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魔法の街の少女達  作者: A.Bell
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第二話 妖精と自由そして憧憬

妖精と自由そして憧憬


§1 王女様の船旅

 ここは、エルリル南方の海神の統べる外海。

 そして、幾つもの大きな帆船がその上を滑るように進んで行きます。

 数は十四。十の帆船は大砲を積んだ軍艦で真ん中の船を護る様に円陣を組んでいます。二隻の船は帆を使わない最新の船で、他の船とは違い二回り程小さく船団の左右を航行しています。そして、船団の中心では、他の船より一回り大きな船が一隻航行しています。ノア国南方艦隊の旗艦で名はエレノア。でも、今回の航海では総司令官の乗船を示す旗は掲げられていません。


 さて、エレノアの後方にひときわ美しい真っ白な帆船が一隻進んでいます。ノアの王室専用船で名はノイア。船首にはノア王室の象徴である茨に囚われた妖精の像。船尾にはノア妖精守護帝国としての旗を掲げています。そして、メインマストに旗艦を示す旗がはためいています。

 さて、そのノイアの上で一人の少女が船の行き先を見つめていました。

 彼女が暫くそうしていると背中から声が掛けられます。


「……姫様。」

「フィル。」


 少女は振り返ると声の主の名前を呼びます。

 フィルアトバルア。 ノアの隣国で帝国の構成国、バルア大公国の姫君。

 そして、かつて魔法の街エルリルで少女時代を過ごした魔法使いです。

 しかし、彼女がエルリルで過ごした日々は十数年も遠く。今は、本国に娘と夫を残し、ノアの宮廷魔法使いとしてエルリルに向かっていました。


 彼女は少女に目を合わせ魔法使いらしくローブを海風にはためかせると、彼女と一緒に航路の先を見定めます。


「順調に行けば後一週間と言う所でしょうか。……私も旧い知り合いとの再会は楽しみです。」


 少女はフィルの目に浮かんだ感情を読み取ると、ふと声を掛けます。


「……フィル。確か、貴女はあちらの賢者様と知り合いでしたね。」

「ええ。今の筆頭と闇の賢者、それに光の兄妹は良く存じています。それに、ムロリン様。」

「……緑禍と言われた方ですね。双頭竜の勲三等を受けていると。おばあ様から伺った事があります。」


 双頭竜勲章。独立都市ハウアによって授与される最高位の勲章。そして、ハウアとは武力ギルドの総本山で彼等によって運営されている都市です。ちなみに武力ギルドとは名前の通り、“武力”が必要な仕事をする人達のギルドで護衛や傭兵、犯罪者の討伐などを請け負います。

 兎にも角にも、双頭竜勲章はノアの王室や友好的な国の王に授与される物で、エルリルを飛び出して何も後ろ盾が無かった当時のムロリン、ムロ婆には本来与えられる事が無い物です。実は、ムロ婆はその様な勲章を与えなければならない程の功績を上げた人だったのです。彼女はかつて大陸中で名前を知らない人は居ない程の有名人でした。


 さて、フィルは少し苦笑いをしながら少女に答えます。


「……あの方は怖い方でしたね。」


 フィルは海に目を向けながら思い出す様に言葉を紡ぐと、少女に目を戻します。


「……そろそろ、部屋に戻りましょう。海風で体が冷えてしまいます。」

「それもそうですね。」


 少女はフィルに従って船室に引き返します。彼女はその道すがら、フィルに声を掛けます。


「……そう言えば、メイの船酔いは治りましたか?」

「まだです。外洋では体力を温存したいので、メイは薬で頑張ってもらいましょう。」


 そして、フィルは思いついた様に言葉を足します。


「……そうですね。部屋に戻りましたら、私がエルリルに居た頃に出会った森の民や魔の民の事について話しましょう。」

「森の民はまだしも魔の民は珍しいですね。……確か、海神様の統べる外海を越えた先に彼等の大陸があると。」


 少女はフィルに釣られて海に目を向けます。


 しかし、多くの大砲を積んだ帆船の並ぶ先、青い空と青い海の境界には何も見えませんでした。


§2 ちょっと違う朝

 窓に掛かるカーテンの隙間から朝の光はベッドの上に差し込んでいます。

 賢者の森で冒険をした翌日の朝です。

 ベッドの上にはリサとラクア。ラクアはリサの上から抱きつく様に寝ています。そして、ベッドの上に見当たらないミルは、薄暗くて少し判り辛いのですが、ベッドのすぐ下に寝転がっています。寝ている間に床に転げ落ちてしまったようです。


 さて、日の光に当てられたリサは身動ぎ薄っすらと目を開きました。


「……重い。」


 あっ。ラクちゃんが私の上で寝てる。……ミルは居ないね。もう起きているのかも。


 ラクアが自分の上に乗っている事に気付いたリサは、頭を軽く振ってラクアの体を横に動かすと、そっと身を起こします。

 そして、まさか床でミルが寝ていると思わなかったリサはそのままトンっと足を床に下ろしてしまいます。


「!! ぎゅう!!」


 不味いと思ったリサはやけに柔らかく感じる地面に冷や汗をかくとゆっくりと視線を下ろします。

 足の下にはワンピース。

 リサは、ベッドから転げ落ちたミルを丁度踏んでしまっていました。


 ベッドから落ちても起きなかったミルですが、お腹を踏みつけられては流石に起きてしまいます。


 さて、目を覚ましたミルはじっとリサの事を睨み付けます。


「リサ。足どけて。」


 リサは首をこくこくと縦に振ると、ゆっくりとミルから足を退けます。

 リサの足をじっと見ていたミルは立ち上がると、寝間着代わりのワンピースをぱんぱんと叩いてリサと目を合わせます。


 暫くの間、じっと見つめ合っていた2人ですが、ミルが先に口を開きます。


「……別に寝相が悪いわけじゃないよ。3人で寝てたからだと思う。」


 ミルのそんな言い訳を聞きながら、リサは心の中で言葉を漏らします。


 ……そう言えば、ミルって寝相が悪かったね。前に一緒に寝た時、蹴り飛ばされて毛布も奪われた事があったよ。あの時は寒かったなぁ。


 ……

 さて、そんな風にリサとミルが騒いでいるとすぐにラクアも目を覚ましてしまいました。


「……ミル。どうしたのですか?」

「あっ、ちょっとね。……そうだ! みんな起きたんだし食堂いかない?」


 ラクアにじっと見つめられたミルは話題を逸らす様にそう言うと、ラクアと話す事が少し気まずかったリサは少しほっとして、ミルに頷きます。


「まぁ、いいんじゃない。着替えたら行こ?」

「そうですね。分かりました。」


 そして、そんな二人に少し疑問に思ったラクアでしたが、寝起きだった事もあり取り敢えずはそのまま頷きました。


 さて、リサ達は顔を洗ったり服を着替えたりして身だしなみを整えた後、みんなで朝食を取りに食堂に向かいます。

 ちなみに食堂は、部屋を出て右手の真っ直ぐと進んだ突き当たりにあります。少し遠回りになりますが左手に向かってマリエルの執務室がある突き当りをもう一度、左に向かっても辿り着くことが出来ます。


 そうして食堂に向かって廊下を歩いていたリサは早く朝食を食べたいと少し早足です。

 さて、食堂はそんなに遠くありません。リサ達はすぐに食堂に辿り着きます。


 リサは食堂の扉が見えるとぱっとそれに飛び付き、ギィと音を立てながら押し開きます。


 さて、食堂の中を覗くと大人が6人程座れる長方形のテーブルが一つ。意外とこじんまりとしています。

 そして、そのテーブルでは既にアミが朝食を取っていました。


 焼き立てのロールパンにバターを載せて頬張っていたアミは、リサ達三人に気付くとそれを飲み込んで声を掛けます。


「……あっ、リサちゃん達だ。おはよう。みんな。」

「おはよう。アミお姉ちゃん。」


 リサがそう答えると、横に居たミルも挨拶を返します。


「おはよう。」


 そして、リサとミルの後ろに居たラクアはアミに頭を下げます。


「おはようございます。アミお姉様。」


 そうして、アミと挨拶を返した三人はそれぞれテーブルの椅子に座っていきます。リサは手近な椅子を手に取り、ミルはその右隣に座ります。そして、ラクアはテーブルを回り込み、ミルの対面、アミの左手の空いている席に向かいます。


 さて、テーブルの上には既に幾つかの料理と飲み物が並んでいます。ミルとラクアは椅子に座るとそれぞれコップを手に取り、飲み物を注ぎます。ラクアはミルクにミルはオレンジジュース。

 そして、リサは暫く悩んだ後、暖かい紅茶を選びました。


 寝起きで喉が渇いていたのでしょう。三人は飲み物をゴクゴクと飲み始めます。


 さて、そんな様子を眺めながらアミは魔法の準備をしながら声を掛けます。


「……さてと、エルリル様にお祈りしてご飯にしよっか。」


 アミがそう言って手を振ると三人の目の前に熱々のオムレツと焼き立てのパンが現れます。アミが魔法で取り出したのです。


 最初の頃は良く驚いていたリサとミルでしたが、もう慣れてしまい、今はただただ美味しそうな匂いに釣られて顔を綻ばせます。ちなみにラクアはマリエルの魔法が身近だったので最初の頃もそこまで驚きませんでした。


