038 蜂蜜酒
蜂の巣を獲得した俺達は、集落まで戻ってきた。
いよいよ蜂蜜酒の製造だ。
蜂蜜酒の製造は簡単だが時間がかかる。
「今から作るのってお酒だよね?」
「私達も見学させてもらっていい?」
作業を始めようとした時、10名の女性が近づいてきた。
大半がスカーレットと同じで、俺より少し年上のお姉さん。
ただ、中には同い年や年下と思しき背格好の者もいる。
話しかけてきたのはお姉さんだ。
頭に被った白い頭巾とツインテールの金髪が特徴的。
この人が酒場の代表なのかな、と思った。
「いいけど、あんた達は……」
「酒場の人ですよ、シュウヤ君」
アリシアが教えてくれた。
俺に話しかけてきた女性が「いかにも」と頷く。
それから自分のことをロービィと名乗った。
彼女らは皆、酒場で働く従業員のようだ。
工房の職人と同じく、酒場の人間も女性しか居ない。
そして工房と同じく、俺の登場により酒場も繁盛していた。
現在、酒場では色々な料理が提供されている。
俺が野外生活で食べた物だけでなく、そこから派生した物まで。
すごく美味しい物もあれば、素材を皆殺しにした不味い物もある。
酒場では新たな料理の開発に飢えていた。
「飲み物は水とワイン、それにフルーツを搾ったジュースしかないから。ウチとしては飲み物の種類も増やしたいのよね。特にお酒の類で」
「なるほど、酒場だもんな」
俺は改めて「いいだろう」と言い、作業を進める。
「今回作るのは蜂蜜酒だ。後で詳しく言うが、応用すれば色々な果物酒を作ることも出来る。覚えて損はないだろう」
「蜂蜜ってすごく甘いんですよね? それのお酒って想像できませんよ!」
アリシアが言う。
その目は籠に入った蜂の巣を捉えて動かない。
小さな声で何度も「蜂の巣」「いいなぁ」「美味しそう」と呟いている。
やれやれ。
「蜂の巣、少し食ってみるか?」
「いいんですか!?」
「そんな目で見られたら流石にな」
「やったぁー!」
俺は蜂の巣を取り出した。
ほぼ四角形の巣の角を指で強引に千切る。
切れ口から強烈な甘い香りと共にたらりと蜂蜜が垂れた。
「ほら、食べてみろ」
「えっ!? 煮沸とか、焼くとか、何もしないんですか!?」
「蜂の巣はそのまま食えるよ」
酒場の女性陣が動揺混じりに驚いている。
一方、アリシアは「分かりました!」とあっさり。
野外生活を耐え抜いたアリシアには慣れっこだ。
「ではいただきます!」
パクッと蜂の巣を食べるアリシア。
次の瞬間、彼女は「あまぁぁぁぁい!」と飛び跳ねた。
「凄い甘さですよ! これ! 凄いです!」
「だろ? 少し食べるだけで元気が漲る。最高だぜ」
「もっと食べたいです!」
「駄目だ。今からこの巣で蜂蜜を作るんだから」
蜂蜜酒を作る為に、まずは蜂の巣から蜜を抽出せねばならない。
その方法はこの上なく簡単だ。
適当な布で蜂の巣を包み、ぎゅっと圧搾していくだけでいい。
そうすると、布の外側に蜜だけが垂れてくる。
これで不純物を取り除いた蜂蜜の完成だ。
「まずは蜂の巣を濾して蜜だけを頂くっと」
ロービィが工程を口にしながら凝視してくる。
アリシアと違って、こちらは蜂の巣を食いたいなどとは言わない。
「この蜂蜜はしばらく使わないから大切に保存だ」
抽出した蜂蜜は、適当な木箱に入れて保存しておく。
蜂蜜酒は数日掛けて作るものなのだ。
「次に酒を造るのに必要な酵母菌を作っていく。ブドウはここで使う」
「こうぼきん? なんですか? それは」
首を傾げるアリシア。
酒場の女性陣もよく分かっていない様子。
「酒にはアルコールが含まれているだろ? アルコールがよく分からなくても、飲めば酔うってことは分かるよな?」
「はい、分かります! ワインを飲むと酔います!」
「酔う=アルコールが含まれているってことだ。しかし、ただのブドウにはアルコールが含まれていない。つまり、ワインを作る工程でアルコールが生まれているわけだ。で、そのアルコールを生み出すのが酵母菌って存在だ」
