025 ヤマメを食す
拠点に戻ると直ちにヤマメを調理に取りかかる
お腹はペコペコだし、なにより魚は鮮度が命だ。
「ヤマメも生で食べられるのですか?」
「大丈夫だけど……念の為に焼くよ」
日本の料亭では、ヤマメの刺身が出ることもあるそうだ。
だから生で食べられるのは間違いないが、此処での生食は怖い。
俺はサバイバルに精通しているが、料理に関しては素人だ。
アニサキスのような危ない虫が居ても気づかない可能性が高い。
「さて困ったぞ」
「どうしたのですか?」
「塩が足りねぇ」
ヤマメの食べ方で定番なのは塩焼きだ。
口から尻にかけて串を通し、塩をまぶして焼き上げる。
ヤマメにかかわらず、川魚といえば塩焼きが一般的だろう。
しかし、この場には塩が全くない。
前に抽出した塩の半分は使ったから、残りは5g程度だろう。
その程度の塩では、12匹のヤマメを塩焼きにすることは出来ない。
「レモンで妥協するか」
ないものをねだっても仕方がない。
そこで、塩焼きにするのは2匹だけにしておいた。
塩の配分だが、アリシアが食べる方に多く使う。
アリシアには最高に美味しい塩焼きを食べてもらいたいからな。
俺の方は余った少量の塩でかまわない。
「串打ちと焼きは俺がやるから、アリシアはレモンを獲ってきてくれ」
「付け合わせにパイナップルもいいですか?」
「気に入りすぎだろ、パイナップル」
そう呆れつつも、俺は笑顔で快諾する。
「いいぞ、行ってこい」
「わーい! 行ってきます!」
アリシアの背中を見送ると、俺は作業を再開した。
「やっぱりコレをすると映えるな」
アリシアの食べる塩焼きには化粧塩を施してある。
化粧塩とは、焼き上がりを美しく見せる為に振る塩のことだ。
ヤマメの場合、胸・腹・背・尾のひれに対して化粧塩をした。
ちょこちょこっと塩を付けただけで雰囲気がグッと良くなる。
「よし、完成っと」
串打ちが終わったら焚き火に並べていく。
じっくりと火を通したいので、炎に密着させない。
焚き火を囲うように串を立たせておいた。
時間をかけるほど水分が落ちて味が濃くなる。
それに皮の食感がパリッとした感じに仕上がるのも魅力だ。
「シュウヤ君、レモンとパイナップルを獲ってきましたよ」
アリシアが戻ってくる。
両手に果物を持ち、声を弾ませてご機嫌だ。
「おう、おか――って、脚になに付けてるんだ!?」
簡単に折れそうなアリシアの細い脚に何かついていた。
それは脛の辺りに居て、小さな血の塊みたいな見た目をしている。
「わわわっ、なんですかこれ!?」
「ヒルだ!」
アリシアが近寄ってきて分かった。
彼女の脚にペタリと付いていたのはヒルだ。
「気持ち悪いですよ、これ! 危ないんじゃないですか!?」
ヒルを見て発狂するアリシア。
彼女は果物を背中の籠に入れると、手でヒルを引っ剥がそうとした。
「待て! やめろ!」
俺は慌てて待ったを掛ける。
「ど、どうしてですか!?」
「引っ剥がしたら傷口が拡大して血が大量に出るぞ」
「えええええ!? じゃあ、どうすれば!?」
「指でこすって落とすんだ。俺がやってやるよ」
右手の人差し指と中指くっつけて、指の腹をヒルに当てる。
そのまま上下にゆっくりとこすると、ヒルはつるんと落ちた。
すぐさま靴で踏み潰してぶち殺す。
「これでよし。最小限の傷で済んだな」
アリシアの脚はヒルに食われて血が出ていた。
しかし出血量は酷くなく、傷口も針で刺された程度の大きさだ。
昔の人の言い方だと、ツバでも付けておけば治る程度の傷である。
「念の為に川の水で脚を洗って来い」
「は、はい! わかりました!」
アリシアが川水で脚を洗い終わったら、食事の始まりだ。