 さて、リサは早速スプーンを手に取ります。


「……今日はオムレツだ!! おいしそう! エルリル様おはよう! いただきます!」


 ちなみに「エルリル様おはよう!」がお祈りの部分です。

 ミルに至っては一瞬右手を心臓の上に持っていくだけで言葉も使わずにお祈りを済まして食べ始めます。

 毎朝そんな調子の二人にラクアは少し呆れながら言葉を漏らします。


「……リサとミルも酷いですね。」


 でも、ご飯に集中しているリサとミルにはラクアの言葉は届きません。


 そんな様子に苦笑いしたアミはラクアに声を掛けます。


「ラクアエルちゃんも毎朝そんなに長くしなくて良いと思うけどね。」


 さて、ラクアはリサとミルとは逆に数分掛けてじっくりとお祈りをします。

 それこそ公式な晩餐でするような祈りをラクアは毎食しているのです。

 賢者であるアミも流石に毎食そんな祈りしません。リサとミルほど適当でもないのですが。

 ただ、そんなアミの言葉にラクアは首を振ります。


「いえ。エルリル様は我が一族の祖です。その末裔である私が祭事を怠る事は出来ません。」


 ラクアはそう言うと、さっと右手を胸に当て目を軽く閉じます。


「我らの祖。魔導の開祖たるエルリルよ。あなた様の娘であるラクアエルが感謝を捧げます。……」


 ラクアはそのままぶつぶつと言葉を続け、祈りを続けます。


 さて、そんな所にラクアのお母さん、ユアもやって来ました。


「……あら、もう皆さんそろっているようですね。」

「あっ。おはようございます。ユアさん。」


 そんなユアに気付いたリサとミルも一旦手を止めて挨拶をします。


「おはよう。ユアお姉さん!」

「おはようございます。」

「おはようございます。皆さん。……アミエルさん。私にも出してもらえますか?」

「はい。どうぞ。」

「ありがとうございます。では、“魔導神エルリルよ。日々の糧に感謝します。”」

「……あなた様の娘であるラクアエルがお祈り申し上げます。」


 さて、一緒に祈り終えたラクアとユアは目を開けると見つめ合います。


「……ラクア。おはよう。」

「……お母様。おはようございます。」

「毎回言ってるけど、毎回そんなに長く祈る必要ないのよ?」


 でも、ラクアはそれに大きく首を横に振るとそのままスプーンを手に取り食事を始めます。


 首を竦めたユアはオムレツに口を付けながらアミに顔をむけます。


「まぁ、良いわ。……ユアエルさん。この子達へ“罰”の手配はどうなりましたか?」


 その言葉にミルとラクアが一瞬動きを止めます。ちなみにリサはご飯に夢中で気付いていません。

 でも、アミはそれに構わずにユアに言葉を返します。


「えっと、確か……」


 さて、そんな風にして三人……いえ、二人の一日は朝食中に“罰”の内容を聞かされる事から始まったのでした。


§3 少女達の罰

 さて、実は昨日のお説教でマリエル直々に罰として、一週間程、賢者達が用意した講座を受ける様に言われていたリサ達は、朝ご飯をお腹いっぱい食べた後、その話をしようと取り敢えずリサの部屋に集まる事になりました。


 食堂から戻った三人は、早速リサの部屋に入ります。

 そして、リサとラクアは部屋に置かれたソファに腰かけます。でも、ミルは疲れたのかベッドに走り寄るとそのまま身を投げ沈み込みます。


「……ミル何やってるの?」


 リサが呆れながらミルに声を掛けるとラクアも言葉を続けます。


「ミル、行儀が悪いです。」


 リサとラクアの視線を受けたミルはさっと起き上がると、移動してベッドに腰かけます。


「……別にいいじゃん。……ねぇ、それは良いとしてアミお姉ちゃんとユアお姉さんが話してた事の話しよ?」


 ミルはそう言いながら、足をぶらぶらとさせます。

 そんなミルを見ながらラクアは頷きます。


「そうですね。確か最初は魔力学でしたか?」


 ミルは頷きます。

「そう。魔力学。確かライ爺が来るみたい。“ワシは賢王じゃった。”が口癖の人。」

「……ミル。なんですかそれ。」


 ラクアは少し訝しげに首を傾げます。自分を“賢王”と言う人は余り信用出来ません。

 ですが、横で話を聞いていたリサが直ぐに言葉を続けます。


「ライ爺って私達の近所に住んでるんだけどね。いつもお酒を飲んで自分は王様だったって話をする人だよ。……でも、なんでミルは勉強の内容知ってるの?」


 そして、リサはミルの方を見ます。リサはアミとユアの話を全く聞いていなかったので、勉強の内容を知りませんでした。

 少し呆れながらミルはリサに言葉を返します。


「……さっき言ったじゃん。朝、私達の勉強内容決める話をアミお姉ちゃんとユアお姉さんがしてた。」

「……そうだったんだ。……昨日は後で決めるとか言ってたね。そう言えば。」


 ミルの言葉で昨日のお説教の内容を思い出しているリサを横目にラクアは少し気の毒そうな顔をします。


「そんな人で大丈夫なんですか。」


 さて、そんなラクアとミルを横目に、お説教の原因になった事を思い出したリサは見晴らしの良い窓辺に駆け寄ります。そして、2つの素焼きの植木鉢を抱えるとソファの前のテーブルまで持って来ます。

 それは、昨日採集した“雨降りの花”をリサが鉢植えにした物でした。取り敢えず、他のラン類と同じ様に水苔を使って根を覆い、鉢に植えた物です。


 リサはそれを一旦テーブルに置くと二人に声を掛けます。


「はい、ミルとラクちゃん。あげる。」


 そして、リサはミルとラクアの順に鉢を手渡します。


 さて、それを受け取ったミルは鉢を回しながら観察します。


「へー、リサにしては上手く出来てる。」


 リサはミルの失礼な言葉に少し不機嫌になりますがラクアの声が割って入ります。


「あっあの、リサ。私も貰っていいんでしょうか。」


 リサが目を向けると、ラクアは言葉とは反対に大切そうに鉢を両手で抱えていました。リサが自分の事を友達だと思ってくれているのか少し自信が無かったラクアは、リサに確認したかったのです。

 でも、リサはその意味に気付かないで、ラクアの行動をただただ不思議に思います。そして、少し首を傾げるとただ頷きます。


「うんいいよ。」


 そんなリサに呆れたミルはラクアに声を掛けます。


「……ラクア。多分リサは意味分かってないよ。」


 すると、すかさずリサがミルに言い返します。


「ねぇ、ミル。意味は分かってるよ。」

「それじゃあ何て意味。」

「意味は分かってる。」


 そんな不毛な争いをしていると、ポカンとしてるラクアがリサの目に入ります。


「……ラクちゃん。どうしたの?」


 リサの目線に気付いたラクアは首をゆっくりと横に振ります。


「…………いえ。……ただ、リサは意味が分かっていない事は分かりました。」


 そして、何故か真剣な顔してたラクアに、リサは何だかおかしくなって笑いだしてしまいます。そして、リサとミルもラクアも一緒に笑い出します。


 結局、リサ達三人は気が済むまで笑い合ったのでした。


§4 少女達の勉強

 ここは、お城に沢山あるお部屋の一つ。

 窓からは昨日、リサ達が迷い込んだ中庭の森が見えます。窓から見る分には林程度にしか見えませんが、見た目の一万倍の広さがあります。

 そして、部屋の中に目を向けると、リサ、ミル、ラクアの順に座る横に長い机のその先で一人のおじいさんが手を大きく振り回していました。


「……まず、“魔力で染める”と言う表現は魔力学的には正しくない。正確には“魔力を含まない物体に自分の魔力を充足させる”と言う。また、元から何かしらの魔力が充足されている物に対しては“相手の魔力を自分の魔力に同期させる”と言う。」


 手を振り回しているのはライ爺。リサ達に魔力学のお話をしています。

 リサとミルからはお酒をよく飲んで変な事を言っているおじいさんと思われていますが、魔力については右に出る人は居ないと言われる程の人です。


 ライ爺はお酒を飲んでいないと一応まともかも知れないと思っているリサの隣で、昨日の“お守り”の事を思い出したミルはさっと手を上げます。


「それで、……何だ、ミル君。」

「あの、それって昨日の“雨降りの花”の事ですよね。」

「その通りだ。……そうだ、お守りを作ったそうだが、今持っているか?」

「はい。」


 ミルはそう言って服のポケットからお守りを取り出します。

 すると、ライ爺はミルに近づいて少し頭を下げます。


「すまない。少し借りても良いか?」

「どうぞ。」

「うむ。有り難い。」


 さて、ミルからお花のお守りを受け取ったライ爺は、そのままミルの目の前の机の上に置きました。


「みんな近くに寄ってくれ。」


 ライ爺の言葉にリサとラクアもお守りを見る様に首を伸ばします。そして、ライ爺はその様子に軽く頷きます。


「……それで良い。まず、普通の花をお守りにする場合は、魔力の充足だ。しかし、この“雨降りの花”はこれ自体に魔力を含んでいる。君達がやった事は、魔力の同期だ。だから、一瞬で色を帯びた。」


