028 季節外れの雪
サバイバルにおいて、雪ほど強烈なものはない。
寒さでパフォーマンスが低下する上に、怪我もしやすくなる。
まるでゲームの毒状態のように、じわじわと体力を奪っていく。
数多の生物を震え上がらせる自然屈指の脅威――それが雪だ。
「クソッ、さっきまでの豪雨が影響して追加の衣類を作れん」
季節外れの大雪に伴い、気温も一気に下がった。
先ほどまでは20度を上回っていたが、今は15度を下回っている。
まだ下げ止まってはおらず、数分後には10度を下回りそうな勢いだ。
「雨が降っていなければまだマシだったのだが……」
布製の服は無理でも、重ね着を作ることは可能だ。
例えば藁を編んで簔――藁のポンチョみたいな外衣――を作るとか。
簔より手軽な物だと、葉っぱを身体に括り付けるだけでもかまわない。
しかし、先の豪雨により、そういった重ね着は作れなかった。
何かを作ろうにも、その素材が多分に水分を含んでいるからだ。
作ったところで、逆に身体を冷やして体力を奪うだけになってしまう。
「雨が止んだので、何か行動できませんか?」
アリシアが不安そうに尋ねてくる。
「かまわないが、夕食はどうする? 後回しになるけどいいのか?」
「大丈夫です!」
「なら太めの枝を探そう。丸太レベルの太さがいい。それだけの太さがあれば、濡れている部分を削れば燃料として使えるはずだ。一人だと危険だから一緒に動くぞ」
「はい!」
今の俺達だと、雨の後に出来ることは限られている。
念の為に食糧を増やしておくか、それとも燃料をふやしておくか。
今回は後者を選んだ。
今、最も大事なのが焚き火の炎である。
どうにか耐え抜いたこの炎を維持するのが絶対条件だ。
「いいのを見つけた」
拠点のすぐ近くで今にも折れそうな木を発見。
幹の根っこに亀裂が入っている状態で、太さも申し分ない。
背が高いので、この木を切り分ければ十分な燃料になるだろう。
「この木を折ろう」
「わかりました! うりゃあー!」
アリシアが幹の亀裂に斧を叩きつける。
だが、想定していたほどのダメージは入らない。
「見た目に反して内側はしっかりしているな」
「大丈夫です! 折れるまでガンガン叩きますから!」
「待て、それは体力の無駄遣いになる」
俺は右の人差し指を立てながら言う。
「もっと良い方法がある。体力は殆ど使わない」
「そんな方法が!? 本当ですか!?」
「うむ」
サバイバルにおいて、木はとても重要な資源だ。
その為、木を簡単に折る技術というのを、俺は持ち合わせている。
「今回は竹を使うが、別に長くて扱いやすければ何でもいい」
まずは竹の先端に紐を括り付ける。
その紐を罠結びにして、木の上の方にかける。
「もう少し右! 右です!」
「本当に右? こうか?」
「そっちは左ですよ!」
「ええいっ、どっちから見て右なのかを教えろ!」
「私から見てですよう!」
アリシアの案内に従い、竹の先端を調整する。
わざわざ彼女に案内させているのは、作業を楽しむ為だ。
本当は俺だけサクッと出来る。
「ここだな?」
「そうですそうです!」
「せーのっと」
釣り竿を操るように竹を動かし、罠結びの輪っかを木に引っかけた。
「あとはこれを引っ張るだけでいい」
アリシアと協力して竹を引っ張っていく。
それはさながら俺達vs木の綱引き合戦をしているように。
「いいぞ、いい感じだ」
頂点部を引っ張られたことで、木が大きく傾く。
その状態で更に引っ張ると、ポキッと亀裂の部分から折れる。
激しい音と共に、目の前に木が倒れてきた。
「はい完了」
「わぁー、凄いです! 本当にあっさりと木を倒せました!」
拍手するアリシア。
俺は「ふっ」としたり顔で笑った後、表情を引き締めた。
「まだ終わってないぞ。今度はこれを拠点へ運ばないと」
「分かりました! 運び終わったらご飯にしましょう!」
「だな。今度こそ本当に夕食だ」
協力して適当なサイズに木をカットする。
倒木をカットするのは簡単だ。
足下に転がっているから力をかけやすい。
仮に最適な知識がなかったとしても、二人がかりなら楽勝だろう。
今回は俺が居る為、尚更にあっさりと作業が終わった。
問題はこの後だ。
◇
「今日はこの辺だな」
「分かりました!」
今日の作業は倒木を拠点へ運ぶだけで終了した。
湿気っている部分を除外する作業は明日になってからだ。
既に夕日が沈んでいる。
「さて、これから寝るわけだが……」
夕食を終えて、あとは眠るだけ。
問題になるのはこの就寝である。
「こんな寒い中で眠って大丈夫でしょうか?」
「それが問題なんだよな」
気温は明らかに10度を下回っている。
作業が終わって動かなくなると、途端に寒さを実感した。
身体の芯を突き刺すような寒さが襲う。
俺とアリシアはどちらも薄着だ。
この世界でも今は夏に該当するから、冬服は着ていない。
寒いどころの話ではなかった。
寒さを通り越してなんだか痛い。
身体が悲鳴を上げている。
「此処も辛いな」
「ですね……」
とりあえず寝床に入ってみた。
雨が止んでしばらく経ったからか、床は塗れていない。
そのおかげで、外に比べると幾分かは温かかった。
寝床の屋根に使った保温・保湿に優れた材料が効いている。
それに焚き火までの距離が近いから、炎の熱気も多少は届く。
それでも、快適とは呼べない寒さだ。
寒くて身体が震えるし、まともに眠れる温度ではない。
「その場凌ぎにしかならないが、空間を温めるアイテムを作るよ」
「空間を!? そんな魔法みたいなことが出来るのですか!?」
「魔法と違って持続しないけどな」
俺が作るのはカイロだ。
といっても、日本で売られているカイロとは違う。
科学の力で発熱させる……なんて芸当は即席だと無理だからな。
「アリシア、近くの石を集めてくれ」
「はい!」
焚き火の炎が照らす範囲で石を集める。
そうして集めた石を焚き火の中に放り込む。
これが即席カイロの作り方だ。
「あとはこれを寝床の角に入れていくだけだ」
適当な竹を縦に割ってトングに見立てる。
それを使い、熱されて赤くなった石を取り出す。
落とさないよう慎重に運び、寝床の中へ置く。
この作業を繰り返し、寝床の壁際に石を敷き詰めた。
「これでホクホクだろう」
改めて寝床に入る。
「うわぁ! 凄い! 温かいです!」
「むしろ暑いくらいだな」
寝床の中はポッカポカになっていた。
石の放つ熱気が暖房の役目を果たしているのだ。
「これで眠れるだろう」
「ですね! おやすみなさい!」
アリシアがいつものように抱きついてくる。
俺の背中に当たる彼女の胸の感触にも慣れたものだ。
数分後、背後からアリシアの寝息が聞こえてきた。
(スヤスヤだなぁ、全く)
アリシアの寝息を聞きながら頬を緩める。
俺はしばらくの間、眠らずに起きていた。
その気になればすぐに眠れるが、あえて眠らない。
気温の冷え込み具合を確認していたのだ。
(この寒さなら問題なさそうだな)
熱した石が冷え切って数時間。
おそらく午前3時から4時と思われる時間帯。
最も冷え込むこの段階まで起きて、問題ないと判断した。
(俺も寝よう)
そして、ゆっくりと瞼を閉じるのだった。




