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029 絶体絶命

 野外生活の6日目が始まった。

 雪は相変わらず続いており、寒さは激しさを増す一方だ。


「豪雪でないのは救いだが、これでは引きこもるしか出来ないな」


 朝食時に俺が述べた感想がこれだった。


 積雪量はそれほど多くない。

 多少は積もっているものの、踏めば地面が見える程度。


 一方で、風の強さが増していた。

 風に舞う雪が視界を覆っているせいで何も見えない。

 こんな状況で舗装されていない森の中を動き回るのは危険だ。


「今日は焚き火でぬくぬくして過ごすだけになりますか?」


「悲しいけどそうだな」


 昨日の夕方に持ち帰った倒木が役に立つ。

 インディアン型に組んでやれば、焚き火は安定して持続するだろう。

 やはり食糧や燃料に余裕があると、心中も穏やかな気分に包まれる。

 過酷な状況に居るにもかかわらず、不安や苛立ちはなかった。


「雪なんて想定しようもないけど、結果的に見れば少し誤ったなぁ」


 朝食を摂りながら、これまでの行動を振り返る。

 こんがり焼いたキノコが体内をポッと温めてくれた。


「シュウヤ君の行動は素敵だと思ったのですが、何か失敗などありましたか?」


「寝床だな。もう少し立派な物にしておけばよかった」


 屋根を作るのではなく、寝床を拡張するのが正しかった。

 俺達だけでなく、焚き火や荷物がすっぽりと入れる大きさに。

 そうすれば、もっと温かく過ごすことが出来たに違いない。


「他にも色々とあるが……」


「どれも結果論ですよ! 仕方ありませんよ!」


「たしかにそうなんだがな。だが、サバイバルは結果が全てだから」


 過酷な環境を生き抜くには、たしかな技術と判断力が必要だ。

 今回の場合、技術は申し分なかったが、判断力は足りなかった。


「シュウヤ君はストイックですね」


「サバイバルしか取り柄のない男だからな」


「カッコイイと思いますよ」


「はは、ありがとな」


 軽く笑い、視線を空に向ける。


「それにしても止まねぇな……」


 空からは雪が降り続けていた。

 やれやれ。


 ◇


 朝食後も雑談に耽る俺達。


「ずっと気になっていたんだけどさ」


「なんですか?」


「アリシアや集落の人間って、どうして元気なんだ?」


「えーっと、それはどういうことですか?」


「どう考えても栄養が偏りすぎているだろ」


「そういえばシュウヤ君、よく栄養バランスがって口にしますよね」


「そらそうだ。栄養が偏ると身体が不調になる。それが人間だ」


 この世界の食生活はとんでもなく偏っている。

 ウサギやイノシシといった動物の丸焼きしか食べないのだ。

 野菜や果物を食べることはない。

 それに飲み物は水かゲロマズワインだけだ。

 つまり肉とブドウと水しか摂取していない。


 どう考えても栄養が偏っている。

 日本人がそんな生活を続けたら、すぐに身体が弱るだろう。


 ところが、この世界の人間はピンピンしている。

 体型だって理想的で、男女共にスレンダーであることが多い。

 アリシアだって大きな胸以外は華奢な体つきだ。


「でも私達、本当に動物のお肉しか食べていませんよ」


「分かっているさ。だって他の食べ物を知らなかったわけだしな」


「魔法が理由でしょうか? シュウヤ君の世界には魔法ってないのですよね」


「まぁな。でも、魔法は関係ないと思うよ。だって魔法を使う時って体内のエネルギーを消耗するじゃん。栄養を損なうことはあっても、それで不足している栄養が補われることはない」


