鳥である。

 ……と、思ったのだが。


「まだじゃ。宴の準備が整ってからにしよう」


 チャボスが焦らしてきたのだ。


 宴の準備は順調に進められている。

 若い――といっても俺よりは年上であろう20代と思しき男女を中心に、せっせと木のテーブルが並べられていく。

 テーブルの上には木の皿が並べられた。料理を載せるのだろう。

 皿の手前には木のフォーク。ナイフや箸はないみたいだ。


「少し触らせてもらうぞ」


 チャボスに一声掛けてから、食器に手を伸ばす。


(やはり……)


 フォークと皿は、ただ木を加工しただけのものだ。

 漆を塗って加工していない。

 そのせいで、フォークの三叉部分にカビが生えていた。


(精製した漆を塗って「漆器」にすれば長持ちするのに……)


 いずれは漆器のことを教えてあげよう。

 俺はサバイバルに精通しているから、漆器を作ることも出来る。

 漆の木に切れ目を入れる為の道具――ナイフ等が必要になるけどね。


「どうかしたかの?」


「いや、なんでもない」


 黙ってフォークを元の位置に戻す。

 俺の為の宴なのに、カビがどうだと騒ぐのは気が引けた。

 それに、俺が使うであろうフォークにはカビが生えていない。

 だから、「まぁいいか」という気持ちで終わった。


「長老様、お呼びでしょうか?」


 一人の女が近づいてきた。


 水色のセミロングが特徴的な可愛い女だ。

 年齢は俺と同じくらいで、背丈は俺より一回り低い。

 つまり18歳前後の身長約160cmといったところ。

 深くて青い瞳は海を彷彿とさせ、大きな胸は性欲を刺激した。


「おお、アリシア。待っておったぞ」


 チャボスが声を弾ませる。

 どうやらアリシアという名のようだ。


「シュウヤ、この娘はアリシア。お前の世話役じゃ」


「えっ!? 私が異世界人様の世話役を努めてよろしいのですか!?」


「そうじゃ。年も近いし、ちょうど良いじゃろう」


「光栄です! ありがとうございます!」


 アリシアは俺の世話役に任命されて嬉しそうだ。

 一方の俺は、「世話役とは……?」と困惑していた。


「お主の居た日本なる異世界と此処では、何かと勝手が違うじゃろう。じゃから世話役を付けようと思ってな。そうすれば、この世界でも円滑に過ごせるじゃろう」


「それはありがたいな。でも、分からないことはチャボスに訊けばいいんじゃないのか?」


「これでもワシは忙しくてな。普段は集落の生活を維持するのに必死で、お主の相手をする余裕はないのじゃ」


「なるほど、それもそうだな」


 チャボスは家に居ながら働いているそうだ。

 魔法で周辺を探知し、誰かが襲われていたら即座に魔法で救う。

 超巨大蛇に襲われていた俺を救ったように。


「アリシア、こちらは異世界人のシュウヤ。今後はよろしく頼むぞ」


「はい! 長老様!」


 アリシアが俺に向かって深々と頭を下げる。


「アリシアと申します。どうぞよろしくお願いいたします、シュウヤ様!」


 頭を上げてニコッと微笑むアリシアは、まさに天使のようだった。

 俺も所詮は18歳の男で、ついでに言えば童貞だから、興奮は禁じ得ない。


「シュウヤでいいよ。アリシアって、たぶん俺と同じくらいの年齢でしょ? 様付けだと変な気分」


「私は18ですが、シュウヤ様もそうなのですか?」


「俺も18だ。一緒だな。やはり様付けは勘弁してくれ」


 アリシアはしばらく黙考してから「分かりました」と頷く。


「ではシュウヤ君とお呼びしますね。呼び捨ては慣れませんので……」


「それでいいよ」


 アリシアとの握手を交わす。

 彼女の手はひんやりと冷たかった。


「長老! 宴の準備が出来ました!」


 男がチャボスに報告する。

 いつの間にか皿の上には料理が並んでいた。


「ほう、なかなか攻めた料理だな」


 皿に載っているのは、皮を剥いだイノシシの丸焼きだ。

 内臓の類を取り出すこともなく、豪快に強火で焼き上げてある。

 日本ではお目にかかれないワイルドな一品に胸が躍った。


「攻めた料理?」


 アリシアが首を傾げる。

 チャボスも「何を言っているんじゃ?」と言いたげな顔。


