019 塩
サバイバルの基本はいかにして生活基盤を築くかだ。
生活基盤と言えば衣・食・住の3種を指すが、この内、衣服は問題ない。
俺達は既に立派な衣服を纏っている上に、此処の気候が穏やかだからだ。
目下の改善対象は食事と住居の2点。
住居については、屋根が出来たことでひとまず落ち着いた。
とはいえ、いずれは寝床を高床式にするなどの改善策を講じたい。
食事については、まだまだ不十分だ。
今は付近のキノコを拾っているが、それでは一時的にしか凌げない。
付近のキノコを食い尽くしたら瞬く間に食糧難が押し寄せる。
「――というわけで、明日は食事の改善を行う」
「改善と言いますと?」
「罠を作ろうと思う。魚用の罠だ。明日の朝から晩までかけて、作れるだけの罠を作って川に仕掛ける。上手く行けば明後日は美味い川魚にありつけるぞ」
「お魚って食べられるんですか!? 美味しいんですか!?」
「食べられるし美味しいぞ」
「シマヘビとどっちが美味しいですか!?」
「人にもよるが、俺は日本人だから魚だな。日本人は魚が好きだから」
「わぁー! それは楽しみです! すっごいすっごい楽しみです!」
俺は夕食の準備をしながら、アリシアに明日の予定を説明していた。
残念ながら獲物が見つからなかったので、今日の夕食もキノコの串焼きだ。
しかし、今回の串焼きはただ焼くだけではない。
「ついに出番がやってきたぞ! 塩だ!」
「わおぉー!」
今回は焼いたキノコに塩をまぶす。
長々と時間をかけ、どうにかこうにか抽出した塩だ。
塩の入った竹筒は、既に焚き火から避難させて冷ましてある。
俺は竹筒の中にある塩を、左の手のひらの上に出した。
量は想定通りの約10g。料理のレシピでいうところの小さじ2杯分だ。
「本当に白い粉が出てきましたねー! これが塩ですかぁ!」
素っ頓狂な声で興奮するアリシア。
「このちっぽけな塩が、俺達の食事に革命を起こすぜ」
俺はアリシアに命じてキノコを焼かせた。
ケツから頭にかけてブスリと刺されたエリンギが炎に飲まれていく。
焦げ目が付いた程よいタイミングで、焚き火から串が抜かれる。
「どうぞ! シュウヤ君、塩をかけてください!」
「おうよ」
俺は右の指で塩を軽く摘まみ、エリンギにサッと振りかける。
「これでよし。食べてみろ」
「えっ!? それだけしかかけないのですか!?」
アリシアは塩の量に不満のようだ。
どうやらもっとドサッとかけるものだと思っていたらしい。
「塩は調味料だからな。ちょろっとでちょうどいいんだ」
「ほ、本当にあんなに少しで味が変わるのでしょうか」
信じられないといった表情で、アリシアがエリンギを口に運ぶ。
ご立派な別のナニかにも見えるエリンギが、ガブッと噛まれた。
その次の瞬間。
「んんんんんんーっ!」
アリシアの身体がブルブルと震える。
そして、表情筋が消え失せたかのような恍惚とした顔になった。
「おいひぃいいいいいいいい!」
「だろ? 全然違うだろ? 塩をひとつまみかけるだけでさ」
「凄い凄い凄い! 凄いです! 凄いですよこれ!」
あまりの感動によってアリシアの語彙力が死んだ。
それはそれで驚き具合がよく分かるから、俺としては微笑ましい。
「そのままでも美味しかったですけど、塩をかけたら更に美味しくなりました! 信じられません! たったあれだけの塩でこれほど変わるなんて!」
「これが俺の居た世界でいう『料理』ってやつだ。もっとも、日本の料理はもっと手が込んでいて、この程度は料理と呼べないがな」
「私が今まで食べてきた料理とはまるで違います! 本当の本当の本当に味が進化しましたよ! 凄すぎですよ、塩! もっとたくさんかけましょう! 塩!」
「いや、だからかけすぎても――って、おい!」
