021 川用の罠
朝食後、2時間ほどかけて燃料となる木材を調達した。
それらは屋根の下に備蓄して、念の為に葉を被せておく。
こうしておけば、多少の雨風に煽られても大丈夫だ。
「それじゃ、魚を捕獲する為の罠を作っていくぞ」
「わーい!」
「ところで、罠って分かるか?」
「分かりますよ! 長老様が魔法の罠を仕掛けて下さっていますから!」
「そういう魔法も存在するわけか。それなら罠が何かって説明は省略だな」
「了解です!」
魚用の罠はサバイバルの定番だ。
サバイバル入門者でも知っていることが多い。
現代の日本でも、小学生の自然学習などで作られている。
その場合は、ペットボトルを使って作るのが一般的だ。
2リットルのペットボトルがあれば、誰でも簡単に作れる。
ペットボトルの真ん中よりやや上の当たりを切断するだけでいい。
あとは切断したキャップ側を逆さにして、もう一方に入れる。
両方の切断面をホチキスなりで固定すれば完成だ。
これを自然にある物で再現する。
ペットボトルに比べると手間はかかるが、作業自体は簡単だ。
まず、魚が軽々と通過出来る大きさの入口を作る。
適当な蔓を何重にも絡めて輪っかを形成すれば完成だ。
「どうだアリシア、出来ているか?」
「こんな感じでよろしいでしょうか?」
「グッド。完璧だ」
俺の作業を見聞きしながらアリシアも罠を作る。
彼女は筋が良いので、教えていて愉快な気分になれた。
「入口が完成したら本体だ」
次に魚を確保する為の空間を作る。
先ほど作った輪っかに、硬くて細長い物を括り付けていく。
輪っかから離れる程に狭く――つまり円錐形にする。
この硬くて細長い物というのは、なんだってかまわない。
集落で作る場合は竹ひごを使うのが良いだろう。
今回は強度のある植物の茎を石包丁で裂いて使った。
野外での作業なので、竹ひごを用意するのは時間がかかってしまう。
これらを括り付けるのには紐が必要になる。
屋根作りの時と同じく、ここでもイラクサの紐が大活躍だ。
「な? 紐って偉大だろ?」
「はい! すごく便利です!」
これで罠の外装が完成した。
あとは入った魚が逃げないようにする為の内装だけだ。
今のままだと、罠に入ってもUターンして出られてしまう。
ペットボトルトラップで喩えるなら、キャップの部分が出来ていない。
では内装を作っていこう。
まず、入口と同じ要領で新たな輪っかを作る。
大きさは入口の輪っかよりも遥かに小さい。
ペットボトルキャップの一回りほど大きなサイズだ。
この世界の生物は大きめだから、それに合わせておいた。
こうして出来た輪っかに、葉っぱを付けていく。
これも先ほどの茎と同じ要領で作っていけばいい。
ただし、今度は輪っかの位置が反対だ。
外装を作る際、輪っかは底面になっていた。
内装の輪っかは円錐の頂点にくる。
つまり内装の形状は円錐台だ。
内装の底面は、外装の底面である輪っかに括り付ける。
「こんなものだな」
外装に続いて内装も完成した。
内装を外装に嵌め込み、紐で固定すればおしまいだ。
「出来ましたー!」
「どれどれ――おっ、いい感じじゃないか」
アリシアも罠を完成させた。
良い出来なので、俺の手直しは必要ないだろう。
「あとはこの罠に餌を入れて川に設置するだけだな」
「餌は何を使うのですか? シイタケですか?」
「シイタケは流石に食わねぇ気がするな」
俺は右手に斧を持ち、適当な地面に叩きつけた。
地面がえぐれ、土が激しく舞う。
土の塊が付近に散乱する。
「わわわっ! シュウヤ君、気でも触れましたか!?」
「正気だ。餌を採ったんだよ」
「餌? どこですか?」
「この土がそうだ」
俺は土の塊を手に取った。
その中にはミミズや蟻が蠢いている。
これが魚の餌になるのだ。
「蟻やミミズを単体で入れても隙間から流されていく。しかし、土と一緒なら大丈夫ってなからくりだ」
「おおー、流石ですね、シュウヤ君!」
アリシアも落ちていた土の塊を拾って罠に入れた。
「それじゃ、罠の設置に最適な場所を探して移動するぞ」
「えっ、そこの川じゃ駄目なんですか?」
アリシアが指したのは、遠目に見えるいつもの川だ。
「あそこは駄目だ」
「どうしてですか?」
「流れが激しすぎる」
この罠は流れの穏やかな場所に設置するのが望ましい。
特に今のような餌が土の塊である時は尚更だ。
流れが激しいと土がポロポロになってしまう。
「たしか途中で川が枝分かれしていただろ。支流の方は勢いが弱いから、罠を設置するにはもってこいのはずだ」
アリシアに2つの罠を持たせて移動を開始する。
戦闘と荷物持ちで役割分担出来るのは、チームの大きな利点だ。
ソロだと両方を自分でこなす必要がある為、有事の際に困る。
「止まれ、アリシア。イノシシだ」
例えばこのように猛獣と遭遇した場合などがそうだ。
「イノシシですか! 食べましょう!」
「そうだな。これはご馳走だ」
俺を地面に置き、石斧を手に持った。
イノシシの分厚い皮に竹槍で戦うのは厳しいと判断したのだ。
動きを読んで顔面を殴打すれば倒せるだろう。
危険な相手ではあるが、脅威度はそれほど高くない。
「さぁ来い! イノシシ!」
「グォオオオオオオオオ!」
俺の言葉にイノシシが呼応する。
咆哮と共に突っ込んできた。
「食らえ! トールハンマー!」
斧を大きく振りかぶる。
だが、次の瞬間――。
「えっ」
イノシシが引っ張られたのだ。
引っ張っているのは、どこからともなく伸びてきた人の手。
半透明の不気味な手が、イノシシの後ろ足を鷲掴みにしている。
「グォオオオオオオオオオオオ……」
イノシシがそのまま引きずられていく。
その速度は凄まじく、瞬く間に俺達の視界から消えた。
「おいおい、なんだ今の」
「あれは……長老様の魔法です!」
「はっ? 魔法? もしかして助けたのか? 俺達を」
だとしたらありがた迷惑な話だ。
今は助けを乞うような場面ではない。
むしろご馳走を見つけて興奮していたのに。
「いえ、助けたのではないと思います」
アリシアが首を横に振る。
「長老様は集落で食べる為にイノシシを獲ったのかと」
「なるほど」
集落のメシはイノシシやウサギの丸焼きだ。
スポット内に侵入した敵なら誰でも獲れるが、侵入する敵の数は多くない。
だから大半はチャボスがどうにかしている。
今のように捕まえたり、俺を救った時のように倒したりして。
「って、それじゃあ、俺達のメシが奪われたってことかよ!」
「アハハ、そうなっちゃいますね」
「くそったれ!」
集落の事情が分かっている分、それほど腹は立たない。
しかし、ご馳走を奪われたことには、悲しみを抱かざるを得なかった。
寛大な心で許してやるとしよう。
「イノシシなんざ目じゃないくらいにご馳走を食いまくってやろうぜ」
「はい!」
気を取り直して移動を再開した。