 ライ爺は右手を振り回しながら、左手で袋を服のポケットから取り出すとそれを机の上に広げます。

 そして、机の上にはキラキラとしたガラスの粉みたいな物が三角形に積もります。


 ライ爺はそれを指差しながら口を開きました。


「これは、無極性魔石を粉末状にした物だ。これをこのお守りの周りに撒くと……色が少し付いている所が分かる筈だ。これは、魔力線を可視化した物で……」


 ライ爺の講座はまだまだ続きます。

 リサ達の今日の勉強は始まったばかりです。


§5 夜の二人

 時が過ぎ、空に星が輝く時間。

 リサはミルのお部屋にお邪魔していました。ちなみに、リサが勝手にミルの部屋に来ただけなので、ラクアはいません。


 ミルのお部屋のベッドに寝っ転がっていたリサに、ベッドに腰掛けているミルが話し掛けます。


「……ライ爺の。最後らへん分かった?」


 リサは首を横に振りながら答えます。


「全然。ラクちゃんも絶対分かってなかったよ。」


 さて、ライ爺は説明するのが楽しくなったのか、リサ達には難しすぎるお話をしてしまいました。

 魔力量保存則と言う難しい理論に、その理論によって発明された魔力量測定器の原理などのお話です。最後の方は自分の研究について語り始めてしまいました。

 最後は、リサとミル、ラクアが全員ポカンとしている中、マリエルに連れ出されてしまいました。

 リサにはやっぱり駄目な人だと思われたライ爺ですが、実は賢王と呼ばれた王様だったのは本当の事です。

 ただ、ライ爺についてはまた別の機会にしましょう。


 リサは、そのまま言葉を続けます。


「……でも、礼儀のお勉強と違ってテストがなかったから良かったよ。……ねぇ。何で私達、礼儀のお勉強なんてさせられたんだろうね?」


 少し不満のあるリサは少し頬を膨らまします。

 ライ爺がマリエルに連れて行かれた後にリサ達は礼儀作法の勉強をさせられました。

 ベッドに寝転がりながら不貞腐れてるリサに、ミルは肩を竦めながらぽつりと口にします。


「……私とラクアはすぐに合格したけどね。」


 木の枝を振り回して小動物追いかけるミルしか知らないリサには驚きでしたが、ミルはラクアと殆ど変わらない綺麗な所作を身に着けていました。


 さて、ミルの言葉が少し気になったリサは、ミルの顔をじっと眺めます。


「……そう言えばミルっていつからラクちゃんの事ラクアって言うようになったの。」


 リサがふとそんな事を口にすると、ミルはほんのりと顔を赤くします。


「えっと、昨日の夜に言われたから、かな。」


 昨晩、ミルも起きていた事を知ったリサは少し視線を彷徨わせると言葉を返します。


「……うん、何となく分かった。……そう言えば、お花どうする?」


 話題を変える様に、リサはお花のお守りについてミルに聞きます。

 “雨降りの花”を使ったお守りは、ラクアが長い時間を掛けて作ったお守りと釣り合わないと感じたリサとミルは、また作り直そうと少し前に話していたのです。

 さて、リサの言葉にミルは少し考えます。


「うーん。……そうだ! 罰が終わったら家に帰って、あの辺で探そうよ。久しぶりにムロ婆も会いたいし。」

「よし! そしたら、ラクちゃんも誘おう!」

「まぁ、仲間はずれは良くないからね。」

「そうそう。」


 それから暫く二人きりで話をしていたミルとリサはいつの間にか一緒のベッドで寝てしまったのでした。


§6 王女様の来訪

 リサとミル、ラクアの罰が始まってから一週間経ちました。

 ほとんどはお城でマリエル達に関係の深い講師を招いたお勉強で、更にその半分は礼儀作法の時間に充てられました。

 実の所、リサ達のお勉強はノアのお姫様との顔合わせの為のものです。本来は学校の開学直前まで、リサ達と会わせる予定は無かったのですが、“賢者の森”での出来事でリサ達が次期賢者候補になったので急遽計画されたものでした。


 時は夕暮れ。

 表向きは罰だった勉強を終えたリサ達はマリエルの執務室に集まっていました。

 ミルとリサは賢者の城に来た時と同じ正装で、ラクアも薄い青色をした長い裾のドレスを着ています。そして、マリエルが座る机の前に左からリサ、ラクア、ミルの順に並んで立っています。ちなみに、リサ達の後ろにはアミとユアが並んでいます。

 マリエルから今日の朝、突然正装をするように言われたリサ達はこの時間まで親達と一緒にずっと準備をしていました。そして、準備を終えたリサ達はこの部屋に集められ、ノアの王女様をエルリル唯一の港街アーベンまで迎えに行く事を伝えられたのです。


 さて、ノアの船が港に入った事を三人に話したマリエルは執務机に着きながら説明を続けます。


「……リサ、ミル、ラクア。先程も言った通り、遂にノアの船がアーベンの港に入った。早速、この後、アミに手伝って貰って港に直接転移する。……さてと、注意して欲しい点が幾つかある。まずは転移位置だが岬の先の灯台になる。港に直接転移するとノア側に不信を抱かせる事になるからだ。申し訳ないが、一時間ほど歩いてもらう事になる。次に、港に着いた後はリサとミルにはユアを付ける。晩餐会まで自由行動で構わない。ただし、ラクアは私と一緒に行動してほしい。……さて、……。」


 言葉を続けようとしたマリエルでしたが、三人の様子を見て口を噤みます。


 ラクアは話を聞こうと頑張って目を向けていますが、下ろしている手はスカートに付いている飾りを弄っています。

 そして、ミルもマリエルに顔を向けていますが、半分まぶたが閉じています。

 最後に、リサはマリエルの背後にある大きな扉をじっと見ています。リサにいたってはマリエルの話を聞いている様子は全くありません。


 さて、リサがマリエルの話を聞かずに目を向けている扉の出口について考えていると、トントンと机を叩く音が聞こえてきます。

 顔を向けてみるとマリエルは苦笑いをしながらリサ達を見回しています。


「……つまらない話をしても仕方が無いな。……アミ、準備を。」


 その言葉にリサ達はやっと港に行けると喜びます。朝からずっと準備をしていて、疲れていたからです。


 そんな三人の様子に苦笑いをしながら、アミはマリエルに頷きます。


「分かりました。…………。では、」


 アミはさっと周りを見ます。


 前回、アミが魔法を使った時、良く分からなかったリサは今度こそちゃんと見ようと、アミに目を向けます。


 でも、アミの目線を追ってリサが瞬きをした次の瞬間、周りに光が溢れます。そして、目が慣れると大きな海が目の前に現れます。


 リサは視界が一気に変わり、一瞬混乱します。でも、すぐに目の前の景色に釘付けになりました。

 ミルもつい言葉を漏らします。


「……わぁ、なにこれ。」

「……綺麗ですね。」


 そして、ラクアも目を細めます。


 地平線まで続く海が赤い陽の光に照らされて、煌めいています。そして、海岸線に目を向けると、壁のような崖が続いています。

 その断崖絶壁を大きく円を描く様に切り取った先端、小高い岬の先にリサ達は居るのです。


 視線を下に向けると何隻も大きな帆船が浮かんでいます。

 その中で一際目立つ真っ白な帆船が船団の真ん中で優雅に進んでいるのがリサの目に映りました。


 その様子を見ながらリサは、真っ白な船にお姫様が乗っていそうだなと思いました。


 でも、海を眺めているリサ達の後ろから、突然、呻き声が聞こえてきます。

 リサがギョッとして、後ろを振り返ると大きな灯台の下でマリエルがひっくり返っていました。


「……えっ。」


 リサはその様子に固まってしまいます。声に気付いたミルとラクアもリサと同じ様に動きを止めます。マリエルだけ椅子に座っていたので、移動した時に椅子が消えてしまい転んでしまったのです。


 さて、そんなマリエルにアミとユアが駆け寄って来ます。


「ごめんなさい! マリエルさん。」

「マリエル姉様。大丈夫ですか?」


 マリエルはため息を吐くと立ち上がり、ローブの裾を払います。


「……はぁ。私は大丈夫だ。」


 マリエルはそう言うとみんなから目線を逸らして、港に目を向けます。


「……さて、ノアの姫君の出迎えに行こう。皆、付いて来てくれ。」


 マリエルはそう言うと誤魔化す様に、そそくさと早足で、その場から移動を始めました。


 さて、あまりの事に目を丸くして固まっていたミルとラクアでしたが、直ぐに目を見合わせます。


「……えっと、移動しましょうか。」

「……そうだね。…………リサもぼっとしてないで、行くよ!」


 ミルは、いつの間にかマリエルから目を逸らして、灯台に目を向けていたリサに声を掛けます。


「……あっ、ミルもラクアもまって!!」


 マリエルを見ない様にしようと目を逸らしたのは良かったのですが、目を逸らした先の灯台につい目を奪われてしまったリサは、ミルの言葉に気付いて慌てて後を追い走り出します。


 そんな様子に笑みを浮かべながらユアはアミに声を掛けます。


「……私達も行きましょうか?」

「そうですね。ユアエルさん。」


 こうして、リサ達はノアのお姫様ルリを出迎える為に、エルリルの港街アーベンにやって来たのでした。


……

 さて、丁度その頃、綺麗な弧を描く港に入る真っ白な帆船の上で、一人の少女が陸の方を望んでいました。

 彼女はノア国の第一王女、ルリアリアトノア。

 一週間程、船に揺られたルリは遂にエルリルの港までやって来たのです。


 こぢんまりとした港を眺めるルリに声が掛かります。


「姫様。そろそろ上陸の準備を。」


 ルリが声に目線を向けると、女の人が目に入ります。


 生成りの綿麻で作られた質素なロングドレスに左腰に少し細めな剣を下げた女の人です。名前はメイアユキトルツ。彼女の祖母は二代前のノア王の妹で、メイ自身もノア国の王女の称号を持ちます。今回はルリ付きの騎士として、ルリに付き添っています。


 そんなメイにルリは少し心配そうに声を返します。


「メイ。船酔いはもう平気なのですか?」


 船に酔ったメイはノアを立ってから、殆どの時間をベッドに横になって過ごしていたからです。


 さて、メイがルリに答える前に他の声が割り込みます。


「……姫様。メイには魔法を使ったので暫くは大丈夫ですよ。さて、……」


 それはメイを追って甲板に出てきた魔法使いのフィルの声でした。いつもの様にローブを身に着けています。

 さて、フィルは二人から目を離して、後ろに移動しつつある岬の先の灯台に目を向けます。


「……姫様とメイ。見て下さい。賢者達も港に着いたようです。」


 フィルは転移魔法の存在を感じ、マリエル達の到着に気が付いたようです。

 そして、メイも控えていた侍女から望遠鏡を受け取ると、メイの目線の先にそれを向けます。


「……フィル。子供も居るようだが?」

「あぁ。そう言えば、貴女には言って無かったわね。後で説明するわ。」


 そんな言葉に、ふと気になったルリはメイに言葉を掛けます。


「メイ。私にも貸しなさい。」

「わかりました。……どうぞ。」


 ルリはメイから望遠鏡を受け取り、灯台の袂を覗きます。

 すると、黒髪の女の子と淡い水色の髪の女の子を追いかける淡い赤色の髪をした女の子が目に映ります。

 ルリはフィルから事前にリサ達の名前と特徴を聞いていたので、じっと眺めます。


「……あの子達ですか。」


 見ているとリサが笑顔を零しながら、ミルとラクアに駆け寄ります。

 そんな様子に強く心を惹きつけられルリは、フィルに声を掛けられるまで、そのまま三人の様子を眺めていたのでした。


§7 王女様と港

 赤く染まった空を背に、埠頭には何隻もの大きな帆船が浮いています。

 でも、人の動きは殆どありません。埠頭の周辺から水の賢者の館まで封鎖されているからです。そして、一般の船も今の港に無く、お姫様と賢者達の晩餐が終えるまでノア国の軍艦の乗組員も必要最低限の上陸しか認められていないからです。

