013 シマヘビを捌く
ウキウキで焚き火まで戻ると、煮沸が完了していた。
竹筒の中に入っている水がブクブクと沸騰しているのだ。
「こぼさないように気をつけて竹筒を避難させるぞ」
「はい――熱っ!」
言ったそばから竹筒を倒しかけるアリシア。
「俺がやる。アリシアは蛇を持っとけ」
「はいぃ……すみません……」
しょんぼりしているアリシアに頭部のないシマヘビを押し付ける。
それから、アチアチの竹筒を付近の木に避難させた。
こういう時、手袋があれば快適だ。
素手よりも遥かに熱さを感じなくて済むから。
(戻ったら職人に頼んで手袋を作ってもらおう)
集落の文明において、布に関する技術だけは進歩している。
基本的には旧石器や縄文時代レベルなのに、布だけは一丁前なのだ。
だから異世界人は、俺の着ている衣服には驚かなかった。
当然、手袋を作るのだって朝飯前だろう。
「さて、蛇を捌くぞー!」
「捌く……?」
「そこからかよ!」
苦笑いで突っ込む。
流石は食事=動物の丸焼きの世界だ。
「まぁ見てな」
竹の籠から石包丁を取り出す。
風魔法で研いだので切れ味は抜群だ。
「この石包丁は料理をするのに使うんだ」
当然ながらアリシアは理解出来ていない。
お前何言ってんの、とでも言いたげな表情だ。
ただ、その目は好奇心から輝いていた。
「それでは……!」
蛇の捌き方は簡単だ。
まず、首を切断して血を抜く。
今回は既に頭部を引きちぎっているから、切断する必要はない。
次に、切断面に縦向きの切れ目を入れる。
こうすることで皮が剥きやすくなるのだ。
「ここから一気に――」
ペロッと皮を剥く。
尻尾に向けて皮を引けば、さほど労することなく剥ける。
「うげぇ……。シュウヤ君、なんということを……」
「イノシシやウサギだって焼く前に皮を剥いでいるだろ? 同じさ」
「た、たしかに。でも、なんだか、衝撃的な光景です」
「俺から言えるのは一つだけだ――慣れろ」
さて作業を続けていこう。
皮をむき終えると内臓の摘出だ。
「この赤黒い塊が内臓だ」
内臓は身の真ん中にあり、皮を剥くとよく見える。
皮剥きの時と同じでするするっと作業を出来るだろう。
「これで終了だ。あとは可食部の肉を川の水で洗ってから焼いて食う。見ての通り、捌き方はウナギに近い――って、ウナギの捌き方なんか知らなかったな」
アリシアは捌き終えたシマヘビを見て愕然としていた。
「焼く前にこんな下準備をするなんて……これが『捌く』ですか」
「そうだ。俺の世界における料理ってのは、こういう下準備が肝心なんだ。面倒くさいけどな、こうやって調理することで美味しくなる。今まで皮が邪魔で食えたもんでなかったであろう蛇も、今回は格別の味に感じるはずだ」
シマヘビの肉を持って川に向かう。
川の水で内臓の残滓を綺麗に洗い流してから焚き火へ戻った。
一人だったらあとはそのまま焼くのだが、アリシアも一緒だ。
折角の初料理ということもあり、今回は丁寧にカットしておいた。
一口サイズのぶつ切りに。
カットが終わると竹の串に刺していく。
ちょうど4本目の串がいっぱいになったところで肉が尽きた。
「待たせたな」
いよいよ焼く時間だ。
竹筒をもたれさせるのに作った石を動かし、焚き火の前後に置く。
そして、それらの石の上に竹の串を寝かせた。
串に刺さっている肉の部分だけが火に炙られていく。
「なんですかこの香り!」
「肉の香りさ。たまんねぇだろ」
肉が焼けてジューシーな香りが充満する。
じっくりと焼いているからこそ味わえる香りだ。
火の魔法でサクッと仕上げたらこうもいかない。
「シュウヤ君、私、唾液が止まりません……!」
アリシアが串焼きを見て涎を垂らしている。
何度も何度も啜っているが、ジュルリと垂れる涎は止まらない。
「もう少しだ」
片面を焼き終えたので串をひっくり返す。
素晴らしい焼き目が姿を現した。
これ、絶対に美味いやつだ。
「もうすぐ完成だ。本当は塩をまぶして食うのが一番なんだが」
「塩? それはなんですか?」
「調味料……って分からないか」
「はい。調味料とは何ですか?」
「料理の味を調えるのに使う物のことだ。塩っていうのは、海水のような味がする白い粉のことだよ」
「なんと! そんなものがあるのですか? 見たことがありません!」
「海水から抽出できるよ」
「えええええ! 海水から塩を!? どうやってですか!?」
「どうやってって、ただ焼くだけだよ。海水を蒸発させれば塩だけが残る。なにせ海水ってのは塩をたぶんに含んだ水だし」
「シュウヤ君、凄いです! 半分くらいは言っていることの意味が分かりませんが、凄いことだけは分かります! 私、塩にも興味があります!」
「塩の抽出はまた今度な。――さて、そろそろ食べるとしようぜ」
いよいよ串焼きの完成だ。
俺達は互いに1本ずつ串を手に取った。
「「いただきます!」」
同時にパクッと串にかぶりつく。
こんがり焼けた肉の一つを口に含み、串から外す。
ゆっくりと深く咀嚼して味わう。
「「んんんんんんー!」」
俺とアリシアに衝撃が走る。
「うめぇええええええ!」
「なんですかこれ! 信じられない美味しさです!」
感激した。シマヘビの美味さに。
べらぼうに美味い。鶏肉を食べているようだ。
脂が程よくのっているのもたまらない。
「このシマヘビ、なかなかいい物を食って育ったんだな」
「そんなことまで分かるのですか?」
「野生動物の味は食った物の影響を受けるからな」
「知りませんでした!」
「だろうな。スポットから出ることが滅多にないんだろ?」
「はい」
アリシアはペロリと2本目の串も平らげた。
よほど美味しかったようで、俺よりも早く食べ終えている。
俺なんかこれから2本目を食べようかというところだ。
「シュウヤ君……」
アリシアのウルウルした瞳が俺を見ている。
――否、俺ではなく、俺の持っている串を捉えていた。
「ウゥゥゥ……」ジュルリ。
やれやれ。
俺は大きなため息をつく。
それから「仕方ねぇなぁ」と後頭部をポリポリ。
「アリシア、この串も食うか?」
「えっ!? そんな!? いいんですか!?」
アリシアの目がキラッキラに輝く。
これまでも輝いていたが、今が一番の輝きだ。
よほど美味しかったのだろう。
「お、おう。そんな顔をされると流石にな……」
「ありがとうございます! シュウヤ君! ありがとうございます!」
次の瞬間、俺の手から串が消えた。
「えっ」
驚く俺。
我の串はいずこへ……と思いきや、アリシアの手に移っていた。
文字通り目にもとまらぬ速さで奪われたのだ。
「おいひぃぃぃぃぃ!」
シマヘビの肉を頬張ってご満悦のアリシア。
俺の腹はあまり満たされなかったが、まぁよしとしよう。
大喜びのアリシアを見ていると、満腹に劣らぬ幸福感を得られた。