アリシアは俺の言葉を無視した。
素早く俺の手から塩を摘まむと、食いさしのエリンギにかける。
全体にまぶすのではなく、一箇所に集中攻撃だ。
「あーあ」
俺は苦笑いを浮かべる。
次の展開が容易に想像できたからだ。
「本当は美味しすぎてかけすぎ注意なんですよね? ふふふっ、私にはお見通しですよ、シュウヤ君!」
意味不明なことを言いながら上機嫌で塩の塊にかぶりつくアリシア。
すると、今の今までにこやかだった表情に変化が生じた。
眉間に皺を寄せ、口をすぼめ、見るからに悲しそうな顔になる。
「うげげぇー! しょっぱいです……。全然美味しくありません……」
俺は「そらそうだろ」と呆れ笑いを浮かべた。
「塩は調味料であり、調味料とは味を調えるのに使うものだ。あくまで脇役。主役ではない。なのにドバドバかけたらそら不味くなる。調味料はたくさんつければいいってものじゃなということがよく分かっただろ?」
「はいぃ、すみませんでした……」
「なんにせよ、これで塩の凄さも分かっただろう」
「シュウヤ君のおかげでまた知識が増えました!」
「こんなのはまだまだ序の口だ。これからも頑張っていこうぜ」
「おー!」
俺は必要分の塩を使って串焼きを堪能する。
余った塩は竹筒に戻して、本日の食事を終えた。
今日も良いサバイバル活動が出来て大満足である。
◇
夕食が終わると夜になるので、出来ることは何もない。
虫除けに葉を燃やしたら、ササッと寝床にベッドインだ。
今宵もまた、俺はアリシアに背を向けていた。
そしてアリシアは、俺にぎゅーっと抱きついている。
昨日に比べると、俺達は互いに落ち着いていた。
「なぁ、アリシア」
「どうしましたか? シュウヤ君」
「実はずっと訊きたかったことがあるんだ」
「彼氏はいません! 結婚もしていません! 安心して下さい! ですが私、結婚するまで純潔は守ろうと誓っていまして……その、すみません!」
「いやいや、そんなことを訊くつもりじゃなかったのだが」
何を言っているのだ、と呆れる俺。
「ふぇっ!? 私、早とちりしちゃいましたか!? すみません!」
「別にかまわないさ」
アリシアには恋人がおらず、しかも純潔を守っている。
思いがけずに知ったその情報に対し、俺は「やったぜ」と喜んでいた。
彼女に恋心を抱いているわけではないが、リア充だと呪いたくなる。
なにせ俺は年齢=恋人いない歴の童貞だから。
「それで質問なんだけど、この世界には四季があるのか?」
俺がこの世界について知っているのは、暦が存在しているということ。
1年は365日で、1月から12月まであり、4年に1度のうるう年もある。
しかし、日本のように四季があるのかは疑問だった。
「四季と言いますと……冬は寒くて夏は暑いという」
「それそれ。存在しているのか」
「はい、あります。今は8月なので温かいですが、12月から2月にかけては冬なので冷え込みます。スポット内では火の魔法があるので大差ないですが、外に出るにはたくさん厚着しないといけません」
「なるほど」
基本的には日本と同じ感覚で過ごせそうだ。
「シュウヤ君の世界にも四季が存在していたのですね」
「まぁな。魔法とロイヤルクイーンスネーク以外は地球に存在するものばかりだし、この世界はわりと地球に似ているかもな」
「地球というのは……」
「俺が前に居た世界の名前さ。地球っていう世界の中に、たくさんの国が存在していて、日本は国の1つなんだ。あっ、国って分かる?」
「分かります! この世界にも昔は色々な国が存在していましたから!」
「そういえばチャボスがそんな話をしていた気がするな」
この世界に来てかれこれ数日。
俺はまだ、この世界のことを何も知らない。
もう少しこの世界について興味を持つべきだな、と思った。