 それでも、何隻もの軍艦が並ぶ風景は壮観です。


 ユアに連れられて、埠頭に見学にきていたリサとミル、ラクアは、大きな船を見ながらはしゃいでいました。


「ねぇねぇ。ミル。ミル。すご〜いね、大きいよ。」


 興奮したリサは右隣に居たミルの背中をバシバシ叩きます。


「……リサ。すごく痛い。」


 流石に痛かったミルは顔を顰めると、手のひらを握りしめてリサの背中を叩き返します。そして、逃げようとするリサの腕をぎゅっと掴むと、そのままリサを叩き続けました。


 さて、隣に居たラクアはそんなリサとミルを冷ややかに見つめます。


「……リサ。ミル。何やってるんですか。」


 十分気が済んだミルはリサから手を放すと、声がした方に目を向けます。


「はぁ、分かった。ラクア。……リサもこれ位で許してあげる。」


 そんなミルからすぐに離れたリサはラクアに駆け寄りラクアの体を盾にしながら、声を掛けます。


「……ラクちゃん、ありがとう。」


 そして、息を落ち着かせたリサはラクアに声を掛けます。


「……結局、ラクちゃん、マリエル様について行かなくて良かったの?」

「……嫌ですよ。王女様に会うなんて。」


 ラクアはそう言いながら、ぎゅっと手を握りしめます。


 本当はマリエル達と一緒にノアの使節団を出迎える予定だったラクアでしたが、リサとミルと一緒に居たいと強く主張しました。ラクアは王女様を前に失敗しないか心配だったのです。


 でも、そんなラクアと違ってお姫様と会うのが楽しみなリサは首を捻ります。


「えー、なんで。お姫様だよ。」


 そんな、リサの様子にため息を吐いたミルはラクアに声を掛けます。


「ラクア、リサに言ってもしょうがないよ。」

「……そうですね。」


 ラクアはミルに頷きます。


 さて、そんな三人の後ろから唐突に声が聞こえてきます。


「……あの。」


 ハッとした三人が目を向けます。

 すると、そこにはお日様の様な色をした金色の髪の上に小さなティアラを載せた女の子が、同じ様にこちらに目を向けていました。

 ノア国第一王女ルリアリアトノア。


 ルリの後ろからマリエル以下の賢者や少し焦った様子のメイとフィルが追ってきているのも目に入らずに、リサはつい言葉を漏らします。


「お姫様だ。」

「はい。ノア第一王女ルリアリアトノアです。」


 ルリの様子に驚いたリサがじっとルリを観察していると、見兼ねたミルとラクアが後ろから突いてきます。

 王女様に声を掛けられた以上、リサは挨拶を返さないといけません。

 ミルとラクアに突かれて、それに気が付いたリサはルリに言葉を返します。


「えっと、リサです。7歳です。」


 ただし、リサは普通の友達に答える様に答えてしまいました。目を丸くしたラクアはリサを後ろから抓ります。

 そして、ミルは少し怒った顔をしながら、リサの頭を叩いて口を抑えます。


「ごめんラクア。私の分もお願い。」


 ミルは小声でラクアにそう言うと、リサの口を押えたまま引き摺っていきます。


 さて、実はお姫様に夢中だったリサは気付いていませんでしたが、上陸時に甲冑を身にまとったメイがじっとリサの事を睨んでいました。フィルから知らされたリサの素性の情報の少なさと今回のルリへの対応から、リサを警戒していたのです。

 そんな、メイの様子に冷や汗を掻いたミルとラクアはリサをルリから遠ざけたのでした。


§8 賢者さまと宮廷魔法使い

 ここは、岬の先の灯台の下。

 月の光と灯台の光を浴びながら、筆頭賢者であるマリエルはノアの宮廷魔法使いであるフィルと一緒にアーベンの港を眺めていました。


「……前に見た時にも思ったけど、この港は本当に綺麗な円をしているわね。」

「伝承では、我らが神竜エルリンが海神と争った際に出来たと言われてるな。」


 マリエルはフィルに言葉を重ねます。

 遠い過去、マリエル達の祖たるアブクールが魔法都市エルリルを建設するよりもっと前。空の神たる神竜エルリンが海神と地上の支配権を掛けて争った際に、海に放った咆哮が海岸線を削り取った名残。それが、この港の形に残っているとエルリルでは伝わっています。


 さて、フィルは少し目を細めると月の光を反射する暗い海の先を見定めます。


「海神ね。……確か神竜はつい最近目撃されたのよね?」

「あぁ、丁度五年前だな。その二年前には“あの門”が開いた。……初めての筆頭賢者の仕事としてリスベン゠ミルアの聖女を迎えた時のことだったか。」


 “あの門”とはエルリル隣国のガレル王国にある遺跡の事で、三階建ての建物よりも高い、石で出来た巨大な扉がある門です。いつもは閉じているその門は、まれに開かれる事があり何かの兆しの表れとされています。


 マリエルは暫く無言で海を眺めます。


「……マリエル。」

「なんだ。」


 マリエルはフィルに顔を向けます。


「貴女のご両親は?」


 マリエルはフィルを睨み付けます。


「……知ってると思ったが。」

「噂ではね。貴女の口から聞きたいわ。」


 マリエルはフィルから目を逸らします。

 そして、ため息を吐くと静かに口を開きました。


「時間牢だ。……父と母は一族の者を焚き付け、司法官であるユアの夫の殺害に関与した。その上、まだ幼かったラクアエルを殺害する計画を立てていた。」


 マリエルが筆頭賢者になりたての頃、エルリルの賢者達とその一族達の不協和音は大きかったのです。その中で、水の賢者の一族アルクーリの権力基盤の強化を目指した両親と意見が異なったマリエルは、最終的に致命的なすれ違いをしてしまったのです。

 とは言え、自分の両親と自らの一族の大部分を粛清せざるを得なかった事はマリエルにとっても不本意でした。

 ちなみに、“時間牢”とは処刑が出来ない貴人の為の牢屋です。牢屋の中では時間の流れが閉じていて、一度入れば二度と出る事は出来ないとされています。とある賢者が不老不死の為の研究に失敗して出来た物で、当時からの囚人が今もなお囚われていると伝えられています。


 さて、マリエルは言葉を終えると、目線を地面に向け動かなくなってしまいました。

 そんな様子を見ていたフィルはポツポツと言葉を漏らします。


「……なるほどね。大体噂通りかしらね。……だから晩餐会に居られなかったのね。所で、あの三人組の女の子は? ラクアちゃんは貴女の昔の姿に良く似ていたから分かったけど。」

「? 出席者については通知しておいた筈だが。」


 マリエルは顔を上げると、首を傾げました。

 フィルはそれに対して首を横に振ります。


「ああ言う表向きの物じゃない奴よ。……どうせ、姫様の相手をさせる気でしょ? 晩餐会だけならまだしも、アレじゃあ不十分よ。」

「ああ、なるほど。」


 マリエルは深く頷くと背筋を正します。


「まず、ミルだが本当は“風”と“火”の血を引いてる。先の政変の際に両親は一族から放逐されているが。」


 そう、実はミルは賢者の家系だったのです。ミルの両親は地元に居られなくなりムロ婆の領地であるハイゲンに逃げてきました。

 ミルがある程度、礼儀作法が出来た事もこの為です。


 その言葉を聞いたフィルは不快そうに顔を歪めました。貴族であるフィルにとってはあまり好ましい話ではありません。

 フィルは一旦息を吐くとマリエルに言葉を促します。


「……で、リサちゃんの方は?」


 すると、マリエルは手を軽く振ります。


「彼女については、ムロ婆に聞いてくれ。私はあれに書かれている事以上の事は知らない。」


 実の所、リサの素性には謎が多いのです。突然現れたリサの両親とまだ乳飲み子だったリサを受け入れたのはムロ婆で、理由について口を開く事がありませんでした。


 ムロ婆の名前を聞いたフィルは両手を上げて降参します。


「ムロ婆さまね。まぁ取り敢えずそれで良いわ。」


 そして、一旦言葉を区切ると、マリエルに目を向けながら口元を緩めます。


「……でも、中々面白い子だったわよ。リサちゃん。私の娘もあれ位元気だと良いのだけど。」


 さて、あの後ミルとラクアに注意されたリサでしたが、結局、晩餐会でもルリへの態度が変わりませんでした。メイが剣に手を掛けるほど、怒りを露わにしたため、リサだけは途中で退席させられてしまったのです。


 その様子を思い出したマリエルは軽くため息を吐きます。


「あれは、申し訳なかった。メイ殿にもお詫びをしなければ。」

「ふふ。姫様は気にしておられなかったわよ。それよりもこちらこそ謝らなければならないわ。晩餐会で剣に手を掛けるなんてあってはならないわ。しかも、相手はまだ子供よ。」

「……まぁ、その点ついてはそうだが。」


 何となく歯切れの悪いマリエルにフィルは眉をひそめます。


「あら? リサちゃんがどうなっても良かったって言うの?」

「そう言う訳では無い。最悪こちらが止める。あの場にはアミも居た。万が一も無い。……それに我々が動かなくても平気だったはずだ。」


 マリエルの言葉にフィルは肩を竦めます。


「どういう意味?」

「こちらの話だ。」

「まぁ、良いわ。……ところで、彼女を見てると何故かティトを思い出さない?」


 話題を変えたフィルの言葉にマリエルが答えます。


「ティトか。確かにどことなく似ているな。……風の噂だが、一族を束ねる事に成功したと聞いた。彼女とも会いたいものだ。」


 ティトとはフィルと同時期にエルリルに来た“魔の民”の女の子です。エルリルから海神の海域を越えた先にある大陸の出身で、現在では行方不明な兄に変わり王になったと伝わっています。