「もしかして気に障る発言だった? それなら謝るけど」


 慌てて取り繕う。

 俺としては褒めたつもりだったのだ。


「いや、怒ってはおらぬが……」


「どういう意味なのか分からなくて。シュウヤ君の世界では、イノシシは攻めた料理になるのですか? こちらの世界だと普通なのですが」


「日本ではイノシシを食べることは少ないからね。食べるとしても丸焼きにすることは滅多にないかな。ぼたん鍋だったり、焼くにしてもスライスして生姜焼きにしたり、あとは大根などと一緒に煮るかな」


 可能な限りに丁寧に答えた。

 しかし、チャボスやアリシアは首を傾げたままだ。

 それどころか、頭上に浮かぶ疑問符の数が増えている。


「ぼたん鍋……? 生姜焼き……? 煮る……? 長老様、分かりますか?」


「いや、ワシにもさっぱりじゃ」


 チャボスはアメリカ人のように両手の掌を上に向けて眉をひそめる。

 それから視線を俺に向けて言った。


「推測じゃが、お主の世界には色々な料理があったのじゃろう。ただ、ワシらの世界で料理と言えば、火の魔法でカリッと焼き上げたものを指す」


「なるほど、それで首を傾げていたわけか」


 状況を把握すると共に文化の違いを実感した。


「でも、同じ料理だと飽きないのか?」


 俺はメシに拘らない方だ。

 三日連続で同じ物を食っても気にならない。

 だが、常に動物の丸焼きだったら飽きてしまう。


「料理に飽きるも何もないじゃろう」


 これまた納得。

 この世界において、料理は楽しむものではないのだ。

 生命を維持する為の行為に過ぎない。

 だから飽きるとか飽きないという次元の話ではなかった。


「長老、そろそろ」


 男が「雑談を切り上げろ」と言いたげな顔をしている。

 大量のテーブルを囲む集落の人々も同じような表情だ。

 チャボスは「すまんすまん」と軽く謝り、井戸の水をすくった。


 井戸の仕組みは日本と同じようだ。

 紐で繋がった木の桶を沈めて、紐を引っ張ってすくい上げる。


(裁縫に関する技術はそれなりにあるんだな)


 皆が着用しているのは、俺と遜色のない服だ。

 アリシアにしても無地のシャツと膝丈のスカートという出で立ち。

 蚕糸(さんし)を使っているようだし、そちら方面の技術はしっかりしている。


「さぁ、この水を飲むが良い」


 チャボスが木のコップを渡してきた。

 汲んだばかりの井戸水が注がれている。


「一気に飲んでいいのか?」


「うむ。豪快にグビッといけい。金色のオーラを皆に見せつけてやるがよい!」


「「「「「うおおおおおおおおお!」」」」」


 皆が盛り上がる。

 チャボスも興奮しているようだ。

 俺もテンションが上がってきた。


「では、いただきまーす!」


 コップの水をゴクゴクッと飲み干す。

 冷蔵庫で保存していたかの如き冷たさに驚いた。


 味は一般的な軟水である。

 日本だとミネラルウォーターで売っていそう。

 つまり美味い。


「来るぞ! 金色のオーラ!」


 誰かが叫ぶ。

 皆が俺を凝視する。


「おおお!」


 事前の情報の通り、俺の身体からオーラが溢れてきた。

 まるで湯気のように、色の付いたオーラがゆらゆらと。


「「「「「えっ」」」」」


 次の瞬間、皆が固まる。

 俺も「えっ」と同じように驚いていた。


「これって緑色じゃないの?」


 俺の身体から出るオーラは金色ではなく緑色だったのだ。

 もしかして、この世界では緑を金と表現するのだろうか。

 そんな風にも考えたが、それは間違いだった。


「はい……緑色のオーラです……」


 アリシアが口をポカンとさせながら答える。


「チャボス、緑色ってどうなんだ?」


 周囲の反応を見る限り悪い予感がする。

 だから恐る恐ると尋ねた。


「超級なら金、上級なら赤、中級なら青……」


「じゃ、じゃあ、緑色って……」


「……下級じゃ……」


 悪い予感は的中した。

 俺の魔法階級は超級ではなく、下級だったのだ。


 場が凍り付いた。

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