004 この世界について
チャボスと共に集落の中を歩く。
「異世界人だ!」
「黒目に黒髪ってカッコイイわぁ」
「見たことのない靴を履いているわ」
「服も私達の物より上品そうよ」
「どんな世界から来たのかしら? お話を聞きたいわね」
俺はさながら空港に降り立ったハリウッドスターのような扱いを受けた。
誰もかもが目をキラキラさせて俺に熱い視線を送ってくる。
俺が軽く手を振ろうものなら黄色い歓声が沸き起こった。
「なんだか俺、すげー人気者だな」
「なにせ人類滅亡の危機じゃからな。異世界人の力がなければ人類は滅びてしまうやもしれん状況なのじゃ」
「そんな重い状況なの!? とてもそうは見えないけど……。魔法もあるし」
チャボスは「後で説明する」と言って、まずは施設を案内してくれた。
といっても、訓練所と酒場、それに竹細工職人の工房くらいしかない。
「爺さ……いや、チャボス長老、質問いいか?」
「チャボスでええぞ。で、質問はなんじゃ?」
俺には施設を見て気になったことが2点あった。
「まず訓練所なんだが、どうして棒で戦う訓練をするんだ? 魔法があるだろ」
訓練所では、木の棒を使った戦闘訓練が行われていたのだ。
魔法を使った訓練もしていたが、そちらは理解することが出来る。
だが、棒を使う訓練の意味はさっぱり分からない。
あの超巨大蛇をはじめ、どんな敵も魔法があれば軽く倒せるだろう。
逆に、棒でチマチマ戦っていては死者が出かねない。
「魔法に頼らない戦闘術を身に着ける必要があってな」
「もしかして人間同士で戦争でもしているのか?」
「いやいや、人間同士の争いなど数千年も昔の話じゃ。今の人類は平和じゃよ。異世界人のお主に期待がかかっていることと同じ理由じゃから、後で説明しよう」
「分かった。ならあともう1つ質問してもいいか?」
「なんじゃ?」
「この世界にはお金は存在しないのか?」
これは酒場を見た時に抱いた疑問。
店を利用している客は、誰一人としてお金を払っていなかったのだ。
先払いでも、後払いでも、料理が出ると同時に支払うシステムでもなかった。
「もしかして、お金が何か知らないか?」
「いや、流通貨幣の存在は知っている。じゃが、かれこれ数百年は通貨システムが形骸化しておる。ワシが生まれた頃には既に、今のような状況になっておった」
「今は基本的に何でも無料ってことでいいのかな?」
「無料であったり、物々交換であったり、状況次第じゃな。お主は異世界人で期待されておる故、よほど魔法階級が低くない限りは至れり尽くせりで過ごせるじゃろう。期待に応えられなかった時は……冷たくなっちまうかもしれんが」
「魔法階級?」
「そう言えば説明がまだじゃったな。魔法階級と言うのは――」
チャボスの説明が始まった。
魔法の能力は人によって差があり、4段階の階級で分けられている。
それが魔法階級だ。
階級は下から順に下級、中級、上級、超級。
この世界では、魔法階級が高いほど優遇される。
にもかかわらず、階級は後天的な努力で変えられない。
生まれた瞬間に自分の地位が決まってしまうのだ。
酷い話ではあるが、理解の余地はあった。
使える魔法が自身の階級以下に限られているからだ。
下級はどれだけ頑張っても中級以上の魔法を使えない。
魔法に依存しきったこの世界において、それは致命的だった。
ちなみにチャボスの魔法階級は超級だ。
この集落のみならず、全世界に超級はチャボスしか残っていない。
昔は他にも超級の人間が居たそうだ。
俺の魔法階級は後で調べるが、おそらく超級とのこと。
異世界人は往々にして超級なのだそうだ。
だから、集落の人々は俺のことを心から歓迎している。
もっとも、超級の何が凄いのかは、まだよく分からないのだが。
上級とは一線を画す何かしらの凄さがあることだけはたしかだろう。
「かくいうワシも、何代か上のご先祖様は異世界人での」
「ほう? 異世界から転移してくる奴って、それなりに多いのか?」
「そんなことはない。数百年に一人とかじゃよ」
「俺が異世界に来たのは、チャボスの魔法か何かか?」
チャボスが「馬鹿を言え」と笑う。
「それが出来るならもっと多くの異世界人を召喚しておる。お主がこの世界に来たことは全くの偶然じゃ。魔法でどうこう出来る話ではない」
「そうなのか」
チャボスが何もない更地の前で足を止めた。