「分かりやすい」
これはロービィが呟いたセリフ。
アリシアは間抜けな声で「あー」と納得していた。
「酵母菌が何か分かったところで、さっそく作っていこうか。ちなみに、俺は酒を造った経験がそれほど多くないから失敗しても許してくれよ」
予防線を張る。
実際、失敗する可能性はあった。
日本ではお酒を造る機会がないからだ。
日本において、酒の個人製造は原則として法律で禁じられている。
だから、酒を造るなら個人製造が認められている海外に行かねばならない。
更に俺は日本だと未成年なので、造ったお酒を飲むことが出来なかった。
「持ってきました! ブドウ! それと容器も!」
アリシアが備蓄庫から大量のブドウを持ってくる。
それと木製の容器も。
俺は「よし」と頷き、酵母菌の作成に取りかかった。
酵母菌の作り方も簡単だ。
まず、ブドウを乾燥させてレーズンにする。
昔ながらの方法で行うなら天日干しが定番だろう。
それ故に、レーズンは「干しぶどう」とも呼ばれている。
今回は火と風の魔法を組み合わせて、サクッと乾燥させた。
「これがレーズンだ。そのまま食べることも出来る」
完成したレーズンを手に取って見せる。
「食べてみたいです!」
即座に挙手するアリシア。
ロービィ達も興味深そうにしていた。
ブドウは数が多いので、遠慮することなく全員に振る舞う。
「普通のブドウとはまた違った美味しさがあります!」
感動するアリシア。
「こういう食感もありね。他の果物でも真似できそう」
即座に別のドライフルーツを検討するのは酒場の女性陣。
その様子を見る限り、今後はドライフルーツもメニューに加わりそうだ。
「レーズンが完成したら次の工程だ」
出来たレーズンを綺麗な容器に入れ、そこに水を注ぐ。
容器はある程度大きいものがいい。
具体的には、レーズンが面積の2割しか占めない程の大きさ。
「水はこんな感じで多めに入れる」
水の量はおおよそレーズンの3倍だ。
レーズンと水で容器の過半数を占めるくらいがちょうどいい。
「あとは容器に蓋を閉めて、軽く振ったら放置だ」
説明しながら作業をする。
中の水がこぼれないよう意識しながら容器を振った。
「どうして振るの?」
尋ねてきたのはロービィ。
「レーズンに水を馴染ませるためさ」
これで本日の作業は終了だ。
「見ての通り、今は水が透けているよな?」
「透けています!」
「で、レーズンは底に沈んでいる」
「沈んでいます!」
「それが1週間ほど放置すれば――」
………………。
…………。
……。
「――こうなる」
1週間後、同じ場所で容器を開けてみせた。
今回もまたアリシアと酒場の面々がこの場に居る。
「ええええええ!? どうしてこんなに泡が!? それにレーズンが浮かんでいますよ!? 水も濁ってます!」
「解説ご苦労。まさにその通りだ」
容器の中は変貌を遂げていた。
沈んでいたレーズンが浮かび上がり、その上には泡が立っている。
泡は今にも外へ溢れ出しそうな程に膨らんでいた。
そして容器内の水はドロドロに濁っている。
「ここから容器の底に沈殿している白いドロドロを取り出す」
ちなみにこの白いドロドロは「澱」という。
「酵母菌は澱に含まれているのね?」
先回りして尋ねるロービィ。
俺は「そういうこと」と頷いた。
「取り出した澱は、蜂蜜の時と同じ要領で濾す。この作業をすることで、お酒の口当たりを滑らかにするわけだ」
ここまで来ればあとは混ぜるだけ。
「こうして出来た蜂蜜と酵母菌を混ぜ、そこに水を加える。その状態で1週間放置して発酵……つまり酵母菌にアルコールを生ませれば蜂蜜酒の完成だ」
「ええええ! また1週間の放置ですか!?」
「製造法は簡単でも、製造に時間がかかるものなんだよ、酒ってのは」
それから1週間後、ゲロマズワインに革命を起こす蜂蜜酒が完成した。