 マリエルは海から目を離すと、港に振り返ります。


「さて、そろそろ館に戻るとしよう。夏とは言え大分体が冷えてきた。」


 体を温める為にマリエルとフィルは魔法を使わずに歩き始めます。

 そうして、二人は時々言葉を交わしながら港にある水の賢者の館まで歩いて帰ったのでした。


§9 少女達と王女様

 さて、ルリ歓迎の晩餐会から一夜明け、ここは賢者のお城のリサの部屋。

 リサは机に肘を着き、頬を支えながら日が大分高くなった窓の外を眺めています。


「……リサ。昨日のは流石に不味いって分かるでしょ。」


 そんな様子のリサに、頭の中に住んでいる妖精こと、ほのかはちくりと言葉を刺しました。

 昨日の晩餐会で“元気”だったリサは、アミに連れられてお城に帰らされたのです。そして、そのまま部屋から出ない様に言い付けられたのでした。

 さて、そんなほのかの様子が不満に感じたリサはプイっと首を逸らします。


「うっさいなぁ、私は7歳児です。何のことか分かりません。」

「……はぁ、あなた。大体、素でそれだもんね。でも、今回は分かってる事はわかってる。」


 でも、ほのかにそう言われて、リサは内心ため息を吐きます。リサの頭の中はほのかに筒抜けなので、誤魔化す事はできません。

 リサは頬をぷくっと膨らませながら、言葉を漏らします。


「……ルリちゃんとお友達になりたかっただけだもん。」

 そして、部屋の扉を振り返ります。

 どうしても、ルリとの距離を縮めたかったリサはあえてルリを王女様と扱わなかったのです。


 ……

 さて、丁度その頃、ところ変わってリサの部屋の隣。

 廊下から見て左隣のラクアの部屋にミルとラクア、そして、もう一人、ミルクティー色の髪をした女の子がテーブルを囲んでお茶会をしていました。テーブルの上にはそれぞれカップが配られていています。ミルは紅茶に蜂蜜、ラクアは更にミルクを垂らした物を、そsてもう一人の女の子は特に何も足さずに楽しんでいます。そして、テーブルの真ん中には宝石の様に煌めくジャムを載せたクッキーや果実をふんだんに使ったケーキ、そしてお菓子だけではなく、ジャムやバターと共にこんがりと焼けたトーストやサンドイッチも置かれています。


 ラクアはふっと息を吐くと、紅茶のカップをテーブルに置くと目尻を下げながら言葉を続けます。


「……リサは少し可哀想な気がしますね。」


 リサが一人だけ城に帰された後も、ラクア達は今日の朝まで港街アーベンの水の賢者の館に滞在していたのです。


 さて、そんな様子のラクアにミルは軽く首を横に振ります。


「昨日のリサはやり過ぎ。……ちょっとクッキー貰うね。」


 そして、向かいに座っているミルクティー色の髪をした女の子に声を掛けます。

 すると、女の子はふんわりと笑みを浮かべます。


「ええ。その為に持って来たので。」


 女の子の許可をもらったミルは、そのままテーブルに並んでいる赤いジャムが載ったクッキーをつまみます。


「……普通にイチゴだね。」


 そして、もう一度、女の子に目を向けます。


「ねぇ、リアだっけ。こんな高そうなお菓子良いの。」

「はい。リアでいいですよ。……えっと、そのお菓子は王宮の職人の方がエルリルの皆様にと。紅茶と一緒に頂くと良いとの事です。」


 ミルクティーの髪をした女の子の言葉に、ケーキを口に運んだラクアも軽く頷きます。


「確かに紅茶に合います。……でも、少し甘いのでリアさんの言う通りストレートにした方が良かったかも知れないです。」


 その言葉にリアは笑みを浮かべながら、首を横に振ります。


「人の好みは人それぞれですよ。……このケーキはそこまで砂糖を使っていないので、ミルクティーでもくどくありませんから。」

「なるほど。……そう言えば、リアさんはなぜ私達とお茶をしようと思ったんですか。」


 ラクアはリアに頷くと少し話題を変えます。

 このリアと言う女の子はお茶とお菓子を載せたキャビンを押しながら、お城に帰って来たあと自分達の部屋に戻ろうとしていたミルとラクアの二人に声を掛けたのです。そして、実はまだ、リアは自分の事をほとんど話していませんでした。

 ちなみに、ラクアとミルはお菓子に釣られてリアの事をほとんど知らないまま部屋に招き入れてしまっています。不用心と言えば不用心です。ただ、ミルはリアについて心当たりがあったので全く気にしていません。


 さて、ラクアに質問されたリアは少し視線を泳がせます。


「……えっと、そのですね。私はひ、姫様の周りのお世話でしょうか、その様な事をする者です。なので、ひ、姫様と同じ講義を受ける方々とお友達になりたいと思いましたので。」


 リアは姫様と言う所で少し恥ずかしそうに目線を伏せます。

 そして、そんなリアにラクアは真剣に頷いていますが、ミルはじっとリアの顔を観察しています。

 さて、言ってしまうとリアは髪の色を変えたルリなのです。昨日と違って化粧もしていないので、ラクアは気付いていません。でも、ミルの方はしっかりと気付いています。


 さて、ルリは少し目線を彷徨わせると言葉を続けます。


「……あの、ミルさん、ラクアさん。リサさんともお会いしたいのですが。」


 すると、ラクアは少し悲しそうな顔をします。


「……残念ですが、リサの部屋には外から鍵が掛けられています。私達では開けられません。」


 ラクアの言う通り、ルリ達、ノア国の一行が城に滞在する事もあって、リサの部屋には城から帰って来たマリエルが直々に城の主の権限を使って施錠をしています。

 でも、少し首を傾げたミルは二人に声を掛けます。


「……一応、見てくる。リサだと出られてもおかしくない気がするよ。」


 ミルはそう言って、立ち上がると部屋の扉に手を掛けて部屋を出て行きました。


 さて、外に出たミルは隣のリサの部屋をトントンと扉を叩きます。

 そして、扉に向かって声を掛けます。


「リサ、ちょっと扉開けて。ラクアの部屋に王女様が来てるよ。」


 ミルの言葉に驚いたリサが座っていた窓辺の机から扉に走り寄ると、鍵が掛かっているはずの扉が勢いよく開いてしまいました。


 ……さて、そうすると扉の前に居たミルは顔を強く扉にぶつけられてしまいます。


「……んっ!!」

「……あっ。」


 大きな音に気付いたリサがそっと扉から顔を出すと、ミルが頭を抱えてうずくまっています。

 ミルの様子を無視してリサはそっと逃げ出そうとしますが、気配を感じたミルに腕を掴まれてしまいます。


「…………おはよう。リサ。なにか言う事ない?」


 リサは少しミルから目を逸らします。


「はやく、ルリちゃ……、ミルさん。ごめんなさい。」


 でも、ミルに無言で睨まれながら、腕を握りしめられると、流石のリサも謝りました。


 さて、そんな二人の後ろ、ラクアの部屋の方から扉が開く音が聞こえてきます。

 そして、その扉からラクアが顔を出してきます。ミルの頭に扉が当たった音が聞こえて来たからです。


「……ミル。すごい音がしましたけど、大丈夫ですか。」


 また、リアことルリも顔を出します。


「……あっ、リサさんですね。私は。」


 昨日もリサと会っているルリは、リアとして挨拶しようとします。

 でも、リサはルリに気付くと声を上げます。


「あっ! ルリちゃんだぁ!!」

「えっ。」

「……ルリちゃん? リアさんでは?」

「あーあ。……先に言っとくべきだった。」


 リサの言葉に固まってしまったルリとリサの言葉に首を傾げるラクア、そして、頭を抱えるミル。

 でも、そんなルリ達にお構いなしにリサは、手を伸ばします。


「ルリちゃん! お外に行こうよ!」


 ルリとみんながお友達になる為に、リサはそう言葉を続けたのでした。


§10 森の中で

 ここは、エルリルの街を西に離れた場所。土の賢者の村、ハイゲンまで続く森の中。

 影がほとんどない森の中をリサ達四人は歩いています。慣れているリサは面倒くさがって、普段着の踝まであるワンピース。そして、ミルとラクアは森を歩くと言う事で、長ズボンを履いています。でも、ルリは手持ちの中にズボンなどなく、簡単なエプロンドレスを着ていました。


 リサが部屋を抜け出した後、廊下で騒がない方が良いとミルに言われ一旦、ラクアの部屋にみんなで集まりました。

 そして、ルリにもお花のお守りをプレゼントしようとなったのです。

 今はリサとミルがラクアを誘って行く気だったハイゲンのお花畑に向かう途中です。


 さて、いつも森の中を駆け回っていたリサとミルと違って、あまり出歩く事のなかったラクアとルリの足取りは重く、二人は大変そうです。


 流石に不味いと思ったリサは立ち止まると、息が絶え絶えなルリとラクアに振り返ります。


「……ルリちゃんとラクちゃん、体力なさ過ぎ。まだ森の半分も来ていないよ?」


 少し呆れた様子のリサに同じ様に立ち止まったミルが声を掛けます。


「……リサ。この2人だとハイゲンまでは無理だよ。……休憩した後、ここら辺で探そ?」


 同じこと思っていたリサはミルに頷きます。


「だね。ルリちゃん、ラクちゃん、冷たいお水だよ。」


 そう言うと、リサは水筒を鞄から取り出します。リサ達が城から出た時、ちょうど屋台の準備をしたので、リサがお願いして冷たい水になる魔法を水筒に掛けて貰っていました。

 ラクアとルリは自分のコップを取り出すとリサに順に注いでもらいます。


「ありがとう、リサ。」

「ありがとうございます、リサさん。」


 冷たい水を注いでもらったラクアとルリは、辛そうにしながらもお礼を言います。


 さて、リサも手を振って二人に答えると、木の根に座って自分もコップにお水を注ぎます。今度ハイゲンに行く時は街道を使おうと思いながら、リサは木々の間から見える空を見上げました。