魔方陣の端に近い。
「お主の家は此処じゃ」
「此処って言われても……何もないが?」
「今から作る――風よォ!」
チャボスが両腕を目線のやや上に伸ばしながら吠える。
すると魔方陣の向こう側にそびえる木に変化が起きた。
無数の風の刃が襲い掛かり、超高速で加工していっているのだ。
そうして出来た建材はこちらに飛んできて、勝手に組み立てられていく。
「ほれ、これがお主の家じゃ」
あっという間に量産型の平屋が完成である。
「すげぇ。それも超級魔法か?」
「いや、これは上級魔法じゃ」
俺はひとしきり魔法建築に感動した後、新たな疑問を口にした。
「そういえば、この魔方陣ってなんなんだ?」
「魔方陣? ああ、魔力スポットのことじゃな」
魔方陣の正式名称は魔力スポットと言うらしい。
「その魔力スポットってのは?」
「お主の言う魔方陣のことじゃよ」
「そうじゃねぇよ! どういう効果があるんだってことだ!」
「カッカッカ! 分かっておるわい!」
愉快げに笑うチャボス。
どうやら今のはチャボスのボケだったらしい。
やれやれ、陽気な爺さんだぜ。
「魔力スポットは上級以下が魔法を使える場所のことじゃ」
「えっ、魔力スポットの上に居ないと魔法を使えないのか?」
「そうじゃ。もっと言うと、魔力スポットの外に向けて魔法を使うことも出来ん。見せてやろう」
チャボスは近くを歩いていた男を呼び寄せた。
男は運んでいる最中の竹を置き、全力の駆け足で近づいてくる。
「あの木に向かって適当な魔法を放ってみせよ」
「ハッ!」
男が魔力スポットの外にある木へ手のひらを向ける。
「燃えよ!」
男の手から炎の矢が放たれる。
イノシシを貫いたあの魔法だ。
「うお!?」
「ほら、なくなったじゃろ」
炎の矢は魔方陣の外へ出ようとした瞬間に消えた。
まるで見えない壁に阻まれたかのように、シュボッと。
「ご苦労じゃった」
「ハッ!」
男が足早に去っていく。
「この通り、魔法はスポットの上でしか使えん」
「おかしいだろ。チャボスはさっきスポット外の木を魔法で加工していたじゃないか。それに、俺を襲ったとんでもサイズの蛇も魔法で倒したんだろ? あいつだってスポットの遥か外に居たぞ」
「それはワシが超級じゃからじゃよ」
「それって、つまり……」
「超級だけはスポットに関係なく魔法が使えるのじゃ」
魔法は超強力だが、超級以外はスポットの上でしか使えない。
魔法に依存するこの世界において、かなり厳しい制約である。
スポットは決して狭くないが、生活を維持出来るだけの広さはない。
食料を調達する際はスポットを出る必要があるだろう。
魔法に頼らない戦闘訓練をしているのは、この辺りが理由だろう。
超級だけはどこでも魔法を使うことが可能。
この特性だけでも、超級が別格であることがよく分かった。
おそらく超級である俺が熱烈に歓迎されるのも頷ける話だ。
超級であれば、食料の調達に苦労することはない。
「余談じゃが、魔力スポットのサイズは、スポット上にある魔力の量に比例している。魔力は魔法階級ごとに分かれていて、下級を1とした場合、中級は5、上級は10、超級は100じゃ。超級1人で下級100人に相当する」
「そこは控え目なんだな。超級だから下級10万人に相当してもおかしくない気がするけど」
「フォッフォ、10万人に匹敵すれば最高なんじゃがな……」
チャボスは表情を暗くすると、おもむろに愚痴を言い始める。
「昔は世界的に今よりも人口が多くてな、魔力スポットも広かったものじゃ。それが今では年々と人口が減っておる。超級がいなければ食料調達もままならぬから、他所の集落なんかは此処よりも遥かに苦しい状況じゃ。ワシが朽ちればいよいよ人類はおしまいじゃよ」
黙って耳を傾けていると愚痴が止まった。
「おっと、暗い話をして悪かったな」
「別にかまわないさ。それで、これからどうするんだ?」
「そうじゃなぁ。簡単な説明は済み、家も用意したし、次はお主の魔法階級をたしかめさせてもらおうか。異世界人だから超級に違いないだろうし、並行して宴の準備もさせておこう。今宵はお主の歓迎会じゃ」
「おうよ。まだあんまり分からないが、出来る限り協力するぜ」
「ふぉっふぉっふぉ」
この時、俺とチャボスは確信していた。
俺の魔法階級が超級であるに違いないと。
しかし、それは大きな誤りだった。




