002 魔法が存在している
これはまずい状況だ。
まだ熊と遭遇した方が遙かにマシである。
「もしかして、怒ってる?」
検索エンジンのような口調で尋ねる。
「シャアアアアアアア!」
地球には棲息しない超巨大蛇が吠えた。
とぐろを巻いて上半身を直立させ、こちらに向かって牙を剥く。
シルエットにするとデフォルメされたウンコにも見えるが、威圧感は十分だ。
「やるしかねぇか……」
蛇の移動速度は人間よりも遥かに速い。
有名な毒蛇であるブラックマンバに至っては馬より速いくらいだ。
背を向けて全力で走ったところで、万に一つも逃げ切れない。
選択肢は戦う以外になかった。
「来い!」
頼りない木の棒を両手で持ちながら吠える。
「シャアアアアアアア!」
俺の言葉に呼応して襲い掛かろうとする大蛇。
しかし、俺が襲われることはなかった。
「なんだ!?」
突然、大蛇の胴体に一筋の閃光が走った。
そして次の瞬間、大蛇の身体が真っ二つになったのだ。
即死である。
崩落した蛇の向こうには、2人の男が立っていた。
どちらも俺よりやや年上、日本だと大学生のような連中だ。
顔は日本と欧米のハーフみたいな感じ。
背中には竹ひごを編んで作ったと思しき大きな籠を背負っている。
「※♪□×○※△!」
俺から見て右側の男が何か言っている。
何を言っているのかはさっぱりだ。
日本語や英語でないことだけは分かる。
「△○! ☆♂※■!」
左側の男がそれに答える。
やはり何を言っているのかは分からない。
ただ、俺を見て驚いていることはたしかだ。
「何か分からないけど、助けてくれてありがとう」
「「――!」」
俺の発言で、男達に衝撃が走った。
先ほどよりも遥かに激しく驚いている。
まるで夜の通販番組に出てくる外人のようだ。
「えーっと、日本語分かる? キャンユースピーキンジャパニーズ? オアァ……イングリィッシュ?」
日本語と英語を織り交ぜて話してみた。
その言葉に2人は耳を貸さず、何やら相談し始める。
数分後、2人は俺の左右に移動し、腕を掴んできた。
「ちょ、なんだ!?」
何が何やら分からないまま、俺は2人に連行されるのだった。
◇
道中では色々と話したが、何の返答も得られなかった。
話すだけ無駄と判断した俺は、周囲の状況に目を凝らしておく。
彼らの扱い次第によっては命の危険があるからだ。
もしも危険なら迷わずに逃走する。
そうなったら、この周辺で野営することになるだろう。
植物や動物などの環境を知るのは大事だ。
(えらく豊富だな、此処は)
森には何かと食用に適した植物が自生していた。
果物の木であったり、焼いて塩を付けると美味いキノコだったり。
遠目にはサバイバルで大活躍の竹も見えたし、野営は楽勝そうだ。
先ほどの蛇みたいなヤバイ外敵さえいなければ。
(これは……)
切られた木に目が行く。
かなり太い木であるにもかかわらず、スパッと綺麗に切られている。
まるで居合いの達人に斬り捨てられた巻藁のように。
(凄まじい技術力をもった世界のようだな)
太い木をこれほど綺麗に切るのは難しい。
電動ノコギリなどで素早く切っても、断面はもっとギザギザしている。
よほど凄まじい切れ味を誇る何かで切ったのだろう。
前代未聞の巨大蛇も瞬殺だったし、異世界人の文明レベルは高そうだ。
転移先の異世界の文明は、中世ヨーロッパ風が定番だろう。
アニメやライトノベルに詳しくない俺でさえ、そのくらいは知っている。
しかし、どうやらこの世界の文明はもっと先――未来のようだ。
「※♪△□※×○!」
そんなこんなで連中の拠点に到着した。
森の中にある拠点で、住居は木造の平屋ばかりだ。
家は適当な間隔を開けて建っており、農地の類は見られない。
拠点の広さは相当なものだ。
家の数は優に100軒を超している。
人間の数もそれなりに多い。
(防護フェンスがないのは足下の模様が関係していそうだな)
拠点に入る少し前から、足下に謎の模様が描かれている。
模様は薄らとした光を放っていて神秘的だ。
衛星写真で見ないと分からないが、俺は勝手に魔方陣と命名する。
魔方陣に侵入した途端、俺を連行する2人は目に見えて安堵していた。
それまでは緊張感を漂わせてピリピリしていたのに。
なのでおそらく、魔方陣は安全地帯か何かを指しているのだろう。
例えば、魔方陣の中には猛獣が入って来られないと――。
「グォオオオオオオオオオオ!」
誤解だったようだ。
俺達の背後からイノシシが突っ込んできた。
魔方陣の中だろうとおかまいなしだ。
だが、誰一人として驚いてはいなかった
「※♪※×△□○」
近くを歩いていたおばさんが謎の言葉を口にする。
次の瞬間、イノシシの足下につむじ風が発生した。
あっさりと浮き上がるイノシシ。
そこへ無数の矢が遠くから飛んできて、イノシシを射抜く。
この矢は普通の矢とは違って、炎や氷の矢だった。
まさにファンタジーの世界だ。
「魔法が存在するのか!?」
流石の俺も驚愕せざるを得なかった。
手品やイリュージョンとは違う本物の魔法を見たのだから。
そして、それと同時に強烈な不安を抱く。
(俺、どうなっちまうんだ……?)