 ……

 それから少しすると、森の中を進むリサとルリの姿がありました。


 ラクアとルリを連れて、これ以上進めないと思ったリサとミルは休憩した場所の周りを少し調べる事にしたのです。リサとルリ、ミルとラクアの二手に分かれました。太陽が真上に来る頃、休憩した場所に戻ってくる約束です。


 きょろきょろと周りを観察していたルリの視線は地面に縫い留められます。


「リサさん。こんな感じのはどうでしょうか?」


 ルリが立ち止まって指差しているのは、濃い青色をした一輪のお花。ルリの目によく似た色をしています。ルリはお花のお守りをこのお花で作りたいようです。


「……確かにルリちゃんにぴったりだけど。」


 でも、リサは少し考えます。あたりを見渡してみても、同じ花はこの一輪しか見当たりません。

 リサは少し残念そうに言葉を続けます。


「……うーんと、最初に作るなら薄い色の花が良いよ。自分の魔力の色が分かりやすいからね。……一輪だけだと失敗しちゃうかも。」


 一輪だけだと失敗出来ないと思ったリサはルリにそう伝えます。

 でもリサの言葉にルリは、しゅんと元気が無くなってしまいます。


 慌ててリサはルリを励まします。


「あっ! ……えっと、魔力を込める時分かり難いだけだから、気に入ったならこれでも良いと思うよ。」


 でも、そんなリサにルリは顔を上げて微笑みます。


「……そうですね、ここには一輪しかないです。他も探しましょう。」


 すると、安心したリサも笑顔になります。


「うん! ルリちゃんが元気になってよかったよ!!」


 こうして、リサとルリは近くに同じ色のお花が無いか一緒に探す事になりました。


 さて、最初に見つけたお花を中心に周りを見て回ります。でも、一向に最初に見つけたお花以外見つける事が出来ません。

 そんな中、影の短さに気付いたルリは腰に結わえ付けていた懐中時計を手に取ります。時間を確認すると、すぐ近くで地面に目を走らせていたリサに声を掛けます。


「……リサさん。一旦集合場所に戻りましょう。もうお昼です。」


 懐中時計はまだ珍しい物で、それこそノアのお姫様だから持ち歩ける物でした。

 ルリの言葉にリサも空を見上げて太陽の位置を読み取ります。


「……確かにもうお昼だね。……最初に見つけたお花はどうする?」

「そのままにしておきましょう。一輪しかない物を摘んでしまうのは可哀想です。」

「分かった。それじゃ、帰ろうか?」

「はい。」


 そんな風にしてお花探しを切り上げると、リサとルリは集合場所に戻る事にします。

 集合場所から離れて探していなかったリサとルリは十分ほどで集合場所に戻ってきます。


 すると、木の間から、そわそわしているミルが目に入ります。そして、ラクちゃんの姿が何処にいません。


「……えっ!!」


 リサはつい声をだします。そして、リサはルリと顔を見合わせると、ミルの方に急いで駆け寄ります。


「……あっ! リサ! ルリ! 遅いよ。こっちに面白い物があったから一緒に来て。」


 ミルはリサとルリに気付くと、早足で何処かに駆けだします。

 少し戸惑ったリサはミルを呼び止めます。


「えっ! ちょっと! ミル。なんなの?」

「良いから早く!」


 でも、ミルはすぐに進み始めます。

 少し呆れながら、リサはルリに振り返ります。


「何なの?……でも、良かった。別にラクちゃんに何かあった訳じゃないみたいだね。」

「はい。……リサさん。ミルさんを追いかけなければ。」


 ルリに言われて前を見るとミルは止まっているリサとルリを無視してそのまま進んでいます。


「あっ! ちょっと! 置いていかないでよ!! ……もう。ルリちゃん!」


 ミルに文句を言ったリサはもう一度、ルリに振り返り手を差し出します。

 すると、ルリは頷きながらリサの手を取ります。


「……はい。」

「よし。行こう!! まって! ミル!!」


 こうして、リサはルリと手を繋いでミルを追いかけていきました。


 さて、ミルを追って駆けるリサとルリの視界が突然開けました。暗い森の中から陽の下に出たリサの視界は真っ白になります。

 でも、すぐに目が慣れます。広場の様なっているその場所にはリサ達が座れるぐらいの大きさの石が五つ、小さく円みたいに並べられていました。大きさは子供のリサ達が四人で大きく手を広げて円になると、丁度中に入る程の大きさです。


 少し不思議な光景に目を奪われていたリサの隣から声が聞こえてきます。


「……“妖精門”ですね。」


 リサが隣に目を向けると、ルリがしゃがみ込んで大きな石をそっと撫でていました。


 “妖精門”の事を知らないリサが首を傾げていると、後ろから声が聞こえてきます。


「リアさん、妖精門と言う事は妖精がいるんですか。」


 声に気付いたリサが振り返ると、そこにラクアがいます。ラクアは無事だったようです。


 さて、ラクアに聞かれたルリは目を閉じて暫くじっとします。ルリは物心つく頃から妖精を知っています。なので、ここに妖精が居るかどうかも分かるのです。

 でも、少しするとルリは首を横に振ります。


「……今は居られないようです。」

「ノア出身のリアさんが言うのなら、居られないのですね。……少し残念です。」


 ルリの言葉に肩を落としたラクアの隣でリサもルリの真似をして目を閉じてみます。しかし、妖精が身近でないリサにはルリの感覚は良く分かりません。

 でも、もしかしたら分かる様になるかも知れないと思ったリサは目を閉じたまま、リサはラクアに声を掛けます。


「そう言えば、ラクちゃん。今までどこに居たの?」

「ミルがあなた達を呼びに行っている間、ここで待ってましたよ。」


 ラクアがそう答えていると、リサの前からミルの声が聞こえてきます。


「リア。もしかて妖精を呼べたりするの?」


 そして、ルリの声も聞こえてきます。


「はい、お菓子を捧げて妖精様が私達と遊びたいと思われるなら、私達の誘いに応えて頂けるでしょう。」


 ルリの言葉に少し驚いたリサでしたが、お菓子を取られるのは少し嫌だと感じます。


 さて、いつまで経っても目を閉じたままのリサを見かねて、ラクアが声を掛けます。


「……リサ、いつまで目閉じているのですか。」


 リサはすっと目を開けます。そして、ラクアの不審そうな顔から目を逸らします。

 そして、一向に妖精の気配が分からなかったリサは、ルリに質問します。


「ねぇ、ルリちゃん。妖精さんってどうやったら居るかどうか分かるの。私、分かんなかった。」

「そうですね、妖精さまは普通の人や獣と気配が違います。皆さんも一度お会いする機会があるならば、感じる事が出来ると思います。」


 なるほどと思ったリサはお菓子と妖精さんを天秤に掛けます。そして、すぐにお菓子を諦めたリサは顔を上げてみんなを見渡しました。


「……一度、妖精さんに会えれば良いんだよね? 今から、呼ぼうよ!」


 すると、目をきらきらとさせたリサにミルが答えます。


「まぁ、いいじゃない? 私も妖精が気になるし。」


 ラクアもミルに頷きます。


「私もリサとミルに賛成です。……リアさん。どうすればいいのですか?」


 そして、ルリに目を向けます。ラクアに続いてリサとミルもリアに目を向けます。


 さて、そんな三人にルリは微笑みます。


「……そうですね。先ずは妖精門の掃除をしましょう。周りの草むしりとみ石を綺麗にしましょう。後、妖精門の真ん中で妖精さまへの捧げものの準備も必要です。」

「それじゃあ。私は捧げものしたい!」


 ルリの言葉を聞いてリサはすぐに手を上げます。でも、ミルがすぐに口を挟みます。


「リサはだめ! お菓子食べるから!! 私とラクアがするよ。」

「では、私はみ石を磨きましょう。……リサさん。草むしりをお願いします。」


 抗議する間もなく仕事が決まってしまったリサは肩を落として頬を膨らませます。


「ふん! ……分かった! 妖精さんと会えるように頑張るよ。ばかミルめ!」


 リサはかなり不満そうにそう言うと、その場にしゃがみ込んで草むしりを始めます。


 さて、そんなリサに肩を竦めたミルは、リサの剣幕に驚いて目を丸くしたままのラクアとルリに声を掛けます。


「ラクアとルリもぼっとしないで、私達も始めよう。」

「……そうですね。」


 ラクアは頷くとルリに目を向けます。


「リアさん。布とかは大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫ですよ。」

「では、リサに負けない様に私達も始めましょう。」


 こうして、ミルとラクア、そしてルリは妖精門の掃除を始めました。


……

 さて、掃除は進み、妖精門の中はミルとラクアの手で綺麗になりました。なので、ミルはお菓子を持っているリサに声を掛けます。


「……リサ! 掃除が終わったからお菓子出して。」


 リサは息を吐くと一旦、草むしりの手を止めて不満そうな顔をしながらリサとラクアの所に向かいます。そして、腰のベルトに着けた小さな鞄からお菓子を包んだハンカチを取り出します。中身は森に行く前にお城でしたお茶会の残り物です。

 リサはミルにそれを手渡しながら声を掛けます。


「ミル。食べちゃダメだよ。」

「……リサじゃないんだから。」


 ミルは肩を竦めるとそのまま妖精門の中に戻っていきます。

 実はミルの言う通りつまみ食いしたかったリサは悔しさを思い出して、ミルとラクアについ一言声を掛けます。


「ミル! ラクちゃん! お菓子は地面に置いたらダメだからね!!」


 そんな、リサにラクアは声を返します。


「分かってます!」


 そして、ミルもお菓子の包みを片手に持ちながら、リサに振り向きます。


「リサこそ草むしりちゃんとやって!」


 リサは息を吐くとまたしゃがみ込んで草むしりの続きを始めました。


 さて、それから少しすると草むしりを続けているリサにお菓子の準備を終えたラクアが声を掛けます。


「リサ、手伝います。」


 妖精門の真ん中を見ると、お皿の上にお菓子が盛られています。そして、お皿と地面の間にはハンカチが引いてありました。ちなみに、お皿はルリ、ハンカチはミルのものです。


 ミルと違ってラクアは優しいと思いながらリサは顔を上げてミルの姿を探します。


「あれ? ミルは、……ルリちゃんの手伝いだね。」


 リサの視線の先にはルリと一緒に妖精門の石を磨いているミルの姿がありました。

 そんなミルに肩を竦ませるとリサはラクアに向き直ります。


「ラクちゃん。私達もがんばろ。」


 ラクアもリサに答えて頷きます。


「はい。」


 そうして、リサとラクアは一緒に草むしりを始めたのでした。


……

 さて、それから暫くして、おおむね草むしりを終えたラクアは顔を上げて周りを見渡します。そして、妖精門の周りが綺麗になった事を確認したラクアは、まだ草が無いかきょろきょろとしているリサに声を掛けます。