戻ってきたアリシアと焚き火を囲うようにして座り、串に手を伸ばす。
「さて食おうか」
「わーい、楽しみです!」
この世界で初めての魚だ。
俺達は「いただきます」と共にかぶりついた。
まずはお互いに塩焼きから。
「シュウヤ君!」
アリシアが立ち上がった。
そして、豪快に腹部を食いちぎったヤマメを見せながら言う。
「お魚さん、最高に美味しいです!」
「また過去一を更新したか」
「はい! これまで食べた中で一番の美味しさです!」
「ヤマメは文句なしに美味いからなぁ」
俺の食べたヤマメでさえ、感動する程の美味さだ。
塩焼きと呼べるのか疑問を抱く程度の塩しかかかっていないのに。
「そのまま食べても美味しいですし、レモンをかけても美味しいです!」
アリシアはパクパクとヤマメを食べていく。
(余った分は夜にでも食べるつもりだったんだが……残りそうにないな)
12匹も獲得したヤマメを、俺達は1食で平らげてしまった。
俺達っていうか、7割はアリシアが食べたのだけれどね。
やれやれ、食いしん坊な付き人である。
◇
気分良くヤマメを食い終えたのは、体感時間で15時前後のこと。
実際の詳しい時刻は不明だが、中途半端な時間帯であることは間違いない。
海水を汲みに行くには遅すぎるし、夕食の準備をするには早すぎる。
どうしようか悩んだ結果、俺が導き出した答えは――。
「余った時間は拠点の拡張に費やすか」
「了解です!」
――衣食住の「住」を強化することだった。
「拡張と言っても、一体なにをするのですか?」
「とりあえず屋根を寝床の上まで伸ばそう」
寝床から数歩の距離にある焚き火。
その上には、雨を凌ぐ為の屋根が設置してある。
竹の籠なども置けるよう、幅を持たせた設計だ。
この屋根を寝床の上まで伸ばす。
そうすれば、雨でも寝床と焚き火を濡れずに往来出来る。
屋根の拡張は簡単だ。
屋根を作った時と全く同じ方法でいいのだから。
自分達で作った屋根なので、材料があれば手間取ることもない。
「アリシアは屋根の拡張に必要な材料の調達を頼む」
「シュウヤ君はなにをするのですか?」
「俺は雨に備えて水の備蓄量を増やすよ」
今の俺達は必要分の水しか持っていない。
雨で動けなくなった場合、それだと水不足に直面する。
そこで水を増やすことにした。
まずは竹筒を大量に用意して、付近の木にかけていく。
筒の中は空になっているが、それで問題ない。
雨が降れば木の葉を通じて滴る水が溜まっていくからだ。
雨水は煮沸しなくても飲める。
もちろん、今まで通り、川の水を筒に汲んで煮沸も行う。
この方法で同時に作れる水が筒2~3本分なので、残りは自然に委ねるのだ。
「材料集めが完了しました! ――って、竹筒の数が凄いことになっているんですが!?」
周辺の木々を囲むようにそびえる竹筒を見て驚くアリシア。
俺はどうして筒を設置したか説明した後、彼女の持ってきた材料を指す。
「雨天に備えて屋根を拡張していくぞー!」
「おおー!」
それから数時間。
日が暮れた頃、屋根の拡張工事が終了した。
「これでもう、雨が来ても安心だな」
「ですね! これで雨が降ることなく終わったら悲しいですよね」
「そうなる可能性が高そうだが、それならそれでかまわないのさ」
この時の俺は、雨天についてそこまで深く考えていなかった。
なぜならここ数日の天気が欠片の雲もないご立派な晴天だからだ。
俺の見立てだと、この天気は最終日まで続く。
現時点では確信に近い自信があった。
それでも雨天に備えるのは、念の為に過ぎない。
備えあれば憂いなし、という言葉を忠実に守っているわけだ。
そんな考えでいたものだから、後で驚くこととなった。