「たしかに……。じゃあ、どうしてでしょう?」


 何かしらの理由があるはずだ。

 この世界にあって、日本には存在しない何か。

 そんなもの、俺の知る限りないは――。


「あっ」


 ――あった。

 一つだけ、この世界ならでは特殊な存在がある。


「井戸水だ!」


「井戸水!?」


「この世界は、スポットの中央に必ず井戸水があるだろ? 飲むとオーラが溢れて魔法階級が分かるってやつ」


「はい」


「おそらくアレが理由なんじゃないか」


 あの井戸水が特殊な存在であることはたしかだ。

 味は無味無臭でただの水だったが、何かしらの効果があってもおかしくない。


「あの水って魔法階級を決める時以外にも飲んでいいのか?」


「もちろんです! 体調が悪い時なんかは井戸水を飲むと元気になりますよ」


「もろ井戸水が理由じゃねぇか!」


 詳しいことは分からない。

 だが、やはり、あの井戸水には何かあるようだ。


 ◇


 日が暮れ、夕食が終わり、夜になる。

 いよいよこの拠点で過ごす最後の夜だ。


「今日の寒さは昨日よりきついな」


「私、凍っちゃいそうですよ」


 昨日の夜も寒かったが、今の寒さはもっと酷い。

 もはや焚き火の傍に座っているだけでは耐えきれない寒さだ。


「頻繁に石を代えて耐えるしかねぇ」


「は、はい……さぶぶっ」


 俺達は焼き石をカイロとして利用していた。

 ガンガンに焼き、触れる程度に冷めたら身体に当てる。

 そうやってどうにか核温を維持している状況だ。

 核温が28度を下回ると回復することは困難を極める。


「この状況で寝るのはリスキーだな」


「で、でも、私、もう眠くてたまらないですよぅ」


 アリシアは先ほどからアクビを連発している。

 寒さが眠気を加速させているのだろう。


「起き続けるのもよろしくないんだよな……」


 夜を明かしたら任務達成……ではない。

 集落まで戻って初めて任務達成となるのだ。

 つまり明日は片道30分近い移動を行う。


 この30分というのは、快晴の中を移動した際の時間だ。

 今のような状況だと30分では済まない。

 1時間……下手をすれば2時間以上を要する可能性もある。

 寝ていない状態で歩くには厳しい距離だ。


「シュウヤ君、私、寝てもいいですか?」


「……いいだろう。俺も寝るよ」


 悩んだ結果、俺達は寝ることにした。

 昨日と同じく、熱した石を寝床の壁際に敷く。


「暖かぁい」


「今はな。この寒さだ、直に石が冷める」


 まさに焼け石に水だ。

 もっとも、今回の場合、焼け石は雪を指す。

 水にあたるのが寝床に敷いた焼け石だ。

 なんとも皮肉な話である。


「それでは、おやすみなさぁい」


「おうよ」


 アリシアは眠さに勝てず、スッと眠りに就いた。


(俺はもう少し起きておくか)


 最も冷え込む時間帯まで起きてから眠りに就こう。

 昨夜と同じ考えだ。

 しかし、ここからの展開は昨日と違っていた。


「寒い……寒いよぉ……」


 就寝から2時間程でアリシアが震えはじめたのだ。


「起きろアリシア!」


 慌てて起こす。

 そのまま放置すれば死んでしまうからだ。


「シュウヤ君……寒いです……凍えちゃいそうです……」


 振り返って確認すると、アリシアの顔は真っ青になっていた。

 凍えちゃいそうという言葉の通り、今にも凍死しそうな顔をしている。


「シュウヤ君……顔色……悪い……ですよ……」


 どうやら俺の顔も真っ青のようだ。


「それはお互い様だ。それより温めるぞ」


「は……はい……」


 アリシアの腕を解いて、俺は上半身を起こした。

 そのまま外へ出て、焚き火で石を熱しようとする。

 だがその時――。


「炎が……!」


 ピューッと吹いた突風によって焚き火が消えたのだ。

 それだけではない。


「おいおいおい……そんな、嘘だろ……」


 寝床以外が軽やかに吹き飛ばされてしまった。

 焚き火を守る屋根も、燃料を詰めた籠も、全てが飛んだ。


「どう……しましょう……」


 アリシアも上半身を起こす。


「アリシア、動けるか?」


「いえ……あまり……力が……」


「まずいな」


 俺はまだどうにか動ける。

 しかし、アリシアの方は今にも死にそうだ。

 数分後には死んでいてもおかしくない。


「どうにかして身体を温めないと……」


 アリシアの身体を速やかに暖める。

 それが今の最優先事項だ。

 吹雪の中で火起こし道具を探していては間に合わない。


「これでどうだ?」


 アリシアの正面に座り、ギュッと抱きしめた。

 互いの身体を密着させて、核温を少しでも上げようとする。


「分かり……ません……」


 アリシアの目がうつろになり始めている。

 ただ抱きしめるだけでは効果がないのだ。


「どうすれば……どうすれば……」


 この世界に来て初めてのパニックに陥る。

 だが、ここで混乱したままだとおしまいだ。

 アリシアが死ぬ。


「落ち着け、羽月終夜」


 深呼吸を数回して落ち着かせる。

 強引に冷静さを取り戻し、思考を巡らした。


「今のアリシアは腕立ても出来ない状況。俺の服を重ねたところで大した効果はないだろう。それにそんなことをすれば俺が死ぬ」


 アリシアも大事だが、俺自身の体温も重要だ。


「二人が同時に温まれる方法となれば……。――そうだ!」


 俺の頭にとんでもない奇策が浮かぶ。

 平時であれば絶対に浮かばないであろうアイデア。

 名案か、それとも迷案か。

 今の俺には判断もつかないが、他に選択肢は見出せない。

 この方法に――賭ける。


「アリシア」


「はい……」


 俺はゆっくりとアリシアの上半身を寝かせた。

 仰向けにさせて、彼女の下腹部に跨がる。


「ちょ……シュウヤ君……?」


 そして、閃いた奇策の許可を求めた。


「胸、揉んでもいいか?」

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