「……リサ。終わりましたよ。……あちらの方も終わりそうです。」


 ラクアに言われて顔を上げたリサが周りを見渡すと、妖精門の中の草は全部抜かれていました。そして、ちらりとミルとルリをみるとまだもう少し時間が掛かりそうです。

 リサは息を吐くと、ラクアに振り返ります。


「……ふー。ラクちゃん、ちょっと休憩しよ!」


 リサはそう言って地面にハンカチを広げるとその上に座り、水筒を取り出します。

 そんなリサにラクアは屈み込みながら声を掛けます。


「そうですね。私も横にいいですか?」

「うん! どうぞ!!」

「はい。失礼します。」


 ラクアもリサと同じ様にハンカチを広げて座ります。


「ラクちゃんも要る?」

「あっ。お願いします。……まだ、冷たいんですね。」

「まぁ、あの屋台のおじさん。氷魔法はかなり得意だから。」

「なるほど。……そう言えば、リサのお父様も同じ系統ではなかったかしら?」

「あー、そうだね。……でも、なんでラクちゃん知ってるの?」

「リサのお父様って騎士ですよね? 一応、見た事があるんですよ。風の賢者付きの騎士なので。」

「なるほど!! そう言えば、風の賢者様、私も会った事あるよ! ……でも、“風”と言うより“雪”じゃない?」

「……賢者の家系でも純粋な六大属性は少ないですから。」

「ふーん。」


 そんな風にお話をしていると、ミルとルリが手を繋いで二人の所にやってきます。


「ラクア。リサ。私達も終わったよ。」

「よし! ルリちゃん! 次はどうしたらいいの?」


 ミルの声に気付いたリサは立ち上がると、ルリに顔を向けます。

 リサに聞かれたルリは妖精門に目を走らせます。


「はい。この大きさだと……、まずは妖精門の周りを囲むように並びましょう。」


 リサ達がルリの言う通りに妖精門を囲むと、ルリは言葉を続けます。


「……次に皆さん、手をつなぎましょう。」


 リサは左手でラクアの手を取って、右手でルリの手を取ります。そして、ミルもラクアと手を繋いでいます。

 みんなで妖精へのお菓子の贈り物と妖精門を大きくわっかになって囲むとルリが更に言葉を続けます。


「それでは、私が妖精様を遊びにお誘いする言葉を歌います。皆さんも後に続いて言ってくださいね。」


 ルリにリサもミルもラクアもみんな頷きます。

 そして、みんなで言葉を紡ぎます。


『妖精さん、妖精さん、私達と遊びましょう。』

『妖精さん、妖精さん、お菓子も用意しています。』

『妖精さん、妖精さん、私達と遊びましょう。』


§11 少女達と妖精


「……来ないね。」


 リサは小さな声でため息を吐きます。みんなで手を繋いだまま、結構時間が経ちました。


「ねぇ。」


 ミルはリサに頷くと、手を離して背伸びをします。


「来ないですね。」


 そして、ラクアも手を放して妖精門の石の上に座り込みます。でも、まだルリとリサは手を繋いでいます。


「妖精様は気まぐれですから。取り敢えず、妖精門の中に入ってみませんか。」


 でも、ルリはそう言うとさっと手を放してしまいました。そして、そのまま石を乗り越えて妖精門の中へと進んで行きます。


 結局、妖精が現れなかったのでリサは少し残念な気持ちになりました。


 さて、ミルとラクアがルリの後を付いて妖精門の中に入った事に気付いたリサは慌てて後を追います。

 妖精門の中はみんなが頑張ったので綺麗です。でも、真ん中にあるリサとミルが持って来たお菓子は少しも減っていません。

 ミルとラクア、それにリサは妖精門に入るとそのまま石を椅子代わりにします。そして、まだ立ったままお菓子の様子を見ていたルリは、顔を上げてリサ達を見回します。


「うーん、そうですね。……今から、お茶にしませんか? 妖精様は楽しい様子がお好きなのですよ。」


 ルリは一旦妖精門から少し離れると、首から黒い魔石がついた指輪を取り出します。そして、ルリがその魔石に触れます。

 次の瞬間、突然、広場に紅茶とお菓子を載せたキャビンが現れました。


「……ルリちゃん、凄い。お菓子が沢山あるよ。」


 リサは目を丸くします。そして、リサだけでなく、ミルとラクアも呆気に取られてしまいます。

 ルリはそんなリサ達の様子を見まわして、満足そうに得意な顔をします。


 さて、呆気に取られていたラクアでしたが、ルリの指輪に目を止めると眉を顰めます。


「……何故。リアさんが、姫様の指輪を持っているのですか?」

「それは……えっと、」


 ルリは咄嗟の事に言い訳が思いつきません。

 でも、そんな様子にリサは首を傾げてラクアに声を掛けます。


「ラクちゃん。ルリちゃんはルリちゃんだよ?」


 そして、ミルも言葉を重ねます。


「……リサがそのまま言ってたからね。ラクアが気付いてないぽいから私もそう呼んでたけど、リアはルリアリア様だよ。で、ルリね。」


 ラクアは目を何度か瞬きすると、ルリに目を戻します。


「……リアはルリ様なのですか?」

「…………はい。ごめんなさい。……その機会がなくて、ですね。」


 ルリはラクアから目線を逸らせます。


「リサがルリ様をそう呼んでいたのは、目の色からだと思っていました。」


 そして、ラクアは珍しく頬を膨らませます。


「私だけ気付いてなかったのですね。……ひどいです、ルリ様。私は貴女の事を“リア”だと思っていたのに。」


 そして、ルリから顔をぷいっと逸らします。


 さて、そんなラクアとルリをほっておいて、リサとミルはルリの出したワゴンから、お菓子やお茶を勝手に取ってきます。


「……ミル。お菓子美味しいね。」

「……そうだね。」


 ミルが頷くと、更に誰かの声が聞こえてきます。


「ミラも食べていいよね。」

「いいよ。……あれ?」


 リサは最初頷いたのですが、すぐにおかしいと思い首を傾げます。そして声のした方に目を向けます。


 すると妖精門の真ん中、お菓子を置いたお皿の上で羽が付いた小さな人がお菓子をパクパク食べています。


「えっ、嘘。」


 リサの目線に気付いたミルは目を見開いて固まってしまいます。

 見ると同じ様に驚いていたリサですが、すぐに気を取り直してお皿の上の小さな人に声を掛けます


「……もしかして、妖精さん?」

「そう。ミラは妖精。はじめ人間見た。お名前、教えて。」


 その答えにリサはにっこりします。


「私はリサだよ。で、この子がミルでラクア、ルリだよ。」

「んっ。分かった。」


 妖精のミラはこくりと頷くと、お供え物のお菓子をまた食べ始めます。


 さて、必死にラクアに謝っていたルリとふくれっ面をしてそれを無視していたラクアでしたが、リサとミルの様子に気付いて妖精門の真ん中に目を向けます。


「リサ。突然なんですか、……?」


 丁度、お菓子の山に隠れてミラが見えなかったラクアは、お菓子の山が消えていく様子に首を傾げます。ただ、ルリはミラの気配に気付いたのか何度か頷きます。


「妖精様が来られたようですね。……お茶も用意しましょう。」


 ルリはそう言うと、そそくさとワゴンから妖精用の少し小さめなカップを取り出すと準備をはじめました。そして、ラクアはルリの言葉を聞くと何故か忍び足でリサとミルの背後に回ります。


「……あら。本当にいらっしゃいますね。後ろの羽が時折動くのが可愛らしいです。」


 後ろから聞こえてきた声にリサは頷きます。


「ラクちゃんもそう思う?」

「はい。」

「でも、何処にクッキーが入ってるんだろう?」

「それは、……確かに不思議ですね。クッキー一枚で妖精さんの顔より大きいのに、それを何枚も食べていますもの。」


 そんな風にリサとラクアが話していると、固まっていたミルの声が聞こえてきます。


「……びっくりした。でも、何処から来たの?」


 すると、ミラは食べる事を辞めてミルの目の前に飛んでいきます。


「ミラは妖精。妖精は妖精界に居る。でも、私は初めてこっちに来た。」

「……あっ。そうなんだ。」


 あくまで、独り言のつもりだったミルは突然の事にまた固まってしまいます。

 そんなミルとミラの前に準備を終えたルリが、紅茶とお菓子を載せたお盆を持って、やって来ます。


「……恐らく、ミラ様は最近生まれたばかりの妖精様なのでしょう。……はい。お菓子のお代わりです。」


 ルリはそう言って、ミラにお盆を差し出します。妖精向けに小さめとはいえ、カップは妖精からすればお風呂になるほどの大きさで、クッキーやビスケット、キャンディーと言ったお菓子も妖精の大きさの倍は積まれています。

 さて、そんなルリの声に釣られてミラが宙に浮きながらルリの元に飛んで行きます。


「……んっ。ありがとう。ルリ。」


 ミラはどうやってか、お盆を浮かせてルリから受け取ると、妖精門の真ん中まで飛んでいきます。そして、それを地面に下ろすとまたお菓子を食べ始めます。

 すると、妖精の姿に見惚れていたラクアはルリに給仕をさせてしまった事に気付いて申し訳なさそうな顔をします。


「……あっ。ルリ様。」


 でも、ルリはラクアに向けて、首を横に振ります。


「大丈夫ですよ。妖精様を奉るのは私達の役目でもあるので。」


 そんな様子を眺めていたリサは新しいお菓子を食べ始めた妖精さんに話し掛けます。


「ミラって産まれたばかりなんだ。」

「そう、ミラはまだ子供。お菓子大好き。」

「ふーん。私も子供だよ。お菓子好き。」


 すると、ミラと同じ様にお菓子を摘みながらリサも言葉を返します。


「リサは子供だけど、ちょっと大人。」

「ふっふーん。ミル! 私、大人だって!!」


 鼻歌交じり見てきたリサに少し呆れながら、ミルは言葉を返します。


「はい。はい。」


 さて、リサとの話の合間にルリはミラに話し掛けます。


「あの、ミラ様。」

「私はミラ。ミラサマじゃないよ、ルリ。」

「み、ミラ、お菓子はお気に召されましたでしょうか。」

「ミラ、その言い方、嫌い。お友達に喋るように喋って。」


 ルリは少し涙目になってしまいます。

 そして、リサはそんなルリの様子に少し首を傾げます。お姫様なのにミラに対してはかなり丁寧な言葉で接しているからです。

 リサはミルとラクアを見回します。


「……ミル。ラクちゃん。あれ何。」

「リサ。ノアの国教は妖精教ですよ。妖精を敬うのは当然です。」

「……なるほど。そう言えば、ムロ婆も妖精教だった気がする。」

「あの方ならそうですね。……西方を旅していた時期が長ったから聞いていますが。」


 さて、そんなリサとラクアに、ミルが言葉を続けます。


「でも、肝心のミラが嫌がってるみたいだけど。」


 ミルは妖精の存在に大分慣れたようです。そして、ミルの言う通り、ルリはミラに丁寧すぎるのは確かでした。

 ただ、どうして良いか分からなくなっているルリを可哀想に感じたリサは、ミラに声を掛けます。


「ミラ。ルリちゃんいじめちゃダメだよ。」

「……分かった、リサが言うなら。でも、いつかちゃんとお友達になろ? ルリ。」


 ミラはルリの方を向きながら宙に浮きあがります。


「はい。」


 ルリちゃんは少し笑顔になります。でも、それはひどく曖昧な物でした。


 さて、宙に浮いたままのミラはみんなを見渡しながらこう言いました。


「ねぇ? リサ達は何でここに来たの?」


 ミラに言われて、何をしに来たのか思い出します。


「……あっ!!」


 リサは声を上げて、みんなと目を見合わせました。


§11 城への帰り道

 時は夕暮れ。リサ達は森の妖精門に集まっています。でも、みんなお花を手にしていました。


 リサは赤い花を手に持ちながら、同じ様にお花を何輪か抱えて浮いているミラにお礼を言います。


「ミラ、ありがとう。おかげでお花集めれたよ!」


 リサ達がお守り用のお花を集めているとミラに教えると、色々な所に連れて行ってくれたのです。ルリが欲しがっていたあの濃い青色のお花の群生地もありました。明らかにこの辺りではない場所、雪が残っているような森にもミラに案内されました。


 さて、リサがミラにお礼を言っているその隣で、ラクアが空を見上げます。


「リサ。どうします? もう夕暮れです。」


 つられてリサも空を見上げます。空は赤く染まり始めています。

 リサ達は時間を忘れてしまう程、楽しい時間を過ごしたのです。


 空を見上げているリサとラクアにミルの声が返ってきます。


「……ラクアとルリの体力を考えると帰る頃には真っ暗だよ。」


 目を向けると、ミルは石の上に座って採集した植物を観察しています。

 そして、ルリは少し困った顔をしています。


「……早めに帰らなければいけませんね。」


 今更ながら不味いと思ったリサは、宙に浮いているミラに聞いてみる事にします。


「ミラ。何とかならない?」


 すると、ミラは少し首を傾けます。そして、こくりと頷きます。


「みんな、すぐに戻りたい。分かったよ、こっちに来て。」


 ミラはそう言うと、そのまま森の方に飛んで行ってしまいます。


「あっ! ちょっとミラ待って! みんなも行くよ!!」


 リサは植物を抱えるミルを引き摺りながら、ラクア、ルリと一緒にミラを追いかけます。


 さて、ミラを追いかけて少し経つと、視界が開けて小さな小屋が見えてきます。するとミラは羽ばたくのをやめて、リサ達に振り返ります。


「みんな、この中から“お城”に帰れる。」


 みんなで首を傾げているとミルが言葉を漏らします。


「……ミラ。本当に帰れるの?」


 そして、ミラもミルが何故疑うのか分からないのでしょうか。首を傾げています。

 そんな二人にルリが声を掛けます。


「ミルさん。ミラは妖精様ですので“不思議な事”は付き物ですよ。」


 そして、ラクアもルリの言葉に頷きます。


「なるほど。妖精と一緒だと“不思議な事”が起こるとはよく聞きます。」


 ルリとラクアにそう言われたミルは、みんなを見回して肩を少し落とします。

 そして、ミラに向き直ります。


「ごめん。ミラ。」

「んっん。平気。」


 ただ、ミラはそこまで気にした様子はなく、首を横に振ると、小屋までゆっくりと羽ばたいていきます。


 さて、みんなで小屋の前まで来るとゆっくりと扉を開け放ちます。

 すると、目の前にとても不思議な光景が現れました。


 中を覗き込んだリサは、ぽつりと口にします。


「……階段だね。」


 見上げれば、ずっと高くまである螺旋階段。確かに不思議な光景です。外の小屋の大きさと階段の高さが合っていません。


「そうですね。」


 ラクアはリサに頷くと階段を観察し始めます。


「いや、おかしいよこの階段。小屋の高さより先まであるよ。」


 ミルは小屋の中と外を行ったり来たりしています。


「ミラ、この先にお城があるのでしょうか?」


 そして、ルリが興味深そうに階段を見ながら質問すると、笑顔になったミラがルリの耳元に飛んで行きました。

 でも、次の瞬間ルリの顔色がガラリと変わります。


「……今日はありがとう。ミラ、楽しかった。また遊びにきてね、待ってる。」


 ルリからさっと離れたミラは、手にお花を抱えながら森に消えていってしまいました。


 さて、様子がおかしくなったルリにリサが駆け寄ります。そして、ルリの腕を優しく擦ります。


「ルリちゃん、どうしたの。」


 そして、ラクアもすぐに手を取ってルリと目を合わせます


「ミラに何を言われたのですか。」


 でも、ルリは曖昧な笑みを浮かべながら首を横に振ります。


「……いえ、大丈夫です。」


 すると、そこに小屋の周りを回っていたミルが帰ってきます。


「……絶対おかしい。みんな何してるの?」

「ルリちゃんがミラになんか言われてみたい。……何言われたの?」


 リサはミルにそう答えて、ルリにもう一度目を向けます。でも、ルリは首を横に振るだけで何も言いませんでした。


 さて、暫くそうしていると、痺れを切らせたミルが三人に声を掛けます。


「……あまり時間が無いよ。しかも日が落ちかけてる。」


 ミルに言われて、みんな空を見上げます。東の空には一番星が輝き始めていました。

 ルリもミルの言葉に頷きます。


「皆さん。私は大丈夫ですから。行きましょう。」


 そんなルリにリサはため息を吐きます。


「……分かった。もうこれ以上聞かないよ。みんな急ごう!」


 こうして、リサ達は急いで階段を上り始めました。

 上を見上げても端は見えません。階段を上がると踊り場と扉が何度か現れました。でも、どの扉も鍵が掛かっている様で開きませんでした。

 さて、そんな事を繰り返して、一階毎に扉が一つあるとリサが当たりをつけていると、また扉が見えてきます。踊り場に着くとリサはドアノブをガチャガチャ回してみます。


「……この扉も開かないよ。」

「これで、9個目ですね。」


 ラクアは今まで試してきた扉の数を覚えている様です。そして、ルリは扉を触れながら呟きます。


「リサさんでも開かないのですね。」


 今朝の事が頭から抜けていたので、ルリの言葉に思い当たりのないリサは少し悩みます。でも、ルリから少し離れたラクアに手招きされたので、一旦考えるのを止めてラクアに近付きます。

 リサが近くに寄ると、ラクアはさりげなく耳元に口を近づけてきました。


「リサ。ルリ様とミラの事、納得しましたか。」


 リサはラクアに小声で返します。


「してないよ。ミラには悪いけど、しばらく行かない方がいいかも。」

「私も賛成です。」


 リサに軽く頷いたラクアはそっとリサから離れます。


 さて、そのまま少しの間休憩していると、階段に座っているミルがみんなに話し掛けます。


「……多分、次の扉が開かなかったら引き返した方がいいね。」

「どうしてですか?」


 ラクアがミルに聞きます。リサとルリもミルの言葉に耳を傾けます。


「……“賢者の城”って外から見ると10階建てなんだよ。」

「あっ! この階段ってお城のなんだね!! やっと見つけたよ!」


 ミルが言った通り、周りの階段は確かにマリエルの執務室の雰囲気によく似ています。

 リサは周りを見回していると、ラクアの声が聞こえてきます。


「……リサとミルは階段を探して迷子になったのでしたね。あの時は驚きました。」


 すると、目を輝かせたルリがラクアに顔を向けます。


「ラクアさん、私にもその話を聞かせて頂けませんか。」

「ルリ、ラクア、その話は後にしよ。10番目の扉を確認してからでも遅くないよ。」


 ミルはそう言うと余計な事を言いそうなリサを睨みます。


 さて、休憩を終えて少しすると扉が見えてきます。

 階段はまだ続いています。でも、扉に近付くとマリエルと誰かが言い争う声が聞こえてきました。確認するまでもありません。お城に帰って来たのです。


「……!! やった、大当たりだよ!」


 両手を上げながらリサは振り返ると、他のみんなと顔を見合わせます。

 そして、扉に駆け寄ったリサは一気にそれを開け放ったのでした。


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